宮國椋丞が亡き父に誓う!2017年シーズン先発奪取計画とは?

華々しく1軍デビューを飾り、次世代エースとして期待された宮國椋丞も2017年でプロ入り7年目を迎えました。ここ2年間は中継ぎとしてチームを支えてきましたが2017年は先発に再挑戦!彼は多くのライバルたちから先発の座を奪い返せるのでしょうか?

エースへの道~プロローグは敵地甲子園球場での快投

背番号30が甲子園に帰ってきた!

2012年4月8日、よく晴れた日曜日の甲子園球場での阪神・巨人戦。先発のマウンドに立ったのは、プロ入り2年目の宮國椋丞、これが公式戦初登板でした。先頭の平野をファーストゴロに打ち取ると、あれよあれよと6回まで無失点。

7回に新井貴浩にタイムリーを打たれ1点を失いこの回で降板しますが、見事プロ初勝利を飾ったのです。もちろん宮國投手のことは知っていましたし、期待もしていました。しかし、まさかいきなりあの甲子園でこんな快投を見せるとは!

レフトスタンドのほんの一角に押し込まれた巨人ファンは、さぞや気持ちのいい思いをした事でしょう。現地に居た筆者の友人も、興奮して誰だか判別がつかない程ちっちゃな宮國投手の後姿の写メを送ってきましたから!(笑)

19歳の未来のエース

背番号30と言えば、この甲子園でライバル掛布との対決がいつも話題になっていた江川卓の背番号。最新モデルの背番号30は華奢でイケメンな(江川さん、すいません!笑)、当時まだ19歳の青年でした。

「ちょっとー、可愛いし期待されてるのはわかるけど、甲子園やで~、頼むわほんまに~!」と試合前にメールしてきたのは、先ほどの友人。大阪で暮らす巨人ファンの友人は、日曜日に巨人が阪神に負けると、月曜日の職場での阪神ファンの口撃がもの凄く辛いらしいのです。

まぁ、彼女は言われた100倍言い返すタイプなので、心配していませんが!(笑)宮國はこの日の快投で、多くの巨人ファンと彼女のハートをガッチリ掴んだのです。ちなみに、巨人での初登板初勝利は槙原寛己以来29年ぶり、その後の広島戦で挙げた高卒2年目のプロ初完投・初完封勝利も桑田真澄以来ということで、若きエース誕生にファンの期待は一気に高まりました。

プロ生活の序盤は順調なスタート

この甲子園での宮國について原監督はこう語っています。

Q:堂々と落ち着いて投げているように思えましたが

本人はドキドキしているんでしょうけど、落ち着いた風に見えるピッチャーですね

Q:これから楽しみな存在だと思いますが

これからマークされるわけなので、研究心を持って次に挑んでいってほしい

Q:宮國投手を送り出すとき、何とおっしゃったのですか

きょう午前9時ころ、宿舎でもうユニホームに着替えていた。「午後1時50分からでいいんだよ、2時からが君の時間になるわけだから、それまではリラックスして時間を作るんだよ」と言った。

出典:http://www.giants.jp

そう、彼は決してテンパることも無く、ポーカーフェイスで黙々と投げていました。いや、そう見えました。でも本当は物凄く緊張していたようですね。糸満高校出身の宮國は、高校時代もエースとして活躍していましたが、 島袋洋奨(ソフトバンク)を擁する興南高校に敗れ甲子園出場は果たせませんでしたから、ここで投げれることは感無量だったでしょう。

このまま順調に活躍するかと思っていた矢先、右肩の違和感で2か月ほどファームで調整することとなりますが、復帰後のDeNA戦で勝利を挙げると、レギュラーシーズン終了まで先発ローテーションの一角を担いました。

宮國椋丞が優男すぎる?その性格を探ってみる

ファンサービスから探るその性格

この活躍に、この顔面偏差値ですから、宮國ファンの女性が急増したことは言うまでもありません。それまで球団側は女性ファン獲得の為に何かと坂本勇人を推していましたが、宮國を推し出し始めました。

