中村俊輔がジュビロ磐田へ移籍!セルティック時代の伝説を振り返る

日本を代表するゲームメーカーであり、世界屈指のフリーキッカーでもある中村俊輔。磐田移籍の経緯はもちろんのこと、色褪せないセルティック時代の活躍まで、がっつりとまとめてみました。

中村俊輔のプロフィール

中村 俊輔(なかむら しゅんすけ、1978年6月24日 – )は、神奈川県横浜市戸塚区出身の日本のプロサッカー選手である。ポジションはミッドフィールダー。J1・ジュビロ磐田所属。元日本代表。2000年と2013年にJリーグMVPを獲得。Jリーグ史上初のMVP複数回受賞者。ほかにアジアカップ2004MVP、2006-07スコティッシュ・プレミアリーグMVPなどの受賞歴がある。

出典:https://ja.wikipedia.org

その左足から繰り出される魔法のようなプレーの数々で、世界中の度肝を抜いて来た中村俊輔。日本代表としては不遇な一面も見せておりましたが、ことクラブチームでの活躍という点では別物。記憶にも記録にも残るプレーヤーとして、非常に稀有な存在と言えるのでは。そこでまずは、簡単なプロフィールをご紹介しましょう。

まあ~とにかくMVP感がスゴイ!これだけMVPを獲得しているということは、ゲームの中で極めて決定的な活躍をしているという証拠。中盤に君臨するテクニカルなMFとして、勝利に直結する仕事を請け負うファンタジスタ。それが中村俊輔というプレーヤー。あまりにもファンタジスタ過ぎて、私にとっては「サッカーゲームで使いたいプレーヤーNo.1」でもあるのですけどね(笑)。

2017年にジュビロ磐田へ電撃移籍!



ユース時代から所属していたこともあり、日本国内では横浜マリノスの象徴的な存在だった中村俊輔。そんな俊輔が、メディアを大いに賑わせたのが、2016年後半から噂された移籍報道。それこそ、“ミスターマリノス”だったはずの俊輔。そんな彼が、突如退団というのですから、相応の事情があったことは推察可能。

最も有力な説は、マリノスの株主であるシティ・フットボール・グループの影響。外資だけに、合理と配当を追求する『モノ言う株主』であることは想像に難くありません。そんな彼らの“合理的経営判断”のせいか、シーズン末に行われたベテラン選手に対しての容赦ない扱いに、心を痛めていたのではないでしょうか。それどころか、「明日は我が身」とさえ感じていたのかも。

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ずっと一緒にやって来た仲間に対する仕打ちが、自身の未来にも起こりえると判断したのなら、俊輔の選択は尊重されなければなりません。何より、選手は必要とされる場所で輝くのが1番!そういう意味では、理解者である名波浩が監督を務めるジュビロ磐田への移籍はベターな選択肢。

とはいえ、驚きましたよね。移籍の内容が。マリノスからの年俸提示が1億2000万円だったにも関わらず、8000万円のジュビロへ移籍。タイミングも電撃的でしたが、内容も電撃的。んあ~、私だったらマリノスに残っちゃうかも(苦笑)。4000万円はデカいですよ。でも、俊輔がお金だけで動く人間ではないことがよ~くわかります。我々も見習いたいものです。

中村俊輔がジュビロに移籍したのは当たり前?

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「ベターな選択肢」とは申しましたが、ある意味、この移籍は当たり前と言う主張があるのも確か。なぜなら、2015~2016年シーズンにかけて、出場機会を失いつつあったからです。もちろん、怪我の影響もあっての話。それでも、これまでリーグ戦やカップ戦含め、年間30~40試合以上に出場していた俊輔。

その彼が、2015年には21試合、2016年には23試合と出場を激減させているのですから、監督であるモンバエルツ氏との関係が決して上手く行っていないのは推して知るべし。そうなると、来季残留したところで…という話になるのは当然。なので、ベテランに対しての扱いという感情論だけでなく、ひとりのプロフェッショナルとしての判断がそうさせたのかも知れませんね。

セルティックの英雄としての中村俊輔

俊輔と言えば、セルティック時代の話に触れないワケにはいかないでしょう!まさに、キャリア・ハイ。そんな表現がピッタリなセルティック時代。そもそも話は、マリノスからイタリアのレッジーナに移籍したところから始まります。在籍期間は3年。2003‐2004シーズンこそ怪我の影響で出場数を減らしておりますが、それ以外のシーズンではバリバリのレギュラー。

残留を争うようなチームだっただけに、パスワークを駆使する俊輔のプレースタイルに合っていたとはお世辞にも言えません。が、それでもクラブの歴代ベストイレブンに選出されるほどの活躍。それを見たセルティックのストランカン監督から熱烈なラブコールを受け、スコットランドリーグへと戦場を移すことになったんですね。

