高杉晋作の名言15選!おもしろきこともなき世をってどういう意味?

奇兵隊の創設を始め、日本の歴史に多大な爪痕を刻み付けた英雄・高杉晋作。彼が遺した言葉の数々は、時代を超えてなお、人々の心に新たな風を呼び込む。ここでは、高杉晋作の名言を、筆者の勝手な解釈とともに紹介する。

幕末のカリスマ・高杉晋作

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高杉晋作は、幕末の時代を生きた武士である。武門で免許を皆伝され、吉田松陰の元で学問に没頭し、留学して周辺諸国の政治情勢を学び、尊王攘夷の名の下に幕府と戦い、肺結核で命を落とした。奇兵隊が有名である他、安政の大獄長州征伐薩長同盟大政奉還など、日本にとっての大きな事件にも多数関わっている。わずか29年の間の出来事だ。

興味をもったらとことん突き詰め、最初から最後まで自分で考えて行動し、人から理解されなくても自分の意志を貫き通す無邪気な子供のような心と、圧倒的なカリスマ性を併せ持つ男の言葉を、いくつか並べてみようと思う。きっと、あなたの心に刺さるものがあるはずだ。

高杉晋作の名言集

苦しいという言葉だけは どんなことがあっても言わないでおこうじゃないか

これは、たとえどんな苦境に立たされても、目の前の状況を嘆いて立ち止まってはいけない、といった意味の言葉である。

晋作は、マイナスなイメージを抱く言葉を口に出す事を嫌っていた。変革を求め、人の前に立って歩いてきた彼は、言葉が自分や周囲の人々の心に大きな影響を与えると知っていたからだ。口に出してしまえば、自分の中の不安を肯定する事になる。そしてそれは、簡単に人へ伝染する。そうした連鎖が、やがて人々が踏み出そうとしていた新たな一歩を妨げてしまう

苦しいと感じていても、むやみに愚痴をこぼしたりせず、真っ直ぐに自分の道を突き進んで行く。そんな彼だからこそ、人々は信頼し、後ろについて行ったのだろう。

苦労する身は厭わねど 苦労し甲斐のあるように


苦労をする事に抵抗はないが、せっかくならば自分が納得できる理由で苦労したい。大衆に流されず、自分自身を貫き通した晋作の性格や生き方が如実に表れた言葉だと思う。

現在を生きているあなたは、今の自分の生活に満足しているだろうか?与えられた仕事に納得し、全力を尽くせているだろうか?たとえ理解されなくとも、人に自分の生き方を誇る事ができるだろうか?常に誰かの真似をしている必要なんてないし、目の前に用意されたもの全てに従順である必要もない。大切なのは、自分で自分を認めてやれるかどうかだ。

真の楽しみは苦しみの中にこそある

物事を心から楽しいと思えるのは、苦しみを乗り越えた者だけだ。大胆かつ奔放な言動の裏で、晋作はこう思う事で自らを戒めていたのだろう。目の前の苦難から逃げ出してはいけない、その先を見据えて進むのだ、と。

楽しむ事と、楽をする事は違う。現代社会でも度々耳にする教えだが、それを身をもって知っている人間は果たしてどれだけいるだろうか。何かに打ち込み壁に当たり必死で乗り越えた先に待っているもの。苦悩、挫折、努力、全てを経験した人だけがその手にできる感動。自然とこぼれる笑顔は輝いている。それが楽しむという事なのだろう。

過ちを改めれば それは過ちではないのだ

これはもちろん、後で反省すれば何をやってもいい、という意味ではない。自分の行いを過ちだと認めて改心すれば、新たな成長の糧となる。過去の失敗も無駄にしてはいけない、といった意味だ。

たとえば仕事でミスをして、周りに迷惑をかけてしまったとき、どんな事を考えるだろう。ひたすら自分を責め続け、思いつめるほど落ち込むだろうか?それとも、失敗したときの状況を振り返り、「あの場面ではこうすれば良かったのか」と思案するだろうか?きっと個人の性格によって違う答えが出るだろう。

失敗も経験値として自分の中に蓄積し、今後に活かす。前だけを見て貪欲に進もうとする晋作の言葉に共感できるかは人それぞれだが、この言葉で救われた人たちだっていたのだと思う。自分のためでもあり人のためでもある言葉だ。

シャクトリムシのように身を屈するのも いずれは龍のように伸びるためだ

そのためには奴隷になっても 下僕になっても構わない

大きな野望を叶える叶えるためなら、大切な志を守るためなら、どんな仕打ちにだって耐えてみせる激動の時代を苛烈に生き抜いた晋作らしい言葉だ。

身を屈するというのは、人や世論に迎合する事かもしれないし、現実に打ちのめされて地を這っている状態の事かもしれない。どれだけ自分の立場が悪くなったとしても、理想や目標、夢や信念を抱いていれば、自分を見失わずにいられる。何度だって立ち上がり前を向く事ができる。綺麗事だけでは生きてはいけないが、綺麗事がなくても生きてはいけなくなるだろう。

