【森崎浩二】涙の引退試合。天才を苦しめた「涙も流せない病気」とは?

広島生まれ広島育ち、サンフレッチェ広島の隠れた天才サッカー選手森崎浩司をご存知だろうか。天才を苦しめた「涙も流せない病気」オーバートレーニング症候群とはいったいどんな病気だったのか。彼がその病気に苦しみ続けた理由とは、その真相を徹底追求していく。

森崎浩二を苦しめた病気オーバートレーニング症候群とは?

燃えつき症候群という病

2016年10月20日プロ入りから20年いたサンフレッチェ広島を森崎浩司は引退した。日本代表の試合を好んで見る人にはあまり馴染みのない選手かもしれない。しかしJリーグを愛する人には誰からも知られている影なる天才サッカー選手である。

テクニックから戦術において類い稀なプレーを見せつけたそんな選手をどうして日本代表の試合で見ることができなかったのだろうか?実は彼はプロ入りそうそうユース日本代表の試合を経験している。しかしその後に難病に悩まされ、一時「生きる意味すら感じられない」ほど落ち込んでいたのだ。

その病名はオーバートレーニング症候群。別名を燃え尽き症候群と呼ぶこの奇病はいったいどんなものなのだろう。その病気について徹底追求してみた。

森崎浩司という天才とは一体どんな人物なのか?

影なる天才サッカー選手森崎浩司



日本代表以外にも実は多くの天才的なサッカー選手たちがいる。しかし多くの選手はプロになると急に活躍できなくなったり怪我を繰り返してしまったりすることがままある。森崎浩司もそんな選手の一人である。

森崎浩司は多くの選手や監督から一目置かれた天才だった。元浦和レッツの監督ペトロビッチ監督も彼を絶賛する一人だ。飛び抜けたクオリティに加え戦術を理解する頭を持つ彼のポジショニングサッカーはチームへ絶対的な安心感を与えた。

こうした器用な選手がチームにいるとその選手はメンバーにとっての見本となることが多い。森崎のミスをしない正確なサッカーはみんなの見本であり、彼がミスをするときは新しいアイデアを試そうとした時と言われている。彼はまさしく小さい頃からずっとうまいサッカー選手の代名詞なのだ。

兄弟揃ってサッカー選手!森崎兄弟の凄さ

兄弟でサッカーといえばキャプテン翼の橘兄弟を思い出す。左右対称瓜二つの双子の兄弟だが、よみうりランドのホームを隔ててのパス回しをするあの天才兄弟のことである。森崎兄弟も天才兄弟として謳われた広島の星なのである。

兄は森崎和幸と言ってプロ入りから新人王やスポーツ大賞をとるほどの天才。実は同じサンフレッチェ広島の選手である。懐かしいが2009年に広島が優勝できたのもこの兄弟のおかげだと思う。ちょうど森崎浩司の怪我が少し回復していた時期、兄森崎和幸の励ましによって得られた優勝はまさにこの兄弟の成果といってよかった。

ドクトルカズと呼ばれる和幸のゲームメイクを影で支え、オフェンスをどこでもこなせる浩司の正確なミドルシュートはまさに圧巻だった。左足を使う選手の中でも突出した才能を持っていたと思う。

天才森崎浩司が20年間広島にい続けたわけとは

サンフレッチェへの恩返し

Jリーグのいいところは海外のクラブのサポーターのようにグランドに椅子を投げないこと、ではなくて相手のチームの選手にも優しいこと。引退試合の相手アビスパ福岡では森崎浩司を応援する声が響いていました。

高校時代からサンフレッチェのユースに入っていた森崎浩司は引退するまでずっとサンフレッチェにいた。その理由は病気を抱え続けていたことにあるだろう。アテネ五輪に出場し、「七人衆」の一人として広島で有名な選手となっていた矢先、例のオーバートレーニング症候群になってしまった……。

そんな中でも支えてくれたのが広島のサポーターやチームメンバー、監督の姿でした。病気の原因と性質をよく理解し過度に期待をかけないよう対処できたのは家族のような広島のおかげだったのだ。

支えてくれた広島のおかげ

森崎浩司がいるだけでなくとも、サンフレッチェというチームほど面白いチームはない。それは広島県民の国民性を知っているものならよくわかるかもしれない。広島人ほど選手の心理状態に同化する人たちは珍しいのではないだろうか。

派手好きでお祭り好きのイメージが確かにある。森崎兄弟が出るというだけでスタジアムはすぐに埋まるくらいだからその活気ぶりは一目瞭然。そんな広島人はサンフレッチェが落ち込むとテレビや観客も静かになり、勝ちまくるとお祭り騒ぎで盛り上がるのだ。

