2017.05.24.Wed. 8ヶ月前 japon

デビルマン トラウマ展開TOP5!絶対記憶に刻まれる悪魔のストーリーを厳選

作者である永井豪先生の漫画業50周年を記念して、2018年版デビルマンとして、同年の初春から完全リメイク・アニメとして復活!最新気鋭のクリエーター達による、その名も「DEVILMAN Cry Baby」にも期待!さぁ、そのトラウマ必至の衝撃ストーリーとは?!

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デビルマンを読んだ事がありますか?

『デビルマン』を読んだ事のない人には是非一度、手に取って頂きたい日本が世界に誇る名作の一つです!少年漫画という概念を超越した、哲学的な問題作と言えます。人間とは?悪とは?心理とは?<br><br>最終的に、それぞれの宇宙観にまで疑問を投げかけていく物語です。地球規模の人類史の悪というものが重要なテーマの一つであるので、目を覆いたくなるシーンも数多く登場します。<br><br><b>悪や暴力というものが、いかに実態の無い、すり替わりの早い弱い心に潜んでいるか?という深い闇も物語はあぶりだします。とてもそれは身近な話だという事も気付かせてくれます!</b><br>

『デビルマン』を読んだ事のない人には是非一度、手に取って頂きたい日本が世界に誇る名作の一つです!少年漫画という概念を超越した、哲学的な問題作と言えます。人間とは?悪とは?心理とは?

最終的に、それぞれの宇宙観にまで疑問を投げかけていく物語です。地球規模の人類史の悪というものが重要なテーマの一つであるので、目を覆いたくなるシーンも数多く登場します。

悪や暴力というものが、いかに実態の無い、すり替わりの早い弱い心に潜んでいるか?という深い闇も物語はあぶりだします。とてもそれは身近な話だという事も気付かせてくれます!

デビルマンでトラウマ?!

世の中にはいつの時代も、目には見えない狂気が存在しそれは戦争であり侵略であり格差、暴動事件を引き起こします。我々と同じ人類もっと言えばその心の問題と言えますよね。その心の闇とは?

漫画デビルマンは、そういった価値観や感じる事、考える事を、他人事じゃ済まされないと読者に突き付けて警告している話です。よく戦争に行った兵士は苦痛に耐えられず精神が崩壊すると言います。

人間は人間を狂わす程、残酷な一面を持っているという事もテーマの一つであるデビルマンですが、いかなる状況でもそれに流されずに信念を貫き通し、人間らしさを失わない事の尊さももう一つのテーマとなっています。

デビルマンのトラウマの正体とは何か?

そもそもトラウマとは否定的な意味で使われますが、人間の人生は面白いもので、それをその後どう捉えて、どう克服したか、で、成長の糧になっていきます。

デビルマンを読んで残虐性しか感じないようでは、相当に思い上がった人間中心な都合主義の中で守られ、油断しきっている考え方をしていると言わざるを得ません。

デビルマンテーマの問題意識を植え付けられた方が、表面的平和が蔓延し、勘違いしそうな日本を生きていくには丁度いいトラウマだと思います。トラウマになりそうな衝撃の中にも、大事な教えが隠れています。

第5位「デビルマン トラウマ度 アニメ は子供向けでマイルド?!」

TVアニメ放映時は昭和47年で、原作に比べるとマイルドで子供向けだ。と、言われていますがリアルタイムで受けたトラウマと言えば、不動明がデビルマンに乗っ取られ凶暴化。

教室でベルトを鞭がわりに暴れ回るというシーンは、当時校内暴力が問題化していた時代に超リアルでした。近所の不良のWホールの太いベルト=不動明イメージでりっぱなトラウマでした。

氷山で突然、巨大な悪魔怪獣3匹に取り囲まれるという設定や、つららが目に刺さり死ぬ、緑の血、劇画調の表情など昭和独特のキワどさは、現在の子供向けアニメとはだいぶ違う暗さです!

