復活の由規!4つの事実で号泣王子を知る

今シーズン、怪我からの復活を目指す東京ヤクルトスワローズの由規選手。昨季は約1800日ぶりに一軍登板を果たした同選手についてサクッと知ることが出来る記事となっています。

まずは成績から由規に注目!

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身体を酷使するアスリートにとって怪我は避けては通れないものです。それはプロ野球選手も例外ではありません。数多くの選手が怪我に泣かされ、現役続行すら難しい状況に追い込まれてしまうこともしばしば…。

東京ヤクルトスワローズの由規選手もそんな怪我に泣かされ続けている選手の一人。かつて剛腕投手としてその名を轟かせた同選手ですが、今は現役を続けられるかどうかの瀬戸際に立たされています。

2007年の夏の甲子園で155km/hの剛速球を披露して大いに話題になった由規投手は、東京ヤクルトスワローズにドラフト1位で入団しました。キレのあるスライダーに剛速球、そんな投球に往年の松坂大輔選手を連想するファンも多く、その期待値は極めて高いものでした。

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2008年、一軍初登板こそ苦杯を舐めたものの、9月6日の巨人戦でプロ初勝利を挙げ、ルーキーイヤーを2勝1敗の成績で終えました。プロ2年目の2009年には5勝10敗と大きく負け越してしまったものの、プロ入り後最速の157km/hを記録するなどその才能の片鱗を見せつけています。

そして3年目の2010年は由規投手にとって飛躍の年となりました。プロ入り初の二桁勝利をあげた他、日本人最速となる161km/hを記録するなど、記録づくめの年となったのです。

松坂選手の様にいきなりの大活躍とはいきませんでしたが、将来の沢村賞候補に名前が挙がるなど、高卒のドラ1選手としては順調なキャリアを築いていたと言えるでしょう。

①由規、デスブログの餌食に…!?

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順風満帆のプロ野球人生をスタートさせた由規選手ですが、ルーキーイヤーの翌年に最初の試練が訪れます。実は由規選手、あの東原亜希さんのブログ『ひがしはらですが?』に名前を連ねてしまっていたのです。東原亜希さんのブログといえば、関わったものを次々と不幸に陥れる“デスブログ”としてネット界隈では有名です。

競馬連敗記録で38連敗K-1グランプリで応援した選手が全員敗退…などなどその”的中率”は恐るべきもの。由規投手は東原さんとテレビで共演を果たしたこともあり、その縁の深さはなかなかのもの。それだけにネット上には由規選手を心配する声が溢れかえりました。

ジンクスを打ち破ろうと奮起したものの…

しかし、優しい性格で知られる由規選手は「あんないい人が、そんな汚名を着せられているのは忍びない」と2008年オフにジンクスを打ち破ることを宣言。飛びぬけた成績を残して新人王を獲得してみせると2年目の飛躍を誓っていました。果たしてどうなることかと思われたのですが…。

翌2009年のシーズンには軽い故障を繰り返して一軍と二軍を行ったり来たりする羽目に。肝心の成績も5勝10敗と負け越してしまい、念願だった新人王も獲得できずと思い描いていた2年目とは大きく異なる結果に終わりました。残念ながらデスブログのジンクスを打ち破ることはできなかったようです。

②由規の弟は野球家庭教師!?

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さて、そんな由規選手ですが、実は弟の貴規さんもプロ野球入りを果たしています。中学時代には由規選手以上と目された才能の持ち主であり、仙台育英高校ではレギュラーとして活躍していました。2010年のドラフト会議で東京ヤクルトスワローズから3巡目指名を受け、兄弟そろってスワローズの一員となることに。

しかし、2014年に戦力外通告を受け、これといった成績を残せずにプロ野球界を去ることになっています。その後は独立リーグで現役を続行していましたが、2017年に自身のブログで引退を表明、転職活動に専念することになったようです。

そんな貴規さんですが、現在は株式会社トライグループが運営する「大人の家庭教師トライ」野球コースの講師として登録していることが明らかになっています。現役の道こそ諦めたものの、今も野球を普及させるため、野球家庭教師として活動を継続してるというわけなのです。

