本多忠勝の忠義に感動!戦国最強武将の素顔とは?

徳川四天王の一人、本多平八郎忠勝。戦国時代から江戸時代前期にかけて活躍した武将です。2016年には大河ドラマ「真田丸」で藤岡弘、さんが演じて注目を集めました。無骨で豪快なイメージがある忠勝の本当の素顔を覗いてみましょう。

本多忠勝ってどんな武将?

徳川家康に人生をささげた“漢”

幼いときから家康に仕え、徳川四天王・徳川十六神将などに数えられる武将です。常に家康の傍に控え、戦ではかすり傷一つ負わずに主人である家康の名を上げ続けました。

13歳という若さで初陣を飾り、戦い続けた一生を送ります。14歳の時、叔父・忠真から「この首を取って武功にしろ」と首を渡されましたが「人の力を借りて立てた武功は武功ではない」と断ってしまいます。その後自分で敵の首を取り、周りを感心させたといいます。

親戚関係にありながら「正信は腰抜け」「同じ本多一族でもあやつとは全く無関係である」と頭脳派の本多正信を嫌い、戦場で生きる事こそお役に立てる。と信じていた融通の利かない頑固おやじの典型です。

そんな要領の悪い無骨な忠勝を、人を手玉に取るのが上手い狸といわれていた家康が取り込むのは、容易だったことでしょう。

徳川四天王



本多忠勝・酒井忠次・榊原康政・井伊直政の4人が四天王として家康に仕えていました。特に忠勝・酒井・榊原の3人は、古くから家康に仕えた家です。特に榊原とは仲が良く親友同士でしたが、長篠城攻めでは武功を争っています。ライバル関係でもあったようですね。

乱世を共に戦い抜き、武功を争い、共に酒を酌み交わした…かどうかは分かりませんが、家康にとっては無くてはならない部下だったことでしょう。

忠勝は、姉川の戦いで朝倉軍1万の兵に対し単騎駆けを実行。家康はこの行動を見て「平八郎を討たすな」と本隊を前進させたため、結果的に朝倉軍を打ち負かしました。この時の家康の心中はどうだったのでしょう?

自分の大切な部下が、1人で敵の本陣へ突っ込んでいく。自分勝手なことをして、後でお仕置きだ!と思ったかもしれません。戦乱の世ではスタンドプレーは嫌われます。放って置かれても文句は言えない行動です。しかし、家康は自分の兵を忠勝救出に向かわせました。愛情を感じさせるエピソードですよね。

本多忠勝は戦国最強?

全戦無傷で帰還

先にも上げましたが、生涯57戦の戦いを潜り抜けてきた忠勝。無傷で生還しています。逃げ回っていたのではなく、きちんと成果を上げながら戦って無傷なんです。これは、周りにいた家臣の頑張りもあったでしょうが、忠勝の強さをはっきり知らしめている事柄だと思います。

長久手の戦いでは、忠勝は留守番を言いつけられていました。そこに豊臣軍に家康が苦戦しているとの一報が届き、わずか500名の軍勢で駆けつけます。豊臣軍の大軍の前に立ちふさがり、川に差し掛かると1人で馬の口を洗っていました。この大胆な振る舞いに豊臣軍は、進撃をためらいます

姉川の戦いでの勇猛ぶりを知っていた豊臣秀吉は「わざと寡兵で我が大軍に勇を示すのは、我が軍を暫時喰い止めて家康の軍を遠ざけるためであろう。徳川家を滅ぼした際には彼を生け捕って我が家人にすべきなり」と目に涙をうかべたといいます。

ヘッドハンティング候補として名前が挙がる忠勝。この戦い後、秀吉と対面することになります

本多忠勝は忠義の男

三河武士の漢



主人への裏切りは、戦国時代には日常的に起こることでした。忠勝はその中で最後まで家康一人に仕え続けます。忠勝は三河武士のお手本のような人ですね。

三河武士とは、三河出身の家臣の総称。倹約家で忠義心に熱く、時に面倒くさいほど従順だ。とも言われています。そして、戦いにはめっぽう強いと評判でした。

家康が秀吉と和睦を結んだ際「秀吉の恩と家康の恩、どちらが貴殿にとっては重いか」と面と向かって忠勝は聞かれます。その時「君のご恩は海より深いといえども、家康は譜代相伝の主君であって月日の論には及びがたし」」と答えます。

これは秀吉に「オレ長久手で見逃してやったでしょ?家康よりスゴクね?」と聞かれた時、「確かにすごいですけど、やっぱ家康様かな。」と答えているのです。本多忠勝といえどもただの一介の武士、当時の秀吉に向ってよく言えたものです。私がその場にいたら、秀吉を褒めたたえて「見逃してくれてありがとう」くらいいいそうです。

主従関係

出典:https://ja.wikipedia.org

一言坂の戦いで武田信玄の軍と戦った後「家康に過ぎたるものが二つあり 唐の頭に本多平八」と書かれた落書きが見つかりました。今も忠勝を評価する言葉として有名ですよね。唐の頭とは中国より渡来してきた「ヤク」の角を配した兜。家康が趣味で集めていた兜だといわれています。日本ではとても珍しい品でした。

