【中日】2000本安打へ!荒木雅博を知る4つのコト

中日ドラゴンズの荒木雅博選手。長年、中日の二塁手としてレギュラーを守ってきた。通算2000本安打まで残り39本となり、堅実な守備と走塁でチームを支えてきたベテランを4つのテーマから探る。

荒木雅博の守備力はどれほど凄いのか?

野球の守備において、「センターライン」の強化は重要です。センターラインとは「捕手」「二塁手」「中堅手」のことです。荒木雅博は、中日において主に「二塁手」として守っており、チームの危機を幾度となく救ってきました。

荒木雅博は入団当初は主に外野守備で出場しています。入団6年目の2001年、二塁手として出場機会が増えてくると、2002年からは二塁手のレギュラーとして定着します。

二塁手は非常に難しいポジション。ゴロやフライの処理、牽制、遊撃手との連携プレーなど他ポジションに比べると求められる要素が多いです。その中で、荒木雅博は2004年~2009年まで6年連続でゴールデン・グラブ賞を受賞する活躍を見せております。 2004年、当時の落合博満監督は「二塁手単独ならメジャートップクラス」と語っております。その実力が示すとおり、2008年の北京五輪には野球日本代表に選出されています。

俊足も大きな武器

荒木雅博のもう1つの武器が俊足を生かした盗塁になります。初めて1軍に登録された1997年、当時は外野の控えという形で主に代走・守備固めではあるものの63試合に出場しております。

1997年、荒木雅博は盗塁を16回試みました。結果、成功12回・失敗4回と盗塁成功率.750の記録を残しています。盗塁成功数はこの年チーム1であり、最下位に低迷したチームの中で期待を持たせる活躍をしました。

1998年以降、俊足を生かす為スイッチヒッターへ挑戦するのですが、個人成績は低迷。また阪神より関川浩一・久慈照嘉、韓国から李鍾範が移籍したことにより、立浪和義が外野へコンバート。当時、井上一樹・益田大介など外野のレギュラーも定着していた為、出場機会が失われ、苦しいシーズンを送ることになります。

転機が訪れたのは2001年シーズン。それまでのスイッチヒッターから右打ちへ戻したことにより、打撃面でも貢献。3割を超える打率を残し、盗塁数も13個と増加。以降、レギュラーへと定着し、14年連続で二桁盗塁数を記録しています!

タイトル獲得、足のスペシャリストに!

この年より、6年連続で30盗塁超えを記録します。2005年には自己最多となる42盗塁、2007年には31盗塁で盗塁王のタイトルを獲得するなど、選手人生の絶頂期を迎えます。

当時、阪神の赤星憲広やヤクルトの福地寿樹など各球団のリードオフマンが積極的に盗塁を仕掛けていた為、熾烈なタイトル争いとなっていました。その結果、荒木自身は盗塁王のタイトル自体は1度しか獲得できていないのが非常に残念で仕方がないです。

超一流の盗塁成功率!

盗塁成功数はもちろん大事だが、成功率についても気になるところです。1軍登録20年の中で、荒木雅博は盗塁成功率76.9%を記録しています。特に凄いのは先述した6年連続30盗塁超えの期間は79.6%と高い数値となっています。

他の有名選手と比較してみましょう。阪神の赤星憲広が現役時代381盗塁決めており、成功率は驚異の81.2%となっています。広島の緒方孝一は268盗塁成功しており、成功率は75.7%、横浜の石井琢朗は358盗塁成功で、成功率は67.9%ます。

荒木雅博の盗塁成功率は、一時代を築いたリードオフマンと遜色ない成績であることがわかります。

目指せ、400盗塁!

現在、373盗塁を達成しており、2016年に高木豊が樹立していた球団記録を更新。 今後、通算400盗塁も視野に入ってきております。スタメンでの起用は減るかもしれないが代走などでの出場でも走って欲しいものです。2000年代には400盗塁の達成者がいない為、是非達成してほしいものです。

熊本工業高校時代、夏の甲子園出場はないが春の全国選抜高校野球に2度出場。1995年のドラフト会議において、福留孝介(近鉄拒否)・原俊介(巨人入団)の外れ外れ1位として中日ドラゴンズへ入団。 荒木雅博の契約金は6000万円、年俸600万円(金額は推定)でプロ生活がスタートします。1997年の盗塁12個という成績が加味され、1998年の年俸は1200万円とほぼ倍増になります

1億円プレーヤーの仲間入り!

2001年、打率.338・出塁率.384という成績を残し、2002年の年俸は2.5倍増の3000万円。その後も順調に年俸は増加し、2006年には1億3000万円となり、1億円プレーヤーの仲間入りとなります。 ゴールデン・グラブ賞を6年連続で獲得したこと、またチーム自体が11年連続でAクラスを続けたこともあり年俸は更に増加します。

現在の年俸は?

最高年俸は2011年、12年の2億円。1億円プレーヤーという地位を10年連続で獲得してきました。 2013年の不振により、翌年の年俸は1億7000万円から1億200万円。実に40%減という大幅減俸となりました。更に亀澤恭平、遠藤一生などとの併用により出場機会が減少。2017年の年俸は7040万円となっています。

荒木雅博&井端弘和のアライバコンビ!

打撃面におけるアライバの貢献度!

球界至上に残る二遊間コンビ「アライバコンビ」。落合政権の下、このコンビがなければ4度のセ・リーグ制覇、11年連続Aクラスというチーム成績はなかったとおもいます。打撃面・守備面どちらにおいても重要な役割を担っていました。 2004年から井端弘和と1・2番コンビを任されることになります。

荒木が出塁し井端が粘り、盗塁・進塁打で得点圏に進む。主にクリーンナップを任されていた立浪和義、タイロン・ウッズ、福留孝介が打つという理想的な形が攻撃パターンが完成します。

守備面におけるアライバの貢献度!

 守備面において、落合博満監督が当時「12球団一の二遊間コンビ」と発言しています。この発言の言葉どおり、荒木・井端両選手ともに2004年から6年連続でゴールデン・グラブ賞を受賞。

2000年代の二遊間コンビでのアウト数は、アライバコンビが上位に何度も登場します。ゴールデン・グラブ賞受賞時には、エラー数が両選手とも年間10個以下が多く、守備率は.990前後を推移しています


 2010、11年と両選手間において、守備位置の変更が行われました。井端選手は二塁手へのコンバート後も安定した守備をみせていたが、荒木選手は遊撃手へのコンバートが影響しました。 2010年はエラー数が20個、11年は17個と増加した。長所である走塁に関しても精彩を欠いてしまいます。

盗塁成功数は20個、18個と減少していき、6年連続達成していた年間30盗塁を割り込みこみました。 2012年には、両選手間において再コンバートが行われ、二塁手に戻ると安定した守備を現在まで続けております。慣れたポジションが一番なのかもしれなません。

2017年、なるか2000本安打!

2017年、荒木雅博にとって注目されるのは2000本安打達成です。2017年の中日ドラゴンズは内野守備陣の競争が激しくなると予想されます。 荒木・亀澤・遠藤に加え、入団6年目の高橋周平、更にドラフト2位の新人京田陽太などがいます。

本職が二塁手というのは少ないが、周囲との連携や打順の兼ね合いなどからコンバートされることも考えられます。

2000本安打まで残り39本と迫っており、実力を発揮できればスタメン40試合前後で達成は可能といえます。 森繁和監督になり、チームの雰囲気やモチベーションも昨今の中日ドラゴンズとは違うものになります。実力勝負のプロ野球の世界、現役生活22年目のベテランとなる荒木雅博には培ってきた経験を存分に生かしてほしいとおもいます。