超問題作!森鴎外の作品「舞姫」に隠されたエリス事件とは?

大物作家・森鴎外の代表作「舞姫」。この小説は鴎外の自叙伝では?などとささやかれているが本当にそうなのか?となると、登場人物のエリスは実在するということになるが・・・「舞姫」について徹底検証!

舞姫のあらすじをおさらい!



主人公・豊太郎は父を早くになくし、母の心の慰みである一人息子。子供の頃から秀才で、大学法学部を首席で卒業する。その後某省に入省し、留学のためベルリンへ行くことになる。

3年が瞬く間に過ぎ、ある時父の葬儀の費用に貧窮している踊り子・エリスと知り合う。費用を出してあげたことから親しくなるが、これが周りに知られてしまい免職となる。母はショックで亡くなり、異国の地で孤独になった豊太郎はエリスと同棲する。

親友・相沢の計らいで某新聞社に勤め、何とか生計をたてている。突然、相沢が大臣とともにやってきて、豊太郎は大臣のためにドイツ語の翻訳をすることになる。更に、大臣がペテルブルグに行く時に随行して、フランス語を駆使して大きな役割を果たす。

あらすじ~後半~

ペテ1日目 #血の上の救世主教会 #ペテルブルグ #Петербург

廣畑 啓太郎さん(@keitaro_hirohata)が投稿した写真 –

相沢にエリスとは別れるように説得され、豊太郎ははずみエリスとは別れると約束してしまう。ロシアからベルリンに戻ると、「妊娠した」とエリスは嬉しそうに豊太郎に告げる。数日後、大臣によばれロシアでの労をなぎらわれる。

その時に、「一緒に日本にかえらないか?」と言われ、更に「ドイツに様々な係累がいるのではないかと懸念したが、相沢よりそんなことはないと聞いて案している」と続けられ、相沢の言葉を否定することはできなかった。

このままでは、日本に帰ることができなくなってしまうと考え、大臣の言葉を承諾してしまう。帰り道、豊太郎は罪悪感から錯乱状態になり、泥だらけのままエリスのもとに帰りつく。

あらすじ~結末~

本日の入港#1 #船 #ship #海 #sea

Savottiさん(@savotti_strangelove)が投稿した写真 –

数週間、人事不省の状態が続き、気がつくとエリスの様子がすっかり変わっていた。エリスは相沢から豊太郎が日本に帰国することを告げられ、その場で倒れ、気がついたときには狂人になっていたのだ。

豊太郎は生ける屍のエリスを抱きながら涙を流す。大臣に連れられ帰国の途につく際、相沢に頼みエリスの母に生計を営むお金を渡し、子供が生まれる時のこともお願いする。

簡単にすると、このようなあらすじとなります。

舞姫は実話だった?

鴎外が帰国してから約1年後の1890年に陸軍軍医学校の教官となっていて、この年「舞姫」で文壇デビューを果たしています。約4年もの間、ドイツに留学していた鴎外の実話なのではないか?と言われていますが、実話ではありません

豊太郎は法学部を卒業していますが、鴎外は東京大学医学部を卒業しています。また、豊太郎は一人息子なのですが、鴎外には弟妹がいます。豊太郎の母は留学中に死亡してしまいますが、鴎外の母は鴎外が50代半ばになるまで健在でした。

しかし、鴎外の体験談を脚色して書かれたことは間違いないようです。他にモデルがいたのでは?という説もありますが、わざわざ取材して他の人をモデルにして書く理由がないので、やはり自身がモデルでしょう。

エリスは実在したというのは本当か?

エリスには、実在するモデルがいます。丸4年もの間ドイツにいた鴎外には”かりそめの恋人”が実在したようで、既に赤松則良の娘・登志子との縁談が持ち上がっていたのでスキャンダルとなりました。

1888年9月、26歳で鴎外が帰国すると、そのわずか4日後に横浜港に入港した客船”ゲネラル・ベーター号”から、一人のドイツ女性が降り立った。この女性は今の銀座5丁目にあった高級ホテル「築地精養軒」に宿し、鴎外と逢瀬を待ちわびていたようです。

しかし、来日から1カ月後にその女性は鴎外に見送られて、帰国するのです。しかしその後もその女性との文通は続き、鴎外が死期を悟ったある日、手紙や写真すべてを燃やしてまったといわれています。

謎のドイツ女性は誰?

横浜港に降り立ったドイツ人女性、名前を”エリーゼ・ヴィーゲルト”もしくは”エリーゼ・ワイゲルト”といいます。鴎外の実妹である小金井喜美子が公表した「次ぎの兄」の中に、「勝手に来日した少し足りない女性で、路頭の花である」とあるために、これを真実と受け止められてきました。

しかし、これには疑問に思える部分少なくありません。まず、「次ぎの兄」中では女性の名前を”エリス”だと称していて、偽りを語っているというところ。更に、旅費・旅行券などすべての帰国の準備をしたのは、夫・小金井良精としているのですが、実際は賀古鶴所です。

このように森家をまもるために、偽りを語ったのではと考えられるのです。また、エリーゼが帰国後も長い間鴎外と文通を行っている事実からも、少したらない女性なら長年にわたって精神的に通じるはずもなく、むしろ高い教養があったのでは?とさえ思えます。

エリーゼは中流階級の女性?

エリーゼは”路頭の花”ではなく、中流階級の女性なのでは?と考えられます。理由の一つは”ゲネラル・ベーター号”で訪日していること。このころ日本ードイツ間の渡航費はおよそ600円。

明治31年の板垣退助の初任給が約500円で、現在にすると220万くらいではと言われているので、600円はおよそ250万~300万くらいと考えられます。これを支払える女性が貧しい”路頭の花”などであるはずもありません。

そして、鴎外の遺品の中に森林太郎のイニシャルM,Rを刻んだモノグラムの型板があります。当時、ドイツの中流階級以上の家庭で、婚約者に対してこの種の型板を贈った風習があります。

石橋忍月と鴎外、初めての近代文学論争!

文壇デビューの小説が「舞姫」、100年以上たった今でもインパクトがある内容です。彗星のごとく現れた鴎外を快く思わない人物がいても当然です。その中でも真っ向から「舞姫」を批判したのが”石橋忍月”

「舞姫」が発行されて1か月後に、忍月は批判する内容を発表しています。これに対してすぐに鴎外も反論し、短い間ではありましたが激しく論争が行われました。批判の理由は、主人公・豊太郎の性格に矛盾があるというもの。

そして、タイトルが合っていないなどの数点。どちらにしても、デビュー作が反響をよんだのは紛れもない事実のようですね。結局、今現在忍月に対する認識は”「舞姫」を批評した人”とか”森鴎外と喧嘩した人”となってますからね。

まとめ

森さん家

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日本に帰ると言ったことを後悔して何日も寝込んだ豊太郎が、どうして重心のエリスを残して帰国したのか?などいろいろ疑問が残るのですが、一度読んだだけで二度と忘れないインパクトがあります。

最初の奥さん・登代子とは1年ほどで離婚してしまい、その後再婚するまでかなりの年数があったところを見ると、エリーゼのことが心から離れなかったのでは?と考えられます。結局二人は文通をしていたようですしね・・・

意外と鴎外さんは純粋な心の持ち主だったのかもしれません。

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