【川口能活】日本で最も愛されたゴールキーパー。怪我を乗り越えFC相模原へ

日本代表ゴールキーパーとして4回のワールドカップに出場した川口能活。イケメンで180の身長を持ちながらも天然でたくさんの迷言エピソードを残すことしたことでも有名だが、実はまだ現役選手として頑張っている。怪我を乗り越えながらも長い現役生活最後の地に選んだのはFC相模原だった。

川口能活は現在もまだFC相模で頑張っている!

怪我を乗り越え

. 2016.10.23 #石田雅俊 #川口能活 #SC相模原 #鹿児島ユナイテッドFC #ギオンスタジアム

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FC岐阜から膝を怪我していた川口能活、なんとかまたピッチに復帰できた。現在の年齢はもう40歳を超えているが拾ってくれたのはJ3のFC相模原。怪我の克服に時間がかかったが彼を拾ってくれる監督はまだまだサッカー界にいたのだ。

コーチや選手たちはみんな年下である。そんなFC相模原で川口能活は大ベテランだが、20代のチームメイトは川口能活がレジェンドだった頃を知っているのだろうか?思えばアトランタ五輪でも影なるリーダーとして日本代表を支えてきた。彼は再びこのチームでチームの司令塔になったのだ。

J3加入ともあり迷いもあっただろう。しかし度重なる怪我していた川口でも欲しいと言った人物がいたのである。その人物は「もう一花咲かせて欲しい」と川口能活に言って彼を誘ったのだった。

もう一花咲かせて欲しい!

声をかけたのはFC相模原代表を務める望月。彼は川口の母校清水商業高校の先輩であった。右膝を痛めて長期離脱を余儀なくされていた頃だ。半年後の復帰をめどにリハビリをしていたが今度は別の箇所を痛めるという最悪の状況であった。

FC岐阜で単身赴任をしながらもJ2でサッカーを続けていた川口能活にとって声をかけられたことは嬉しかったに違いない。望月はそんなサッカー愛を持つ川口のことをよく知り、いつも気にかけてくれる大事な先輩だ。

思えばキーパーの川口能活は怪我の多いサッカー人生だった。しかし彼ほど特異な精神力で怪我を乗り切り、W杯に4回も出場し、国民から愛された人物はいないだろう。彼の歴史を知っているものなら、彼の栄光を忘れることはないのである。

キーパーはやっぱりイケメンの川口!活躍を振り返る

海外からも注目されるセーブ力



日本代表で最も優秀だったキーパーは楢崎と川口のどっちだろうかという議論は未だにあるだろう。出場記録や成績などを見れば一見楢崎の方が有利に見える。しかし選ばれるのは川口能活の方ではないだろうか?アジアカップのヨルダン戦やマイアミの奇跡など記憶に残るプレーが多いからだ。

そもそもキーパーでどちらがすぐれていると比較するのがおかしいのかもしれない。彼らは枠の少ない出場枠を競い合う中でただのライバル心じゃないものを持ってるところがある。守護神として日本を守るという責任感からもっと共闘感のようなものがあるに違いない。川口と楢崎の仲の良さを見てるとそんな気がする。

しかし日本代表戦での活躍はどちらかといえばやはり川口を圧倒的に推したい。彼のセーブ力は日本国内を賑わしただけでなく、海外の監督たちも唸らせたほどの実力があったからだ。

世界的な評価を得ていた

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川口のセーブの仕方がうまいのはポジショニングによってシュートコースを初めから塞いでいるところにある。この好プレーが際立ったのは2001年コンフェデレーションカップのカメルーン戦。エムボマやエトオ相手にすべてのシュートを見事に止めた。

「GKの並外れた守備力に我々はチャンスを阻まれた」とカメルーンの監督に言わしめた川口能活は海外からの評価も高い。1996年マイアミの奇跡ではブラジル監督のサガロは「日本のGKは素晴らしかった」と言い残した。

ちょうど2001年にはイングランド2部リーグポーツマスFCに日本人GK初の欧州移籍を果たしている。移籍金は3億、プレミアリーグで出場は果たせなかったものの、日本にこんないいGKがいるんだ知らしめることができた。

実は天然!?川口能活の残した迷言

名言は愛される理由の一つ

イングランド移籍時に彼はこんな言葉を残している。「ポーツマス(移籍先クラブチーム)ってポーツマス条約のポーツマス?」ポーツマス条約のポーツマスはアメリカである。そう、彼は天然なのである。こんなエピソードはまだまだ序の口である。

イングランドやベルギーのクラブでプレーしていたから英語くらいわかるはずなのに、マンモスのことをイノシシだと思っていたなどと不思議なことも言っている。英語のしゃべれるどうこうという問題ではないような気もするが、真剣な顔で言っているから面白い。

イケメンにたまに傷というのもまた人気の理由の一つになってしまった。メンバーから愛されるのもそんな性格のためだろう。楢崎が大阪人であるため話が流暢なのに対し、川口は天然という図式も面白かった。

軽トラックを持参?

