【渡辺俊介】ミスター・サブマリンを4つのポイントから徹底解剖!

独特の美しい投球フォームで、日本のWBC2大会連続優勝にも貢献したアンダースロー投手、ミスター・サブマリン・渡辺俊介。知っていると野球通ぶれるかもしれない渡辺俊介を4つのポイントから徹底解剖。

ポイント①「世界一低い!アンダースロー」

渡辺俊介の特徴は、なんと言っても「世界一低い」と言われるリリースポイント。地面スレスレ、地上3センチからボールを投げ込んできます。あまりにも低い位置でボールを放つため、調子が悪い時は、地面に腕をこすりつけてしまうことも。渡辺俊介の最高球速は130km。その速さで腕を地面にこすりつけると考えると…相当痛そうです。

渡辺俊介は1976年8月27日生まれ、栃木県出身です。國學院栃木高校を卒業後、国学院大学へ進学し、その後社会人野球の新日鉄君津へ。なんと、いずれもチームのエースではなく、控え投手でした。

しかし、2000年に行われた都市対抗野球大会では、エースの投手が故障したため、渡辺俊介が登板することになり、ベスト4に進出。さらに、同じ2000年に行われたシドニーオリンピックの野球日本代表にも選出されます。

独特なフォームはメジャーでも話題に

これらの活躍が目にとまり、同じ年のドラフト会議で、千葉ロッテマリーンズから4位で指名されプロ入りを果たしました。背番号は31番。千葉ロッテでは、先発ローテションの一角を担い、通算87勝をマーク2014年からメジャーリーグへ挑戦します。

2014年のメジャー挑戦の際には、アメリカで渡辺俊介の投球映像が動画サイトにアップされると、30万アクセスを超えるほど、その投球フォームが話題となりました。メジャーでは、ほとんどアンダースローがいない上に、バッターのミートポイントよりも低い位置から投げる渡辺俊介のフォームは大きな注目を集めました。

残念ながらメジャーでの登板はなかったものの、その後2年間は、海外の独立リーグでプレー。2016年に、古巣である社会人野球チーム「新日鐵住金かずさマジック」に選手兼任コーチとして復帰しました。

ポイント②渡辺俊介の球種は……

渡辺俊介の球種は高速シンカー、カーブ、スライダー、チェンジアップ。ストレートは、最速132kmと、プロとしては決して速くはありません。

しかし、高速シンカーはストレートとほぼ同じ速度で曲がり、最も遅いカーブの時速はなんと95km。ストレートとの速度差は37kmもあります。バッターからすると、普通のピッチャーと同じタイミングでボールを待っていては打てません。

コントロールもよく、超低空飛行で飛んで来るボールはバッターにとってやっかいな存在。プロ野球ゲームでプレーする時も、非常に使いがいのあるピッチャーではないでしょうか。

この球種による速度差だけでも、タイミングを合わせるのは容易ではありません。しかし、渡辺俊介は緩急の差だけでなく、投球動作開始からボールをリリースするまでの時間を変化させることで「自在にタイミングをずらしていた」そうことです。

アンダースロー特有の「体が沈み込む」動き。この沈み込ませる時間を微妙に変化させることで、いつもと同じフォームのように見せてタイミングを外す投球技術。非常に「考えて」プロで戦っていたことが伺えます。

中学では3番手投手だった渡辺俊介を見かねた父から、アンダースローに転向するようすすめられた渡辺俊介ですが、大学でも社会人野球でも控え投手のままでした。

そんな渡辺俊介がプロ野球の世界で1億円プレーヤーとなったのは、他のどの選手よりも「考えて」努力を重ねてきた結果だと言えます。そして父のすすめたアンダースローという道が、プロになって大きな武器になったのです。

ポイント③渡辺俊介はWBCで最も汚い投手!?

渡辺俊介は日本が優勝を果たした、2006年、2009年のWBC(ワールドベースボールクラシック)にも日本代表・侍ジャパンのメンバーに選ばれています。

2009年大会、ニューヨーク・タイムズ紙は、渡辺俊介のことを「WBCでもっとも汚い選手」と、かなりショッキングな書き出しで紹介しています。この汚いとはどういうことかというと…「1球を投げただけで、ヒザから下がマウンドの土で汚れること」を指し示しています。

地面スレスレから投球する渡辺俊介のフォームは、下半身を大きく沈み込ませて投げるため、右膝が地面に擦れてしまい、必ず土がついてしまうのです。

そのため、右膝には野球選手としては珍しくパットを入れてプレーしています。ちなみに、その低さを活かして「水切り」の日本記録を出したこともあるそうです。

外国人選手にはめっぽう強い!

こんなショッキングな見出し記事を書かれてしまった渡辺俊介ですが、このWBC2009年大会では、きっちりと結果を残し日本の連覇に貢献しています。

中継ぎ投手として2試合に登板。打者8人と対戦して被安打(ヒットを打たれること)ゼロ、自責点(投手自身の責任による失点)もゼロと、ほぼ完璧な内容。

メジャーリーグだけでなく、海外ではアンダースロー投手は非常に稀な存在。練習しようにも、そもそもアンダースロー投手がいないので練習することができません。
対戦回数の少ない海外のバッターにとっては、短時間で適応するのが困難なこともあり、日本にとっては力強い戦力となりました。

ポイント④ 渡辺俊介の年俸推移に注目!

大学、そして社会人野球を経てドラフト4位で千葉ロッテマリーンズに入団した渡辺俊介の契約金は6000万円、年俸は800万円。(金額は推定)1年目となった2001年は13試合に登板し、防御率2.66の成績を残すと、翌年はおよそ倍となる1500万円にアップ。

3年目には9勝をあげ3000万円。翌年は6100万円と倍増が続きます。そして30歳の時には1億4000万円となり、1億円プレーヤーの仲間入り。

そこから7年連続で1億円以上の年俸を手にし、最高年俸は2009年の1億7000万円。(前年の2008年に、13勝をマーク)。日本プロ野球で稼いだ総年俸は、出来高を除いて12億4000万円です。

日本プロ野球でプレーした最後のシーズンとなった2013年の年俸は8000万円。翌、2014年からメジャーリーグへ挑戦するもメジャー契約には至らず、アメリカ独立リーグでプレーすることになります。

メジャーリーグでは、日本とは比較にならない大型契約をする選手も多くいますが、独立リーグでの給料は、日本の新卒サラリーマンと同じくらいの15万円〜20万円程度と言われています。かなりの年収ダウンとなったことは間違いありません。税金の支払はさぞ大変だったのでは…お金よりも情熱で海を渡ったことが伺えます。

社会人野球で今でも現役

日本に帰国した2016年には、かつて所属していた社会人チーム「新日鐵住金かずさマジック」に選手兼任コーチとして復帰。NPB球団や海外リーグからの誘いもあったものの「都市対抗の優勝をまだ経験していないので、野球人生の最後に成し遂げたい」と、社会人野球へ復帰した理由を語りました。

2017年も選手兼任コーチとしてチームに所属することが決定。2017年8月で41歳となるサブマリンは、未だに野球への情熱を忘れていないようす。サッカーのキングカズこと三浦知良や、テニスの伊達公子、スキージャンプの葛西紀明に継ぐ「レジェンド・アスリート」と呼ばれる日もくるのではないでしょうか。

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