大女優の魂を感じろ!オードリー・ヘップバーンの名言30選!

『ティファニーで朝食を』、『ローマの休日』などが有名な作品で"銀幕の妖精"と言われたオードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)は、女優としてアカデミー賞、トニー賞、エミー賞、グラミー賞のすべてを受賞しています。AFI の「最も偉大な女優50選」では第3位にランクインしているほどの女優だった彼女。そんな彼女の魅力と名言の数々をご紹介していきます。

大女優といえばオードリーヘップバーン!

“銀幕の妖精”と呼ばれた彼女の半生

Audrey Hepburn(オードリー・ヘップバーン)は1929年5月4日ベルギーの首都ブリュッセルで貿易商の父と貴族出身の母のもとに生まれました。母の実家がオランダであり、父の仕事が貿易商だったためにイギリスの会社と関係が深かく、幼少期のオードリーはベルギー、オランダ、イギリスの3カ国を頻繁に行き来していたようです。

1935年頃、オードリーの父は子守との浮気がバレてしまい、家庭を捨てて出て行ってしまいます。オードリーの母は子供たちと故郷オランダのアーネムへと戻ります。その後、1937年に母とオードリーはイギリスのケントへと移住しました。

第二次世界大戦がはじまる直前に、オードリーの母はアーネムへ帰郷。当時、オランダは第一次世界大戦では中立国であり、再び起ころうとしていた世界大戦でも中立を保ち、ドイツからの侵略を免れることができると思われていため中立であったようです。

1939年、オードリーが10歳の時から地元のアーネム音楽院に通いバレエを学びはじめます。その後、オランダは中立国であったのにも関わらず、1940年にドイツに侵攻されてしまいます。その当時、オードリーは優れたバレリーナとなっていたので、オランダの反ドイツレジスタンスのために、秘密に公演を行って資金稼ぎに協力していたとも言われています。

第二次世界大戦終結後にオードリーは母と共にアムステルダムへと移住し、その後アムステルダムでヘ3年にわたってソニア・ガスケルにバレエを学び、1948年単身ロンドンに渡りマリー・ランバート・バレエ学校に入学するのです。しかし、彼女はとっても身長が高かったためにプリマの夢を諦め、女優への道を歩み始めることになりました。

オードリーの運命を変えた偶然の出会い

そして、プロとして舞台デビューを果たし、同年に初めて映像作品の脇役として出演し、イギリスでは数本の映画に出演しました。1951年のブロードウェイ舞台作品『ジジ』では、原作者であるコレット女史と偶然出会い、同作のブロードウェイ公演で主役に抜擢されることになりました。

1953年には、その舞台を見たウィリアム・ワイラーにより主役を獲得し、皆様ご存知の『ローマの休日』に出演してアカデミー主演女優賞を獲得しています。その後も『麗しのサブリナ』(1954年)、『ティファニーで朝食を』(1961年)、『マイ・フェア・レディ』(1964年)『昼下りの情事』(1957)『シャレード』(1957)などの人気作に多数出演することになっていったのです。 どの作品のオードリーもサブリナ、アン、イライザ…と名前を思い出せるほど清楚で気品あふれる容姿がとても印象的な素敵な作品です。

実はオードリーは、米国映画協会 (AFI) の「最も偉大な女優50選」では第3位にランクインしており、インターナショナル・ベスト・ドレッサーにも殿堂入りしているのですよ。本当に素敵な女優さんで、私の憧れの女性でもあります。特にローマの休日のオードリーは立ち振る舞いは本物のプリンセスのようです。

表敬訪問中のアン王女が一人こっそり街に出て、ここでジェラートを食べるシーンや髪をショートカットにするシーンなどはとても印象的でした。storyのエンデイングでは叶わぬ恋をヒロインが諦めるシーンが胸を切なくさせるような作品になっています。