人は人 吾は吾なり 山の奥に 棲みてこそ知れ 世の浮沈

常に人波の中にいたのでは、世の情勢を正しく把握する事はできない人は人、自分は自分という心持ちで列を離れてみれば、人波がどこへ向かって進んでいるのかが見えてくる。破天荒なイメージのある晋作が、ただの無鉄砲な愚者ではないのだという事を証明する言葉である。

喧嘩を仲裁するために第三者に立ち会ってもらったり、政治関連のニュースを観てこれからの生活について考えてみたり。その場に居合わせた人よりも離れて見ていた人の方が、より冷静に客観的に物事を判断できるものだ。それを分かった上で行動に移せる人間だけが、何かを変える事ができるのだろう。

少年の頃 読んだ本に「学問を成すなら世間から利口と思われる人になるな。

世間から愚者と思われる人になれ。」とあったので

世間から愚者と思われる人になろうと僕は願った

あくまでも個人の見解だが、ここで言う「愚者」は、「考えの足りない人」ではなく「おかしな言動をする人」を指しているのだと思う。テレビ番組などで頭の良すぎる人を観ると、逆に「この人、異常だろ・・・」と思ってしまう、あの感覚ではないだろうか。

晋作は子供の頃、学問に魅力を見出す事ができず武芸一筋の脳筋少年だったという。そんな彼が大人になり、本にあった言葉をなぞらえて「愚者」と思われる人を目指すようになったのだから、飛躍的な進歩だと言えるだろう。移り行く時代を理解し始め、「普通の人」に変革はできないと悟ったのかもしれない。

生きるか死ぬかは時機に任せよう

世の人が何と言おうと そんなことは問題ではないのだ

時機とは、丁度良い頃合いの事。つまり、自分がいつ死ぬのかは選べないが、自分がどんな風に生きていくのかは選ぶ事ができる周りの人に何を言われても関係なく自分で決めた道を進めば良い、という意味になる。

自分らしく生きるというのは、案外と難しいものである。様々な技術が発達し、選択肢が増えた現代の方が難易度は上がっているのかもしれない。子供の頃に描いた夢褒められて嬉しかった事心から尊敬し憧れた人胸を張って好きだと言えるもの。持ち続けるのはそれこそ難しいけれど、何か一つが心にあると、先に延びる自分の道はきっと華やかになる

友の信を見るには、死、急、難の三事をもって知れ候

相手の本当の心根を知りたいなら、人が死んだときにどんな反応をするか急な事態の変化にどんな対応をとるか解決が困難な問題に直面したときどうするかこの三つを以て量ると良い、という意味である。人間の本性は、窮地に陥ったときにこそ露になるからだ。

常に死と隣り合わせの時代だったからこその言葉なのかもしれない。しかし、友達一人を選ぶのにここまでの覚悟をしなければならない、というのも何となく物悲しい気持ちになる。自分が困ったときに手を差し伸べてくれるか、相手が困ったときに手を差し伸べたいと思えるか。いつの時代も、友達作りは難しい

百万の大群 恐るるに足らず

恐るるべきは我ら 弱き民一人一人の心なり

これは、数で劣る戦いに挑む奇兵隊の面々を鼓舞するための号令であり、奇兵隊で掲げる指針を捩ったもの。元の言葉は「強き百万といえども恐れず、弱き民は一人といえども恐れ候こと、武道の本意と致し候」。数だけ揃えた心の無い軍勢よりも、力の無いたった一人の人間の心を恐れ敬う事こそ、武士の本懐である、といった意味合いだ。

晋作が組織した奇兵隊は、身分に拘らず有志のみを集めた長州藩の常備軍のような部隊である。藩士以外の武士から町民、農民など出自はバラバラだったが、同じ志の元に集まった彼らは教えられた兵法をみるみる吸収し、多大な戦果を挙げた。広い意味で実力主義だった奇兵隊は、手にした最新の銃器を操り、幕府の正規組織に風穴を開けてみせたのだ。

押し寄せる大群を前にしても、その数だけを見て臆する必要など全くない。たった一人の弱い人間にも大きな流れを変える力は眠っているのだから。

戦いは一日早ければ一日の利がある

まずは飛び出すことだ 思案はそれからでいい

他の人より一日早く行動を起こせば、その一日分は自分にとって確実にプラスになる考え込むのは後にして、とにかく飛び出してみるべきだ。武芸、学問、倒幕、全ての分野において野心的だった晋作を象徴するような言葉である。

