【中山雅史】魂のゴンゴール!日本サッカーを世界に導いたストライカーの素顔とは?

常にその熱きゴールでチームを救って来た、「ゴン中山」こと中山雅史。ジュビロ磐田や日本代表時代はもちろん、現在に至るまでの過程とその素顔を、盛りだくさんで特集してみました。ぜひご覧あれ!

中山雅史ってどんな選手?その足跡を追ってみた!

そのガムシャラさと執念で、過去何度にも渡ってチームを救うゴールを上げ続けて来た中山雅史。そのユニークなキャラクターも相まって、サッカーファンだけでなく、広くお茶の間で愛される存在となりました。

足跡を辿ってみますと、サッカーの強豪校・藤枝東高校の出身。そこから筑波大学への進学し、あの『アジアの壁』こと井原正巳と同級生に。ゴンというあだ名がついたのも、この時期なんですよね。

大学時代については、よくテレビ等で「当時は自分がディフェンダーで井原がフォワードだった」なんて逸話を、ネタのように話していたことを思い出します。私も、恐らく20回ぐらいは聞きました(笑)。

筑波大学卒業後、当時実業団だったヤマハ発動機(現ジュビロ磐田)に入社し、その年にいきなり日本代表デビュー!一般に知られているストーリーはここからでしょう。まさに、“ゴンゴール伝説”の幕開けと言っていいのでは。

ところが!ヤマハ発動機はJリーグ創設時の加盟クラブ(オリジナル10)に入れなかったんですよね。中山も普通なら、ここで加盟入りを果たしたクラブに移籍したくなるところでしょうが、まさかのヤマハ残留。

当時オリジナル10入りを果たした清水エスパルスからオファーがあったのは有名な話。なのに、プロリーグでプレーするより、ヤマハ愛を貫くという選択をした中山は、既に当時から我々のハートを鷲掴みにしていたのかも知れません。

そんな中山雅史を全国的な知名度に押し上げたのは、やはり日本代表でのワールドカップ予選。特に1993年、日本サッカーが史上最もワールドカップへ近づいたあの時でしょう。今でも昨日のことのように思い出します。

中山雅史

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アジア最終予選最終戦のイラク戦でロスタイムに同点ゴールを決められ引き分けた、いわゆる『ドーハの悲劇』の際に、交代してベンチに座っていた中山が地面に頽れた様子は、ワールドカップ行きの切符を逃したこの試合・出来事をテレビ番組などで振り返るときに必ずといっていいほど流されるシーンとなった(ただし本人はこの時地面に頽れたことを「まだ試合終了の笛がなっていないのに諦めてしまった」と後悔している)。

出典:https://ja.wikipedia.org

出だしでいきなりつまづき、最終予選6か国中の最下位に転落した日本代表。1993年にJリーグがスタートし、注目度が上がって初めての予選だっただけに、国民の失望は大変なものでした。

その崖っぷちでようやくスタメンを奪取した中山は、獅子奮迅の活躍で攻撃陣を引っ張ります。その成果もあって、残り1試合の時点で日本代表は得失点差で首位に。悲願のワールドカップへ、手が掛かった瞬間だったのです。

命運を握る最終戦の対イラク代表戦。またもや中山がやってくれました!執念の勝ち越しゴールで念願のワールドカップ出場を引き寄せます。しかし、世の中そう甘くはありません。ロスタイムに同点ゴールを許してゲーム・オーバー。

日本中がどん底に突き落とされる中、力なくピッチに座り込みうずくまった中山の背中が、ドーハの悲劇の象徴として日本中を駆け巡りました。私自身、もうショックでショックで、しばらくは何もやる気が起きなかったほどです。

記念すべき初ゴール!! #中山雅史 #1998年 #フランスワールドカップ #ジャマイカ戦

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グループリーグで敗退したものの、3試合すべてで先発し、ジャマイカ戦で日本代表のワールドカップ初ゴール・日本人初ゴールを決める。その直後の相手選手との接触で脚を骨折しながらも試合終了まで走り続けたことは、日本代表としての誇りと魂の象徴として、今も語り草になっている