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突然サッカーグランドに軽トラックに乗って姿を現した川口能活。いったい何事かとグランドのみんなが不思議がった。なんでも自分の自転車を持って帰るために軽トラックをレンタカーしてきたらしい。何か悪いことをしたいるわけではないのに、ちょっと人を心配させてしまうところが川口能活の魅力なのかもしれない。

またコンビニの店員に「からあげクンいかがですか?」と聞かれ、メンバーにからあげクンて無料なの?ときいたという。メンバーからの圧倒的な支持率は実はこんなところから生まれてくるのかもしれない。

グランドの一番後ろから司令塔として働くキーパーが、日常でこんな愛らしい人物だったらなんだか嫌な気がしない。こう言う安心感を与える人間は日本の組織サッカーにおいて最もキーマンとなるタイプだろう。

天然はプレーにも生きていた

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キーパーというのは実は非常にいろんな技量のいるポジションである。カウンターを受けた時に戻ってくる脚力と体力、ディフェンスのフォーメーションの確認など実は仕事が多いい。中でも一番大事なのはゴール前での敵との心理戦だろう。

PKならば解りやすいかもしれない。相手に蹴らせたいボールを体や腕を使ってさりげなく誘い込む。こうしたプレーができるのがキーパーの持ち味なのだが、川口能活はPKせんの時実は全く動かないのだ。

相手がボールを蹴るまで動かず、蹴った後の自分の反射神経のみで勝負をするのである。天然な川口ならではの作戦だ。相手を騙さないというところに裏表のない彼の性格がうかがえる。純粋な二分の一の勝負に賭け、身体能力で勝負するというのは実に勇気と自信がいるはずだ。さすが川口である。

愛される理由



2004年アジアンカップ準々決勝、ヨルダン戦最後のPK合戦を思い出してみるとキーパーとしての実力はピカイチ。やはりゴール前まで動かず蹴る瞬間に少しだけ前に出る、そして飛んで手を伸ばす。それだけでセーブし続け準決勝に導いた川口能活を相手チームのエースは巨人に見えたと言った。

止めて欲しい時に止めてくれる選手として川口は随一の選手である。これだけすごいのに天才を呼ぶのに抵抗があるのはなぜだろう。やはり天然エピソードが先行してしまうからだろうか。ある時はファッションショー、ランウェイの上を歩いて行って戻ってこずに列を詰まらせたこともあった。

またある時はマネージャーに初めましてと挨拶をした。バスの運転手にごちそうさまと言ったなんて話もある。やっぱり天才だからサッカー以外のことを気にしないのだろうか。

妻はステュワーデス。いったいどんな人?

川口能活の妻はどんな人か

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若い頃はもうちょっと髪が長かったので女子の人気もすごかった。そんな川口能活の妻はなんと美人スチュワーデス。サッカー選手は美人キャスターやステュワーデスと結婚する人も多いが、一体どんな風にして出会えるのだろうか。

出会いは川口がベルギーに移籍したとき。当時交換留学でベルギーに滞在していた妻の須藤佳苗さんに出会ったそうだ。彼女はのちにスカンジナビア航空のスティワーデスになったという経緯である。

佳苗さんとの間にはどちらもまだ幼い小学生と幼稚園生の娘と息子がいる。FC岐阜にいるときは単身赴任をしていたので週一しか会えずに寂しかったのだと思うが、妻は「贅沢を望まない」というとても素敵な人である。まさにサッカー一筋の川口にぴったりのお嫁さんだ。

グローブに込められた想い

猫パンチ #川口能活

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川口能活のキーパーグローブには実はこの二人の子供と妻の名前が刺繍してあるのをご存知だろうか。FC相模原に入ろうとしたとき彼は家族にも移籍のことを相談していた。以前いたJ2の岐阜ではベテランでも生き残るのは大変だった。26歳がサッカー選手の平均寿命と言われるこの世界で40歳を超えての挑戦はとても難しいものがある。

しかし川口には幼い子供二人を養っていかなければならないという父親の責任もあったのだろう。平均年齢を超えてからは職業としてのサッカー選手というのも悪くはないはずだ。

FC岐阜時代の背番号22番というのも長女が選んだ数字だという。息子はテレビで父親が出ると大はしゃぎ、そんな子供たちのために大きくなってもプレーを見せてあげたいという気持ちもあるのかもしれない。

引退は考えている?川口能活のこれから

引退の地はFC相模原?

FC相模原はまだまだ小さいチームであり、経済的な理由からも優勝してもJ2にあがることはない。では一体なぜ川口はこのチームに入ったのだろうか。それは度重なる怪我の克服してきたものの、彼はさすがにこの地を最後に引退を考えているからだ。

チームの知名度を上げるために積極的にイベントなどにも参加する川口能活。彼はチームの父親的存在として、最後に貢献しながら楽しみたいというのが彼の本当の気持ちだ。できれば続けられるなら引退はしたくないだろう。

しかし川口はすでに引退後の道を模索し始めていた。すでにサッカーライセンスを取っており、引退後は監督になるかもしれないのだ。しかしそれまでは憧れだというカズのようにいつまでのプレーしてもらいたい。

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