岸孝之 楽天へ移籍!宮城の名投手を4つのポイントで徹底解剖

2017年シーズンから東北楽天ゴールデンイーグルスでプレーすることとなった岸孝之投手。そんな岸投手についてその生い立ちからプロ入り後の活躍に至るまで、4つのポイントでご紹介していきます!

「宮城の名投手」岸孝之



今や球界を代表するピッチャーの一人と言っても過言ではない岸孝之投手。岸投手は宮城県で生まれ、大学までを宮城県内で過ごしプロ野球選手になりました。大学時代までの成績は特筆すべき物の少ない岸投手ですが、大学時代にその才能が花開き圧倒的な成績を残し、プロへの道を切り開いて行きました。今回は、そんな岸投手について迫って行きます。

プロ入り前 宮城での活躍

幼少期から高校時代まで

宮城県生まれの岸投手。野球を始めたのは社会人野球チームである七十七銀行硬式野球部の監督を務めていたお父さんの影響からでした。小学校3年生の時に安久野球部(現在の西中田ゴールデンアクロス)で野球を始めます。

中学校は仙台市立柳生中学校、高校は宮城県名取北高等学校へと進学しました。高校までの岸選手には目立った成績はなく、高校3年生の夏も宮城県大会を2回戦で敗退してしまいます。

大学進学からプロ入りへ

しかし、大学への進学を機に岸投手は大きく変わります。仙台六大学野球リーグに所属している東北学院大学へと進学した後にめきめきと実力をつけた岸投手は、東北学院大学の18年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献するなど同大学のエースとして活躍します。

大学時代には一試合19奪三振のリーグタイ記録を2度もマークするなどリーグ新記録となる92奪三振という輝かしい成績を残し、最優秀選手賞を受賞しました。日米大学野球選手権大会や世界大学野球選手権大会での活躍もあり大学ナンバーワン右腕との呼び声も上がるほどの投手となりました。

岸孝之・波乱の成績に注目

地元を離れプロの世界へ

大学での大活躍を受け、地元の宮城に本拠地を置く東北楽天ゴールデンイーグルス埼玉西武ライオンズ読売ジャイアンツなどが岸投手の獲得に動きました。岸投手の尊敬する西口文也投手がいることや高校時代からしっかり自分を追っていたことなどの理由から埼玉西武ライオンズへと入団します。

大活躍のルーキーイヤー

プロ1年目の2007年は開幕から一軍の先発ローテーション入りを果たし、2度目の先発となった4月6日のオリックス戦プロ初勝利を挙げます。その後も着実に勝ち星を重ねていき、チームの新人としては松坂大輔投手以来となる二桁勝利を記録しました。その年の最終成績は、24試合に登板し11勝7敗 防御率3.40 奪三振142という素晴らしい数字を残します。

新人王受賞なるか

堂々たるプロ1年目の成績でしたが、同じ年にルーキーであった田中将大と勝敗で並び、奪三振数などで上回った田中投手が新人王を受賞しました。そのため新人王を受賞することのできなかった岸投手ですが、パ・リーグからの特別表彰として優秀新人賞を受賞しました。

2年目の大飛躍

プロ野球でささやかれる2年目のジンクスもなんのその、岸投手は2年目も活躍します。シーズン序盤は状態がよくありませんでしたが徐々に調子を上げていき、8月には3勝0敗 防御率1.32という月間成績を残し、自身初の月間MVPを受賞しました。最終的には12勝4敗 防御率3.42と前年よりも負け数を大きく減らし、貯金を作れるチームの柱投手となりました。

優勝の原動力

2008年の西武ライオンズは岸投手の活躍もありリーグ優勝、日本シリーズも4勝3敗で制しました。日本シリーズではの岸投手は先発した第4戦でシリーズ初登板初完封を達成。対戦相手の巨人に2勝3敗と王手をかけられた状態で迎えた第6戦ではプロ入り後初のリリーフで登板し、中2日にも関わらず5回2/3を無失点に抑えて勝利投手となりました。岸投手は西武の日本一に大きく貢献し、日本シリーズMVPに選ばれました。

翌年以降はリーグの最多敗戦や最多被本塁打を記録してしまうことなどもありましたが、プロ入りから10年で103勝をあげるなど安定した成績を残しています。

ノーヒットノーラン達成

プロ8年目となった2014年の5月2日の対ロッテ戦で、岸投手は自身初となるノーヒットノーランを達成しました。パ・リーグではオリックスの西勇輝投手が2012年10月8日のソフトバンク戦で達成して以来。西武ライオンズでは1996年6月11日のオリックス戦で渡辺久信投手が達成して以来の記録となりました。後日のインタビューでノーヒットノーランについて振り返った岸投手はこのように語っています。

