【太平洋戦争】日本最後の戦争を4つのポイントから読み解く

“戦後”という言葉がある。これは“日本が武力介入した最後の戦争の後”といった意味合いだが、その“日本最後の戦争”について、現代を生きるあなたはどれだけ知っているだろうか。

激動の戦争「太平洋戦争」

出典:https://ja.wikipedia.org

明治から昭和初期にかけて、日本は諸外国との戦争に明け暮れていた。日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、日中戦争と続き、最後に巻き起こったのが太平洋戦争である。東京大空襲や、広島・長崎に投下された原爆を筆頭に、軍人にも民間人にもかつてないほどの戦死者が出た凄惨な総力戦だ。

ちなみに上記の戦争ついては、日本から仕掛けた戦いもあれば、ただ便乗しただけの戦いもある。

《日清・日中戦争》

清・中「テメェ、あんまデカい面してんなよ」

日「何だよ、やんのかコラ」

《日露戦争》

英「ロシアの奴、調子に乗りやがって・・・おい、シメに行くぞ」

日「了解です!世界最強のイギリスさんがいれば楽勝っすね!」

《第一次世界大戦》

日「ヨーロッパは大変そうだなぁ・・・。よし、この隙に中国いただき!」

中「なんで!?」

《太平洋戦争》

米「勝ち目ないでしょ。そっちが譲歩するなら、戦わずに仲良くやっていく道もあるんじゃないの?」

日「感性の相違です」

米「よろしい。ならば戦争だ」

それぞれ開戦までのイメージは大体こんな感じである。ただし筆者の偏見でしかないので、くれぐれも100%鵜呑みにはしないように。

ポイント① そもそも太平洋戦争とは?


太平洋戦争は、平たく言えば日本VSアメリカによる戦争である。陸・海・空全てで持てる力をぶつけた、国をあげての総力戦。日本にとっては文字通り最後の大一番となった。

みるみる戦火が広がってゆく中、その主戦場となったが太平洋だった。戦時中の日本では「大東亜戦争」と呼ばれていたが、敗戦後にGHQ(連合国最高司令官総司令部)の占領政策によって「太平洋戦争」と呼称するよう義務付けられた。しかし、どちらの呼び方が適切なのかは賛否が分かれ、多数の議論が展開されている。正直どっちでも・・・は禁句。

ポイント② 第二次世界大戦との関係は?

太平洋戦争は、1939年に始まった第二次世界大戦の局面の1つである。各地で繰り広げられた戦いの中の一部だが、この太平洋戦争の流れと勝敗が第二次世界大戦の戦局に多大な影響を及ぼしたのは間違いない。大きすぎる犠牲のもと、世界最大の戦争は終結したのだ。

それではここで、第二次世界大戦についても少し触れてみようと思う。

枢軸国陣営


第二次世界大戦とは、各国が枢軸国(すうじくこく)陣営連合国陣営に分かれて戦った戦争の事である。

第二次世界大戦始まった直接の原因は、1939年ドイツがポーランドへ侵攻した事だとされている。これを受けて、ポーランドと同盟を結んでいたイギリスフランスドイツに宣戦布告。後に戦いの火蓋が切って落とされる事になった。

第一次世界大戦後に訪れた世界大恐慌によって、ドイツの国政は大きく傾き、人々は状況を打開できる指導者を待ち望んだ。そこに現れたのがヒトラー。彼は圧倒的なカリスマ性で地位と権力を確立し、ドイツ国首相にまで上り詰めた。それからファシズムという思想のもと、独裁政治によって軍事力を強化し、海外進出を目論む。

イギリス、フランス両国は宣戦布告したものの、積極的にドイツを攻める事はしなかった。それに気を良くしたドイツ本格的に侵攻を開始独ソ不可侵条約を結んでいたソビエト連邦(以下、ソ連)とともにポーランドを支配した。その後も快進撃は続き、デンマーク、ノルウェー、オランダ、ベルギー、ついにはフランスまでもを降伏させる

フランス降伏の直前、ドイツの侵攻作戦に対してイタリアが参加を表明している。イタリアの指導者・ムッソリーニがヒトラーと同じくファシズムを掲げていたという側面もあるが、「下手に逆らうより便乗しておいた方が良くね?」と考えたようにも思える。

