田中浩康は横浜の救世主!職人技の光る名手復活なるか?

かつては早大の黄金期のトップバッターとして超強力打線の先頭を担い、プロ入り後も青木とヤクルト打線を牽引した。そんな田中だがいつしか機会が減り、遂にはクビとなってしまった。衰えきったとは言えない名手の復活はなるか、横浜の期待の新戦力に迫る。

いぶし銀!田中浩康から星の煌めきを感じたい!



16年シーズンの末に野球好きには衝撃のニュースが耳に入った。それは田中博康がヤクルトから戦力外通告を受け退団したと言うものだ。17年3月現在、34歳とベテランの域ではあるが衰えたとは言い切れないだけにその報道には悲しくなったものだ。

かつては早稲田大学の黄金期をその強力打線のトップバッターとして活躍し、1,2番の上位を組んだ青木とはプロ入り後もヤクルトで1,2番として躍動した。リードオフマンとしてだけではなくバントなどの小技にも長ければ守備も堅くいわゆる「シブい」選手と言えるだろう。

そんな彼の退団から幾らかして、横浜DeNAベイスターズが獲得すると言う話が浮上した。かつてはベストナインやGGなどの賞を与えられ輝いたものの、その光を鈍らせた彼は横浜での新たなスタートを切る事で再び輝きを取り戻せるだろうか、気になる所に迫っていこう。

田中浩康の悲運な選手人生~スワローズから戦力外通告をされるまで~

そもそもなぜヤクルトを戦力外になってしまったのだろうか。彼の野球人生を軽く追ってみよう。彼はこれまでの野球人生の多くは概ね順調と言って差し支えないのではないだろうか。甲子園にセカンドとして出場すれば、前述の様に早稲田大学では1年時から黄金期を牽引した。

プロ入り後もすぐに1軍に昇格し2年目には空いたポジションを埋める為に奮闘した。そして二年目には空いたセカンドのレギュラーに定着すればベストナインに選ばれる活躍を見せ、その後も堅実な守備や正確なバントの光る繋ぎ役として名を馳せていく

雲行きが怪しくなり始めるのは、ベストナインにGGを受賞した翌2013年の事だ。打撃で不振が続くと代わりに山田哲人が台頭し機会を次第に奪われていく。それだけでなく二軍に落とされれば、それ以降これ以上ない活躍を見せる山田の割を食わされる事となっていくのだ。

守備率.995という堅守も機会が無ければ意味は無く、ヤクルトの弱点であった外野や一塁などの守備も行い代打での機会を増やすも出場は100試合を下回り、そして遂には2016年オフ、指導者として打診を受け引退か戦力外かを突きつけられる事となったのだ。

山田が台頭していなければ、いくら不振が続いていたとは言えども前年度ベストナインにGGの脂の乗った選手がここまで一気に下り坂を駆け下りる事も無かったのかもしれない。そう思う程に彼の不運さには悲しさが込み上げると言うものだ。

職人技よ光れ!田中浩康はDeNAで復活なるか!?

山田が調子を上げ台頭すると、次第にその成績を輝かせ遂には2年連続トリプルスリーや3打席連続本塁打などを達成する程大きくなっていった。その影に最も潜まされる事となった田中は16年オフ、ベイスターズで新たなスタートを切る事になる。

田中は横浜で活躍できるだろうか。この問いに私は、田中自身の成績如何とは関係無しに手放しで彼が与える影響は多大であり大きな功績を残し貢献するだろうと考えている。と言うのもラミレス監督は「凡事徹底」というのをテーマに挙げているのだがこれがキーなのだ。

就任一年目はまず、守備の徹底を行った。センターラインを強化し、細かなミスを如何に減らしてつまらない失点を防ぐかという事を徹底したのだ。おかげでその類の失点は激減し球団初のCS進出に貢献した事は自明の理である事だろう。

では2年目となる17年シーズンに次に徹底すべきことはなんだろうか。守備における徹底は継続するものの新たな積み上げは必要な訳で、すなわちそれは「小技」である。ラミレス自身も「バントミスによって落とした試合があった」と語る程で、今年は繋ぎや小技の強化を一つ挙げている

この事を考えていた折に田中の戦力外が飛び込んできたのだ。これほど条件に当てはまった選手がいるかと喜んだ事だろう。と言うのも現状横浜の頭を悩ませるポジションであるセカンドの名手であり、今期のテーマの「バント」の名手であるからだ。

最早職人技とさえ言って良い程のバントの上手さに成功率は、チームのバントのレベルを底上げし小技の面を大きく改善させてくれるのではないだろうか。また、監督はかつてのチームメイトなだけにどこかやりやすさも相まってかつての輝きを取り戻してくれる事だろう。

感動!田中浩康が背番号「67」に込める想いとは?

「(ヤクルト時代に)偉大な先輩がいた。その方にプロに入って沢山のことを教わりました。色んなことを含めて、リスペクトしていました」

出典:http://headlines.yahoo.co.jp

田中浩康が横浜に入団が決まり会見を行った際に発表された背番号は「67」であった。一度戦力外になったとは言えあれだけの輝きを放った選手がここまで大きく数字を後退させた事に一抹の悲しさと寂しさを覚えた事だろう。

ところが、この数字と言うのは田中本人の希望だったというのだ。しかもそこにはアツく深い想いが込められていた。まずは、7だがこれはヤクルト時代に彼がつけていた番号だ。ここには特に不思議は無いだろう。

続いて6だが、これは田中がヤクルト時代二遊間を組んでいた深く尊敬する宮本慎也がつけていた数字だ。この数字、また背負っていた宮本についてこう話している。
彼は新しいスタートに際して、自身の隣に尊敬する宮本の番号を置き共にプレーしたいと言う想いから直接空いてるかを尋ね熱望したと言うのである。

宮本は晩年でさえも一つ抜けた守備の名手として名を馳せ43歳で引退した。そんな存在の隣でプレーをし、今度は背中で隣に並んだ田中にも是非ここから新たにキャリアを積んで再び輝いて欲しく思う

願わくば宮本の如く、横浜の若手を引っ張り成長させ、田中自身も40代まで長く長く現役で戦ってくれる事で彼から星の煌めきを多分に感じたいと心から思うのである。

田中浩康カップに田中浩康スタジアムってなんぞ??

