2017.05.02.Tue. 3ヶ月前 Dave.N

ドカベンの歴史は最強投手陣の歴史!不世出の大打者・山田太郎を零封する布陣はコレだ!

野球漫画の金字塔『ドカベン』(水島新司)が連載されて今年で45年になります。その間、主人公の山田太郎は打ち続けているのですから、たいしたものです。ここでは、その山田を「打ち取れるかもしれない」投手陣を勝手にセレクト。大打者・山田に挑みます!

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伝説的野球漫画『ドカベン』、そして山田太郎とは?

主役はもちろん、取り巻くサブキャラの人気も長期連載の秘訣か!?

『ドカベン』(水島新司)は1972年から1981年まで、「少年チャンピオン」で連載された漫画です。当初は野球ではなく、柔道での活躍を描いていましたが、山田太郎(明訓高校-西武-東京スーパースターズ)が高校に入学してからは、本格的に野球漫画へとシフトしていきました。

そのため、コミックスのカテゴリーは、連載終了まで“学園コミックス”です。ここで、水島新司は野球に対する情熱と豊富な野球知識をふんだんに使い、その才能を開花させたと言ってもいいでしょう。加えて、主人公だけではなく、チームメイトの岩鬼(ダイエー-東京スーパースターズ)や殿馬(オリックス-東京スーパースターズ)、里中(千葉ロッテ-東京スーパースターズ)、微笑(巨人-東京スーパースターズ-広島-京都ウォーリアーズ)らにも人気が集まったのも大きいです。

タイトルでもある「ドカベン」というのは、主に土建作業に就いている人達が使っている弁当箱を指します。山田がいつも持ってきている事から、それがあだ名となりました。これがタイトルの『ドカベン』の由来です。最近では、あまり見なくなりましたが、アルマイト製で、厚み(とにかく大きくて、深いのを想像してください(画像・上参照))のあるやつです。

ちなみに、横浜学院のエース・土門剛介(横浜-四国アイアンドッグス)も、同じく「ドカベン」のニックネームを持っていましたね。その「ドカベン」違いで微笑三太郎が、明訓に間違って転校してしまったエピソードも、筆者は好きです。

水島漫画の集大成『ドリームトーナメント編』

『ドカベン』は、高校2年の夏の甲子園で弁慶高校に敗退して、秋季大会へ向けて再出発する所で終わりました。しかし、『大甲子園』で3年時の甲子園大会を描いて復活。その後も『プロ野球編』『スーパースターズ編』と山田達の活躍は続いています。

そして、現在連載中の『ドリームトーナメント編』には、かつて水島作品で暴れていた選手達が、こぞって出場して作品を盛り上げています(各人が活躍した年代が合わないですが、そこはご愛嬌で)。ファンには、タマらないです。

山田太郎は、ホームランを狙って打てて、チームバッティングに徹する事も厭いません。その上、捕手としてもピカイチなのですから始末に負えませんね。それが、『ドカベン』の主人公・山田太郎なのです。

筆者は、「よくぞ凄い選手を創造した」と、水島先生にあらためて脱帽してしまいます。

山田太郎を抑えるには、この布陣しかない!

勝手に適材適所選定で、怪物封じ!

山田太郎は五度の甲子園大会で、打率7割5分、本塁打20本、打点51、盗塁阻止率9割(いずれも数値は、『水原勇気1勝3敗12S 超完全版』(講談社)の著者・豊福きこう氏のデータを基準としています)を記録している超高校級の選手でした。

西武入団後は1年目途中からレギュラーとして活躍して、新人賞を獲得しました。翌年からは、三冠王1回、リーディング・ヒッター1回(三冠王の2001年)、本塁打王6回、打点王6回(2005年は本塁打王か打点王のどちらかを獲っているので、どちらか1回分増えます)と猛打は爆発しています。