スコットランドリーグでの優勝



スコットランドリーグは、今も昔もセルティックとレンジャーズの2強という構図。それ以外のチームは、たま~に年間2位に滑り込む程度。しかしながら、俊輔が加入する前年はレンジャーズの優勝。ストラカン監督としては、巻き返しの重要な一手として俊輔を必要としたのでしょう。

事実、その年から3年連続優勝というセルティックの独壇場。しかも、俊輔はリーグMVPになるほどの大活躍。更に、日本人として初めて欧州のリーグを連覇したという記録付き。ただ、それだけでは英雄になりません。彼が伝説の英雄となったのは、やはりチャンピオンズリーグ!も~、シビれるのです。

チャンピオンズリーグでの衝撃



忘れもしない、2006年9月13日。グループリーグFに入ったセルティックは、初戦であの世界的強豪・マンチェスターユナイテッドと対戦。そこでなんと、俊輔のスーパープレーが炸裂!得意のフリーキックでチャンピオンズリーグでの日本人初得点をマークしちゃったのであります。

この当時、マンUのゴールキーパーは世界最高との呼び声高いファン・デル・サール。そんな彼が一歩も動けないほど、鋭い軌道を描いてゴールに突き刺さったという衝撃の事実。試合こそ2‐3で負けてしまいましたが、これはデカい!なんせ、アウェーゴールということでセルティックの得点は倍扱い。最後に効いてくる可能性があるのです。

その第2戦はセルティックのホームで開催し、ココでもまたまた俊輔のフリーキックがズドン!蹴った本人以外のすべての人が観客になってしまうような“らしい”ゴールで、セルティックを初の決勝トーナメントに導く八面六臂の働き。このチャンピオンズリーグでの活躍こそが、セルティックの英雄と崇められるようになった所以と言えるのではないでしょうか。

中村俊輔の年俸の推移は?

17.2.21練習見学の俊さん。もうすぐ開幕! #中村俊輔 #jubilo #ジュビロ磐田

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下世話な話ではありますが、どーしても気になるのが選手の年俸。中村俊輔ほどのプレーヤーだと、おいくら万円なの?なーんて知りたくなっちゃいますよね。そこで俊輔のここまでの年俸を比較してみたいと思います。

2001~2002 横浜マリノス6000万円
2002~2004 レッジーナ6000万円
2005~2008 セルティック2億4000万円
2009 エスパニョール1億6000万円
2013 横浜マリノス1億5000万円
2014~2016 横浜マリノス1億3000万円
2017ジュビロ 磐田8000万円

2000年以前については、まだまだ新人ということでさほどの金額ではないでしょう。実際にグイッと大幅UPしたのは2001年あたり。こう見てみると、やはり世界的な活躍をしたセルティック時代がピーク。そこから加齢と共に緩やかに下って、現在に至るといった印象。



そして、もうひとつ気になる話題が。それは、2007年に交わしたアディダスとの終身契約。毎年、しかも生涯に渡ってアディダスから年間5000万円もらえるという、あまりにもうらやましい契約。スターはやっぱり違います。俊輔が80歳まで生きたとして、余裕で25億円オーバー(汗)!これもまた、輝かしいキャリアを持つアスリートの特権なのでしょうね。

中村俊輔の代名詞「フリーキック」

中村俊輔と言えばフリーキック。フリーキックと言えば、中村俊輔。大事な事なので2回言ってみましたが、それぐらい俊輔はフリーキックでサッカー人生を切り拓いて来た人間なのです。その証拠に、ぜひ上の動画を見て下さい。それら衝撃的な場面が、いい感じでまとめられています。どれもこれも、素晴らしいと思いません?

まさに、美しくもあり、時には儚くもある一撃。すべてが印象的ではあるのですが、個人的には、やっぱりマンU戦がイチオシ。あのファン・デル・サールが無力になるフリーキックなんて、他に誰が蹴れるというのでしょう?あの日、“日本人選手が世界を撃破した”なんて陶酔していたのは、恐らく私だけじゃないと思うんですけどね~。

磐田移籍は新時代の幕開け!中村俊輔の伝説は続く

真相はどうあれ、ジュビロ磐田への移籍という道を選んだ中村俊輔。マリノスから始まり、セルティックで世界的な名声を得たあの時代。そこから時間こそ経過したものの、そのプレーに陰りはありません。むしろ経験を積み重ね、プレーのひとつひとつにある種の“重み”さえ感じるようになって来ました。

マリノスと袂を分かった以上、この移籍は俊輔の手による新たな時代のスタート。ユニフォームの色は変わったかも知れませんが、ファンタジスタとして、延いては美しきフリーキックの創造者として、まだまだ日本サッカーを牽引して欲しい存在であることに違いはありません。我々も、いつかまた伝説を創り上げるその日を夢見て、彼のプレーを追い続けようではありませんか。

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