【中澤佑二】年俸半減で移籍!横浜F・マリノスは冷酷すぎるのか?

プロ入り前からブラジル留学を経験し、日本代表でもキャプテンをつとめ、ディフェンダーとして最多得点を記録した元日本代表中澤祐二選手。しかし2002年から所属してる横浜マリノスで2016年の更新契約では急に年俸ダウン宣告。一体どうして急にそんなことになったのだろうか?

中澤佑二の移籍騒動に何があった?まさかの50%も減俸!

横浜マリノスの仕打ちはどういう意味なのか?

2016年15年目となる元日本代表中澤祐二の契約更新でマリノスが提示したのは年俸の50パーセントダウンであった。一体どうしたことだろう。中澤といえばマリノスの一番の古株であり、ここ3年間ずっとフル出場しているなくてはならない存在の筈だ。

2013年には30後半に差し掛かったにもかかわらずベストイレブンに選ばれた。これはやはり年齢のせいだろうか。ついにマリノスは中澤佑二というクラブの宝にも若手入れ替えによって「出て行け!」というのだろうか。マリノスの選手たちの意見はそんな経営者たちとは正反対だ。

「盗むものはまだまだたくさんある」そう答えるのは栗原勇蔵選手。同じくディフェンダー松田と上手い連携を作れるマリノスのトップ選手だ。ディフェンスの中心として中澤がいなくなることで、守備の低下を心配する一人である。

中澤がいなくなるとマリノスの守備は下がるのでは?

中澤佑二が鉄壁なディフェンスに定評があるのは誰でも知っているだろう。彼を評判にさせたのは言わずと知れた2010ワールドカップ。岡田監督の攻撃的なサッカーを作るために構成された4バックとして、田中マルクス闘莉王とともにセンターを守った。

2010FIFA大会は過去もっともディフェンダーの輝いたワールドカップであった。守備重視にして「堅守速攻」を実践するチームがほとんどで、それが功を奏して数々の強豪チームが新興国に敗れた。中澤の守った日本もとりわけその戦略が評価された国の一つである。

他国のカウンターをふさぐためにオフサイドを誘う賢いディフェンスが認められ、中澤は「彩の国功労賞」をとった。この活躍が彼をマリノスの永遠の守り神として決定付けられたのだ。年齢にかかわらず輝き続ける彼を、マリノスはどうして裏切るようなことをしたのだろう。

中澤佑二は結局引退?移籍騒動の真相は悲しい結末に…

移籍の真相。

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中澤佑二を年俸半額にした理由は一体何であろうか。おそらく一番考えられるのは年齢ではないだろうか?同年にFIFA2010で活躍した田中マルクス闘莉王も名古屋グランパスで減俸を提示されて京都サンガに移った。やはりサッカー界全体で世代交代が起こっているのか。

話題となっているのは横浜マリノス名古屋グランパスエイト、それから鹿島アントラーズだ。横浜は中澤だけでなくあの中村俊輔にもこうした喧嘩別れをしてついに放出してしまった。「あれだけ好きだったサッカーを嫌いになりかけた」そう言わせただけあって事態は尋常ではない。

鹿島アントラーズも秋田豊選手を世代交代のために年俸0円というわけのわからない額を提示して移籍させてしまった。一体Jリーグ界に何が起こっているというのか?

横浜Fマリノスは経営難にあっていた!

マリノスバージョンのエンブレム発見

栗原勇蔵 横浜Fマリノスさん(@yu918zo)がシェアした投稿 –



横浜みなとみらいにグランドを構える横浜Fマリノス。横浜駅からほど近く、一等地のみなとみらいにはタワーマンションが次々と立ってきている。港の潮風がやや厳しい他は立地、観光地、交通ともに最高のロケーションだ。横浜の人なら誰でも住みたがる場所にグランドはある。

そんなマリノスグランドの土地代は実に年間6億もかかっていたのが最近露呈された。原因はみなとみらいの人気が集中したことにある。以前はあき地ばかりであったが、今では富士ゼロックスやトヨタのショールームのビルがグランドに影落とす。土地代はますます上昇して行ったのだ。

マリノスの経営難はそんなところから始まったのだ。そこで復活のための経営に乗り出したのが元日産の執行役員嘉悦朗氏。マリノスの代表になって翌年から黒字化に成功した。しかしこの黒字化に成功したのは中澤祐二をはじめとする選手たちが優勝を得たからであった。