オードリーは最初の結婚で1人目の息子を出産するまでに4回も流産をしてしまったそうです。そして、2回目の結婚では2人目となる息子を出産。彼女には二人の素敵な息子達がいます。いずれの夫とも離婚してしまったのですが、恋多きオードリーは母国語としてオランダ語と英語を話し、その他にもドイツ語、イタリア語、スペイン語、フランス語も話せたため、きっと色々な人と知り合うことができたのかもしれませんね。

ユニセフへの感謝と信頼

オードリーは、女優業を年齢と共に減らしていき、その後の半生のほとんどを国際連合児童基金(ユニセフ)での仕事に捧げました。1989年にはユニセフの親善大使に任命されています。ユニセフへの貢献を始めたのは1954年からで、1988年から1992年にはアフリカ、南米、アジアの恵まれない人々への援助活動に献身しました。

”銀幕の妖精”と呼ばれたオードリーヘップバーン。晩年は、女優業を引退して自分の身体がガンに犯されながらもユニセフの活動に力を注ぎました。ソマリア、イギリス、ケニア、スイス、フランス、アメリカへと駆け回り、慈善活動に真摯に取り組んでいました。こんなにも人のために貢献した心優しく、そして芯の強い魅力溢れる女性だからこそ、残した数々の名言は、今なお人々の心に生きつづけるのかもしれませんね。

オードリー・ヘップバーンの名言集

言葉の美しさは素敵なレデイーの証

オードリーは、永遠の妖精とも言われ、世代を超えた美しさで世界中で今なお愛され続けています。しかし、当時の彼女は大きなコンプレックスを抱えていたために美しく見せるための努力を怠らなかったとも言われています。もしかしたらそんな努力や彼女の心の奥底から溢れる魅力や努力の結晶が光り輝いて彼女を引き立たせていたのかもしれませんね。そんなオードリーの名言をご紹介していきたいと思います。

不可能(インポッシブル)なものなんてない。その言葉が自体が言ってるもの、「’I’m possible’」私は可能だって。

(英文) “Nothing is impossible, the word itself says ‘I’m possible’!”
老若男女に贈りたい言葉ですね。いくつになったとしても何事も挑戦することはとても大切ですものね。不可能と思った時点でもう負けな気がしますもの。こんなふうに思っているオードリーだからこそ女優として成功したのかもしれませんね。

どんな日であれ、その日をとことん楽しむこと。ありのままの一日。ありのままの人々。過去は、現在に感謝すべきだということをわたしに教えてくれたような気がします。未来を心配してばかりいたら、現在を思うさま楽しむゆとりが奪われてしまうわ。

どんな日であれ、その日をとことん楽しむこと。未来のことを心配してばかりいたら楽しめないという言葉。戦争を体験し、食べるものがなくオードリーはチューリップの球根を食べたエピソードは有名です。その頃の経験が謙虚さや他者を思いやる気持ちを養い、1日1日を大切に生きると言うこんな言葉が生まれたのかもしれませんね。

ヒッピー・スタイルを見つけるよりも、精神的な若さを保つほうが若く見えるのではないでしょうか。

女優としてのお仕事では、ハイブランドのお洋服を身にまとい、ゴージャスな感じを受けるオードリーですが、実は彼女のファッションはいつもシンプルで上品。まるで彼女を表すかのような清楚でシンプルなそファッションスタイルは、世界中に流行を巻き起こしました。彼女自身の普段のファッションは流行にとらわれることなく、服をまとう自分がどうありたいかを常に大切にしていたからこその言葉なのでしょう。

成功は誕生日みたいなもの。待ちに待った誕生日がきても、自分はなにも変わらないでしょ。

たとえどんなに成功を収めたとしても自分であることには変わりがない。ある意味、成功をしているからこそ言える言葉かもしれませんが・・・・成功して身なりや持ち物、そして住まいなどが、たとえ豪華になったとしても中身の自分は昔とは全然変わらないと言いたいのかもしれませんね。これも謙虚でチャーミングなオードリーらしい言葉です。

