オードリー・ヘプバーンの孫、エマ・ファーラーの美しさが祖母を継ぎすぎな件

「ローマの休日」、「マイ・フェア・レディ」、「ティファニーで朝食を」などの名作で有名なあの大女優オードリー・ヘプバーンの孫娘、エマ・ファーラーが雑誌Harper’s Bazzar の表紙を祖母オードリーと同じように華やかに飾り、モデルデビューを果たしました。オードリーにそっくりな気品と美しさを兼ね備え彗星のごとくアメリカでデビューしたエマ・ファーラーのすべてをご紹介をさせていただきます。

大女優オードリー・ヘップバーンには孫がいた!

オードリーのプロフィール

オードリーヘップバーン(Audrey Hepburn)本名、オードリー・キャスリーン・ラストン(Audrey Kathleen Ruston)は1929年、オランダの貴族出身の母と貿易商の父の間に生まれました。彼女の仕草や立ち振る舞いやらの気品は貴族であった母譲りだったのかもしれません。

父の貿易商という仕事のおかげもあり、オードリーは幼い頃から英語・オランダ語・フランス語・スペイン語・イタリア語の5カ国語を話せるマルチリンガルだったそうです。トリリンガルまでは大勢いるかもしれませんが、マルチリンガルとは驚きですね。様々な言語を話せるということはそれだけ人との繋がりも多くなれるということはとてもすごいことだと思います。

オードリーが幼少期の頃には第二次世界大戦があり、食料がなく餓死しそうになったこともありました。そんな彼女を救ったのがユニセフの前身であるアンラという団体でした。彼らの支援した食料によって命を救われた沢山の子供達、その中の1人がオードリーだったのです。

晩年、オードリーがユニセフに力を入れたきっかけになったのもこんな過去があったからだったと言われています。38年間もの間、ユニセフに貢献してきたオードリーは幼い頃に助けてもらった恩返しのつもりだったのかもしれませんね。

銀幕の妖精と呼ばれ、いくつになっても清楚で凛とした可愛さと美しさを持ち合わせ、世界中のファンを魅了した大女優オードリーヘップバーン。「ローマの休日」、「マイ・フェア・レディ」、「ティファニーで朝食を」などの名作は今もなお愛されている映画だと思われます。

オードリーは、女優としてアカデミー賞、トニー賞、エミー賞、グラミー賞のすべてを受賞しています。AFI の「最も偉大な女優50選」では第3位にランクインしているほどの女優だった彼女。そんなオードリーには美しさとファッションセンス、そして気品と強さを受け継いだ孫娘Emma Ferrer(エマ・ファーラー)がいます。

エマ・フェラーはトリリンガルで生粋のお嬢様?

Happy Birthday!! #SeanFerrer #EmmaFerrer

Emma Ferrerさん(@emma.ferrer)が投稿した写真 –

オードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)の孫のエマ・ファーラー(Emma Ferrer)は、オードリーの最初の夫であるメル・ファーラー(Mel Ferrer)の長男ショーン(Sean)の娘になります。1994年にエマはスイスで生まれました。

残念ながら、オードリーは彼女が産まれる少し前に亡くなってしまったので、直接エマには会うことが出来ませんでした。きっとそれだけはオードリーにとって唯一心のこりだったのではないのかな・・・と思います。そんな彼女も大人になり2014年8月、エマはモデルデビューをすることになりました。

オードリーの孫であるエマは、スイスのモルジュで生まれてから幼少時をLAで過ごしました。子供の頃から絵を描くのが好きだった彼女は、アートやバレエのクラスを取りながら美術学校へ通ったそうです。その後イタリア、フィレンツェのフィレンツェ・アカデミー・オブ・アートで美術を学びます。

エマは、アメリカやヨーロッパの数ヶ国で育ったことに対して「若いうちに、それぞれ異なる環境で育ったことに感謝しています。おかげで3ヶ国語が話せるようになったから。」と語っています。彼女もオードリー同様に様々な言語を操れるトリリンガルに育ちました。