出典:https://ja.wikipedia.org

その経験を糧としたのかどうかはわかりません。が、中山がその後の4年で大きく成長したことだけは間違いないでしょう。プレーオフでも中山の起死回生のゴールが炸裂!見事イランを下し、念願のワールドカップ出場を手にしました。そこでもまた、中山がやってくれます。グループリーグのジャマイカ戦で、ワールドカップにおいての日本人初ゴールを記録!4年前、アジアの壁の前に力なく座り込んだ中山が、新たな歴史の扉を開いたのです。

但し、それは骨折という大きな代償を伴うことに。それでも最後の最後まで走り切った中山。私は、絶対に忘れません。中山雅史という男が、その魂の限りをサッカーにぶつけたこの日のことを。

世界レコードが2つ!中山雅史の持つギネス記録とは?

そんな中山雅史ですが、実はギネス記録保持者だったりします。しかも、なんと2つも!その2つとは、「公式戦4試合連続ハットトリック」と「試合開始3分15秒でハットトリック」という記録。

前者は公式戦においての連続達成記録で、後者は公式戦においての最速達成記録。これって、めちゃめちゃスゴイと思いません?日本人が、サッカーにおけるギネスを2つも持っているワケですものね!

ただ、厳密に言いますと、そのうちのひとつである「公式戦4試合連続ハットトリック」は、2016年にクロアチアでバッサリと破られております(汗)。なので、2017年現在では最速達成のみがギネスとして記録されています。

そういえば中山雅史の嫁って誰なの?

日本中をシビれさせる、オトコ前なゴールを決め続けて来た中山雅史。人気のスポーツ選手ということで、ファンとしてはプライベートも少しは知りたくなりますよね。特に結婚云々とか(笑)。

一時期メディアで話題になったので、ご存じの方も多いと思いますが、お嫁さんは女優の生田智子。1996年に遠距離恋愛を実らせて結婚!以降、おしどり夫婦として何かと有名なお二人。とっても素敵ですよね。

こちらが、お嫁さんである生田智子。中山雅史を陰で支え、しかも1児のママ。さすが女優さんだけあって、キレイな方であります。失礼ながら結婚当時はあまり存じ上げなかったのですが、有名作品に多数出演しておられたようです。

2011年に夫の中山と共にプラチナ夫婦アワードを受賞しちゃったりなど、公私ともに順調な様子。中山が今なおサッカーに打ち込めるのは、このような理解者の存在が大きいのかも知れませんね。

名言で綴る!中山雅史は永遠のサッカー小僧だ!

1998 日本代表🇯🇵 レプリカユニフォーム 1st #9 asics (back) #中山雅史

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さて、その軽妙過ぎる語り口で、時にはサッカー選手であることを忘れさせる中山雅史。ジョークなのかマジなのかイマイチよく分からない時もあるのですが、それもまた彼の魅力。

とはいえ、サッカー選手として数々の修羅場を潜り抜けて来た中山。それだけに、まるでジョークのような語り口で、プレーヤーとしての核心を鋭く突いた発言をいくつも残しています。

そんな彼の『名言』とも評すべき言葉を、ここで5つほどご紹介いたしましょう。どれもこれも熱いものばかりで、ユーモアの中に中山雅史という人間の真摯さを垣間見ることが出来ると思いますよ。

「サッカーがヘタクソだからじゃないんですか。」

こちらは、TBS系の人気番組・情熱大陸でのひとコマ。インタビュアーからの「どうして中山さんはこんなに愛されるんでしょう?」という問いに対しての発言。中山らしい表現ですよね。

この直後に「上手すぎたらイヤミなんじゃないのかな」というひと言も。一見、自嘲気味とも自虐気味とも受け取れる発言ですが、この言葉には中山雅史の哲学が詰まっているように思えてなりません。