加えて、さよならホームラン数が12本というのも、勝負強さ表していると思います。“頼りになる男”は、皆から慕われるモノなんですね。山田という男、度量もデカいです。


この怪物・山田を抑えるのは容易ではありません。幾多の投手が泣かされてきた事でしょう。ただ、この山田に対して、勇猛果敢に勝負を挑んでいる投手も少なくないのも実情です。ここでは、これらのライバル達に焦点を当てて、筆者が勝手に「いかにして、山田を抑えるか?」を考えてみました。

そのひとつの“鍵”が、ここで披露する「投手の分業」です。この分担制に沿って、先発は100球程度、中継ぎは1~2イニング、そして絶対的クローザーで絞める。この方法で山田から三振の山・打ち損じを築き上げていきたいと思います。

連載中の『ドリームトーナメント編』でも、いくつかの名勝負(山田なしでも)は繰り広げられていますが、ここではあくまで“対山田”に絞ります。題して「festy流『剛球列伝』 山田太郎と闘った零封布陣」です。山田派もアンチも、存分にお楽しみください!

ローテーション先発陣編

エースはこの男しかいない!…不知火 守(『ドカベン全編』『大甲子園』)

中学3年時から山田と対決したいがために、川越中学(埼玉県)から白新高校(神奈川県)に進学したのが不知火 守(日本ハム-四国アイアンドッグス)です。同じ予選地区のために甲子園出場経験はありませんが、岩田鉄吾郎(東京メッツ(当時))・五利一平(同監督)の両名が目を着けていた程、その名は轟いていたのです。

高一秋からは、監督も兼任して明訓に挑みますが、山田は抑えるものの苦手とする殿馬や岩鬼の悪球打ちで惜敗しています。高校最後の試合でも、山田の投手強襲ライナーをはじき、内野安打にされてゲームセットです。真夏の太陽のもと、県予選を全て一人で投げ抜く姿を指して「灼熱の男」と呼ばれるようになりました。

マドンナ(四国アイアンドッグス)が、「殿馬さんの次に素敵!」と言うのも分かるような気がします。

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不知火は、この山田に対して“超遅球”という、決め球を編み出しました。。これは、ストレートと全く同じフォームから投げ出される超スローボールで、タイミングを取るのが難しい球とされています。岩田鉄吾郎も、この通称“蝿止まり”を投げますが、彼の場合はいわば天然の遅球であって、不知火のとは質が異なります。

不知火のは、全盛の筋力を使った上での遅球ですから、肩への負担は速球以上です。そして、肩・ヒジの負担といえば日本ハム時代に2球だけ投げた「イナズマ」があります。この球は捕手に到達する前に稲妻のように、二度鋭角に球の軌道が変わるボールです(写真上・イメージ)。

当然、山田にしか投げていませんが、負担が大きすぎるのか、四国アイアンドッグスに移籍後は、投げていないのが現状です。

このように、不知火は山田に対する被本塁打数は他のライバルに比べて少ないのが特徴です。それゆえ、山田に力を使い切ってしまうのか前述した殿馬を苦手としていたり(野球センスを早くから見抜いていた証でもありますが)、他の打者に痛打をくらってしまったりしています。

それでも、山田との勝負にこだわる不知火。やはり“対山田のエース”は、この人以外には考えられません。高三の夏、部員を前に「明訓をやぶったら、それでいい。甲子園出場なんて魅力もない。勝っても甲子園の切符など明訓にくれてやる」と激を飛ばしたシーンが忘れられません。こんな監督、ちょっといないですよね。ついて行く部員の気持ちが、よ~く分かるんですよ。

参考までに不知火は1998年のオールスターゲームで、9連続奪三振の記録を獲っています。この時の捕手は、山田でした。

剛球一直線…藤村甲子園(『男どアホウ甲子園』『ドカベン ドリームトーナメント編』)

甲子園球場のすぐ向かい(現在では、休館したイオンの辺りか!?)の生家で育ち、将来は長嶋茂雄(巨人)に面と向かって「キリキリまいさすねん」と4歳の時に言った言葉を忠実に守った男。それが、藤村甲子園(南波高校-東京大学(中退)-阪神)です。