やっぱり、まさかです。あんなに、うまくいくことって稀ですからね。この世界で1勝するのも難しいのに、そんな記録を達成できるとは思わなかったです。今もふと考えると、そういえば、そんなすごいことをしたんだなって感じです。

出典:http://column.sp.baseball.findfriends.jp

岸投手の言葉からもわかるように、プロの世界で1勝を挙げるということはどのピッチャーにとっても大変なことです。そんな世界でノーヒットノーランを達成することはプロ野球の歴史の中でもわずかしかおらず、一握りの選手たちしかなし得てきませんでした。実力はもちろん運にも味方されている、野球の神様に愛されたピッチャーと言えそうです。

ノーヒットノーランのみならず・・・

岸投手がノーヒットノーランを達成した5月の月間成績は、5試合に登板し4勝0敗 防御率2.35といった成績となり自身2度目となる月間MVPを受賞しました。この年は怪我での離脱などもありましたが、13勝4敗 防御率2.51 勝率.765というキャリアハイの成績を残し、初のタイトルとなる最高勝率を獲得しました。

ちなみに翌2015年7月10日の日本ハム戦でも岸投手はあわや2年連続のノーヒットノーランかという投球を披露します。7回までノーヒットピッチングを続けるも8回に打たれた2ベースからスクイズで得点を許し、球団史上初の1安打完投負けを喫しました。

岸投手はこれまで3度の1安打完投を記録しており、いつノーヒットノーランを達成してもおかしくない、球界を代表する投手です。

岸孝之、楽天へ移籍

西武との交渉難航

2015年に海外フリーエージェント(FA)権を取得した岸投手。西武との3年契約を満了した2016年はその去就に注目が集まりました。

しかし、西武との交渉は難航します。その中で自分が他球団からどのように評価をされるのか知りたいと感じたことなどから11月2日に海外FA権の行使を表明し、11月10日付でNPBからFA宣言選手として公示されます。

東北への想いを胸に

チームのエースの流出を防ぐべく、西武は宣言残留も認めますが公示の翌日には楽天が岸投手と入団交渉を始めます。その席での星野仙一球団副会長の熱い言葉に動かされ、また、自分が生まれ育ち、野球を始めた仙台でプレーすることができるかもしれないという感触を得た岸投手は11月17日に西武に対して退団の意思を伝え、翌18日に楽天との契約合意を発表しました。

楽天との契約期間は4年年俸総額は西武時代を大きく上回る推定16億円背番号は西武時代と同じ11を着用することとなりました。

岸選手の想いは・・・

「野球人生の終わりが遠くないことを意識するようになり、そう考えたとき、自分の地元に球団がある意味を考えるようになった(本人曰く、「仙台は野球を始めた原点」「いつかは故郷でプレーしたいと奥底ではずっと抱き続けていた」とのことである)。支えてくれた方々に、成長した姿を直接見せることで恩返しができればと思ったこと、及び、僕が投げて勝つことで、見ている皆さんに笑顔になって欲しい、それが東北のために自分ができることと思うようになった。」

出典:https://ja.wikipedia.org

FAでの移籍が決まった後のインタビューで岸投手はこのように語っています。
2017年現在32歳の岸投手。プロでの生活も2017年シーズンで11年目となります。プロの世界で10年もの間戦い続けることは簡単なことではありません。また、長い選手であっても40歳前後でユニフォームを脱ぐ世界です。そう考えると岸投手はすでにプロ野球生活を折り返したと言ってもいいでしょう。そんな中で自分の野球人生を振り返った上での決断でっあたことがわかります。

ふるさと宮城への想いが岸投手に移籍を決意させました。今後は楽天のユニフォームを着ての活躍が期待されます。

大胆予想!今後の活躍は……

今シーズンから新天地でプレーをする岸投手地元への想いから移籍を決意し、今までお世話になってきた人たちへの恩返しの気持ちを込めたプレーを披露していくこととなります。

心機一転した岸投手、今シーズンはズバリ、15勝5敗 防御率2.30といったような素晴らしい活躍を見せてくれるのではないでしょうか。

自身の投球で東北を熱くする、岸投手から今後も目が離せません!