そして我らが本多忠勝。家康にはもったいない!と言われちゃってます。忠勝は、家康のお父さんの家臣が忠勝の家臣、つまり親の代から主従関係が出来上がっていた環境で育っています。家康と忠勝は5歳違い。家康の方がお兄ちゃんです。小さい頃からお互い成長を見てきたことでしょう。

小さい頃の逸話は残っていませんが、生まれた時から親に「家康様をお守りしろ」と育てられていれば自然と刷り込みが生まれます。「自分の生きる道は、家康のために尽くすこと」と。「忠勝は一生忠義を通した」といえば聞こえはいいですが、忠勝にとっては自然で当たり前のことだったんですよね。

本多忠勝といえば特徴的な兜!

「鹿角脇立兜」

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Hiroyuki Miharaさん(@mihara.hiroyuki)が投稿した写真 –



鹿角脇立兜(かづのわきだてかぶと)一目瞭然。鹿をモチーフとした兜です。男鹿の荒々しさが際立ってますよね。何枚もの和紙を張り合わせて黒漆で塗り固めれられています。

鹿は古くから神の使いとして大切にされてきました。「もののけ姫」でもしし神として登場しますよね。険しい山間も颯爽と駆け抜け、自然と一体になった姿は神秘的な美しさを放っています。

忠勝は信心深い男でもありました。家紋にある「立葵」は勝利の神とあがめられた賀茂御祖信仰(下鴨神社)や賀茂別雷(上賀茂神社)信仰に由来します。忠勝は戦の度に熱心に祈りを捧げた事でしょう。

神の使い・男鹿の力を手に入れ、信仰の力を借り戦場に赴く。すべては家康様のため!と鼻息を荒くしていた姿が目に浮かびます。

愛槍「蜻蛉切」とは

なんと6mの長さ!

天下三名槍と呼ばれた蜻蛉切」。笹の葉のような刃先が付いている、凄く長い槍です。名前の由来は、戦場で刃を天に向け立てていた所に、スーっとトンボが飛んできました。刃先に当たった瞬間、トンボは真っ二つに!そこから蜻蛉切という名が付きました。

この槍、6mもありますが実際に使われたのでしょうか?戦国時代に数々の武将は、武具に装飾を施していました。味方の士気を上げるため、敵への威嚇のため。真田丸でも出てきた「真田の赤備え」記憶に残っていますよね。

忠勝も「蜻蛉切」は、味方を安心させ敵をビビらせるため、見やすいように長く作らせたのではないでしょうか?だって6mの槍は持つだけで疲れるでしょ。敵をなぎ倒すなんてできないでしょ。それとも使うパワーがあったのでしょうか?そうだとしたら恐るべし忠勝!ですね。

本多忠勝の最期は?

戦場では傷一つ負わなかったのに

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大柿ロクロウさん(@ogakirokurou)が投稿した写真 –



戦場では数々の逸話を残してきた忠勝ですが、年には勝てず隠居に入ります。小刀で自分の持ち物に名前を彫っていた時、手元が狂い左手にかすり傷を負ってしまいました。「本多忠勝も傷を負ったら終わりだな。」と傷を見ながらつぶやいたといいます。

定年退職後、無気力になり孤独に陥ったらそんな心境にもなるでしょう。今までは大好きな主人に信頼され、敵の武将たちに恐れられ、家臣たちからも頼りにされてきた忠勝。隠居後も、もちろん頼りにされていた忠勝ですが、時代は変わり戦いの世は去りました。ちょっとうつ状態だったかもしれません。

そんな時にポカポカした庭の縁側で、ちょっとした不注意から怪我をしてしまった。「あー終わりだな…」と思っても無理はありません。

死にともな 嗚呼死にともな 死にともな 深きご恩の君を思えば 」時世ではこんな歌を詠んでいます。死にたくない、まだ死にたくない、まだ家康様のそばで恩を返したい!と一途な忠義心を表しています。

まとめ



戦をさせれば最強の漢。信仰心に厚く忠義を貫いた戦国武将本多忠勝。まさに時代に合った生き方を貫いてきた人生でした。遺書の一部には「侍は首を取らずとも不手柄なりとも、事の難に臨みて退かず、主君と枕を並べて討ち死にを遂げ、忠節を守るを指して侍という」という言葉も残しています。

いろいろ見てきましたが、忠勝という人間は偉大であったけれどもトップには立てない。いや立つことを望んでいなかったのだと思います。「大切な人を守るという一心で、強くなり続けていた。」秀吉や他の武将から恐れられたりしたけれども、自分のためではなく全部家康様のため。三河武士の心意気を貫いた人生でした。今では天国で大好きな家康様とゆっくり酒を酌み交わし、武勇伝で場を和ませているでしょう。

余談ですが、実は私の家紋も「立葵」。いくつかのお話も残っていますが、またそれは別の話…。

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