伝説の歌姫!山口百恵の色褪せない名曲5選!

普通のアイドルからアーティストへ駆け上がって行った、あまりに短い8年間の足跡。そこから、独断で選んだ名曲を紹介しよう!

●はじめに

8年間で駈けぬけた、あまりに短い芸能生活



今や伝説にさえなっているアイドル・山口百恵は、1972年に人気のオーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ)で合格して、翌1973年に『としごろ』でデビューしました。しかし、周囲の期待していたセールスには達せずに次のシングル『青い果実』(同)で、イメージチェンジをはかります。いわゆる「青い性」をモチーフにした作品です。この路線がウケたのか、『ひと夏の経験』(1974年)が大ヒット。74年は「百恵ちゃんの当たり年」と言われるほどのブームを巻きおこしました。

それ以降の彼女は、成長に合わせるように、ツッパリ路線(写真はこの頃のモノと思われます)やしっとりと娘心を歌う曲、ロックンロール調と、実に多彩な新曲を発表していきました。映画やTVドラマも然りです。山口百恵は、結婚して引退するまでの芸能生活8年間を「時代とともに駈けぬけていった」のです。

●『横須賀ストーリー』

「大人のオンナ」を歌う!


それまでの「青い性」路線から、もっともっと踏み込んでいったのが、『横須賀ストーリー』(1976年)です。作詞・阿木耀子、作曲・宇崎竜童夫妻によって作られた、この曲で山口百恵は大人の世界を歌える歌手として、生まれ変わったのです。

当時は、それまでのイメージをイッキに突き破るほど衝撃的な内容だったんですよ。単なる不良への憧れや、ちょっとした好奇心を表しているのではなく、真の「大人のオンナ」の在り方を歌っていったのです。彼女なりの大人という存在を表現するのには、充分すぎる詞の内容だったと思います。

このヒットにより、阿木・宇崎のコンビは、彼女が引退するまで曲を提供しつづけます。現役最後のシングル『さよならの向う側』(1980年)も、このコンビによるモノでした。

横須賀の街で見たモノは……

1959年、都内で生を受けた山口百恵が横須賀市(神奈川県)に住んでいたのは、小学校2年生から中学校2年生まで。母と妹の3人暮らしでした。横須賀は米軍の軍港を抱えて、大変な賑わいを見せていました。いわゆる、ベトナム景気です。ただし、1970年代に入ってからは、ベトナム戦争が泥沼化していきます。駐留する兵士達の“気”も荒れてきたと聞きます。

写真は現在の「どぶ板通り」で、穏やかな商店街の様相を呈していますが、当時のこの辺りは米兵相手の飲食店がいっぱいで、さも活気があった事でしょう。戦場で起きている現状を考えると、飲んで騒ぐのも無理のない事です。

こうして賑わう通りも、一歩だけ裏へ入ると怖いくらいの静寂があります。横須賀でなくても、繁華街ならどこでも同じはずです。その「喧騒と静寂」を少女だった彼女は、クールな目で見ていたに違いありません。そんな背景があったからこそ、この『横須賀ストーリー』の成功があったのだと思います。

●『ひと夏の経験』

メジャーアイドルの地位を確立させた名曲

後の“山口百恵”を形成していく上で、重要な役目を担った曲であります。森 昌子、桜田淳子と並んで「花の中三トリオ」と称されるようになったのも、この曲あってのものでしょう。彼女には、先の二人に比べて、出遅れた感が、どうしてもつきまとっていましたから。それが『ひと夏の経験』で、肩を並べるどころか、一歩先んじる存在にジャンプ・アップしてしまうとは。ファンや関係者だけではなく、当の本人も驚いていたんじゃないですかね。それくらい、この年の彼女のブレイクぶりは、凄まじいモノがありました。

ヒット時のインタビューでは、この曲の詞になぞって「女の子の大切なものは?」という質問が多く発せられました。繰り返し向けられる問いに対して、その度に「真心です」と答えていた彼女の姿が健気で、今でも忘れられません。ここから、山口百恵の大歌手への道が始まったと言ってもいいでしょう。

●『プレイバックPart2』

NHKを変えた、画期的な一曲

1978年の紅白歌合戦(以下、紅白)に於いて、紅組のトリを飾ったのが、この『プレイバックPart2』です。当時、紅白では洋楽のカヴァー禁止等、規制が多かったのです(今日でも、歌手の歌う曲目は局指定)。

その中には、紅白も含むNHKの全番組では「商品の固有名詞」はNGという規程もあったのです。そのために『レッツゴーヤング』という、アイドルの歌番組でも、この曲の場合には「真っ赤なポルシェ」の部分を「真っ赤なクルマ」と歌っていたのでした。違和感というか、何となく釈然としない想いを抱いて観ていたのは筆者だけではないはずです。

それを覆したのが、山口百恵です。本人だけ(制作サイドや関係者!?)の希望ではないにしろ、リハーサル時から「真っ赤なポルシェ」と歌う彼女の姿は、たくましく見えたものでした。このフレーズをリハーサルで歌っただけで、スポーツ紙のニュースになったくらいですから、事の重大さが分かるというものです。