その頃、日本日中戦争の只中だった。始めの総攻撃による短期決着を望んだ日本の思惑とは裏腹に、戦いは長期化。打開策を模索した結果、日本は乗りに乗っているドイツと手を結ぶ事に。これにより、日独伊三国同盟が締結された。第二次世界大戦における「枢軸国」は、この三国を主としている。

連合国陣営

第二次世界大戦における「連合国」とは、上記した枢軸国陣営と敵対した国家連合を指す。主戦力となったのはイギリスや、当時日本と敵対していた中華民国、そして独ソ不可侵条約を一方的に破られてブチ切れたソ連などである。

その他にも、枢軸国陣営の攻撃により領土を失った国の人々別の国へ逃れて政府組織を立て直し戦争に加わっていたりもした(亡命政府と呼ぶ)。フランスもその一角。

さらに、日露戦争以降、日本に対して警戒を強めていたアメリカも、連合国陣営として第二次世界大戦へ参戦した。イギリスなど連合国陣営への武器の援助に始まり、太平洋戦争では本格的な武力介入をする。

今回の連合国陣営の主要国であるイギリス、フランス、アメリカ、中華民国は、安全保障理事会において「常任理事国」のポストが与えられ、国際社会で今現在でも強い影響力をもっている。

枢軸国陣営VS連合国陣営。ドイツ軍によるポーランド侵攻で幕を開け、太平洋戦争を経て、第二次世界大戦人類史上最大規模の戦争となったのだった。

ポイント③ 太平洋戦争はなぜ開戦した?

太平洋戦争において先制攻撃に出たのは、日本だった。1941年12月8日マレー作戦イギリスに、真珠湾攻撃アメリカに、それぞれ奇襲をかける形で戦闘を開始。当時、世界でも有数の超大国だった2か国に対してほぼ同時に喧嘩を売った。なかなかの度胸だと思う。

さて、説明してきた通り太平洋戦争は第二次世界大戦の一部だが、そもそも第二次世界大戦はヨーロッパで勃発した戦争である。それで何故、日本とアメリカまでもが戦う事になったのだろうか?

実はこの頃、アメリカは日本を快く思っていなかった。表面上は敵対してはいなかったものの、胸の内には確かな確執があったのだ。

それまでの日本とアメリカ

日本とアメリカの関係性について詳しく語るには、それまでの歴史を遡ってゆく必要がある。太平洋戦争の前に日中戦争を、日中戦争を説明するには日露戦争を、日露戦争を説明するためには日清戦争を・・・と続いてしまうため、本題にたどり着く前に力尽きそうだ。歴史は漫画やドラマとしてリメイクできるほど内容の濃い1つの物語なので、これは仕方がないと思う。

関係者各位の皆様から怒られそうなくらい端折ると、日清戦争~日中戦争までの流れの中でアメリカは、日本勢力を拡大し、国力を付けてゆく事が嫌だったわけである。

日露戦争に勝利した日本満州へ進出していた頃、アメリカ太平洋への進出を画策していた。しかしその太平洋の対岸に位置するのが日本。日本には強力な海軍があり、いずれはアメリカにとっても脅威になるだろうと、警戒心を抱いていた。

敵対・戦争へ


1937年満州事変に端を発する日中戦争が勃発。なし崩しのように始まった戦いはゲリラ戦となり、長期化してゆく。第二次世界大戦開幕の2年前である。日中戦争の最中にヨーロッパで戦争が始まり、流れでそれぞれ、日本は枢軸国陣営に、中華民国は連合国陣営に付く事となった。

日中戦争についてアメリカは、開戦当初は「日本、負けてくんないかなぁ・・・」と思いながらも中立の立場をとっていた。しかし次第に危機感が膨れ上がり、日本に対して武力以外の形で制裁を加え始める。日本への石油や鉄の輸出を取り止めたのである。燃料やら資源やらが不足すれば、戦争に勝つ事など不可能。効果は抜群だ!