日本人からしたら陸続きで違う言語が必要なヨーロッパなどの国で育つのは少し羨ましい気がしますね。エマは、フィレンツェで美術を2年間学んだ後にアメリカに移り住み、ジャージー・シティで学んでいたのですが、Bigなチャンスを求めてニューヨークに移住し、見事チャンスを掴むことになるのです。

オードリー・ヘップバーンゆずりの気品と優美さ

Family #AudreyHepburn #EmmaFerrer #TheHepburns

Emma Ferrerさん(@emma.ferrer)が投稿した写真 –

オードリーが亡くなった翌年にエマは産まれたので、先ほどお話したとおり彼女は直接会ったことはありません。しかし彼女はインタビューで「彼女の映像はもちろん見ていたわ。でも、子どもの頃は女優としては見ることはできなかった。私にとって彼女は家族だったの」とエマは語っています。

彼女の父親で、オードリーの長男でもあるショーンから彼がオードリーと過ごした子供の頃についていつも聞いていたそうです。エマの家族にとってオードリーという存在は私たちが想像するよりももっと大切な存在だったのでしょうね。

幼いことからオードリーの話を聞いていたエマはオードリーが貴族だった母から受け継いだ気品と優美さをいつもオードリーのことを口にしていた父親からも受け継いできたのでしょう。『ティファニーで朝食を』、『マイ・フェア・レディ』、『ローマの休日』などは父親と見ていたという彼女。きっと祖母オードリーのことを今もこの先も家族として、女優として尊敬していくこと違いありません。

雑誌BAZAARではオードリーのオマージュを披露!

実はこのHarper’s BAZAR(ハーパーズ バザー)で、オードリーもエマと同じように表紙やらを沢山飾っていたのです。当時伝説的なフォトグラファーと言われていた、リチャード・アヴェドンにとってオードリーはまさに今風に言えばミューズだったのです。彼にとってオードリーはインスピレーションの源であったと言われています。

オードリーとアヴェドンは1950年代のHarper’s BAZAR(ハーパーズ バザー)でさまざまなコラボレーションを行ったそうです。そんな祖母であるオードリーが活躍していたハーパーズ バザーでエマがデビューするというのも縁というものや絆の繋がりというものを感じてしまいますね。

Repost from @not_official. September issue of @harpersbazaarus. #EmmaFerrer #HarpersBazaar #AudreyHepburn

Emma Ferrerさん(@emma.ferrer)が投稿した写真 –

アメリカの雑誌Harper’s BAZAAR (ハーパースバザー)の表紙でデビューを果たしたエマですが、実はエマを撮影したカメラマンが、オードリーを撮影した写真家リチャード・アヴェドンの孫であるマイケル・アヴェドンだったのです。

まさに奇跡ですよね。20数年前にオードリーとリチャードが撮影したように、時代を超えてのエマとマイケルのコラボレーションは、オードリーへのオマージュらしく、オードリーを思わせるようなポージングやドレスがたくさん使われていたと言われています。

この凛とした横顔はまさにオードリーのような気品と美しさはオードリーのDNAを引き継いたエマだからからこその魅力だと思います。ちなみにUS版のハーパース バザーの表紙になったこのエマについて彼女の父親はこう言っています。「私の母オードリーと彼女はそっくり。スクリーンでは控えめで謙虚でありながらユーモアがあって感情豊かでとても強い。そして繊細なんだ」と言っていたそうです。

一番身近で見てきたエマの父であり、オードリーの息子であるショーンが言うのですから、間違えがないでしょうね。本当にこのお写真は素敵です。エマの横顔は気品に溢れた顔立ちをしていますものね。

エマ、ジバンシィのランウェイショーに初登場!

https://www.youtube.com/watch?v=yg-VZ6SQoeY2015
年にジバンシィでのクリエイティブ・ディレクターとして就任10周年を迎えたリカルド・ティッシ。そのことを記念して開催された歴史的なショー翌日のNYで、メゾンの歴史に名を残すミューズだったオードリーの孫娘エマ・ファーラーをモデルに特別な撮影したものがこの動画です。

