アレン・アイバーソンは最も小さな得点王!NBAに刻んだ歴史と偉業

NBA史上最も身長の低い得点王、アレン・アイバーソン。貧しい家庭に生まれ、困難に立ち向かいながらも、闘争心むき出しでリーグを代表するプレーヤーにまで腕一つでのし上がった男のカッコよすぎるキャリアを紹介する!

これがアレンの生きる道!身長なんて関係ない

アレン・アイバーソンは現役当時183㎝74.8㎏、NBAフィラデルフィア・セブンティーシクサーズからそのキャリアをスタートさせ、最後はトルコにわたり現役生活を終了した。背番号は主に3番をつけ、76ersでは永久欠となっている。

公称183㎝となっているが実際には身長はもっと低かったと言われており、バッシュを脱ぐと180㎝を切っていたとの説もあるほど、大変小柄な選手ながら、類稀なる身体能力と運動神経を兼ね備えた選手であった。

彼はNBA史上最も身長の低い得点王として知られ、得点王を4回獲得、NBA生涯成績として1試合平均26.7得点という記録を残している。これは大変高い数字でありいかに彼が身長のハンデをものともしない点取り屋であったかがわかると思う。

彼のプレイスタイルは闘争心むき出しに相手にどんどん勝負を仕掛けていくというものでアウトサイドのシュートはもちろん、インサイドに鋭く切れ込んでシュートを決めるなど得点パターンも多く、ポストアップ以のほぼすべての方法で得点することができた。

2005‐06シーズンには年間通して1試合平均33.0得点を挙げている。得点王になることもすごいことなのだが、ここまで小柄なのに1試合で30点以上稼いでしまうというのは、とてつもないことで、いかにアンストッパブルなのかがよくわかる。

またポイントガードもシューティングガードもこなせるコンボガードとしてプレーできたのでチームのロスターに応じて役割を変更していたが、本来が超攻撃的選手だったこともありセルフィッシュなプレーが多かったと思う。

ダンクだってお手のもの!AIスーパープレイ集

https://youtu.be/2REkZG-dhHcアイバーソンは、驚異的な身体のバネと空中での身のこなし、ボディバランスの良さを備えたプレーヤーであるから、考えられないようなテクニックやフィニッシュをまざまざと見せつけていた。

上記の動画内では様々なパターンのアイバーソンの得点名シーンが紹介されている。特に第2位にランクされているプレーでは味方のシュートミスを空中でそのまま押し込むリバウンドダンクが紹介されている。

この時相手チームで一緒にリバウンドで競り合っているのは、ドラフト同期で全体2位指名のマーカス・キャンビー。この後長くNBAで活躍するインサイドプレーヤーで身長は211㎝もある!彼を軽々飛び越えるのだからただただ驚きなのである。

大事なのは試合だろ?練習ついての彼の見解

https://youtu.be/UPkJEaY5AxU2014年NBAファイナル第2戦の前日、当時マイアミ・ヒートに在籍したスタープレーヤーが、レブロン・ジェームスが記者会見を行った。第1戦終盤に足の痙攣で退場していたジェームスだったが練習には問題なく復帰できている様子とのこと。ひとしきり問答が終わり、最後の質問として発言したのは、チームメートだったドウェイン・ウェイドだった。

『いつになったら練習に戻ってくるんだい?』これには、大丈夫なのはもうわかっているけど、敢えて足の状態を会見ぽく聞いてみた、という意味と、いつまで記者会見やってんだよ!練習しに行こうぜ!というダブルミーニングのジョークだと筆者は推測する(最後にウェイドもLet’s go!と言っているし)。

その質問にレブロンはこう答えるのだ。『Practice?』と。そのやり取りに会場は笑いに包まれ、レブロンも笑顔で席を立ち、練習に戻るのだった。『Practice?』はウェイドに対するレブロンのウィットに富んだジョークでのお返しだったのだ。
https://youtu.be/ygESuw9NPKE何がジョークなのかわからないかもしれないが、これはアレン・アイバーソンの有名な言葉なのである。実はアイバーソンの練習嫌いは有名でしばしばコーチ陣からも注意を受けていた。特にチームバスケットを身上とするラリー・ブラウンヘッドコーチには絶大な信頼を置きながら、練習はたびたびサボるなどしており、ブラウンからもその点は非難されていたのだ。

それに対してアイバーソンは『試合で結果を出すことの方が大事で、なぜみんな練習練習というのか。自分が命をかけて、いつも生涯最後の試合のようにプレーしている自分の試合のプレーではなく、たかが練習に力を入れるのはバカバカしい、たかが練習だよ。』と語っており、これが後に彼の練習嫌いを証明する有名なエピソードとなるのである。

ホントはナイキがよかったけど…。彼を支えたバッシュ

出典:http://item.rakuten.co.jp

上記写真がアイバーソン初のシグネチャーモデルでかつ最大のロングセラー商品であるReebok Questionだ。ルーキー時代のモデルで、このシューズで見事新人王を獲得している。HEXALITE(ヘキサライト)というハチの巣状のクッションを搭載し衝撃吸収に大変優れたモデルだった。

学生時代に彼は好んでナイキ製のシューズを着用しており、AIR JORDAN 11などを愛用していた。アイバーソンがNBAに入団すると彼はナイキと契約を交わしたかったようだが、オファーがなかったため、Reebokと契約したという。

ただ、この契約はReebokにとってはとても良いビジネスだったと言って過言ではない。当時Reebokはスラムダンカーのショーン・ケンプや規格外のビッグマン、シャキール・オニールを契約選手として抱えていたが、2000年以降においてアイバーソンがもたらした影響は計り知れないからである。この後彼が引退した現在もアイバーソンモデルのシューズの続編が制作されており、これは彼とジョーダンの二人以外に誰も見当たらないことなのだ!