以来、名前と同じ甲子園で春夏連覇を成し遂げ、東京六大学リーグを経て念願の阪神に入団しました。剛球一直線とはいうものの、高校時代は捕手・豆タンの口車に乗せられて(ナチュラルと本人は思い込んでいる)シュートを投げたり、プロ入り後はカーブも投げられる事を証明しています。

それでも、やはり投げるのは“剛球”のみです。『ドリームトーナメント編』では、山田のバットを折りながらも惜敗してしまいました。

なぜ、藤村をローテーションの一角に組入れたのかといえば、やはり剛球なので勢いがあるという事。それと、サウスポーであるという点も大きいです。やはり、山田に対する場合でもサウスポーは有利であるでしょう。そこで、男・藤村甲子園の出番と相成りました。

性格的に勢いづくと手がつけられない程、投球もノってくるのでシュートやカーブを織り交ぜていけば、他打者に対しても乗り切っていけるはずです。藤村の「うぉぉぉぉ」は、自分で吠えていますが、岩鬼の「グゥラゴラガキィィン」(打球音)、不知火の「ガァバァァ」(テークバック時の擬音)と、独特の効果音を持つ選手は、「水島先生の愛着が他者よりも深い」と筆者は推理するのですが、どうでしょうか?

球けがれなき道けわし…中西球道(『球道くん』『大甲子園』『ドカベン プロ野球編~』)

『ドカベン』の集大成である『ドリームトーナメント編』で、決勝戦で戦っている京都ウォーリアーズ(プレーイング・マネージャー/微笑三太郎)のエースが、中西球道(青田高校-千葉ロッテ-京都ウォーリアーズ)です。実父と養父がプロ野球選手で、“プロ選手の何たるか”を、幼い頃から肌で感じ取っている選手でもあります。

山田との対戦は『大甲子園』での、高校三年生から。延長18回でも決着がつかず、翌日の再試合でようやく明訓が辛勝したといった感じでした。この二試合で中西は、岩鬼と山田に本塁打を打たれています。二人とも金属バットだったとはいえ、芯を捉えさえすれば、もともと飛距離は出る打者ですから、投げ負けた事には変わりないです。

しかし、この二人からは三振も獲っており、個対個の対決はイーブン(特に山田とは)だったと言ってもいいでしょう。

豪腕度No.1の声も高し

見出しの「球けがれなき道けわし」は、実父(元南海の山本一利)の形見に刻まれた銘であり、球道はいつもこのボールを持ち歩いています。短気な自分を落ち着かせる“お守り”かもしれません。その球道は、山田達がドラフト指名を受けた年には、どの球団にも指名されていません。多分、オリオン大学留学を早い時期から表明していたからと思われます。

球道も藤村と同じく“剛球ひと筋”を身上としていますが、完投の体力温存のためにカーブを投げる事も多々あります。しかし、この布陣では、そうした気配りは無用なので、責任回数を思いっきり飛ばして行く姿も見てみたいものです。

ただ、剛球を投げ続けてきたためか、故障も多いです。速球投手の宿命なのだと筆者は思います。

先発は力技で!


ここで挙げた三人は、あくまで「三本柱」という意味で、まだまだ逸材は存在するし異論もあるでしょう。ただ“先発型剛球”となると、この三人に落ち着くのではないでしょうか?ちなみに、この先発陣のMAXスピードは不知火162km(高速フォークは145km!)、藤村165km、球道163kmです。

筆者がプロ野球を熱心に観ていた頃は、槇原寛己(巨人)の売り出し中の1985年に155km(ただし終速)、同85年の中山裕章(横浜大洋-中日)150km、1990年の与田 剛(中日)157kmくらいが、いわゆる速球投手だった事を考えると隔世の感があります(注:スピードガン普及前は含まず)。

現在では、160km超も珍しくなくなりました。時代が水島作品に追いついて来たという事なんでしょう。嬉しいやら、淋しいやらデス。

セットアッパー陣編

スタイルは変幻自在…真田一球(『一球さん』『大甲子園』『ドカベン スーパースターズ編~』)

