2017.03.27.Mon. 8ヶ月前 メロンパン山中

【ジネディーヌ・ジダン】サッカー史上最高のMF!その横顔を名言と共に探る

「世界最高のプレーヤーといえば?」という話題になると、真っ先にその名が挙がるジネディーヌ・ジダン。そんなスペシャルな男・ジダンの横顔を、彼の経歴や名言を通じて探って参ります。

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史上最高の名MF!ジネディーヌ・ジダンという男

サッカーファンであれば、誰もが「俺の中の最高選手」といえる選手がいると思います。恐らく、あなたの中にもありますよね。そんな中、大多数の人から真っ先に名前が挙がるのが、フランス人MFジネディーヌ・ジダン。

この1972年生まれの攻撃的ミッドフィルダーは、フランスの名門チーム・カンヌやボルドーを皮切りに、ユベントスやレアルマドリードという超ビッグクラブの絶対的中心選手として君臨。しかも、数々のタイトルをゲット!

それだけではありません。フランス代表でも10番を背負い、1998年にはなんとワールドカップで優勝!個人タイトルにおいても、FIFA最優秀選手賞やらバロンドールやら、各リーグの年間最高選手賞やら、完全に総ナメ(汗)。

もはや、サッカー界で欲しいものをすべて手に入れてしまった感さえあります。過去、様々な“レジェンド”と呼ばれる選手がおりましたが、その中でも突出した存在。リアルでも無双、ゲームの中でも無双という最強戦士なのです。

そんなジネディーヌ・ジダンのスゴイところは、「過去最高のサッカー選手」と評されている選手たちから、「ジダンこそ最高のプレイヤー」と称賛されている点。例えば、こんな選手から。

ジダンと1980年代に活躍したミシェル・プラティニは、フランスの2大スター選手とされる[92]。そのプラティニからは「コントロールやパスなど、基本的な技術に関してジダンは王だ。ボールを受け、コントロールすることにおいて誰も彼と同じことは出来ないだろう」と言われている[93]。

出典: ja.wikipedia.org

プラティニこそ史上最高の選手!と言う方もたくさんおられるでしょう。確かにその通りで、まさに伝説的な選手のひとり。そんなプラティニが、ジダンを『王』とまで言い張るわけですから、尋常じゃありません(汗)。


ケビン・キーガンは、「誰もこんな選手は見たことがないと思うだろう。マラドーナは名選手だった。クライフも名選手だった。彼らは他と違っていた。だが似てはいた。ジダンはかけ離れている。ジダンのボールさばきは、まるで彼が通り抜けていく道を買っているようだ。彼を非常に特別にしているのは彼のヴィジョンだ」[94]と語った。

出典: ja.wikipedia.org

ヨーロッパの年間最優秀選手賞であるバロンドールを2度も獲得しているレジェンド、ケビン・キーガンなんて、あのマラドーナやクライフと比べてもジダンのほうが上だと言わんばかりです。

ロナウジーニョは「歴代最高の選手で、自分のなかでのアイドルの1人」とし、ベストプレイヤーに名前を挙げた[101]。

出典: ja.wikipedia.org

バルセロナのエース、そしてブラジル代表のエースとして数々のタイトルを手にしてきたロナウジーニョ。彼までもが、『ジダンこそ歴代最高選手』と言ってはばからないのですから、その偉大さは天をも突き破る勢い。


レアル・マドリードで共にプレーしたロベルト・カルロスは、2010年のレキップ紙のインタビューで「今まで見てきた中で一番の選手」と話し[98]、ベッカムは「史上最高の選手」と語った[99]。

出典: ja.wikipedia.org

近年における最高選手候補と呼び声の高い、ロベルトカルロスやベッカムらも『ジダンは史上最高の選手』という意見で一致。他にも数えきれないレジェンドたちから称賛を集めており、「ジダンこそNo.1」説は現実味を帯びています。

そんなジダンのプレースタイルといえば、その【確かな技術】と【屈強なフィジカル】。それでいて【豊かな創造性】を活かした攻撃的なプレー。2トップの下で自由を与えられることで、試合を決定づける仕事を完遂します。

それらのうち、どれか2つを持っている選手はいても、3つすべてを持っているとなると、ほとんど見当たりません。つまり、ジダンは他者には手の届かない高みまで達していた稀有なプレーヤーだったのです。


背番号の意味は?ユベントス時代のジネディーヌ・ジダンに迫る

ジダンのキャリアを語る上で、絶対に避けて通れないのがユベントス時代。素質を見出されていたとはいえ、まだまだフランス国内の選手だった彼が、大きく飛躍したのがこのユベントスなんですよね。

1990年代といえば、イタリアリーグが世界最高峰と言われていた時代。世界中のビッグネームが集まり、まさにスペクタクルなゲームが日常的に展開されておりました。そんな折、ジダンは1996年にユベントスへ加入。

5シーズンほど在籍しましたが、リーグ優勝2回を筆頭にたくさんのタイトルを手中に収めました。ペルージャに移籍した中田英寿選手と対戦したのもこの時代で、1998年のこと。私も、当時テレビに釘付けになったことを思い出します。

なぜ、ここで21番という背番号を選んだのかがよく話題になりますが、詳細は闇の中。ただ、あの時代21番といえば攻撃的な選手の象徴的な番号だったのは確か。そこらへんと関係あるのかな~?なんて思っちゃいますけどね。


マドリー行きは妻の仕業?ジネディーヌ・ジダン移籍の真相

そんなジダンも、イタリアでのキャリアを終えることを意識するようになります。そして次のターゲットは、情熱の国スペイン。当時、イタリアを凌駕するほどテクニックに特化していたのがスペインリーグでした。

技術とアイデアに優れたジダンが、その環境でプレーしたいと願うのも、運命だったのかも知れません。ただ、これには単に「スペインリーグで力を試したい」だけの問題ではなかった可能性も。その理由は、この方!