わたしはあまり多くを期待する人間ではないの。だからかしら、わたしはわたしが知るなかで誰よりも恨みつらみと無縁の人間よ。

期待するから失望や悲しみが生まれる。期待というものは自分自身が勝手に思うものです。ある意味自分だけの感情。期待をするから裏切られたとか思ってしまうのですものね。オードリーが言うように期待をしなければ落胆もないし、恨んだり憎んだりすることもないのかもしれませんね。

これまでの人生で、テクニックに裏打ちされた自信を持ったことは一度もありません。でも、感性さえ磨いておけば、どんなことでもやってのけられるものです。

本当に謙虚なオードリーらしい言葉だと思います。あれだけの女優でありながら、こんなふうにさらりと言える謙虚さが魅力の1つなのかもしれませんね。

子どもより大切な存在なんて、あるかしら?

永遠のプリンセス👸👑 オードリーヘップバーン 現代女性の求める要素が詰まってる伝説の女優 顔が小さい✨ スマイルが素敵✨ 華奢✨ 目が大きく✨ 身長170cmもある✨ 明るさが滲み出る✨ イヤミがない美人で可愛い✨ 気品があり活発な女性✨ そして晩年はボランティア活動をしてた優しさがある女性🌹 63歳で亡くなったけど 記憶に残る女優だね🌹 美人は短命(◡‿◡ฺ✿) 名曲 ✨SMILE✨ 🌹 #SMILE #audreyhepburn #ローマの休日#オードリーヘップバーン #Paris#London#la#nyc#usa#song #beautiful#happy#me#hot#follow4follow #love#instagood#photooftheday#tbt#cute #SMAP#tokyo #美人 #SEXY#Madonna#Hollywood

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オードリーの最愛の息子ショーン・ファーラーとルカ・ドッティ 。ショーンの父はアメリカ人俳優のメル・ファーラー。 ブロードウェイの舞台『オンディーヌ』共演後に結婚し、結婚後もいくつかの作品で共演しました。 ルカの父はイタリア人精神科医のアンドレア・マリオ・ドッティ。 メルとの離婚後に出掛けた船旅で出会ったふたり。 どちらとも残念ながら離婚となりますがオードリーにとって二人はショーンとルカという素晴らしいギフトを与えてくれました。

一個の道具のように自分を分析しなさい。自分自身に対して100パーセント率直でなければなりません。欠点を隠そうとせずに、正面から向かい合うのです。

こんなに美しいオードリーですが、自身の容姿に対するコンプレックスを乗り越えるために彼女は様々な研究を重ねていたそうです。とくにアイメイクには強いこだわりを持ち、誰もが魅了される美しい瞳を印象づけることで、他の欠点を目立たなくしていたそうです。自分の欠点から目をそらさずに受け入れて、欠点以外に磨きをかけるというのはとてもいいことだと私も思います。

優雅さこそが、決して色あせない美しさに繋がるもの。

彼女の立ち振る舞いやマナーや洗礼されたセンスは完璧です。彼女がその場にいるだけで上品な雰囲気になるような品格のある態度と言動。実は、これは貴族だった厳格なお母様のしつけによるものだったそうです。小さい頃から、自分を律することや魅せることに長けていたため、晩年になってもその優雅さを失うことはなかったのでしょう。所詮お洋服やお化粧はラッピングです。決して色あせない自分の中で培ったものは大切にしたいですね。

愛は行動なのよ。言葉だけではだめなの。言葉だけですんだことなど一度だってなかったわ。私たちには生まれたときから愛する力が備わっている。それでも筋肉と同じで、その力は鍛えなければ衰えていってしまうの…

ご両親の離婚が影響しているか、オードリーは家庭への憧れが人一倍強かったようです。結果的には2度の離婚を経験してしまうのですが、最愛のふたりの息子には恵まれて子育ての最中は仕事をセーブするくらい愛して大切に育てたオードリーです。そしてその愛はユニセフでの行動へも繋がるのかもしれません。だからこそのこの言葉なのかもしれませんね。