日本では「中継ぎ」と言われて、内外でイイ印象がなかった事もありましたが、上原浩治(巨人-オリオールズほか)がMLBで中継ぎ投手として活躍、評価されたために“セットアッパー”という呼び名が定着しました。

対山田のセットアッパーとして、まず挙げたいのは真田一球(巨人学園-東北楽天-京都ウォーリアーズ)です。真田忍者の末裔らしく、高い身体能力と戦術は一級品です。ピッチャーとしては、オーバースローの速球が基本ですが、『大甲子園』では「影武者作戦」で里中役を演じたため、アンダースローも披露しました。

その投法もMAX140kmで、さらにホップする等、実戦レベルです。守備面では、投手前に鋭く、そして高くバウンドした打球(普通ならセンター前ヒットの当たり)を、ジャンプして捕球→着地前に送球するなど、忍者野球を炸裂させています。

その真田の京都ウォーリアーズの選手登録は、一応は捕手という事になっています。投手として出番がない時は、ショートに入っている事も多いです。つまり、オールラウンド・プレイヤーという事ですね。瞬足のため、バントヒットも狙えるし真に使い勝手のいい選手と言えるでしょう。

ただし、ここではセットアッパーに徹してもらい、山田を心ゆくまで翻弄して欲しいですね。1回ないし長くて2回の間、山田をはじめ、そのチームメイト達を存分にかく乱してくれることを望みます。

柔と剛、二つの顔を持つ男…池畑三四郎(『男どアホウ甲子園』『ドカベン ドリームトーナメント編』)

池畑三四郎(明和高校-東城大武蔵高校-早稲田大学-京都ウォーリアーズ)は、中学時代からの藤村甲子園の良きライバルです。剛球一直線の藤村とは真逆に、アンダースローから繰り出される“七色の変化球”は、こちらも大きな威力を持っています。

カーブでも、スローカーブ、高速カーブ、大きなカーブと数種を投げ分けてくるのですから、打者にとってはたまったモノではないでしょう。シンカーやドロップ等の落ちる球の精度も高いです。加えて池畑には「剛球仮面」という別の顔もあります。

広島の渚 圭一(明訓高校-大学・社会人-広島)ではなく、池畑こそが元祖にして本家の「剛球仮面」なのです。高三の夏の甲子園決勝でも藤村と延長18回を二日間“剛球対決”している実績もあります。打者一巡を抑える力は、まだまだ健在と言えるでしょう。

「鳴門の牙」いまだ健在!…犬飼小次郎(『ドカベン 全編』)

山田が高一の夏。素性は定かではないが「鳴門の牙」と異名を持つ速球投手がいるという噂が、球児間に走りました。その投手こそが犬飼小次郎(土佐丸高校-南海(福岡ダイエー時まで在籍、現・ソフトバンク)-四国アイアンドッグス)です。

準決勝途中までは“キャッチボール投法”なる、まさにキャッチボールをしているかのような緩い球を投げていましたが、後半突然に剛速球の牙を剥きます。唸りを上げて伸びてくる(多分)150km台の速球に、四番バッターの主砲・土井垣 将(日本ハム-東京スーパースターズ)でさえ、バントを失敗する程です。

次打者の山田が、そのストレートをジャストミート!ライトスタンドへ、本塁打を打ち込みました。さよならホームランです。この後、降板した里中をベンチまで迎えに行った山田の優しさに涙腺を緩ませましたよ。

短いイニングをピシャリと抑える!