野球を通して少年少女たちが、より多くの仲間と出会い、交流を深め心身のバランスのとれた良き社会人として成長できるよう、そして生涯にわたってスポーツを愛好し、周りの人への感謝の気持ちをいつまでも大切にすることを目的としています。

出典:http://spora.jp

ところで田中浩康を調べた際に、浮上する「田中浩康カップ」や「田中浩康スタジアム」と言うのはなんなのだろうと不思議に思った人も多いのではないだろうか。前者から説明していこう。

田中浩康カップとは、読んで字の如く田中浩康が企画・開催する少年野球の大会である。その目的や想いは公式のHPでこう綴られている。
自身は未だ現役の選手でありながらも、その上で将来有望な若い世代に何か出来る事は無いかと働いても見せる彼の思考は必ず良い影響をチームメイトにも与える事だろう。

「町の大会はいつもそこだったし高校生でいう甲子園みたいな存在の場所だった。野球を好きにさせてくれた町が盛り上がれば」

出典:http://www.sponichi.co.jp

田中浩康カップは、彼が小学2年時に移り住んで野球を始めた思い出の地である柏の少年野球チームが集う大会である。だが貢献は大会開催だけではなく、大会を運営する委員会が市から依頼を受けた事で更なる貢献をする事となったのだ。

それが「田中浩康スタジアム」である。命名されたのは千葉・沼南町(現柏市)の「大津ケ丘中央公園運動場野球場」で、現在は少年野球やソフトボールなどに使われ子どもたちに親しまれている運動場だ。

この場所には並々ならぬ思いがある様で、命名に際してこう語っている。
それだけではなく、その新しく名のついた球場で行われた「田中浩康カップ」の模様を見守った彼は閉会式にて「感動した」と言葉にし、インタビューには「甲子園や神宮、そして日本シリーズまで…。子どもの頃通ったこの球場での1球1打が大舞台につながっていったと思う」と話している。

そんな想い出と思い入れの詰まった場所に自身の名を冠する事となった訳だが、現役中に個人名が球場につくという事は異例中の異例で、それだけに地元の憧れで光で誇りなのだろう。

大会自体は今もまだ開かれており、現役のプロ選手と触れ合える機会は少なくプレーを観て貰える事はより希少なだけに、彼は素晴らしい機会を生み続けていることになる。地元のスター選手として、まだまだ輝いて欲しいと思われている事だろう。

そんな期待に応える様に、味のある輝きを横浜から届けて欲しいと思うのである。また、そんな輝きに照らされた未来ある少年達が奮闘しプロになっていく事は何よりも嬉しく素晴らしい事だとも思うのだ。

ワイDe、マジで田中浩康が救世主で震える

現在、横浜DeNAベイスターズは暗黒と呼ばれた時代から大きく進化し成長している。初代監督である中畑氏が雰囲気を変えチームとして必要な土台を築きあげ、選手の育成それも四番の育成を成功させた

日本の四番にまでなった筒香である。その中畑DeNA初の戦力補強は現監督のラミレスだった。そんな彼が引退してから中畑氏の後を継いで監督となった事はファンとしてはアツく込み上げるものがある。

そんなラミレスは初監督で戸惑いながらも足りない戦力をやりくりし、自身も監督としての立ち回りを幾らか掴むと、当時のベストな戦力が揃い始めたタイミングで勝負に徹し最終的に球団初のCS進出、ペナント3位の成績を上げたのだ

順調な成長にはポジションの固定が大きく関わってくる。最初の中畑は打線の要4番を固定し成長させた。中軸を担う戦力も補強や成長に合わせて揃い始めた。そしてラミレスがセンターラインをほぼ固定させるに至る。

そんな現状の中、固定出来ずにいるのはセカンドとサードである。二三塁を守る事の出来る宮崎と言う選手が準レギュラーでいる事でほぼセンターラインは決まっているものの、宮崎の入らない側に入れる選手によっては宮崎を使い分ける必要がある為、固定には至らないのだ

そこで田中浩康な訳である。山田の台頭から二塁を守る機会が少なかったとはいえかつてはGG受賞の名手である。キャンプでは監督と1対1での特守で輝きを見せつけた。オープン戦でも良い数字を残しており、技ありの打撃は未だ失われていない事も証明している

目下のライバルは、同じく新戦力のシリアコになるが、外国人選手枠次第では田中に軍配が上がるだろう。チームとしては横浜の中堅スター選手石川や助っ人エリアンなどがいる。しかし現在二人とも怪我や不調によってレースからは外れている。

シーズン通してどうなるかはもちろん未知数である。しかし、打撃は水物であるがバントや守備と言った技術に裏打ちされたモノにはどうあっても波は存在しない。それが確実に必ずチームにハマる時はやってくるだろう。

願わくばレギュラーを奪取し、横浜のセカンドをセンターラインを成長する若手をかつての彼の如く牽引していって欲しい。そんな姿を今年見れるかもしれないと言うことが何よりもの楽しみなんだ!(*^○^*)