TVアニメ用とは迫力が違う予感の最新型「DEVIL MAN cry baby」

2018年の初春にNetflixで世界190ヵ国!!での独占配信が遂に決定しましたが、作者である永井豪先生も「最後まで描いてくれるのかな?」と思うほどの長編スペクタクル壮大巨編作。

最後までやり切るには相当なパワーが必要であろう事は、アニメ映画素人でも予想は出来ます。しかも今回は原作のエグさにもネット配信ならではの攻める姿勢という事で期待が持てます。

永井先生もアニメ化に関してはこれが、最後の可能性かもと言っておりますが、監督の湯浅さんには絶対の信頼を置いているそうです。限界をラストまで描き切ると気合い充分です!

第4位 デビルマンが守ってきたはずの人間が暴徒化!大切な人も犧牲に……。

悪魔界の怪物達はもちろん、変なのがいっぱい出てきますが、人間たちが集団心理で魔女狩りなどをはじめると、暴徒化し止まらなくなるシーンが怖いです。実際に歴史でありましたからね。

雰囲気に流されてしまい完全に自我を見失い狂ってしまった集団。みんながそうやってるんだ、間違いない。何も疑わないという怖さです。異を唱えれば、あなたも殺されてしまうでしょう。

その恐怖もあり、集団心理は悪い方へ少しずつ加速していきます。恐怖がさらなる恐怖を生む悪循環スパイラル。いじめの心理も同じですよね。長いものには巻かれろの危険性です。

中世魔女狩りの生首や狂信心理

明が悪魔じゃないかと疑いはじめた人間達は、明の居候先である美樹ちゃんを惨殺し生首を槍の先に刺し、狂気乱舞するシーンがあります。現在の我々からすれば胸が悪くなる話です。

しかし、もっとおぞましい拷問や処刑の歴史が人類史にはあります。権力というものが一部の人間によって独り歩きしていた時代ですが。力の前に人々は恐怖を抱き迷信がはびこりました。

情報も知識も無く、カオス状態の中で保身が唯一つの生き残る道という絶望的な状況で、誰もが疑心暗鬼でした。このような事を絶対に二度と繰り返さないよう我々は歴史から学ぶべきですね。

人間らしさとは何なのか?!

私たち人間は、視覚で判断してしまいがちな世界に生きています。それは社会が人間中心だからです。その結果、人間らしさとは程遠い情や思いやりに欠けた人間が増える皮肉さ。<br><br>自己中心的な考えは行動になり、相手を思いやる言葉は消え、文句しか出てこなくなるのです。身体が不自由な人を馬鹿にしたり、弱い者をイジメたり悲惨な事件を起こしたり。<br><br><b>人間の中にも弱く醜い部分が潜んでいることを理解し、受け入れないといけないということを「デビルマン」は教えてくれます。</b>

出典:

私たち人間は、視覚で判断してしまいがちな世界に生きています。それは社会が人間中心だからです。その結果、人間らしさとは程遠い情や思いやりに欠けた人間が増える皮肉さ。

自己中心的な考えは行動になり、相手を思いやる言葉は消え、文句しか出てこなくなるのです。身体が不自由な人を馬鹿にしたり、弱い者をイジメたり悲惨な事件を起こしたり。

人間の中にも弱く醜い部分が潜んでいることを理解し、受け入れないといけないということを「デビルマン」は教えてくれます。

第3位「デビルマン・トラウマでジンメンはかなりキツイ」


人面で、ジンメン。こいつに喰われた人間は甲羅の人面コレクションになり、それぞれ意識はあり喋る事が出来ます。<b>デビルマンの知り合いでもある幼女サッチャンも食べられ甲羅の中に!</b><br><br>しかもジンメンは甲羅でデビルマンに激突し、それを攻撃しきれないデビルマンに、「お前は人殺しだ!」と心理的に揺さぶり、人間の心を持つデビルマンを耐え難い葛藤が襲います。<br><br><b>「お兄ちゃん、まだ死にたくなかったけど、もう死人なの。だからコイツを殺して!」</b>サッチャンの一言でやっと倒しましたが、<b>デビルマンは悲しみと怒りで発狂しそうになります。</b>

人面で、ジンメン。こいつに喰われた人間は甲羅の人面コレクションになり、それぞれ意識はあり喋る事が出来ます。デビルマンの知り合いでもある幼女サッチャンも食べられ甲羅の中に!

