ホトトギスも涙を流す!織田信長の深すぎる名言20選!

第六天魔王として名を馳せた織田信長の生涯は、ご存知の通り波乱万丈…そして最期の地、本能寺では謎を秘めたまま生涯を終えました。そんな信長を様々な角度から見た名言を紹介!「意外!!」と思われるものまで詰め込みました!

うつけ者と呼ばれた天才!切れ味鋭い名言集!

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皆さんご存知、戦国大名でもあり三英傑の1人織田信長!3人の中でも1、2の人気を争う人物ですね!信長は様々な逸話が残っているので、あまりよく知らない人から見てもヤバい人・怖い人・すぐ殺す人なんてイメージを持っている方も多いのでは?(笑)

確かに、信長は秀吉と家康と比べるとかなりキャラが濃い人ではありますが、意外と世間が持つイメージとは違う一面を持っていたりもします!そんな信長の名言を前期・中期・後期と紹介!

思わず使いたくなるようなものを選んでみましたが、カリスマ性がないとちょっと厳しいものもあるかもしれません(笑)よりすぐりの織田信長の名言20選!どうぞご覧くださいね!

生まれながらに才能のある者は、それを頼んで鍛錬を怠る、自惚れる。しかし、生まれつきの才能がない者は、何とか技術を身につけようと日々努力する

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一つ目から響くような名言を紹介します!ちょっと長めですが、何も考えずに心で理解するように感じ取ってみてください…織田信長は何気ない一言が名言になるような人なので、あまり考えず感じる事が大事です!

簡単に言ってしまうと、努力は天才に勝るというニュアンスの名言ですね。信長自身は、ご存知のとおり型にはまらないアナーキーな性格…これを考慮すると意外な一面ともとれる言葉ではないでしょうか?

信長自身、人を動かす才能(カリスマ性)がある人物でしたが、才能を持って生まれなかった人の気持ちにも見解を示すことが出来るのは厳しい性格ながら努力する家臣や兵を陰ながら見守ってきたからかもしれませんね

器用というのは他人の思惑の逆をする者だ。

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一言で言ってしまえば『スペックがクソ高い人』という感じの人物を指します。様々なタイプの家臣を抱えていた信長だからこその名言ですね。信長自身も、他者と一線を画するカリスマ性を持ち、豊臣秀吉・明智光秀などを心酔させた人でもありますからね!

与えられた場所だけではなく、どんな分野でも柔軟に対応ができ、すぐさま行動に移せる人!そんな人材を織田軍は欲しています!しかし中々そんな武将はいないですよね(笑)

人を用ふるの者は、能否を択ぶべし、何ぞ新故を論ぜん。

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これぞ信長!ブラック企業で是非セミナーを開いてほしいほどの名言!簡単に説明しますと、上に立つものは年長(年上)という事を基準にせず、若輩者でもなんでも能力を重視せよ!というようなニュアンスになります。

ただ、年長者という事だけで上に立つ者に選ぶことはやめておけというようにもとれますね。短いながらも、凝縮された名言!至ってシンプルな言い回しですが、数秒で誰でも理解出来るようサラッと伝える事が出来る信長の頭の回転の速さがうかがえる瞬間と言えるでしょう。

人へ助言する際はいかにして回りくどくならず、理解を示してもらえるかが重要ですが信長はそれも分かっていたように思えますね。

攻撃を一点に集約せよ、無駄な事はするな。

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この名言は少し難しいかもしれません。言葉通りの意味でもありますし、物事全てにおいて信長は考えていた事かもしれないと読み取る事ができます。前述した才能がないものは必死で日々努力する…という言葉から考えてみましょう!

努力することは大事だが、手当たり次第行うのではなく目標をしっかりと!というような意味でもとれるかと思います。言葉とおりの意味であれば、下手な鉄砲も数撃てば当たる精神ではなく、一度の攻撃に全身全霊で挑む事が重要という感じでしょうか?

やはり人の上にたつものは、下々へのアドバイスも的確である事が分かります!

