2017.05.03.Wed. 3ヶ月前 echo_logical

原辰徳伝説8選!嵐を呼びまくる男の物語を語る

長嶋茂雄・王貞治の後を受け継いで読売巨人軍栄光の4番打者として活躍し、その後監督として常勝軍団を作り上げた原辰徳。入団前、入団後と常に原は注目を浴び続けたスーパースターが残した”伝説”を紹介していく。

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伝説の男・原辰徳

原辰徳は181㎝88㎏、出身地は神奈川県相模原市だが福岡県大牟田市の生まれ。晩年は外野へとコンバートされたが主にサードを守ったスラッガーである。1980年代から90年の中盤まで巨人軍の4番打者として活躍した。

V9を達成した栄光の巨人軍、その主軸を担っていた長嶋茂雄、王貞治が引退した後の巨人軍を人気実力ともに支えた名選手である。4番としての試合出場数は球団歴代4位で主にクリーンアップを任せられた存在であった。

長嶋、王の勝負強さが尋常ではなかったため、原はファンから”チャンスに弱い”と揶揄されることが多かったのだが、入団から12年連続で20本以上のホームランを記録し通算382本のホームランを放った泣く子も黙るスラッガーなのである。

実力もさることながら爽やかで甘いマスクと女性からの人気も大変高かった。付いた愛称が”永遠の若大将”である。そして他の選手にはない華のある選手で打っても守っても絵になるところは筆者がとても憧れていたところだ。

特に当時は全国放送の野球中継といえば必ず巨人の試合という時代なので、とにかく原のいるところに人が集まり、話題の中心は常に原だった。巨人軍の4番ともなれば背負わなければならない宿命といったところだろうか。

晩年は落合、松井といった選手に主軸を譲り95年に引退するまでの野球選手人生を駆け抜けた原辰徳という男が残した”伝説”を振り返りながら、彼が歩んできた道のりを紹介していこうと思う。

原辰徳伝説① 甲子園での「原フィーバー」が半端じゃない

原は幼いころから野球をプレーしており、高校進学時には彼の父である原貢が監督を務める東海大相模高校へと進学した。母とともに頭を下げ入学を懇願した原に対して親子の縁を切るからそのつもりで来いと、父貢は答えたそうだ。

特に厳しい指導の甲斐もあって原は1年生からサードのポジションでレギュラーを獲得、夏の甲子園には3年連続で出場している。最高順位は準優勝。親子鷹として原と東海大相模は大変な注目を集めていた。

甲子園に出場するための地区大会では、かつてロッテオリオンズの本拠地であった川崎球場が満員になるほどで、如何に原が注目を浴びる選手だったかがわかると思う。この”原フィーバー”が彼の注目され続ける人生のスタートだったのだ。

原辰徳伝説② 高校卒業時のドラフト会議でひと波乱!

原が高校三年生の時にはその才能と人気からドラフト候補の目玉として大変注目を集めていた。しかし原自身はドラフト会議の直前に東海大学への進学を表明しプロ入りしない意向を示したのだった。

そうした経緯もありその年のドラフト会議では全球団が原の指名を見送ったのだが、当時巨人軍のオーナー正力松太郎と監督だった長嶋茂雄がドラフト直後に原の獲得に動くと表明したのだった。そして正力が言った『すでに手は打ってある』問う発言が物議を醸すことになる。

この言葉が東海大学総長の松前重義の逆鱗に触れ『自分の目の黒いうちは腹をプロに生かせない、もしプロに行くようなことがあれば彼も死ぬことになる』と発言!一発触発の騒動へと発展してしまった。原への注目度はこれほどまでに高かったのだ。

原辰徳伝説③ 大学では横浜スタジアムで使って練習していた!?

こうして原は晴れて東海大学へと進学、法政大学の江川卓との対決など相変わらず話題を集め続けた。日米野球では早稲田大学の岡田彰布とクリーナップを打つなど実力も着実に増し津8位には『長嶋茂雄の再来』という声まで出始めていた。

東海大学はいわゆる6大学ではなかったので人気面では劣って当然なのだが、しかしここはさすが原。彼目当てに多くのファンが球場へと詰めかけたのである。当然加盟校のグラウンドでの試合や練習ではキャパオーバーになってしまう。

そこで大学側はファン対策としてなんと横浜スタジアムや川崎球場といったプロ野球チームの本拠地を押さえてそこで試合をしていたというのだ。原のいるところにやはり人は集まるのである。そして原の野球人生はいよいよプロの世界へと移っていくのである。

原辰徳伝説④ あの長嶋茂雄に認められた

大学での活躍もあり原は再度ドラフト候補の目玉として注目を浴びる存在となっていた。そして4球団の競合の末、新任の藤田元司監督にくじを引かれた原は晴れて読売巨人軍へと入団することになる。