と、感動話がメインではありません。その後、プロで再会した小次郎は剛速球に加えて恐ろしい武器を手に入れていたんです。それは、左打者に対しては懐に食い込む形になる高速シュートです。これは、軌跡からして、踏み込んで打つには勇気と“読み”が必要な難しい球ですよ。

右打者に対しても、ベースをかすめて逃げていく球筋になるので打ちにくい事でしょう。このボールを有効に活用すれば、まだまだイケるはずです。もちろん、山田に対してもです。兼任監督業も大変でしょうが、セットアッパーとして純粋にいち投手に戻ってほしい気もします。

ここで挙げたセットアッパーは、それぞれ甲子園(写真・イメージ)大会で活躍した過去を持ちます。あの“熱い日々”を自信と糧に、常に山田をはじめ三人~六人くらいの打者を堂々と仕留めてもらいたいものです。

クローザー陣編

分かっていても打てないフォークボール…緒方 勉(『ドカベン』『ドカベン スーパースターズ編~』)

ここではスーパースターズのチームメイトではありますが、緒方 勉(いわき東高校-イワキ電工-東京スーパースターズ)に加わってもらいます。スーパースターズにいても、里中以外の先発陣は扱いが雑ですし、うしろには“トリオ・ザ・ブルペン”が控えていますし。ここは、対山田オールスターズにレンタルという事で……。

なぜ、そこまで緒方が“買い”なのかといえば、決め球のフォークボールの存在があるからです。ホームベースの80cm前で「ストン」と落ちる精度が既にありました。その球を武器に予選から甲子園決勝までは無失点(予選決勝に至っては、完全試合)できています。

岩鬼には幻のホームランを含めて二本の本塁打を打たれていますが、土井垣や山田も全く手が出ませんでした。ゲームのしんがりを務めるには、うってつけの投手だと思います。

ズシリと重い超剛球…土門剛介(『ドカベン 全編』)

超剛球という語が生まれたのは、この土門剛介(横浜学院-横浜-四国アイアンドッグス)が活躍した頃だったかと筆者は記憶しています。高校一年時は、子供を交通事故から救うためにケガをして、リハビリに時間を費やしていたので、山田と対決するのは土門が二年生、山田が一年生の時の秋季大会からです。

速いだけではなく、ズシリと重い球質なために捕手不足(本気で投げると、捕手の指が骨折してしまう)に泣いた土門ではありましたが、明訓戦を前にやっと谷津吾郎という捕手と巡り合います。そこでやっと、対等に山田と勝負できたわけです。

それからは、不知火の白新高校と同様に「打倒 明訓」を旗印に激闘を繰り広げて行きましたが、遂に土門も甲子園の土を踏む事なく、卒業していきました。

卒業後、土門は横浜に入団します。ここで佐々木主浩(横浜大洋-マリナ-ズ-横浜)と二枚ストッパーとして活躍します。入団してから覚えたシュートの威力がハンパではありませんでした。

そして、球界再編で四国アイアンドッグスにFA移籍した後も、クローザーとして豪腕を振るっています。山田との対戦は描かれる機会が少ないのですが、ヒットは打たれているものの三振も奪い、非本塁打は少ないみたいです。

その頑健な体は、毎日ベンチ入りしなければならないクローザー向きです。筆者(と編集部特殊編成チーム)が選ぶ以前に、土門は超一級のクローザーなのですから当然のごとく、この布陣入りは確定です。緒方といい、土門といい三振を獲る力があるのが、クローザーの条件であると、改めて勉強させてもらいました。

嗚呼、青春よいつまでも!

布陣は鉄壁だったのか!?

対山田太郎布陣というか、ここまで来ると「山田で測る投手力(剛球度)」と言えなくもないですね。ただ、いつも山田だけが打席にいるのではなく、打順があり守備位置もありますから、この記事のままを想像すると、殺風景でフリーバッティングのような画になる恐れもあります。四番の山田以外は明訓高校と東京スーパースターズをミックスさせたナインを、イメージさせてみてください。

それにしても、この布陣は豪華で見応えがありますよね。個々との対戦はありましたが、ここまでまとまって相手にするとしたら、いかに山田でも手こずるでしょう。そんな布陣を組めて、筆者も幸せであります。

ちなみに、この布陣をリードするのは全盛時の野村克也(南海-西武)か古田敦也(ヤクルト)をイメージしてください。より面白く妄想翼を広げられると思います。

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