結局マリノス残留を決めた中澤祐二

年俸減額報道からしばらく、2017年1月15日についにその決着がついた。中澤佑二はそれでも自分の愛した横浜Fマリノスに残留することを決めたのだった。マリノスを作るためにこれから頑張っていきたいとファンに向けてコメントを残している。

こうした展開になったのは減額報道に加えサッカー界全体の問題に結びつけてメディアに批判されたから。ついに中澤への扱いをマリノス側が反省したのである。闘莉王と違って結果を出し、勝利を産んでいた選手に対して、やはり不当だったのは誰の目にも明らかだったからだろう。

中村俊輔との喧嘩別れのせいもある。ともかく今Jリーグの世代交代の勢いは始まったばかりで、これからもっと極端に古株の選手たちがリストラにあっていいきそうなところが怖いところだ。中澤への態度を反省してくれたマリノスにも感謝である。

中澤佑二のお気に入りのスパイクはこれだ!

プーマはやはり使いやすい!

昔は白黒が流行っていた、と言うよりは、カラフルなデザインのものがあまりなかったように思う。インステップにイボイボがついていて、蹴るとカーブがかかると言うものまであったが、最近はカラフルでシンプルな機能を持つスパイクが人気である。

中澤佑二のお気に入りのスパイクはプーマである。名前は「エヴォパワー」軽量でないが、素足に近いのが特徴だ。蹴りごごちもいい。中澤のようにディフェンスでありながら得点を決めに行け、走れる選手にはもってこいのスパイクである。

日本人の足型に多く、親指の長いエジプト型以外にも、人差し指の長いギリシャ型にも合うように設計されている。布地はマイクロファイバーを用いており、色物だけに汚れがつきにくいようになっている。忙しい中澤にぴったりのモデルである。

中澤佑二の妻は誰?不倫のあの人と名前が一緒?

不倫がよく噂されているが、真相は?



中澤の横顔をみると実はハリウッドラインという昔アメリカの俳優によくいた骨格をしていることがわかる。顎と鼻の高さが唇より高く、一本ラインで結べるのがハリウッドラインだが、これがかつてハリウッドスターの最低条件だった。昔のビデオをみて確かめみてもらうとよくわかる。

中澤は「横浜物語」と言う映画で俳優顔負けの演技を披露したことでも以前有名になった。もしかしたら本当に才能があったのかもしれない。そんな中澤はやはり女性たちから相当モテてきた。噂されたのは森摩耶と言うやはり美人モデルであった。

この方がなんとご結婚された奥さんの名前と同じ摩耶というので、巷ではえっ?!不倫相手と結婚したの?と囁かれたが、中澤夫妻もこんなことを言われてうんざりしていたに違いない。もちろん全くの別人である。

結婚して見なくなったボンバーヘッド封印の理由とは?

ボンバーとあだ名されていた時代

2017.03.10 #fmarinos #中澤佑二 No22

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ボールを蹴るとボールよりも大きく跳ね上がったことで観客からもその存在がすぐによくわかった中澤佑二は、かつてボンバーヘッドにしていたのをご存じだろうか。そのため仲間にはボンバーとあだ名されており、自分のユニフォームにも「BONBER」と印字している。

実はサッカー選手の中にはユニフォームの名前が中澤のように苗字でも名前でもない選手たちがいる。同じくマリノスの中川輝人もTERUと書かれたユニフォームを着ていることは有名だ。川崎の井川祐輔もIGAという自身のニックネームを採用している。

しかし中澤に関してだけ名前や苗字の略称でないところが面白いところだ。プレーや生活習慣はかなり真面目だが、ファンの感謝祭では「DJオズマ」や「変なおじさん」の格好をしてファンを盛り上げる一面もある。盛り上げるために髪型をボンバーにしていた部分もあったのである。

なぜボンバーヘッドを封印したのか?

そんな中澤がボンバーヘッドを封印した理由はハゲになるのを恐れたから。確かにいつからかボンバーヘッドをみなくなったと思ったが、髪が長かったのであまり気がつかなかった人も多いのではないだろうか。

二十代の頃はグランドでの存在感を出すために頭にインパクトを持ってきたということもあったのかもしれない。もしフォワードの選手が同じ頭にしたら裏をとってもすぐにバレてしまうが、デフェンスでは効果は確かに抜群だったと思う。

二十代後半に結婚したが、子供も生まれて、男して自信を深めたことも関係していると思う。結婚してから長い髪をまとめてうウェーブをかけるスタイルに変え、知的に見えるようになった。マリノス残留を決めた中澤だが、もはやそんな若気のいたりは必要ないくらい圧倒的な存在感持つ彼は、もうすぐ40歳である。