【マイケル・ジャクソン】偉大なるキング・オブ・ポップ急死の謎に迫る!

マイケル・ジャクソンの突然の訃報は、一瞬にして全世界を驚きと悲しみに包み、各国メディアはトップニュースで報道しました。まだ50歳という若さで、なぜマイケル・ジャクソンは亡くなったのでしょうか!?

偉大なるマイケル…今も惜しまれる死

比類なき“キング・オブ・ポップ”の訃報

2009年6月25日、その信じがたい悲報が配信されるやいなや、世界中がキング・オブ・ポップ-マイケル・ジャクソンの死を悼みました。
 
あまりにも突然の訃報に、多くの人が情報を確認しようとインターネットにアクセスしたため、世界各国で検索サイトのサーバーがダウン。Googleでは、「マイケル・ジャクソン」が検索ワードに急上昇したため、一時スパム扱いされる現象が起きました。

急死を受け、同年7月に予定していたロンドン公演のリハーサル映像を基にしたドキュメンタリー映画『マイケル・ジャクン THIS IS IT』の制作・上映が、急遽決定。期間限定上映にもかかわらず、最終興行収入は2憶5,000万ドル、日本だけでも4週間で400万人を動員し、52億円の興行収入をあげました。多くの人に愛され、亡くなったことが未だに信じられませんが、マイケルに一体何が起こったのでしょうか。

マイケル・ジャクソンには持病が?

マイケルは白人になりたかった!?

黒人のマイケルですが、82年のスリラーの頃から徐々に顔の色が白くなっていきました。「白人に憧れて、皮膚を漂泊する治療を受けている!?」と報道されたこともありましたが、実は、尋常性白斑(じんじょうせいはくはん)という皮膚の病気でした。

尋常性白斑は、日本では昔から「白なまず」と呼ばれていますが、原因は不明です。自己免疫やストレス、あるいは遺伝性などが原因と言われています。マイケルの父方の叔母と姉のラトーヤにも尋常性白斑の症状があるようです。

治療法も決定打はありませんが、ステロイドやビタミンD3などの塗り薬がメインです。顔の白斑をメイクで隠す方法もあります。マイケルのトレードマークだった『白い手袋』が、手の白斑を隠すためだったのなら、頷けます。また、尋常性白斑は様々な合併症を伴うケースが多いようです。

整形手術の失敗

マイケルが整形手術を初めて受けたのは、1979年にステージの床に鼻をぶつけて骨折したためでした。しかし、この時の執刀医が妥当性を欠く手術を行ったため、鼻での呼吸が困難になり、再手術に踏み切ります。この時の美容皮膚科医には、ペプシのCM撮影で起こった悲惨な事故の時にも助けられました。

1984年、ペプシのCM撮りでマイケルの頭髪に照明ライトが引火し、ステージから転落。頭皮のやけどは13㎝×5㎝の広範囲にもわたり、第2~第3度の深刻なものでした。入院した病院の外には、多くのファンが詰めかけ、夜を徹して祈りを捧げました。やけどの治療は長期に渡り、皮膚移植も行っています。

この頃のマイケルは『ドラッグ嫌い』を公言していましたが、入院中は投薬された睡眠薬を黙って服用して眠りについたといいますから、精神的ショックと痛みがあったのでしょうか。

マイケルは麻酔薬を常用していた?

ペプシ事故がもたらした負の副産物

ペプシCM撮影中のアクシデントは、その後のマイケルに悪影響を及ぼしました。髪の毛が燃えていることに気づかないでそのままダンスを続け、火が頭皮に移り皮膚が燃えだしてやっと異変に気づいたマイケルは、ステージから転落。スタッフが駆け寄り火を消しましたが、そのまま救急車で病院へ搬送。

入院中に痛みから鎮痛剤や睡眠薬を投与され始めますが、その後も数年に渡り繰り返し頭皮の皮膚移植手術をうけることになり、その手術の痛みに耐えるために、また鎮痛剤を処方されます。

痛みの根本を治療している訳ではないので、処方された鎮痛剤に慣れてくると、その鎮痛剤が効かなくなり、より強い鎮痛剤を求めるようになります。やけどの治療をきっかけに鎮痛剤に依存するようになったのでしょうか。しかも、たちの悪いことに『医師による処方箋薬』です。

薬物依存治療の事実も!?