普段から、「俺はヘタクソ。だからもっともっと上手くなりたい」という趣旨の発言もしていただけに、飽くなき情熱や少年のような探究心を感じさせる名言と言えるのではないでしょうか。

「僕はチームが下痢のときと便秘のときだけ使われる。」

これは、自身の立場を生理現象に置き換えた名言。当時の中山はスーパーサブとして使われる場合が多く、試合がこう着状態(便秘)の時か、もしくは大量点が入ったような試合(下痢)での出番ばかり。

『どちらにしろ極端な状況下で重用される』ということを、彼らしいユーモア溢れる表現で伝えたのがこの言葉。これだけ影響力のある有名選手が、自分のことをシモネタで語るのは、後にも先にもこの人ぐらいなのでは・・・?

「自分は、人と違うプレーをする。そうしないと自分の居場所はない。」

全くその通りだと思います。これは付加価値の問題と言って良いでしょう。他人と同じプレーをするのであれば、監督はわざわざ中山をチョイスする必要がありません。他人には無い価値を持っているから、使うのです。

この名言は、人生にも当てはまるもの。日本人はどうしても「他人と同じようにしなさい」と育てられてしまう傾向にあるため、他人と違うことがイコール自分の付加価値であるという点に気づいていない人が多いんですよね。

他人と同じなら、別にあなたを使う必要なんてないのです。その“他人”を使えばいいだけですから。あなたが他人と違うから、あなたを指名するのです。すなわち、人と違うということは、自分にとって大きなメリットなのです。

「僕にとってW杯は、もうDカップやEカップなんて問題じゃない大きさです。Wカップですからね。」

これは完全にフザけてますね~(笑)。ワールドカップの偉大さと、そこへ行きたいという気持ちを中山らしく表現している名言です。このような、普通ならあり得ない表現を、その場の思いつきで言っちゃうのが中山雅史。

それこそ、天性のフレーズ感を持っているようにさえ感じます。あまりにも思った言葉を発してしまうため、後日「そんなこと言いましたっけ?」的な回顧がよくあったことを思い出します。

「引退するときは悲しい。ゴールできなくなるから。」

ジュビロ2001 YEAR BOOKでのひと言。ストライカーとしてはもちろんのこと、いちサッカー選手としての気持ちがよく伝わってくる名言です。サッカーに対して、真摯に取り組んできた男の悲哀さえ感じます。

アスリートにとって、いつか必ずやって来るのが引退の2文字。中山とて例外ではありません。2012年12月、コンサドーレ札幌に所属していた中山は、引退を発表することになります。数えて23年目。遂に、です。

魂の復帰!中山雅史は決して終わらない

しかし、その魂が簡単に燃え尽きるハズもナシ!2015年、JFLのアスルクラロ沼津で電撃的に復帰。これには驚き・・・というより、なんとなく予感はしていました。だって、引退の会見では未練タラタラでしたモン(汗)。

ちなみに、JFLというのは、ジャパンフットボールリーグの略。簡単に言うと、アマチュアです。Jリーグではありません。でも、ファンにとっては朗報中の朗報!またあの魂のゴールが見られるかも知れないのですから。

「なんだよ~、アマかよ~」なんて、失望しているヒマはありません。なぜなら、アスルクラロ沼津は2016年シーズンを戦い抜いた結果、J3に昇格したのです。そう、中山は来季からJリーグでプレーすることになったのであります!

中山雅史は愛すべきサッカー野郎で間違いなし!

不屈の闘志で再び立ち上がった中山雅史。炎のように熱く燃えたぎるように闘い、時には火だるまになるという愛嬌も(笑)。今風に言えば、サッカーを愛し、サッカーに愛された男なのであります。

クラブを勝利へ導き、そして日本を世界へと導いたゴンゴール伝説はまだ終わりません。中山雅史という最高のサッカー野郎が奏でるストーリーを、ぜひあなたも追い続けてみてはいかがでしょうか。

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