太田宏介がオランダ修行から帰還!FC東京に復帰した理由とは?

オランダエールディビジ、フィテッセでの武者修行を終えて、古巣FC東京に復帰した太田宏介選手が海外でプレーして得たものとは?

オランダ移籍のフィテッセで得た手応え!

今ではFC東京のイメージの強い太田宏介選手ですが、実はJリーグのチームは3チーム目です。FC東京の前は清水エスパルスに所属していました。清水エスパルスから移籍する同時期2012年にFC東京、浦和レッズ、オランダエールディビジ・FCトゥエンテの国内外3クラブチームからオファーがありましたが、東京生まれの太田宏介選手は生まれ故郷も関係したようで、FC東京に移籍しました。この時から海外でのプレーを意識していたのではないでしょうか?

2015年12月「熱心に自分のことを追いかけてくれた」というオランエールディビジ・フィテッセへの完全移籍を発表しました。元々サイドバックだけじゃなく、ウイングバックもこなしていた太田宏介選手の守備は勿論ですが、攻撃的の得意な部分がどこまで通用するのか?凄い楽しみでした。

オーバーラップからのピンポイントの『点と点を繋いだような』高速クロス。パンチ力もあるのでミドルシュートも魅力のひとつですし、コーナーキック、フリーキックのセットプレーの時のプレースキッカーとしては相手チームからは脅威です。

フィテッセに移籍しても持ち味の攻撃的な部分を存分に発揮しました、監督交代や、一時期はチームの戦術的な問や言葉の壁を理由にレギュラーを外されるも、ふて腐れることなく練習から積極的にチームメイトとコミュニケーションを取り。練習の試合形式のゲームから太田宏介選手の居る方のチームが勝つなどチームメイトに信頼や頼りにされる事からレギュラーに復帰しました。試合でもコーナーキックやフリーキックなどプレースキッカーを任されるなどして活躍しました。 そこで、『海外でも自分のキックの技術は通用する、武器になるんだ!』と確信に変わったと思います。

オランダに移籍する前から弱点と言われていた守備面では、オランダに移籍して何よりあたりの強い選手に慣れることができたのが大きい経験になったと思いますし、普段の練習から激しいオランダではサイドでの1対1の局面が多いサッカー。それもだんだん慣れて対応できた印象もあります。

どこまで太田宏介選手のプレーが通用するか未知数なところがありました。プレーのひとつひとつがメチャクチャ速かったり、体が強かったり色々な選手と対峙できて慣れたことは財産でしょう。オランダに移籍し、今まで同様に得意な攻撃は十分通用する。それだけじゃなく、守備でもワンランク上のコツみたいなのも掴んだように感じました。

お気に入りのスパイクはこれだ!!

オランダに来て早くも1ヶ月が経とうとしてます。早い。ブログも更新したよ。

太田宏介 Kosuke Otaさん(@kosuke_ota_official)がシェアした投稿 –

太田宏介選手は以前はMIZUNOのスパイクを履いていました。『フィット感が抜群で、柔軟性もある。キックに関しても、走る上でも最高のモデルだと思っています。これが本物のスパイクという感じ。高校3年の時に出場した国体で、初めてMORELIAを履いて大会に出たんです。そこでいいプレーができたことが、プロ入りするきっかけになりました。』

『だから、思い入れは強い。もう本当に、MORELIAがないとサッカーができないレベルですよ丸10年くらい、ずっとMORELIAですから。プロに入る前も、入ってからも自分が成長してきた過程をずっとMORELIAと過ごしてきた。まずはケガをしないこと。そのためには自分の足に合うものじゃないといけない。つまり、フィット感が最も大事じゃないかなと。』とここまで気に入ってたのに今は違うんです!



※上写真ナイキ マーキュリアル ヴェイパー XI SG-PRO海外挑戦と共にスパイクを『NIKE』 変更したのです!サッカー選手としてこだわれる唯一の武器のスパイクを変更したのは、もの凄いチャレンジだと思いますしMIZUNOと良い関係だったのはコメントで伝わります。NIKEはそれより上のサポートを太田宏介選手に約束したんだと思います。個人的に守備的な選手はスパイクの色が派手な気がします。笑

Jリーグ、FC東京への復帰の理由と背番号

太田宏介選手がFC東京に移籍のタイミングで、FC東京からG大阪へ移籍した今野泰幸選手の背番号6を受け継ぎました。この時A代表に定着した今野泰幸選手のようにスッテップアップし活躍するのを、背番号6を太田宏介選手に期待と希望を込めて託したのだと思います。

フィテッセ 移籍の時FC東京とも契約を残していたため、太田宏介選手獲得には違約金も必要でした。ですが太田宏介選手は実力を評価され、4年契約というかなり好条件でフィテッセへ移籍しました。が、1年で戻ってきました。サッカー選手なら誰もが憧れる、海外挑戦なのに。実は、太田宏介選手は自らFC東京への移籍を望んでいたのでした。