あまり深く考えず直感で動く人もいれば、数手先の事まで思案してから動き出す人もいるだろう。どちらも決して悪い事ではない。ただ、考えすぎて身動きが取れなくなってしまうようであれば、一度頭を空にしてとりあえず最初の一歩を踏み出してみる、というのも、たまには面白いかもしれない。

後れても 後れてもまた 後れても 誓いしことを 豈(われ)忘れめや

後れても」は、「死に後れても」の意である。命を懸けて戦った仲間たちが散ってゆくのを何度となく見送りながら、晋作は決意する。共に立てた誓いは忘れない約束は果たしてみせる、と。

意味合いはそうだが、この言葉は誰に向けられたものだったのだろう。戦場で散った仲間に向けて、幕府を倒すという誓いを果たす、という捉え方もできる。一方で、師である吉田松陰が処刑され後を追った者たちに向けて、松陰の教えや志は守ってみせる、という捉え方もできる。どちらだったとしても、仲間たちの無念や信念を背負ってこれからも歩き続けるのだという晋作の強い覚悟が滲む言葉である。

死後に墓前にて芸妓御集め 三弦など御鳴らし 御祭りくだされ


これは、大きな戦への出陣を前に、晋作が友人へと宛てた手紙の一文である。内容としては、

「盟友だと誓ったあなたに連絡もなく行動を起こす事、本当に申し訳なく思っています。私は次なる戦にて、この地を守って討ち死に致します。藩主様も、民衆も、家族も、私や私の仲間達を理解してはくれないでしょう。弁解するつもりはありませんが、どうかよろしくお伝えください。また、私が死んだら墓を建て、後述のように墓碑に刻んでいただきたく存じます。そして墓前に芸妓を呼び、三弦でも弾いてお祭りください」

というもの。戦での討ち死にを前提に、晋作は自分の死後の諸々を友人に託していたのだ。最後まで武士として戦い抜く事を誓い、自分の墓前で俯く事はしないでほしいという願いが込められている。「祀る」ではなく「祭る」なのが、いかにも遊び好きの彼らしい。

先が短いなら短いなりに 僕は面白う生きたい

派手な花火を打ち上げて消えていく それが高杉晋作の生き方ですき

NHK大河ドラマ「龍馬伝」の中でも使われたセリフなので、知っている方も多いと思う。29歳の若さで亡くなった晋作だが、彼はその短い生涯の中で、武道においては免許を皆伝され、遅咲きながら学問でも周囲に能力を認めさせ長州藩に倒幕の思想を植え付け、何もないところから奇兵隊という組織を立ち上げて戦果を挙げ、薩長同盟大政奉還への足掛かりを作ってみせた

派手な音で人の目を惹き、鮮烈な光で夜空を照らし、瞬く間に落ちてゆく。まさに打ち上げ花火のような生涯だったと言えるだろう。たった一人の人間の志が、かつての日本を震撼させたのだ。不可能などないのだと、つくづく思い知らされる。

おもしろき こともなき世を おもしろく

晋作の辞世の句。恐らく、彼の遺した言葉の中で最も有名なのはこれだろう。病床の身を横たえ、今際に呟いた言葉とも、自身最後の戦である四鏡戦争の前に詠んだ句とも言われている。どちらにしても、生涯最後に詠んだという意味で辞世の句には違いない。

ところで、この句の「こともなき世を」の部分について、本来は「こともなき世に」だったのではないかという説があるのをご存じだろうか。接続詞が「」なのか「」なのかで、全体の印象は大きく変わると私は思っている。

」だった場合は、「つまらない世で生きていかねばならない自分の人生は、せめて面白く作り変えてやる!」という晋作の豪胆な性格の表れた攻撃的な印象になる。一方で「」だった場合は、「このつまらない世にあって、自分は人生を面白く歩めたのだろうか?」という、誰かへ問いかけているような印象を受ける。後ろ向きな言葉を嫌う晋作が、最後の最後で初めて不安を口に出した。それほどまでに彼が恐れたものとは、自身の死なのか、それとも・・・。

派手な花火を打ち上げて

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幕末の日本に革命をもたらした高杉晋作は、間違いなく英雄だ。日本の歴史に名を刻み、数えきれない武勇が現代まで語り継がれている。彼自身は、自分の生涯をどう思っていたのだろう。やりたい事をやり尽くし、彼の望んだ「面白い生き方」を全うできたのだろうか。

晋作の遺した言葉は総じて、前向きで積極的な意味合いのものが多い。現代の日本人に足りないものである。ここで紹介したもの以外にも、彼の名言はたくさんある。人や国を揺るがせた男の生き様を、ぜひ学んでみていただきたい。

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