理念を持ち、信念に生きよ。理想や信念を見失った者は、戦う前から負けていると言えよう。そのような者は廃人と同じだ

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なんという意識高い系…戦国時代にこんなにまで意識が高い人が存在していた事に驚きを隠せない言葉ですね。理想や信念に生きる若者が現代にどれほどいるのか、考えると違う方へベクトルが向いてしまいそうなので考えないようにしたいと思います。

信長は、うつけ者と呼ばれていた事で有名ですが、この言葉を見る限り…うつけ者には見えません。 人生=戦(いくさ)と言っても過言ではない名言ですね!信長にとって、信念が折れた時点で人生での負けが確定するという事なのでしょうか…。

あまりにも意識が高すぎて筆者には理解が困難です。なぜ、織田信長が三英傑の中でも高く評価され人気があるのか垣間見える瞬間でもあるでしょう。

いつの時代も変わり者が世の中を変える。異端者を受け入れる器量が武将には必要である。

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常に先を見て、時代の流れに敏感だった信長らしい名言!自分自身が「うつけ者」と呼ばれていた信長は、自身と同じく世間から変わり者と思われている人物に対しても興味を持ち召し抱える事が出来ていたんですね。

また、変わっていく世の中に対しても中心に自分がいなくとも流れを楽しみ、それに乗る事が大事だという事がわかる言葉です。しかし、信長からみても「異端者」だと思う程の人物はどれほどいたのでしょうか…中々、信長レベルの変わり者はいないような気がします(笑)

恃むところにある者は、恃むもののために滅びる。

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少し難しい言葉ですが、恃む(たのむ)ところにある者は、恃む(たのむ)もののために滅びる。と読みます。言葉の意味は『人や物に頼ったさいに、頼った人・物の為にかえってピンチを招くことがある』

用心しろ・頼れる相手にすきを見せてはいけない!とも認識されている名言ですが、信長らしい名言だな~と感じる事が出来るのではないでしょうか!信長と言えば裏切られてるイメージが比較的強い人物でもありますしね。

決して頼ってはいけないと言っているわけではありませんが、これを言われたら後のリスクも考えて一瞬思いとどまってしまいますね…。

絶対は絶対ない

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シンプルすぎる!!!!!!!あまりにもシンプルすぎて、一瞬意味がわからなくなるくらいシンプル!!!!絶対という言葉は、存在しない・絶対という事は存在しないというニュアンスでいいのでしょうか…?

あまりにも力強くシンプルなので背景が見えてこないのですが、みなさんも一度は同じような言葉を思い出す場面に出くわしたことがあるのではないでしょうか?言いたいことは分かるのですが、このとき信長はなにか焦っていたのでしょうか…

一応、400年以上昔に『絶対』という言葉の脆さを理解していた事を考慮して、名言になると筆者は考えております。口約束ではよく使われる『絶対』という言葉…言う事は簡単ですが守るのは意外と難しい事もありますからね…。

時おり見せる愛情深さ…情愛の名言集!

藤吉郎(秀吉)は何が不足なのか。浮気など言語道断です。しかし、やきもちはいけない。夫の世話をちゃんとして、言いたいことがあっても言わない方がいいでしょう。

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驚くかもしれませんが、これは信長が藤吉郎(後の秀吉)の奥さん『ねね』に送った手紙の一文。なにやら妙に可愛い雰囲気が出ておりますが信長にはこんな一面もあったんですね~。

これはどういう事かというと、恐れ多くも『ねね』が信長に対し夫である藤吉郎(秀吉)の愚痴をぶちまけた所、信長なりにアドバイス的な内容の手紙を送ったようです。個人的に、浮気は言語道断んです。の1文がジワジワくるのですがいかがでしょうか?

この内容で『ねね』が納得するのかは謎ですが、きちんと愚痴を聞き「まぁまぁ落ち着いて」というような家臣フォローも出来る男だったんですね!情愛という感じではありませんが、家臣、そしてその家族の事を信長なりに考えての手紙でしたのでセレクトしました!

愚かな間違いを犯したら、たとえ生きて帰ってきてもわしの目の前に姿を見せるな

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息子たちの幼名のセンスに度々注目が集まる信長が、戦に赴く息子へ投げかけた言葉。文章の中の『愚かな間違い』というのは、色々な意味でとれる言葉かと思いますが息子の事を信じていなければ、このような事はおそらく言えないかと思います。

『死んで武勲をあげろ』という考えの持ち主もいた時代で、信長なりの息子へのエールなのではないでしょうか?もちろん『どんな些細なミスも許さない』という意味でもとれますが、自身の息子だからこそ、ここまで言い切れるのではないかと筆者は考えました。

信長には秀吉の元に養子に出した子供を含め11人の息子がいたと言われていますが、息子たちから見て信長というのはどんな『父親』だったのかというのも気になりますね!