1992年6月~1993年11月に行われたDangerous World Tour』では、マイケルの体調不良で、メキシコシティでの最終公演を急遽取りやめています。これは、マイケルの深刻な鎮痛剤依存の治療のために、予定を繰り上げてリハビル施設にはいるための措置でした。

このことは、マイケルの死後、遺族がロンドン公演のプロモーターを相手に起こした民事裁判の中でも明らかになっています。訴状は、「マイケルが薬物依存に悩まされていたことは公然の事実で、それにもかかわらずマイケルのコンサートをプロモートしたことは、マイケルが50歳という若さ亡くなったことに責任がある」と。

裁判では、元妻で看護師の女性が「痛みへの恐怖は尋常ではなかった」と証言していますが、そのためかマイケルは、アスピリンで済むところを塩酸ヒドロモルホン(モルヒネの一種)を処方されたこともあったようです。

衝撃!マイケルの死にはイルミナティが関係していた!?

マイケルとイルミナティとの関係

マイケルの急死が、秘密結社“イルミナティ”による暗殺ではないかとの噂があります。イルミナティは、18世紀にドイツのバイエルン地方で結成されました。結成の目的は、「迷信、偏見、政府、哲学の排除、権力による抑圧の削減、女性教育を支援すること」だったようです。

それが、現在では「世界情勢を支配するために陰謀を企て、政治権力や影響力のある人物を獲得し新世界秩序を確立している」と言われています。また、フリーメイソンとも比較されます。

マイケルがイルミナティへの勧誘を断り、「They Don’t Care About Us」などの反戦歌を歌ったため命を狙われ、マイケル暗殺のためにCIAを使い、ロンドン公演のプロモーター、検死を行ったロス市警もグルだと。ロンドン公演でマイケルが「イルミナティに命を狙われている」と暴露する予定だったから、その直前に暗殺されたとか。

元主治医、コンラッド・マーレーは語る…

月額報酬15万ドルの主治医

マイケルの主治医だったコンラッド・マーレーは裁判で、「亡くなるまでの約2ヶ月、ほぼ毎日麻酔薬・プロポフォールの投薬を続けた」と証言しています。裁判では、死因となった大量のプロポフォールをマーレーが点滴したのか、マイケルが注射したのかが争われました。

マーレーは、プロポフォール依存を恐れ、亡くなる3日前に他の薬に切替えたが、マイケルが不眠を訴えたため、通常より少ない量で与えたところ、マイケルが眠りについたので、トイレに行き数分後に戻ってきたら、マイケルが残りのプロポフォールを自分で投薬し、瞳孔が開き呼吸停止していたと。

マーレーは、マイケルの薬物依存克服の努力をし、死の3日前に脱却させていたし、薬物依存に陥れたのはあの美容皮膚科医だと主張しました。月額15万ドルの高額報酬は、ハイリスクハイリターンでした。

マイケル・ジャクソン、死の当日には何が!?

やっと眠りにつけた日に

出典:https://upload.wikimedia.org

その日は、プロポフォールではなくロラゼパム(抗不安薬)とミダゾラム(麻酔導入薬・鎮静薬)が投薬されましたが、全身麻酔の導入で使用するプロポフォールを鎮痛剤にしていたマイケルには、弱すぎて眠ることができませんでした。

すでに、抗不安薬のロラゼパムを投薬しているのに、プロポフォールを追加したことで、マイケルは多剤・大量使用の重篤な状態に陥り、心肺停止になりました。マーレーは、「自分が心臓発作を起こしそうだった」と言っていますが、蘇生を図ろうと懸命に心臓マッサージをしたのか、亡くなったマイケルの肋骨は折れていました。

やっと眠りについたと思ったら永遠の眠りになるとは、誰が予想できたでしょうか。ただ冷静に考えると、こんな状態で翌月のロンドン公演“THIS IS IT”を成功させることは、非常に難しかったのではないかと思います。

真相は藪の中…

“キング・オブ・ポップ”は永遠に



いかがだったでしょうか。マイケル・ジャクソンを漢字一文字で表現すると「孤」ではないかと思います。「孤」は、助けるものがない、ひとりぼっち、ただひとつ、ひとりという意味です。
エンターテインメントにしろ、ビジネスにしろ、どんな世界でも、「極めた人」というのは、おそらく孤独なのではないかと思います。ましてや富を手に入れると、よからぬ輩が近寄ってきます。マイケルの場合、父親や兄弟との関係も、危ういものでした。

薬物依存に陥ったのも、あり得ないことを報道するマスコミから受けた精神的ダメージとアクシデントから受けた肉体的ダメージに、医療従事者による不適切な医療行為のせいだったのではないでしょうか。

幻となったロンドン公演が実現していたら、若い頃とは違うマイケルの円熟したパフォーマンスを観てみたかったですね。

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