母から一つの人生観を与えられました。他者を優先しないのは、恥ずべきことでした。自制心を保てないのも、恥ずべきことでした。

厳格に育てられたオードリーでしたが、二度の離婚やお付き合いした殿方との関係なども影響しているのかもしれません。あくまでも推測でしかありませんが、きっとどの家庭にもある小さな問題が、やがては大きな火山となって爆発してしまったことへの後悔なのかもしれませんね。誰だって自分の意見を伝えたいですし、それがお相手の気持ちと違えば当然喧嘩や言い争いになってしまいますものね。自制心・・・誰もが必要なことなのかもしれません。

人は年とともに変わっていきます。でも、それを直視すべきです。誰もが経験することですから。

子育てなどで休業し、しばらくの間離れていた映画界に8年ぶりに復帰した1976年。47歳になったオードリーがスクリーンに映し出された姿は、あまりに以前とのギャップがありました。白髪が目立ち、目尻や頬にシワがある年相応に年齢を重ねたオードリーがそこには居ました。そのあまりの変わりように周りの人は驚きましたが、彼女自身は当たり前のことだと胸を張ってスクリーンに映ったのです。容姿の変化に関して卑屈にならなかったのはこの言葉が証明しているのかもしれませんね。

何より大事なのは、人生を楽しむこと。幸せを感じること、それだけです。

誰もが平等に与えられた一生です。もちろんその時間の制限はそれぞれ違うけれど、何年生きたということよりも、何よりも大切なのは、この1度きりの人生が楽しく幸せであることです。そんな当たり前のことなのに、普段人は忘れがちです。この人生を終えるときに楽しかったなと思えるように過ごしたいですね。

オランダにはこんなことわざがあります。「くよくよしてもしかたがない。どのみち予想したとおりにはならないのだから」本当にそう思うわ。

第一次世界大戦などの戦時中だった幼少期に辛い経験をたくさんしたからこそ、オードリーの言葉はとても重く、そして深いものになっているのではないでしょうか。

幸福のこんな定義を聞いたことがあります。「幸福とは、健康と物忘れの早さである」ですって!わたしが思いつきたかったくらいだわ。だって、それは真実だもの。

コレ、私もそう思います。せっかく長生きをしても、寝たきりや人のお世話にならないと生きていけないのであれば、ちょっと悲しいです。残される人に迷惑をかけながらの人生よりも、健康で物忘れの早さくらいの方がずっといいですものね。誰もが必然と年を重ねていくのですものね。

なんで変えなきゃいけないの? みんなそれぞれのスタイルがあって、それを見つけたらずっと持ち続けるべきよ。

「麗しのサブリナ」の衣装探しで訪れたハイブランドのジバンシー。それからはオードリーのスタイルに欠かせない存在となったようです。その出会い以来、お互いの魅力や才能を認め合う生涯の友となったジバンシーとオードリー。ジバンシーとの出会いがオードリーのスタイルに大きな影響を与えたことは言うまでもありませんね。 だからこそ、オードリーは自身のお洋服などファッションのスタイルにも自信があったのかもしれません。

現実を見ましょうよ。クリーミーな美味しいチョコレートケーキはたくさんの人にたくさんのものをもたらすわ。私にはそうよ。

彼女らしさが溢れる言葉の1つです。美しい高貴な女性かと思えば、ちょっとお茶目でやんちゃっぽい表情も覗かせるような言葉がとっても魅力的です。美味しいチョコレートだけに限らず美味しいものはみんなを笑顔にさせてくれて沢山の幸せを運んでくれますものね。

わたしは、ユニセフが子どもにとってどんな存在なのか、はっきり証言できます。なぜって、私自身が第二次世界大戦の直後に、食べ物や医療の援助を受けた子どもの一人だったのですから