こちらはジダンの妻である、ヴェロニク・ジダン。どうやら彼女の存在が、ジダンの判断に大きく影響したという噂も。そもそも、妻のヴェロニクはスペイン系。その彼女が、スペインに住みたいと言ったとか言わないとか。

確かに、あり得る話ではあります。当時、ユベントスの会長がオフィシャルでそんな発言をしていたことをメディアに取り上げられておりましたので、信ぴょう性は高いと思われます。

まさか、レアルマドリードへの電撃的な移籍が、妻の希望に沿ったものだったとは・・・(汗)日本のお父さんなら、「そんなこと出来るはずないだろう」で終わる話ですが、ヨーロッパはちょっと事情が違うようですね。


名言で垣間見る!ジネディーヌ・ジダンの哲学

さて、史上最高の選手と謳われるようになったジネディーヌ・ジダン。その素晴らしいキャリアはもちろんのこと、数々の名言を残しております。それはまた、ただの場当たり的な発言でなく、彼の哲学を感じさせるものばかり。

そんなジダンの珠玉の名言を、ここで5つほどご紹介しましょう。なぜ、ジダンが偉大な選手だと尊敬されているのか?その秘密が、言葉の端々に見てとれます。それでは、どうぞご覧ください!


これはユーロ2004のグループリーグ初戦。劇的な決着となったフランス対イングランドでの名言です。非常に拮抗していたゲームであり、幸運の女神がフランス側とイングランド側を行ったり来たりという展開。

そんな中、ベッカムが勝負を決定づけるはずのPKを外すというまさかの失敗。逆に0-1の後半アディショナルタイムに得たフリーキックとPKを、ジダンが決めて2点をもぎ取るという衝撃の勝利。

「神様に感謝」とか「幸運」という表現を使ってはおりますが、試合中、常にジダンはチームのために身を粉にして働いており、諦めないことの大切さを教えられたような気がしてなりません。


こちらは1998年に行われたフランスワールドカップでの名言。準決勝でクロアチアと対戦することになり、その印象をメディアに話した時の言葉。そうです、日本が初めてワールドカップに出場したあの年なのです。

当時クロアチアは、フランスにしてみれば格下。準決勝まで来たホームのフランスにしてみれば、イージーな相手と思われがちで、巷の雰囲気は「決勝進出は決まった」と言わんばかり。メディアの論調もそれに近いものでした。

ところが!相手を見くびらず、敬意を払っていたのがジダン。クロアチアは独立の問題もあって、ようやく自国名でワールドカップに出場出来るようになったという背景があり、選手たちはそのことに誇りを持っていた様子。

勝負に格など関係ありません。常にジャアントキリングの可能性があるのがサッカー。自国のプライドを懸けた戦いをしていたクロアチアを見くびってはいけないという戒めの言葉でもあったように思えます。


ユーロ2000の準決勝、フランス対ポルトガルの一戦で出た名言。1対1のまま延長戦に入り、膠着した状態が続く中、PKを告げる突然のホイッスル。何が何だかわからないままPKとなり、場内は騒然。

そんな状況で、一瞬たりとも動揺を見せずPKを決めたのがジダン。「このPKをハズしたら・・・(汗)」というプレッシャーがあって当然の場でありながら、見事な集中力を発揮しました。

ジダンという選手が、自分をコントロール出来る成熟した選手であることを象徴したひと言。ただ上手いだけでなく、ただ強いだけでもない。そんな彼の本質が如実に表れている名言ではないでしょうか。


誰も出来ないような難しいプレーを、いとも簡単そうにやっていたジダン。見ている人にしてみれば、「ジダンにとって、サッカーなんてどうせチョロいんでしょ」と思われがちだったり。

これはサッカーに対し、ジダンが謙虚な姿勢を持って臨んでいることを示唆した名言。彼のように、サッカーにおけるすべてを手にしたように見えていても、その成功は謙虚さと切っても切り離せない関係にあるのでしょうね。


もう、「世界中のみんなに聞かせてやりたい!」と思うような最高の名言です。こちらは、親に猛反対されながらもサッカー選手の道を選んだある選手について、ジダンが発した言葉。

人はいつも勝手なことばかり言うもの。「どうせ成功の可能性は0%だ」なんて言われたところで、その歩みを止める必要など無いですし、止めてはいけないのです。そんな熱い気持ちにさせてくれる名言ですよね。

追いかけなければ実現出来ないのが『夢』。追いかける人を愚かだと言うのは簡単ですが、やらなければ手に入らないという現実は確実にあるのです。まさに、成功を極めたジダンだからこその哲学が凝縮されたひと言でしょう。


ジネディーヌ・ジダンの活躍はまだまだ終わらない!

多くの人々から史上最高とまで言われ、すべてを手に入れた栄光の選手時代。もう、サッカーで欲しいものなど無いのでは?と思いたくなりますよね。しかし、ジダンの挑戦は終わりません。

ご存じの通り、現在レアルマドリードで監督としてのキャリアをスタートしております。日本には「名選手、名監督にあらず」なんて格言がありますが、ジダンは単なる名選手ではなく、謙虚さと哲学を持ち合わせた至高の存在。

それだけに、きっと監督としても活躍してくれるでしょうし、まだまだファンを沸かせてくれるハズ。そんなジダンの新たな夢の続きを、我々もぜひ応援しようではありませんか!


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