曲としても、途中でいったん演奏を終えたかのように聴かせて、実は終わっていないという手法をとっています。「一時停止→戻す」という、カセットテープレコーダーの動作からタイトルの『プレイバック~』としたらしいのです。ここでも阿木・竜童コンビの、凄さがうかがえます。斬新で、深いデス。

この曲と同系統なのが『イミテーションゴールド』(1977年)や『絶体絶命』(1978年)、『愛の嵐』(1979年)、『謝肉祭』(1980年)、『ロックンロールウイドウ』(1980年)等です。合わせて聴いてみると、ハイな気分になれますよ。

●『いい日旅立ち』

今日までの自分に「さよなら」と書く

前キャンペーンの「DISCOVER JAPAN」、前々作の「一枚の切符から」がイマイチだった国鉄(現JR)が、起死回生とばかりに打ち出したキャンペーンが「いい日旅立ち」です。そのキャンペーンキャラクターを務めたのが、山口百恵でした。当然、同名のテーマ曲『いい日旅立ち』(1978年)も彼女が歌い、結果的にはキャンペーン自体と曲がヒットします。

曲は、阿木・竜童コンビによるものではなく今回は谷村新司が作詞・作曲を担当。そして、彼女は新境地を開く事にも成功したのです。前年にリリースした、さだ まさしの楽曲『秋桜』のような「大人」路線ですが、今回はキャンペーンの性格上か旅情もプラスされています。決して明るい感じのポップスではなく、かといって感傷的でもない曲のトーンは、19歳にしては早熟に見える彼女の印象と重なって見えました。そこには、重厚感さえ感じさせる曲の仕上がりになっています。

筆者は、砂に枯れ木で「さよなら」と書く、というフレーズが今も心に響いています。この曲を聴いた世代は皆、自分なりの「いい日旅立ち」を持っているのではないでしょうか。そんな事を想い出させる一曲です。

●『さよならの向う側』

引退する彼女のラストメッセージ


1980年、三浦友和との結婚のため、歌手を引退した山口百恵のラストシングル(引退直後に二枚のシングルをリリースしましたが、現役中ではこれが最後のシングル)が、この『さよならの向う側』です。これで最後となる、ファンへのメッセージ色の強い一枚に仕上がっています。

作ったのは阿木・竜童コンビです。阿木さん、最後を飾るのにふさわしい、いい詞を書いています。竜童さん、時には激しく、時には優しい曲をありがとう!生意気ながら、ファンを代表して筆者が改めてお礼を言いたい気分にさせてくれる曲です。

それにしても、デビュー曲から比べると歌唱力に格段の進歩が見えます。演技力もまた然りで、最後の映画出演となった『古都』(1980年)でも、一人二役を見事にこなし、引退作にみずから花を飾る結果としました。スケールの大きな歌手・女優への成長が見えただけに、本当に惜しい引退です。

最後の最後に歌った曲!

山口百恵が表舞台から退いた日、1980年10月5日。日本武道館での「ファイナルコンサート」で歌った最後の曲が、この『さよならの向こう側』です。観客の大合唱とともに歌い終えた彼女は、舞台にマイクを置いて去って行きました。次に会えるのはいつか?「約束なし」で「涙をかくし」て。詞のワンフレーズのようなエンディングでした。

まるで、この日のために書かれたような曲ではないですか!彼女の生歌を聴けて良かったと、つくづく思いますよ。Thank you for everythingです!!

●まとめ

時代が産み、時代が育てた不世出のスター

今回の記事を書くにあたり、自分の所有している彼女のシングル盤11枚とアルバム1枚を改めて聞いてみました。動画もかなりの数をチェックしました。そこで分かったのは、時代とともに山口百恵は進化していた、という事です。

大雑把ではありますが、彼女を時代別に分けてみます。そうすると、明るくて爽やかな純アイドル→青い路線クールで早熟なイメージ大人の雰囲気それらが一体となり、総合的なアイドル像確立、という図式が成り立っている事が見えてきます。

もちろん、部分的に重なり合ったり、新曲ごとにイメージが変わっていく事もあったでしょう。ただひとつ、時代が移り変わるように、彼女自身も変わっていったのではないか、という事が言えると思うんですよ。それが良いのか悪いのかは、筆者ごときには判断できないですが、答えはもう出ています。当然、「Yes」です。

ここでは6曲をセレクトさせてもらいましたが、まだまだ名曲は沢山あります。夫の三浦友和が好きで、高校時代からの友人・忌野清志郎のバンド「RCサクセション」が事務所独立の際のパーティーでみずから歌った『ロックンロールウィドウ』(1980年)とか、山口百恵自身が好きだと言っていた『としごろ』とか。ここに記した事で、紹介に代えさせていただきます。みんな、いい曲ばかりですね。

GOLDEN☆BEST 山口百恵 コンプリート・シングルコレクション(完全生産限定盤)
山口百恵
ソニー・ミュージックダイレクト (2009-08-19)
売り上げランキング: 2,713
伝説から神話へ 日本武道館さよならコンサート・ライブ-完全オリジナル版- [DVD]
Sony Music Direct(Japan)Inc.(SME)(D) (2009-08-19)
売り上げランキング: 5,611