この言葉は1989年、オードリーがユニセフ親善大使に就任した際に残したコメントです。幼い頃戦争を体験した彼女にとって、華やかで誰もが羨むような煌びやかな女優としての人生に別れを告げ、世界中の厳しく今食べるものもないような状況にある子どもたちのために力を注ぎました。そんな彼女だからこそ言える言葉なのかもしれません。1992年、彼女はアメリカでもっとも栄誉のある市民栄誉賞「自由勲章」を受賞しています。翌年の1月20日スイスの自宅でその生涯に幕を閉じました。

美しい目をするには、他人のいいところを見ること。美しい唇をするには、優しい言葉しか喋らないこと。心のバランスを保つには、決して独りじゃないという意識で歩くこと。

本当に素敵な言葉だと思います。言葉は人の心を温め癒す力もあり、使い方次第では凶器にもなり得るものだからこそ、言葉を選び、お相手を尊重し、お相手のいいところを認めてあげることこそとっても大切だと言えるのでしょうね。人はそれぞれ違うのだから・・・・そして、人は決して1人ではないという気持ちが心の支えになってくれるのかもしれません。

わたしにとって最高の勝利は、ありのままで生きられるようになったこと、自分と他人の欠点を受け入れられるようになったことです。

❤️❤️❤️❤️! #オードリーヘップバーン #❤️

Hana Yoshinoさん(@123hana8)が投稿した写真 –

(英文)The greatest victory has been to be able to live with myself, to accept my shortcomings and those of others.
ありのままで生きることの難しさ、本当に年を重ねると感じるようになりますね。自分の欠点もなかなか受け入れられないのが人ですが、オードリーのように欠点は欠点として受け入れて欠点をカバー出来るくらい他のことに長ければいいのですものね。本当に謙虚なオードリーに脱帽ですね。

周囲のことを最優先に考え、自分のことは後回しにするというのは、昔ながらのすばらしい考えかたです。わたしはその価値観にしたがって育てられました。「あなたよりも周りの人たちのほうが大切です。だから駄々をこねてもだめよ。我慢しなさい」

🙏🏻✨💎 For attractive lips, speak words of kindness. For lovely eyes, seek out the good in people. For a slim figure, share your food with the hungry. For beautiful hair, let a child run his fingers through it once a day. For poise, walk with the knowledge you'll never walk alone.. Sam Levinson 魅力的な唇であるためには、美しい言葉を使いなさい。 愛らしい瞳であるためには、他人の美点を探しなさい。 スリムな体であるためには、飢えた人々と食べ物を分かち合いなさい。 豊かな髪であるためには、一日に一度子供の指で梳いてもらいなさい。 美しい身のこなしのためには、決してひとりで歩むことがないと知ることです。 サム・レヴェンソン #audreyhepburn #actress #オードリーヘップバーン #SamLevinson #サムレヴェンソン

tomokoさん(@tomoko_k8)が投稿した写真 –

オードリーは貴族出身の母に厳格に育てられたからこそこうゆう想いを胸に抱いて育ったのでしょうね。そしてその気遣いがユニセフへの貢献への元になったのかもしれませんね。

チャンスなんて、そうたびたびめぐってくるものではないわ。だから、いざめぐってきたら、とにかく自分のものにすることよ。

人生は長いけれど、あっという間に時間は過ぎていきます。そんな長い人生でも何かのチャンスは常に転がっているわけではありません。もしもそんなチャンスが来たとしたら絶対に手放してはいけない。何もしないのはもったいないですものね。ぜひあなたにも素敵なチャンスがあったとしたら、失敗を恐れずにそのチャンスを掴み取ってくださいね。

人生を顧みたとき、映画ばかりがあって、我が子のことさえよく知らないとしたら、それはとても悲しいことでしょう? わたしにとって、息子たちの成長を見守ることほどエキサイティングで楽しくて充足感を与えてくれるものは、ほかにないの。それに、忘れないで、子ども時代はたった1度しかないのよ。