『挫折感とかはまったくなくて。日本に帰ると聞いて、人は挑戦を諦めたとか、失敗に終わったとか思うかもしれない。正直、人がどう捉えようかはいいんですけど、1つ言えるのは僕は向こうではすごく充実していたということです。』

フィテッセはチームの戦力として太田宏介選手の残留を最後の最後まで望んでいたのです。太田宏介選手自身がフィテッセ残留の意志を持っていたなら、そのままオランダでプレーし今現在も海外でのサッカー人生を送っていたのです。確かにフィテッセは太田宏介選手を獲得の際に違約金も支払い当時28歳と海外移籍には決して若いとはいえない年齢での獲得は本当にまれです。

チーム内競争にも勝ってみせた。もしかしたら、それができないまま日本に帰還していたら、余計に世間からは尻尾を巻いて逃げてきたように思われたかもしれない。

「最後は監督の信頼を勝ち取って、チームからも『残ってくれ』と言われた。でも、自分の中では海外でプレーすることにしがみつく必要もないという考えになった」ただ一番は、やっぱりFC東京が僕をすごく必要としてくれた。僕はこれまで、どうしても海外でプレーしないといけないという欲を持った選手ではなかった。今回移籍して、オランダのレベルやスタイルを感じられた。ずっと日本でしかやってこなかったから、外を知ることができたのはすごく良かったです。きっと、東京や他のオファーがなかったら、間違いなくそのまま向こうでプレーし続けていた。最初は帰る気は全然なかったですから」

出典:http://number.bunshun.jp

と何よりも、自分自身がクラブチームや応援してくれるサポーターに求められている場所でサッカーをしたい。凄くシンプルですが、サッカー選手として1番難しい判断。そして決断をしたのではないのでしょうか?これからも海外からJリーグに復帰する選手は多いでしょう。太田宏介選手のある意味特殊なケースでのJリーグ復帰もお手本にして欲しいと思います。

FC東京での太田宏介の立ち位置

今季のFC東京を優勝候補に挙げてる人も多いはずです!川崎フロンターレから大久保嘉人選手、名古屋グランパスから永井謙佑選手、サガン鳥栖から林彰洋選手、FCソウルから元サンフレッチェ広島の高萩洋次郎選手、フィテッセから古巣復帰の太田宏介選手という元日本代表総勢5名の新加入は今オフのJ1チームではダントツの補強です。そこに昨季のJ1得点王であるピーター・ウタカ選手も加わり、攻撃陣の陣容はますます豪華になりました。

中島翔也選手等若手から、前田遼一選手などベテランの中、FC東京での太田宏介選手は中堅。もともと明るくムードメーカ気質な太田宏介選手は、沖縄キャンプの時から新加入選手に声かけや若手と一緒に食事したりとチームの雰囲気作りに積極的でした。

僕も経験を積んで、プレーだけじゃなくて精神的にも周りを引っ張っていかないといけない立場。クラブからも期待されているところだから、自分が引っ張る、優勝に導くという気持ちがこれまで以上にある。欧州から帰ってくることは、それはそれでプレッシャーにもなる。下手なプレーはできない。ある意味、向こうでやり続けることよりもプレッシャーかもしれない。そこで結果を出せれば、自分の決断が間違っていなかったと証明できると思うんです」

出典:http://number.bunshun.jp

Jリーグに戻って来るなら勿論優勝する。と意気込みを感じました。今季のFC東京の補強は本当に豪華ですが、1番戦力になる補強は太田宏介選手だと思いますし。
そう言わせてくれるようなプレーを観せてくれるのが凄く楽しみです。

ロシアW杯には絶対に必要な選手になる為に



『そのまま海外でプレーしていた方がA代表には近いし選ばれると思う。だけど『代表』でのサッカーが僕の全てではない。』と、かなり強気とも思われるコメントをしています。今のA代表はロシアW杯に向けて少しずつ世代交代をしながら選手の見極めをしています。海外のクラブチームに居ても出場機会の少ない選手、だけど海外でプレーするのは試合だけじゃなく練習でも経験値が上がります。

Jリーグがレベルが低いとは思いませんが、海外でプレーする海外組と国内組を比べると何とも言えません。Jリーグでスタメンで毎試合出場して、海外組なんか気にしないぐらいの大活躍をする!A代表に呼ばれる選手ではなく、A代表に必要な選手になる!誰もが納得するプレーをFC東京で見せて、ハリルホジッチ監督が呼ぶしかなくなる。

日本代表に太田宏介選手の左足が必要になる。そのぐらい活躍してロシアW杯に必要な選手になって欲しいです!