③2011年、右肩痛発症

デスブログのジンクスに阻まれながらも3年目に大きな飛躍を遂げた由規選手。
4年目にはチームのエースとして活躍することを期待されていました。
その期待通り、2011年のシーズンは序盤から驚異的な成績を叩き出し、オールスターゲームにもファン投票で選出されています。
ところが、後半戦を前に右肩の張りで離脱すると、更には右肩の腱板損傷が判明。シーズン後半は全く戦力として働けずという結果に終わりました。

「すぐに戻ってくるだろう」とファンは楽観的でした。本人も「来季は頑張りたい」と前向きでした。しかし、ここからが由規投手にとって苦難の日々の始まりだったのです。

すぐに復活できるはずだった…

翌2012年の5月には左すね剥離骨折が発覚、シーズン中の登板無しという結果に。
更に、2013年には右肩のクリーニング手術を行った為、このシーズンも登板はゼロという結果に終わりました。
そして2014年、6月14日にイースタン・リーグで792日振りに実戦登板を果たしましたが、この年も1軍復帰はなりませんでした。
明けて2015年も1軍復帰を果たすことはできませんでした。

実に4年間にわたって1軍から遠ざかる結果となってしまったのです。
この間に由規選手は育成選手契約へ移行し、背番号も11から121へと3桁になってしまいました。
4年もの間戦力として働けなかった由規選手には内外から厳しい声も寄せられたようです。

しかし、それでも由規選手は決して諦めることなくリハビリに励み続けました。時にはお祓いも受けるなど、尽くせる限りの手を尽くして1軍復帰に邁進し続けたのです。

④由規はダルビッシュの弟子?

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あらゆる手を尽くして復活を目指す由規選手。ついにはあの大物メジャーリーガーへの弟子入りも敢行しています。その大物メジャーリーガーとはあのダルビッシュ選手。あまり縁が無さそうな二人ですが、実はメールのやり取りをする仲なんだとか。

トレーニングマニアとして知られるダルビッシュ選手は若手選手を集めて合同トレーニングを開催しています。参加メンバーは日本ハムの大谷翔平選手阪神タイガースの藤浪晋太郎選手など今を時めく剛腕ばかり。この豪華トレーニングに由規選手も参加し、大いに刺激を受けたようです。

ダルビッシュ選手も復活を期す由規選手をあたたかく見守っており、復活に繋がる数々のアドバイスを与えてくれたとのことです。

念願の一軍復帰!これからの活躍に注目

迎えた2016年のシーズン。由規投手はまさに崖っぷち。今年駄目なら完全に見限られてしまうかもしれない…多くの人が半ば諦めながら見守ることとなりました。
由規投手はイースタンリーグで登板を重ね、7月5日に支配下登録選手へ復帰、背番号を「11」に戻しました。

そして7月9日、ついに1軍のマウンドに立つことになったのです。前回の登板から実に1771日ぶりのこと。
ご両親やファンが見守る中で力投しましたが、残念ながら敗戦投手になってしまいました。しかし、すぐに2度目のチャンスが訪れます。同月24日の中日戦で再びマウンドに立つことに。

今度こそ…多くの人々が見守る中、由規投手は序盤から決死の形相でボールを投げ込んでいきます。
故障前のような球威こそないものの、丁寧に丁寧に角をつくピッチングでひとつずつアウトを重ねていきました。
結果は5回1/3を2失点、1786日振りの勝利を挙げることができました。

1768日…ようやく舞い戻った神宮の剛腕

1786日。由規選手が1軍のマウンドを去ってから長い時間が経ってしまいました。
同世代の中田翔選手や菅野智之選手は既にNPBを代表する選手となり、WBC日本代表にも選出されています。
その他にも、広島の菊池涼介選手をはじめとして数多くの好選手がNPBで活躍を続けています。
由規選手が停滞している間に、多くの選手が飛躍を遂げていきました。

取り残されてしまった。復帰こそしたものの、多くの野球ファンが抱く印象はこんなものでしょう。

とは言え、まだ終わったわけではありません。取り残されてしまったのは事実。ファンの期待を裏切り続けたのも事実。
それでも由規選手は復活への歩みを止めることはありません。
今シーズン、かつての剛腕が戻ってくることを期待し、大いに注目したいところです。