誰かの言葉⑥ . Nothing is impossible, the word itself says, 'I'm possible'! -Audley hepburn- . 「『Impossible / 不可能』なものなんて絶対に無い。 その言葉自体が言ってるもの。 『"I’m"possible / 私ならできる』って。」 . イギリスの女優 、慈善活動家 オードリー・ヘップバーン (1929~1993) . 「銀幕の妖精」の異名で呼ばれ、アカデミー賞、トニー賞、エミー賞、グラミー賞のすべてを受賞。現在でも「史上最も偉大な女優ベスト3」にランクインし続ける大女優。 ナチスドイツ占領下のオランダで少女時代を過ごし、 レジスタンス活動にも参加。 同じくレジスタンス活動をしていた親類が銃殺される。地下に隠れチューリップの球根を食べて飢えをしのぐなどの過酷な体験もした。 よく「スタイルがいい」などと言われているが、その原因は当時オランダで20,000人以上の死者を出した大飢饉による極度の栄養失調と、それに起因する摂食障害。 戦後ロンドンで女優を志し、舞台経験を積んだ後ようやく端役をつかみとりアメリカで映画に出演。 その後も小さなチャンスでも挑戦と努力を続け、 時代を代表する女優へ。 . 「ローマの休日」「ティファニーで朝食を」「戦争と平和」「マイ・フェア・レディ」など、代表作は多数。 晩年は自身の戦争体験から世界中の恵まれない子供たちへの慈善活動に残りの人生を捧げた。 #言葉 #オードリーヘプバーン #オードリーヘップバーン #audreyhepbrun #quote

Y. Kadoさん(@ykfj1022)が投稿した写真 –

息子たちの成長を見守ることほどエキサイティングで楽しくて充足感を与えてくれるものは、ほかにないの。それに、忘れないで、子ども時代はたった1度しかないのよ。 という部分。Did on.(同感)です。私の娘もこの春高校を卒業します。小さくて手がかかって、いつもそばにいる時間は本当に短い時間です。お子さんが小さい時期はほんのわずかです。あっという間に大人への階段を登り始めます。子育て中のお母さん、お父さんにはこの名言をぜひオススメしたいです。

愛されるより、愛することの方が大切だと思います。

#オードリーヘップバーン #ローマの休日

Parinoakariさん(@parinoakari)が投稿した写真 –

ただ愛されているよりも、自分が全身全霊で愛せる人がいるということの幸せをきっとオードリーは感じることが出来たのでしょうね。自分より大切に思うことが出来るお相手がいる、自分のことを愛するよりももっと愛したいと思う人がいるってとても幸せな事だと思います。

確かに私の顔にはシワが増えたかもしれません。でも私はこのシワの数だけ優しさを知りました。だから若い頃の自分より、今の自分の顔のほうがずっと好きですよ

#HelloDecember#merrychristmas Does Mr. Santa come?🌲🎅🏼🎁#オードリーヘップバーン

💗里原ひとみ💜さん(@_im_hitomiiiiii)が投稿した写真 –

シワの数だけ優しさを知りました。なんてとても素敵ですよね。現代ではアンチエイジングなんてものがもてはやされていますが、上手に年を重ねた人にはそんなものは関係ありません。年をとった時の顔は自分のしてきた行いや言葉の積み重ねで出来上がるのだとしたら、素敵に年を重ねたからこそオードリーの晩年の笑顔があるのでしょうね。ぜひ見習いたいものですね。

人の評価は、他の人たちの意見よりも、その人が他の人たちについてどのように言っているのかでより分かるものです。

どんなにいいことをしても、きっと評価は人によって違うはず。いい評価をしてくれる人もいれば、何をしても気に入らないと思われてしまう人もいるはずです。この名言は、悪口を言っている人は、きっとその人は他に行っても同じように悪口を言っているんだろうなと感じることとおなじなのかもしれませんね。