これ(木綿20枚)を売って彼に小屋を作ってやり、飢えないように食べ物を分け与えてくれれば自分はとても嬉しい

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鳴かないならホトトギスですら殺す信長ですが、意外と情に厚い性格だったことがこの言葉で分かるかと思います。これは、通りがかりの村で身体が不自由な男性を見かけた際に、持っていた木綿を近くの村人に渡し頼んだ際の言葉だと言われています。

自身の家臣でもなんでもない男性へ、一介の大名が手を差し伸べるというのは凄いと思いませんか?この言葉で分かるのは、身体が不自由だからといって信長は人を差別しない考えの持ち主だったことが分かりますね。

人の上に立つものは、立場が弱い人に対し手を差し伸べるという行動を自然と行う事が出来るって凄いですよね。可哀想だと思っても思うだけで行動できない人が大半かと思いますが、信長は即行動派!この事から残虐非道で知られる信長の意外な一面が分かるかと思います。

組織に貢献してくれるのは「優秀な者」よりも「能力は並の上だが、忠実な者」の方だ。

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うん、まさに豊臣秀吉ような家臣の事ですね。この言葉で面白いのは「組織」という言葉を遣い、自身のためではなく全体的な目で物事を見ている事が分かる部分かと思います。歌舞伎者と知られ、お茶目だったと言われる信長も人選にはかなりの拘りがあったのでしょうか…。

考えてみれば、優秀な者をそばに置いたために裏切られるという事を味わう回数が多かった信長…裏切りにより、学んだのでしょうか(笑)元々、出来る家臣にはかなり目をかけていたと言われる信長…。

その反面、同じ事をやらせても飲み込みが遅かったものには厳しかったと言われています。これは現代にも通じるものがありますが、褒める時は褒め、叱る時はしっかり叱る!そして、年齢や外見では差別しない、それが織田信長!

俺が見事な弓矢をとることができたのは皆、平出政秀が諌死したからだ。 

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情愛…とは少し違いますが、うつけ者と呼ばれた信長の未来を変えたであろう名言。平出政秀とは、信長の教育係…今でいう家庭教師に近い存在でしょうか?

そんな平出さん、信長のあまりにも破天荒な性格にほとほと参ってしまい、なんと切腹する事で信長を諌めたのです!自らの命を差し出し諌めた平出さんの存在は信長に多くの事を学ばせました。

そして、この名言は当時を振り返った信長の言葉だったのでしょうか…『平出政秀が命をかけてまで自分を諌めてくれたからこそ、今の自分がある』という意味にすると分かり易いかと思います。

自身の命を賭してまでも信長に伝えた平手政秀…ここで、何も感じる事ができなかったら尾張を統一した信長はいなかったのではないでしょうか!

人間五十年…悟りを開いた信長の名言に刮目せよ!

人間五十年、下天のうちをくらぶれば夢幻の如くなり。ひとたび生を享け、滅せぬもののあるべきか。

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信長の名言を紹介する上で外せないのが、この名言!これは幸若舞の演目のひとつ『敦盛』の一節になります。今では考えられない事ですが、信長の時代は50歳が平均寿命…その年齢を前に、悟りを開いたのでしょうか…。

この一節は信長が桶狭間の戦いの前にも舞ったとされるお気に入りのものですが、内容を読み解いてみると『人の一生というのは50年、それはとても儚いもの。死なない人などいないのだから』というニュアンスになります。

今では50歳代など、まだまだ「若い」と認識される年齢ですが、戦国の世で50歳というのは人生を見直すほどのものだったことが分かりますね。また、儚さを表現する『夢幻の如くなり』という部分がとても美しい言葉だと思います。

仕事は自分から探して、創り出すものだ。与えられた仕事だけをやるのは、雑兵だ。

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バイト初日に学んでほしい、信長の名言ですね。ここまでストレートに言われた事がある人はいますか?言われたら相当メンタルにくると思うのですが、信長の家臣というのは皆さんメンタルが強かったのでしょうか…。

現代風の言葉に直しますと『言われた事だけやるのではなく、自身で考えて行動してほしい。』という感じでしょうか…意外と、言われた事しかできない人って多い現実がありますが日本人の気質なのか?

しかし400年以上前に、信長は火の玉ストレートで下々の者へ投げつけています。戦国の世ともなると、臨機応変に対応しなければ生きていけない世の中…命令だけを聞くのではなく周りの状況から自分で考えて行動する事は大事だというようにもとれますね!