しかもジンメンは甲羅でデビルマンに激突し、それを攻撃しきれないデビルマンに、「お前は人殺しだ!」と心理的に揺さぶり、人間の心を持つデビルマンを耐え難い葛藤が襲います。

「お兄ちゃん、まだ死にたくなかったけど、もう死人なの。だからコイツを殺して!」サッチャンの一言でやっと倒しましたが、デビルマンは悲しみと怒りで発狂しそうになります。

不動明の周りがどんどん殺されていく

幼女サッちゃんもそうですが、居候していた牧村家の両親も、惨殺されてしまいます。恐らくここまで残虐的なシーンにする必要があったのは、人類史の過ちを訴えているからでしょう。

そして、デビルマンがそれにどう反応するかが最大の魅せ場でしょう。もちろん復讐の日々に振り回されますが、我を忘れ鬼にはならない、なったら終わりというギリギリで立ち止まります。

人間はやりたくないけど、やらなきゃいけない時があり、やれるけど選んでやらない事も出来る。そこで人間の価値が決まると言います。極限状態で、我々人間はそれをやれるかどうかです。

第2位「デビルマン原作の最終回のトラウマ」

最後は悪魔が勝利し、人間も滅ぼされます。人間の味方をしたデビルマン(不動明・ふどうあきら)は、人間からも悪魔からも、身も心も引き裂かれ死んでしまう衝撃なラストです。

悪魔は言います。人間の歴史と同じ事をしただけじゃないか。決定的な安っぽい解りやすいオチはありません。それは人類全体の進行形のテーマで問題は読者に投げかけられる訳です。

ここで注目すべきは、不動明のみが人間らしい志を捨てずに、前向きに倒れたという事です。本当のトラウマになるべきテーマはそこです。心こそが最後の武器で誇りだと訴えています。

最後は人間の愚かさに絶望してしまうデビルマン

人間の為に闘ってきたデビルマンの闘志は、その人間によってことごとく裏切られ、最後は絶望してしまいます。それでも不動明の心の中にある人間であろうとする一かけらの揺るぎない信念。

どんな残虐な殺され方をした身内を見ても、どんな非道な連中を見ても、絶望しても、凶悪で無軌道な人でなしには絶対ならないように耐えようとする強靭な精神力。狂気沙汰の一歩手前です。

ここまでキテも、変わり果てた人類には絶望しても、自分には絶望していない状態です。引き返す選択は消され、闘い続けて自分の意志を通す事でしかギリギリの正気を保つことは無理でしょう。

第1位「全ては地球を舞台にした神と悪魔の戦争のイントロだった」

ストーリー的に衝撃なのは、普通の学園ものみたいな始まり方をして、どんどん狂った人間達の話になり悪魔界が登場し、デビルマンの身も心もボロボロになり最後は殺され、それが実は一部。

そう、この全宇宙規模の神と悪魔の戦いが、人間が居なくなり無に戻った地球ではじまる。すべてはそのイントロでしかなかったというラスト。人間、人間らしさという観念も小さな全宇宙の話。

、宇宙観念の話にすり替わりながらも、そこを理解しないと傲慢な人間都合主義は地球から無くならないんじゃないか?という問いかけにも取れます。自ら滅びていく人類への警告でしょうか。

血の涙を流すデビルマン

デビルマンは負けます。でも心は一度も負けませんでした。これを現実に例えると凄い事です。侍や任侠の世界にも共通し我々日本人にはもともと入っている遺伝子や血です。

例えば日本では大規模な震災がありました。ああいった、いざ、普段の生活を根底からひっくり返されるトラブルが起きた時、人間はどうなりますか?あなたならどうしますか?

これを漫画の中だけのストーリーと片ずけてほしくないのは、まさにそこです。何にも負けない強い自制心や良心が何にも勝るのです。それは自己犠牲で周りを救う愛の気持ちです。

デビルマンは性悪説か?性善説か?

あくまで結論や何を感じるかは読者に委ねられているデビルマンですが、作品中に流れているトーンは「人は生まれつき善だが成長すると悪さをする」性善説なのでしょうか?

「人は生まれつき悪だが、成長する事で善を学ぶ」性悪説なのか?この意味自体が惹きあう関係にあるような気がし、人間というものがもともと両方あるんじゃないでしょうか?

デビルマンは、その二つの戦いでもあると思います。もう一つのテーマの、全宇宙の一部である、または一部に過ぎないと自らを受け入れ、相応しい役割を悟る時が来るのでしょうか?

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