どんな人でも、不安がきれいに消えるということはないと思うの。成功すればするほど、自信は揺らぐものだと思うこともある。考えてみれば、おそろしいことね。

不安、きっと誰もが大きさに関わらず不安や悩みを抱えてこの世に生きているんだと思います。オードリーだってそのうちの1人だったはず。不安というものはどんなときにも誰にでも平等に訪れますものね。成功した人はその成功が失われることが怖くて不安になる。自信だって揺らぐことは誰にでもあるはずだけれど、自信とは自分を信じてあげること。まずは自分を信じることからはじめると不安も少しは和らぐのかもしれませんね。

わたしを笑わせてくれる人をわたしは大事にしますわ。正直なところ、わたしは笑うことが何よりも好きなんだと思う。悩ましいことが沢山あっても笑うことで救われる。それって、人間にとって一番大事なことじゃないかしら。

人生、同じ時間を過ごすのであれば、泣いたり、愚痴ったりするよりも笑顔で過ごせる方が楽しいですものね。どんなに辛いことや悲しいことがあったとしても笑顔は人にとって大切なことだと私も思います。それに笑顔は伝染して周りの人も笑顔にしてくれる力もありますものね。

私の最大の長所は不満を抱くことです。

人間生きていれば、きっと誰もが自分に対する不満を少なからず抱えています。オードリーにとっては、自分の容姿や身長などはもちろんですが、演技についても大きな不満を持っていました。しかし、彼女はその不満をネガテイブな悪いものとして切り捨てずにそのパワーを向上心に変えて自分を磨き、高める努力をしましたと言われています。自分に対する強い不満こそ、彼女の限りない努力の源になっているのかもしれませんね。

“時を越えた美しさの秘密”
魅力的な唇のためには、優しいことばを紡ぐこと
愛らしい瞳のためには、人々の素晴らしさを見つけること
スリムな体のためには、飢えた人々と食べ物を分かち合うこと
豊かな髪のためには、1日に1度子供の指でといてもらうこと
美しい身のこなしのためには、
決してひとりで歩むことがないと知ること
人は物よりもはるかに多く回復し、復活し、生き返り再生し
報われることが必要なのです。
繰り返し報われることが。
人生に迷い、助けて欲しい時、いつもあなたの手のちょっと先に
助けてくれる手がさしのべられていることを、忘れないで。
年をとると、人は自分に2つの手があることに気がつきます
ひとつは自分自身を助けるため
もうひとつの手は他者を助けるために。

1992年、オードリーにとって最後のクリスマス・イヴの日。もう長くない命と告げられた彼女は親友のジバンシーが専用ジェットを準備してくれ、アメリカからスイスの自宅に戻りました。その時に彼女が2人の息子に朗読したサム・レヴェンソンの詩の一節です。誰かのために尽くすその心こそが、その人を美しくする…。それはまさにオードリーの心の声だったのかもしれませんね。ガンに侵された体であったとしても、家族を気遣い、心配をかけまいとする彼女の慈愛に満ちた生き方、献身的な信念と重なる気がします。

この言葉こそ、オードリーの名言の中で私が一番大好きで、こうなりたいと切望している名言です。最後の部分で、年をとると、人は自分に2つの手があることに気がつきます。ひとつは自分自身を助けるため、もうひとつの手は他者を助けるために。と言っていますね。人は年をとってからしかこうゆうことが気がつけないのが残念ですが、積み重ねてきた行動や言葉や想いなどがいずれオードリーのように誰かの力になれるようにしたいものですね。

まとめ

オードリー好き。 #オードリーヘップバーン #少女のよう #憧れ #永遠のプリンス

Coto.mukaiさん(@coto.1013)が投稿した写真 –

ぜひ一度ユニセフのHPをご覧になられてみてくださいね。彼女の美しさは、やはり外見の美しさだけではなく、その心の優しさや人を労わる気持ちからも来ているのだとお分かりになると思います。彼女が残した言葉や名言の数々は今なお語り継がれている。いえ、語り続けなければいけないように思います。どうぞ今回ご紹介したものの中で1つでもあなたの記憶の中に残るものがありますように願いを込めて。

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