およそ勝負は時の運によるもので、計画して勝てるものではない。

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悟りきっている…。しかし、努力を怠る事は許さない信長氏。確かに、戦(いくさ)ともなると天候や地理など様々な部分において「強運に恵まれる」事って大事ですね!

いくら兵を集めても、秀吉のようなアイディアマンによる奇策にかけられた場合も不利になる事ってあると思います。一応、計画は念入りに立ててはいると思いますが、それでも最後は時の運に委ねるというのが深いですね…。

様々な戦を経験してきた信長だからこその名言だと言えるのではないでしょうか!

臆病者の目には、敵は常に大軍に見える。

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シンプルですが、信長クラスの人にしか許されないような言葉…憧れます!ちょっと違うような気がしますが、怖い怖いと思うから怖く見えるという言葉もありますしね!

臆病者とは、どんな人物を指すのか詳しくは触れていませんが、気持ちで乗り越える事って大事ですよね。どんな状況になっても上に立つものがしっかりしていないと家臣の士気も下がりますしね!

この名言との関係は明らかではありませんが、桶狭間の戦いでは今川軍2万人(諸説あり)VS織田軍4000人の図で見事勝利をおさめています!普通に考えたら2万人の敵って逃げ出したくなるような人数じゃないですか!

それを前にしても堂々としていた信長…信長にとっては、取るに足らない人数だったのでしょうか!まさに『臆病者の目には、敵は常に大軍に見える。』

人城を頼らば、城人を捨てん。

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一瞬「ん?」と、なりそうな言葉ですが読み解いてみると意外と単純で分かり易い言葉!みなさん「お城」ってどんなイメージがありますか?大きくて頑丈で、大軍に攻め込まれても立て籠もればなんとかなりそうなイメージがあると思います。

しかし、信長の考えは違いました!あくまでも、城を守るのは人であり城は自分たちを守ってはくれません。考えてみれば当たり前の事ですが、城の見た目・強固な雰囲気に惑わされてしまいますよね(笑)

確かに人が城を作り、人が住む事により城は役割を果たす事ができるもの、それを人が頼る側になってしまえば立場がチグハグになってしまいますね、信長の言葉には人を納得させる不思議な力があるような気がします…。

是非に及ばず。

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信長、最期の地『本能寺の変』で明智光秀に攻め込まれた際に洩らしたと伝えられる言葉。単純に言葉の意味だけを考えると「諦め」を思わせるような言葉ですが、これを信長が使うとなると様々な意味が考えられるのでは?と、思いあえて名言として紹介します!

是非に及ばず=どうしょうもないという認識かと思います。それまで諦める事を簡単には認めなかった信長の言葉とは思えないほど弱気だと思いませんか?あまりも弱気すぎる!

しかし、信長の状況からしてみたら『え?攻めてきたの明智なの?それはしゃーないわwww』という感じなのか『応戦するけど、もうここまできたらどうしょうもない!やるしかない!』というような感じかも?

もしかしたら、自身が明智光秀にやってきた色々な事を思い出しての一言だったかもしれませんが、信長にここまで言わしめるとは明智光秀…恐ろしい…。

必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ。

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当時、この言葉を実際に聞いた家臣・家族たちはどれほど感銘を受けたのでしょうか…。今の時代、生きる事に必死になっている方ってどれだけいるのか!?生きている間に一度は必死になってみたい…光を放ってみたい…そう感じませんか?

この名言は辛い時に聞いても、きっと励まされると思います。今日がダメでも明日、明日がダメでも明後日…なんて言っていてはいけませんね!まずは1日!1日を必死に頑張りましょう!

それができた時は信長が見ていた景色に一歩だけでも近づける…そんなふうに思えます。この言葉を糧に今を生きましょう!

織田信長が400年以上たった今も人気がある理由とは

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名言・格言ととれるものを紹介してきましたが、ここまで読んで下さった方の中には信長に対するイメージが少しばかり変わった方がいるのではないでしょうか?

残虐非道で恐ろしい織田信長…と、いう印象が少し和らいだかと思います。勿論、紹介したもの意外にもまだまだ信長が残した今の世にも十分通じる名言はいくつもあります!

筆者は信長の考え方は、どちらかというと現代のものに似通ったものがあると思えました!そういった部分から、憧れの対象であり、理想の上司と言われる理由が分かるかと思います。辛くなった時、信長が残した言葉を思い出し勇気をもらってみてはいかがでしょうか!

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