破天荒なアイバーソンにも引退の時が訪れた

アイバーソンは76ersで得点力を発揮し続けていたが、チーム力は低迷していた。76ersはチームの解体と再建を目指し、アイバーソンはトレードでデンバー・ナゲッツへ放出される。その後もスコアラーとして活躍するも移籍を繰り返し(実際には各所属チームが売りに出したがった)、デトロイト、メンフィスを渡り歩くことになる。

しかしメンフィス・グリズリーズでの開幕戦直後に『個人的な理由』で突然チームを離れてしまうのだ。わずか3試合の出場しか果たさないまま、そのまま退団、2009年11月25日に引退を表明する。しかし古巣76ersからの正式なオファーがあり、引退を撤回して復帰。翌年にはトルコ・リーグへと渡り歩き、2年の浪人の後に2013年正式に引退を表明したのだった。

晩年のアイバーソンにフィットし、徐々に得点能力も低下していた小柄なスコアラーを迎え入れるチームはなくなっていたのだ。それでも彼はプレーできる環境を求めて彼は前進を重ねていたのである。引退後、76ersは彼の背番号3をチームの永久欠番にすることを決めその栄誉をたたえたのだった。

そんなに稼いだのに?高額年俸とその後の人生

アメリカのメジャースポーツでよく聞く高額契約の話。スーパーでスペシャルな選手だったアイバーソンも例外ではなく、生涯年俸だけで1億5450万ドルを稼いだといわれている。まったくもって途方もない金額だ。

ただそんなプレーヤー達に待っているのが『破産』。なんとNBA選手の60%は5年以内に破産するというデータがあるのだ。これは事業の失敗や離婚による高額な慰謝料と養育費の請求など原因は様々である。

ちなみにアイバーソンも同様に経済的に苦境に立った時期があるそうで、すでに自宅を差し押さえられているとのこと。NBAには年金制度があるので50歳になれば高額な年金が受け取れるとのことだが、やはりことアイバーソンとなると契約金額も人生も破天荒なイメージそのままなのかもしれない。

少し丸くなった?アイバーソンの現在

やや寂しいバスケキャリアの晩年を過ごしたアイバーソン。一躍NBAのヒーローに躍り出て若者のファッションリーダーとしても絶大な人気を誇っただけにオフコートでは様々なトラブルに見舞われた。精神的にも安定しない時期が続きギャンブルなどに溺れる時期も実際にあったのだが、このところは安定している印象だ。

周りへの感謝を述べたり、後輩へのアドバイスを送ったりと、昔に比べればかなり丸くなったアイバーソン。先日NBAの選手会が設立した『ゲーム・チェンジャー賞』を受賞したアイバーソン。この賞はバスケ会に変革をもたらしたものへと送られる賞である。この時のスピーチで何らかの形でNBAに関わりたいと表明した。

正式にオファーがある状態ではないらしく、彼の過去から見ても慎重にならざるを得ないのは理解できるが、是非アイバーソンには何らかの形で『NBAへの復帰』を果たしてほしいと、筆者は切に願ってやまないのだ。

強い自我を感じる彼が残した名言

最後にアイバーソンが残した名言を紹介したいと思う。そのテクニックと気持ちの強さでNBAの世界を生き抜いてきた彼だからこそ、力強さと真実味があふれる言葉で、強烈にこちらまで突きつけられるようである。

『ジョーダンになりたいと思った事は無い。ラリー・バードやアイザイヤ・トーマスにもなりたいと思った事は無い。鏡越しに自分をみたときに、俺は自分の道を生きたと言いたい』

出典:http://howdoispk.com

なんともアイバーソンらしい力強い言葉である。実際彼はジョーダンをコート外では尊敬しているが、コートで会うときは敵であるから真っ向から向かっていく、と闘争心にあふれる発言をしている。

『自分が生きたい方向に行くためには、良い時も悪い時も通らなければならないんだ』

出典:http://howdoispk.com

彼のNBA晩年が波乱万丈だっただけに説得力十分の言葉である。それでも自分の信念を貫いたアイバーソンはやはりカッコいいのだ!

『学生の頃トーナメントに出たことは覚えてる。家に帰っても電気はつかなかった。それはお母さんが最後のお金をおれのバッシュに使ってくれたから…。』

出典:http://howdoispk.com

アイバーソンは大学2年終了後にアーリーエントリーでNBAに入団している。その理由は、妹が病気であること、家が貧しかったので、家計を少しでも助けるためだったという。貧困から立ち上がり、家族のみならず様々な人の心の支えになったであろうアイバーソンは今もなおNBAファンのヒーローなのである。

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