22歳の童貞が『12歳。〜ちっちゃなムネのトキメキ〜』に感動して1万字のレポートを書いてみた!


さて、ずいぶんと話題が逸れてしまったが、この「通過儀礼」の物語形式を『12歳。〜ちっちゃなムネのトキメキ〜』に当てはめてみる。まず親元から離れるシークエンスだが、すでにここで非常に凝った仕掛けが組み込まれていることに気づく。<br><br>キャラクター紹介でも記したが、結衣は母親を亡くして父親と二人で暮らしている。したがって<b>結衣には真っ先に生理について相談する相手がいない</b>のだ。これは巧妙に設定された別離の段階と見ることができる。母親の不在によって結衣は自分から花日と生理用品を買いにいかなくてはならなくなったのである。<br><br>次の「試練」は実際に生理用品を購入するシーンだ。意を決して商品を手に取る結衣だったが、この場面が「試練」である理由はその直後の<b>「明らかに理性を失った中年女性の大群に押し流される」</b>場面にこそある。ここで邪魔をするのが、結衣よりも年長者であり、また同じ立場にある(そして同じ経験をした)女性だという点が非常に暗示的である。<br><br>結衣を邪魔する彼女らは言い換えれば「大人の女性」であり、つまり「大人の世界からの圧力」であり「結衣の成熟を阻害する試練」ということでもある。「試練」には倒すべき怪物が登場することがあるが、まさに<b>「中年女性の大群」こそがその怪物にあたる。</b>成熟の為に越えるべき存在なのである。<br><br>ここで疑問が残る。母を亡くしている結衣にとってその「帰還」を見届け、成熟を認めるのは誰なのか。<br>その存在こそ、共に旅立った<b>花日その人</b>である。<br>「結衣ちゃんは大人の階段をのぼってるけど」という台詞がそれを証明している。結衣の奮戦を間近で見ていた花日が親の代わりとして結衣の成熟を認知する存在になりかわっているのである。<br><br>そして先に触れた、主人公が2人であるもう一つの重要な理由として、結衣と花日がお互いを補完しあう間柄にあることがここで確認できる。結衣を見て、花日は自身の成長、いまだ生理が来ていない自分の身体について考える。結衣の成長は花日の協力によってなされ、また花日は結衣の成熟を通して自身の成熟について考える。<b>緊密で不可分な相互関係が女性主人公2人によってはっきりと形成されている。</b>

さて、ずいぶんと話題が逸れてしまったが、この「通過儀礼」の物語形式を『12歳。〜ちっちゃなムネのトキメキ〜』に当てはめてみる。まず親元から離れるシークエンスだが、すでにここで非常に凝った仕掛けが組み込まれていることに気づく。

キャラクター紹介でも記したが、結衣は母親を亡くして父親と二人で暮らしている。したがって結衣には真っ先に生理について相談する相手がいないのだ。これは巧妙に設定された別離の段階と見ることができる。母親の不在によって結衣は自分から花日と生理用品を買いにいかなくてはならなくなったのである。

次の「試練」は実際に生理用品を購入するシーンだ。意を決して商品を手に取る結衣だったが、この場面が「試練」である理由はその直後の「明らかに理性を失った中年女性の大群に押し流される」場面にこそある。ここで邪魔をするのが、結衣よりも年長者であり、また同じ立場にある(そして同じ経験をした)女性だという点が非常に暗示的である。

結衣を邪魔する彼女らは言い換えれば「大人の女性」であり、つまり「大人の世界からの圧力」であり「結衣の成熟を阻害する試練」ということでもある。「試練」には倒すべき怪物が登場することがあるが、まさに「中年女性の大群」こそがその怪物にあたる。成熟の為に越えるべき存在なのである。

ここで疑問が残る。母を亡くしている結衣にとってその「帰還」を見届け、成熟を認めるのは誰なのか。
その存在こそ、共に旅立った花日その人である。
「結衣ちゃんは大人の階段をのぼってるけど」という台詞がそれを証明している。結衣の奮戦を間近で見ていた花日が親の代わりとして結衣の成熟を認知する存在になりかわっているのである。

そして先に触れた、主人公が2人であるもう一つの重要な理由として、結衣と花日がお互いを補完しあう間柄にあることがここで確認できる。結衣を見て、花日は自身の成長、いまだ生理が来ていない自分の身体について考える。結衣の成長は花日の協力によってなされ、また花日は結衣の成熟を通して自身の成熟について考える。緊密で不可分な相互関係が女性主人公2人によってはっきりと形成されている。

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