オードリーが亡くなって20年以上も経ってから、オードリーの孫娘がまさか同じジバンシーでと考えると・・・・ちょっと考え深いものがありますね。この動画で語るエマはやはり祖母オードリーの面影を感じさせてくれます。

Like Grandmother, Like Granddaughter #AudreyHepburn #EmmaFerrer #HarpersBazaar

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実はオードリーとジバンシーには運命のような絆があり、二人は大親友でした。オードリー・ヘップバーンとデザイナーのユベール・ド・ジバンシーの出会いはハリウッド映画2作目の「愛しのサブリナ」の撮影前。衣装合わせのために訪れたジバンシーでオードリーは「ローマの休日」で得た給料で自ら店舗に赴き、ジバンシーを買っていたことをジバンシーに告白したと言われています。

オードリー自ら、愛しのサブリナで着るために自分に似合う衣装を選び華麗に変身するエレガンスに魅せられたジバンシーはオードリーをミューズと呼び公私ともにオードリーが亡くなるまで親友だったそうです。ジバンシーはオードリーの息子たちと共にオードリーの柩も担ぎました。そこからも本当に公私ともに親友だったのだと分かっていただけると思います。

ジバンシーは「女性は身につけるものでエレガントになるのではなく、どのように身につけるかでエレガントになるのだ」という言葉も残しています。おそらくオードリーという女性が時代に合わせシンプルで軽いドレスを見事に着こなし、意志や知性を備え、年齢を重ねても可憐な若々しさに溢れる女性として理想の女性像をみたたからこそのこの言葉だったのかもしれません。

その後のオードリーの作品でも、エマの父親、つまりオードリーとメル・ファーラーの挙式でのこの可愛いウエデイングドレスもジバンシーがデザインしたそうです。そんなジバンシーにとって大切だったオードリーの孫娘がジバンシーのランウェイに出ることはなんだかすごく必然的な感じがします。

オードリーのようにあらゆる魅力を兼ね備えたジバンシーのミューズであるオードリーの孫娘がランウエイをすること自体奇跡としか言い様がありません。

エマ・フェラーがインフィニティのミューズに!

Makeup by Jasleen #EmmaFerrer #photoshoot #jasleen

Emma Ferrerさん(@emma.ferrer)が投稿した写真 –

2014年9月にモデルデビューを果たしたエマですが、そんな彼女が日本でも、2015年9月1日から、コーセーのプレステージブランド「インフィニテイ」のミューズに起用されていました。祖母オードリーのように透明感溢れるエマの姿は、きっと覚えていらっしゃる女性も多いと思います。祖母譲りの何とも言えないあの高貴な印象に、オードリーとはちょっと違うけれど、あの凛とした瞳を持つエマ。

彼女がミューズに就任していた化粧品の「インフィニティ」シリーズはコーセーの中では高級・高機能ラインと言われているシリーズでした。本来はもう少し年齢の言った女優さんやモデルさんを起用するはずなのに、若いエマを起用したことによって幅広い年齢の方に興味を持っていただけたシリーズになったそうですよ。

オードリー・ヘップバーンから意思の強さも継承したエマに刮目せよ!

今年24歳となるエマ・ファーラー。彼女自身、モデルだけでなく、いろんなことに挑戦したいと言っており、ユニセフなどの活動にもオードリーと同じように参加している彼女です。祖母オードリー・ヘップバーンが24歳の時には「ローマの休日」でアン王女を演じ一躍有名になった年齢です。この映画によりオードリーは、アカデミー賞 最優秀主演女優賞受賞など沢山の賞を手にしました。

もしもエマが今後女優さんになっていったとしたら、祖母オードリーのように銀幕の妖精と言われたようにエマを銀幕で目にする日が来るかもしれませんね。仮にモデルだけの世界で耀くのであれば、それもきっと彼女の運命。祖母オードリーに似た美貌と気品、落ち着いた佇まいなどをに拘らず、エマはエマらしく活躍していって欲しいですね。