日本はなんとかアメリカとの交渉を試みるも、出される条件があまりにも不利なものだったため、交渉は決裂アメリカと友好的な関係を築いていたイギリスも巻き込んでの戦争へと繋がったのだ。

ポイント④ 太平洋戦争 終戦までの流れ

日本の奇襲で始まった太平洋戦争は、最終的に日本が敗北。負けを認める決定打となったのは広島・長崎への原爆投下である。そして最後まで抵抗を続けていた日本が降伏した事により、第二次世界大戦連合国陣営の勝利で幕を閉じた。

太平洋戦争の主なキーワードとなるのは、真珠湾攻撃ミッドウェー海戦、そして原爆だ。学校で日本史を教わるとほぼ確実に出てくる単語なので、聞き覚えはあるのではないかと思う。それでは、順番にみていこう。

真珠湾攻撃~ミッドウェー海戦


すでに記したように、太平洋戦争開幕の狼煙を上げたのは日本だ。ハワイ準州オアフ島真珠湾にあるアメリカ海軍の太平洋艦隊と基地へ、日本海軍が攻撃を仕掛けた。標的となった真珠湾は優れた軍港であり、周りを要塞で囲っている(通称・オアフ島要塞)。そのため上陸作戦ではなく、航空機や潜航艇を用いた襲撃を敢行した。

こうして始まったアメリカとの戦争は、中盤あたりまで日本優位で進んでいた。怒涛の勢いでマニラ、シンガポール、ジャワ島を占拠。そのままアメリカ海軍機動部隊の制圧を目指し、ミッドウェー島の攻略を決定する。しかし、ここからアメリカの猛攻を受ける事に。

まず、ミッドウェー島攻略を決定した直後、日本本土がアメリカの爆撃機、B-25による空襲を受ける(ドーリットル空襲)。その後、ミッドウェー海戦にて主力の空母4隻と航空機約300機を失ったほか、優秀な搭乗員も多数失い、大敗を喫した

原爆と終戦

ミッドウェー海戦での敗北を機に、戦局は一変する。

開戦当初は攻めの姿勢をとっていた日本だったが、ミッドウェー海戦の甚大な被害により、その後は守りに転じる事を余儀なくされた。ガダルカナルの戦い、マリアナ沖海戦、フィリピンの戦い、硫黄島の戦い、沖縄戦などでの敗戦で国力が削り取られてゆく。さらには枢軸国陣営からドイツイタリアが順に降伏した事で、日本は孤立。イギリスやアメリカ、中華民国などの連合国陣営を一国で相手取らなければならなくなった

降伏か玉砕か。日本政府が迷走する中、ついにアメリカから決定打を浴びる。広島・長崎への原爆投下である。原爆自体で十数万人、その後の放射線被害などで二十万人を超える死亡者が出た。数日後、日本政府はポツダム宣言(日本への降伏要求の最終宣言)を受諾太平洋戦争並びに第二次世界大戦終幕した。

太平洋戦争は起こるべくして起きたのか?

出典:https://ja.wikipedia.org

ここまででいくらか砕けた説明も挟んできたが、この先は真面目に語らせていただきたい。ただし、例に漏れず筆者の主観と偏見によるものであると明言しておく。

日本の歴史を遡るとき、そこには必ず「」の文字がある。国内での小さな内紛から、国同士の大きな抗争まで、その規模や開戦理由は様々だ。しかし、その中にある各自の理念のようなものは共通しているように思う。それは、「自分のため」だという事。

基本的に、戦争は両者が互いに「自分は正しい」と思っているから起こるものだと私は思っている。自分の見解は正しい。でも相手が理解してくれない。言葉だけでは解決できない。だから仕方なく武力行使に出る・・・。そうやって争い続けて積み重なった結果が、現代に伝わる日本の、そして人類の歴史だ。

そう考えると、「起こるべくして起こった」という表現でも、あながち間違いではないかもしれない。ただ、それを正義と呼ぶのには抵抗がある。各々が自分の主観で考えたとき、その意見がどれだけ正当性のあるものだったとしても、武器を取った時点でそれは正義ではなくなるのだと思う。

誰もが正しくて、誰もが間違えている。正義の無い戦い。それを戦争と呼ぶのではないだろうか。

平和な時代に生まれ、本物の戦争を知らずに育ってきた我々がするべきは、歴史を知る事。そして忘れない事。最初から喧嘩腰で挑むのではなく、互いの意思を尊重し合い、時には自分が折れてでも相手の言葉に最後まで耳を貸す。そんな話し合いができていればしなくて良い戦争もあったのではないだろうか?そう思えてならない。

同じ歴史を繰り返さないために、自分にできる事は何なのか。日本最後の戦争は、国民1人1人に立ち止まって考えるきっかけを与えたのだ。

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