選手と一緒に写真が撮れるイベントでも、宮國が引っ張り出され、間近に見る高身長のイケメンプロ野球選手に女性ファンが上げた歓喜の声といったら黄色というよりピンク色でした。(←筆者も現地にいました)

右肩の違和感でファームにいた間も、ジャイアンツ球場には宮國目当ての女性がわんさか詰めかけていました。宮國は一生懸命ファンサービスもしていましたね。見ている限り断れない性格って感じで、随分多くのファンにサインを書いたりしていましたから。

そう言えばあの大阪の友人も握手をしてもらい「あんまり可愛いから手ぇ、離さんようにしようかと思ったわ」と逮捕ギリギリの発言をしてましたっけ。(笑)

チームメイトから探るその性格

2016.12.17 #宮國椋丞 #読売ジャイアンツ

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ジャイアンツの選手の素顔が見られることで人気の「ズームイン!!サタデー」(日本テレビ)の中のコーナー“プロ野球熱ケツ情報”でも、宮國投手は度々登場しては、天然っぽい受け答え、ちっちゃな声、はにかんだ笑顔から、その穏やかな性格が見てとれます。

選手間でも先輩に可愛がられ、後輩にも可愛がられ(笑)、一年後輩の今村投手の「宮國愛」などはファンの間でも有名で、なにかにつけては宮國さんのようになりたいと公言していました。

同期の小山投手と特に仲が良く、遠征の時などもいつも一緒に行動していましたし、小山投手のツイッターにもたびたび宮國が登場していました。2016年12月に突然小山投手が楽天イーグルスにトレードとなり、宮國もものすごく寂しかったのでしょうね。

2017年2月22日に行われた楽天との練習試合で小山と再会した宮國は、思わず小山に抱き着いていましたから。その光景は思わず女子か・・・と思う程!とにかく宮國はかわいいんです!

宮國椋丞の成績と年俸を振り返ってみた

プロ入り6年間の成績は?



2012年の活躍から、2013年にはなんと開幕投手を任されます。これはエース内海哲也が第3回WBCで不在だった事もありますが、20歳での開幕投手は1988年の桑田真澄以来のことだったのですから、首脳陣の期待の高さがわかりますよね。

ところが、7月25日の広島戦で2回途中8失点でノックアウトされると、そこから打たれ出すと止まらない、まさにバッピ状態に陥る事が度々あり、ファームと1軍を行ったり来たりするようになってしまうのです。

2014年も成績はパッとせず、先発での一軍登板はわずか3試合にとどまり、ようやく初勝利を挙げたのは10月6日の広島戦で、エース前田健太に投げ勝ったものの、この1勝だけでシーズンを終えました。

2015年からの2年間は中継ぎに配置転換され、1軍で40試合前後登板しましたが、あの甲子園でファンの期待を一身に集めたエース候補にしては正直物足りない成績と言わざるを得ません。

プロ入り6年間の年俸は?

続いて、宮國投手の年俸を見てみましょう。

◆2017年・・・2,700万円\t

◆2016年・・・1,900万円\t

◆2015年・・・1,200万円\t

◆2014年・・・1,600万円\t

◆2013年・・・1,600万円\t

◆2012年・・・630万円\t

◆2011年・・・600万円

出典:http://www.gurazeni.com

やはり2012年の活躍から、その年630万円だった年俸が契約更改で、約1,000万円アップの1,600万円に上がっているのが目を引きますが、その後は頭打ち、そして1軍先発枠からの脱落と共に年俸もダウンしています。

しかしながら2015年からは中継ぎとして勝ちゲームの一端を担い、それなりに安定した投球をみせるようにもなり、1軍での定位置を確立しつつありました。年俸もそれに伴いアップしていますし、2016年の契約更改では、チームの成績から坂本以外にそれほど目立ったアップの選手がいなかった中での42.1%アップは期待の高さが伺えます。

「宮國椋丞は過大評価だった」岡崎2軍監督の言葉の真意は?