先述した騒動の頃から腹を追いかけ続けた前年で退任した長嶋茂雄元監督からは永久欠番にもなっている栄光の背番号3番を譲りたいと言われたが名脇役高田繁の引退に伴い3番ではなく8番を付けることになった。

こんなことを言われるほど当時の原は人気だけが先行する選手ではなかった。3度のMVP、7度のベストナイン、大学リーグ通算打率.398本塁打21本105打点という堂々の成績をひっさげプロ野球の門を叩いたのである。

原辰徳伝説⑤ 入団1年目で特番が組まれた

ルーキー原は開幕一軍スタメンでプロ野球デビュー。サードに中畑清がレギュラーとして君臨していたため開幕当初はセカンドを守っていた。開幕2戦目で初ホームラン、4月22日には初のサヨナラホームランを放つなど活躍を見せた。

初々しくも爽やかにはつらつとプレーし中畑の怪我もありシーズン途中にはサードを守り最終的には打率.268、22本塁打67打点の成績を残し文句なしの新人王に輝いたのだった。ルーキーから20本越えするのだから大したものである。

この年巨人は見事日本一に輝き、この新人の活躍に世間は大いに沸き、オフには1年目の活躍を振り返る特番が組まれるなど、相変わらずの原フィーバーとなったのだ。ここから原の人気は不動のものへなっていくのである。

原辰徳伝説⑥ 監督でも日本一!1年目から才能爆発

95年に15年にも及ぶ現役生活を終えた原。試合後の引退セレモニーで『私の夢には続きがある』と語り、解説者やコーチなどを経て2002年から巨人の監督として指揮を執った。キャッチフレーズが『ジャイアンツ愛』となったのも原らしいところだ。

そして就任一年目から70人の支配下登録選手のうち66人を1軍で使い、適材適所に人員を配置しながら分け隔てなくチャンスを与える采配で見事リーグ制覇。さらには日本シリーズを4連勝で制し監督初年度での日本一を達成したのだ!

2度の監督就任の間にリーグ優勝7回、日本一3回を達成。さらには第2回WBCでもチャンピオンに輝くなど、名選手ながらすでに名監督の風格すら漂っていると感じるし、原ファンである筆者は彼の監督としての帰りを待っている。

原辰徳伝説⑦ 解説でも超有能と話題

原はグラウンドを離れたのちに各放送局で解説者として活動、その解説ぶりは非常にわかりやすくまた選手としても監督としても日本一を経験しているからこその説得力がある。今回のWBCでも解説をしていてやはり原節には安定感があると感じた。

筆者が強烈に覚えているのがFA移籍してきた工藤公康が200勝目をかけた試合。2対2の拮抗した試合展開でランナーを一人置いて打席にはピッチャーの工藤。もともとパ・リーグ出身の工藤は打席経験が少ない選手だ。

その工藤に対して『1・2の3で思い切り打て』、『歩こう(フォアボールを選ぼう)とする意識な持つ必要ない』と強気解説を展開し、工藤は見事生涯初のホームランを放つ!それを見てウェーイ!と声を挙げるのも何とも原らしいのである。

原辰徳伝説⑧ 顔芸でも日本一?

原は長嶋茂雄に憧れていたこともあるのか喋り方や仕草など何となく長嶋似だなと感じるところがややある。しかしそれに加えてネット上で話題になっているのは、原の表情が多彩すぎるという事なのだ。原の顔写真だけのスレッド立つほどである。

確かに何かコメントを残す時、その表情はとても豊かでこちらにわかりやすく伝わってくるのだが、ネット民たちにとってその一つ一つが大切な”素材”として扱われ、もてはやされていると言っても過言ではない。

ただ逆に言えば、野球を見ない人や興味がない人からしても魅力を感じるほど様々な表情で自分の気持ちや感情を表現できるのが原辰徳という男なのだと思う。絵になる男は何をしてもやはり絵になってしまうのではないだろうか。

みんな原辰徳に魅せられていた!

1度目の監督を辞任した時、甲子園での最終戦の最後に当時阪神の監督の星野仙一が花束を用意し原をねぎらったシーンがある。そして感動的なのは普段は巨人を目の敵にしている阪神ファンからも大歓声が贈られたことだ。

阪神ファンをも魅了してしまうのが原辰徳なのだ。それは普段は野次や罵声で表現されるかもしれないが、一野球ファンとして彼の姿を追いかけ、そして野球に携わる仲間として彼を応援してしまうのである。

原が巨人の監督として帰ってくる日を筆者は待ちわびているし、原はやはりグラウンドにいるほうがカッコ良いと思う。V9とは言わないがやはり巨人は強くなければならないし、そのためにはまだまだ原の力は必要だと思うのである。

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