当然森崎兄弟がオーバートレーニング症候群になった時も広島全体が支えになってみんなで悲しんだ。森崎兄弟と言ったが、実は兄も同じ病に伏していたのだ。

病気を支えてくれた森崎浩司の妻や家族への思い。

兄も同じ病気だったから弟の気持ちがわかった



時々髪型が非常によく似ている時があるのだが、そんな時はどちらが兄でどちらが弟か見分けがつかなくなるほど似ている。仲もいい珍しい兄弟だが、弟森崎浩司を支えていたのは森崎兄和幸であった。

実は2006年に兄和幸もオーバートレーニング症候群に数ヶ月間悩まされた経験があった。兄弟で同じ病気にかかったのは双子だからかもしれない。弟の症状を見て「普通の生活に戻ってくれれば」そう思った兄は自分よりも重い症状にびっくりした。

一時「生きる気すらなくなる」とつぶやいたほど苦しいこの病気、いったいどうしてこの病気が起こってしまったのか。どうして双子の兄もこの病気に悩まされたのか。

オーバートレーニング症候群の怖さとは



一重まぶたが特徴的で、真面目な印象を受けるが、実はこの真面目さというのがオーバートレーニング症候群を発症する大きな原因だった。練習のしすぎはこの生真面目さから起こり、完璧主義の人ほどこの病気に悩まされやすいのである。

2009年から森崎浩司は体調の不調を訴え始めていた。心の中の焦燥感がいっぱいになったと言うが、この焦りとはプロに入ってからつのっていったものだった。高校時代から周りに秀でたうまさを持っていた森崎はプロでの厳しさやうまくいかなさに直面したことが心の負担になったのかもしれない。

パスの正確さやシュートの洗練されたコントロールは彼の性格をよく表している。少しズレただけでも気になってしまうという森崎に精神的な不安がつもり、彼を過剰なハードワークへと駆り立てたのだった。

オーバートレーニング症候群の症状とは

オーバートレーニング症候群とは練習のしすぎによって肉体的、精神的に病んでしまうことだが、もっと医学的に説明すると、ホルモンのバランスが崩れてしまうということ。

ホルモンのバランスが崩れると食欲もなくなり、興奮して眠くなくなり、まったく疲れが取れなくなる。気持ちが落ち着かなくなるのがその状態だ。森崎浩司はこの症状がで始めてからは寝たきりを余儀なくされた。

当時まだ生まれたばかりの幼い子供がいたから、実家に一人帰って休養をとっていたと言う。2009年から2012年までかなり断続的に発症し、気分の浮き沈みだけでも相当心身に疲れがたまっていただろう。うつ病で会社を休みたくなるようなものとはわけが違うのである。

支えてくれた妻の言葉

森崎浩司の妻は森崎裕子さんといい一般の方。ブログも運営しており、夫の引退の際には自身で感謝の気持ちをブログに載せている。闘病中は彼女がずっと森崎浩司を支えていたようだ。

その壮絶な苦しみから、愛する娘も抱けなくなっていたほどだという。育児を妻に任せるために夫浩司は一人自分の実家に帰っていたが、そんな苦しむ夫に妻はこんな言葉をかけて励ましていた。

「仕事を失うかもしれない」と言う夫に、「それでもいいよ」と妻は優しく声をかけた。さすがスポーツ選手の奥さんは強くて優しい。怪我がいつ起こるかわからない中でずっとサッカー選手の夫に寄り添っていくのは相当大変なことだろう。こんな素晴らしい奥さんがいて森崎は助かったのだと思う。

森崎浩司の涙の引退試合「引退を撤回してもいいですか?」

引退セレモニーで森崎浩司思わず涙

引退試合前半33分、塩谷からもらったボールを見事左足でゴールを決めた。紛れもなく本当の最後のゴールになってしまった。年齢は35歳、彼はセレモニーでそんな長い選手時代の思いをこう伝えた。

「正直カズ(兄)がいなかったらプロになれなかったかもしれない。今でもカズに追いつけない」恥ずかしそうに兄に語った姿には本当の双子愛を感じられた。きっと闘病を支えてくれた感謝の気持ちも込められているのだ。

福岡のサポーターを始め様々な人たちが彼の引退を迎えた。森崎はそんな感動の前に「引退を撤回してもいいですか」とジョークをいって見せたのは感極まったからだろう。病気になりながらも幸せなサッカー人生を送れてよかったと思う。森崎浩司ありがとう!

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