宮國がまだ先発をしていた2014年夏、沖縄出身の期待の星は、1軍では1試合先発のみで防御率11.25、 2軍でも10試合登板で0勝5敗、防御率5.91と以前の輝きを全く失っていた時の事です。

7月19日付けの報知新聞で「宮國は過大評価だった」と、当時の2軍監督だった岡崎氏の話が掲載されたのです。力が落ちた訳では無く、これまで1軍に居れたのは、たまたまラッキーだっただけという内容で、宮國もこの記事を読んだであろうと思うと、あの優しい青年がどう思ったのかと、こっちが気に病んだほどでした。

筆者も当時、打たれ出したら止まらない宮國のピッチングをジャイアンツ球場の2軍戦で見たことがあるのですが、「もう代えてあげてくれ!」と叫びたくなるような有様でした。

たまたま豪雨でノーゲームとなり、成績に反映されなかったことから「宮國、よかったな!ラッキーじゃん」とファンの間で囁かれたことが、皮肉にも岡崎監督の話を裏付ける結果となっていました。

岡崎監督は、宮國を見切ったのでしょうか?入団1年目は体作りがメインでイースタンの試合にも4試合登板しただけ。大事に育てられてきた右腕が、いつまでも殻をぶち破れず苦しんでいる姿に、親心から喝をいれた発言だったのでしょう。

運だけでここまで生き残れるほどプロの世界は甘くない!頑張れ宮國!岡崎監督の発言の奥には、必ずや宮國へのエールが込められていた筈です。

宮國椋丞が黒い噂に包まれた2016年

再起を図る宮國の最大のピンチは2015年10月から世間を騒がせた「野球賭博事件」でした。あれだけ世間を騒がせた事件ですから、皆さんもご存知だろうと思いますし、筆者はあの事件の中心人物であった笠原投手を応援していたので、この件に触れるたび今でも心が痛みます。

宮國がこの賭博事件に関係している・・と言う噂が瞬く間に広まったのは、その笠原投手のツイッター上に、笠原・福田・松本の3人と一緒に食事する宮國投手の写真が以前に載っていたからなのです。

しかし、この件に対しては、選手一人一人に何回も事情を聴き、深く調査した結果、宮國が賭博事件に関わったという事実は無いと結論が出ています。それでも2016年は宮國には試練の1年だったことでしょう。

亡き父に誓う~高級マンゴーは野生のゴーヤになる!

最愛の父の死

ようやく好奇の目に晒されることも少なくなり、2017年再起への決意を新たにした矢先の2月1日、宮國の父親が急性心筋梗塞のため56歳の若さで亡くなってしまいました。

元教員だった父親も、学生時代は甲子園を目指す高校球児でした。宮國が野球を始めたのも父親の影響で、いつも応援してくれていた父親の遺影の前で、自分が活躍することが一番の供養になると決意したのです。

2016年秋、首脳陣に「先発がやりたい」と自己主張した宮國。大人しく控えめな性格だった青年は、確実に成長しています。以前に原監督から「我々は宮國を大事に扱いすぎた。高級マンゴーのようにね。これからは野生のゴーヤのように逞しくなってくれないと!」と言われた事があります。

エースへの道は最終章へ

2017年、先発ローテに食い込むには相当なアピールが必要です。先発候補として、FAで日ハムから吉川、DeNAから山口俊を獲得し、復帰に懸ける杉内もいれば、これまでローテを守ってきた内海や菅野、マイコラスも健在です。

そんなライバルたちを蹴落とし、宮國はゴーヤになれるのか?巨人軍の2017年は、あの5年前の春に甲子園を沸かせた右腕の復活にかかっているのかもしれません。2017年、宮國椋丞のエースへの道のエピローグが見れることを筆者は密かに期待しています。

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