小沢健二が深すぎる!タモリも絶賛する歌詞の秘密とは

小沢健二と言えば、90年代J-POPを牽引したアーティストのひとりですが、1998年に忽然と表舞台から姿を消し、最近また音楽活動を再開したことが話題になっています。そんな小沢健二の過去、現在、未来についてまとめました。

小沢健二が深い!

小沢健二抜きで90年代J-POPは語れない!!

1990年代は80年代前半に発売されたCDとCD再生装置が順調に行きわたり、CD売り上げが毎年右肩上がりと、今では考えられない時代でした。この好調は2003年まで続き、同時に日本の音楽産業も勢いづきました。

1989年9月には、最高視聴率41.9%を叩き出した歌番組「ザ・ベストテン(TBS)」が終了し、90年代は『アイドル冬の時代』と言われました。その頃にデビューして今も活躍している当時のアイドルには、宮沢りえ、観月ありさ、菅野美穂などがいます。男性陣ではSMAPが少しずつ知名度を上げていた頃です。

90年代に活躍したアーティストには、ビーイング所属のTUBE、B’z,、ZARD、大黒摩季他、米米CLUB、小室哲哉ファミリー、つんく♂、小田和正、CHAGE&ASKAなどがいます。女性が熱狂できる男性アイドル枠が、90年代前半は空いていたことに気づきます。そこに降って湧いたのが、J-POPというジャンルと小沢健二でした。

小沢健二は〇〇王子の元祖-渋谷系王子!!

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J-POPという言葉が初めて使われたのは、J-WAVEの開設と関係しています。 1988年に開局したJ-WAVEは、当初洋楽中心の番組構成でしたが、レコード会社が協力し「邦楽を流す」という企画が立ち上がりました。
 
「洋楽に影響を受けている邦楽はJ-POP」という漠とした基準をクリアし、J-WAVEで流された邦楽“J-POP”がひとつの音楽ジャンルとし確立していきます。その流れの中で、ピチカート・ファイヴ、ORIGINAL LOVE、フリッパーズ・ギター(小山田圭吾・小沢健二)などの“渋谷系”とういJ-POPのジャンルも発生します。

“渋谷系”は、ヒップホップ、ハウス、ニューウエーブ、ソウルはもちろん、あらゆる音楽のエッセンスをミックスして作られる音楽でした。このムーブメントの中にあって、ベビーフェイスの小沢は渋谷系王子と呼ばれ、オリーブ(2003年8月休刊の女性誌)少女たちのアイドルとなりました。

その深さにタモリも激賞?

タモリが唯一認めるアーティスト!!

1993年からソロ活動を始めた小沢は、1996年1月29日にタモリが司会の“笑っていいとも!”のテレフォンショッキングに、初めてゲスト出演しています。その際に、「俺、長年歌番組やってるけど、いいと思う歌詞は小沢くんだけなんだよね。」と言わしめています。

長年やっている歌番組とは、テレビ朝日のミュージックステーションのことだと思われますが、タモリが1987年4月からメイン司会を務める長寿番組です。その番組で国内外のあまたのアーティストを観ているタモリが、小沢の詩にしか魅かれないというのです。

これは、ぽろっととんでもないことを告白した感じで、ある意味衝撃です。タモリのお気に入りの小沢の楽曲は、『さよならなんて云えないよ』のようです。この曲のあるフレーズを、「人生をあそこまで肯定できない」と「生命の最大の肯定」と指摘しています。

タモリはオザケンのどこにハマった?

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2014年3月一杯で終了した“笑っていいとも!”の3月20日放送のテレフォンショッキングに、小沢が再登場していますが、16年ぶりのテレビ出演が話題になりました。番組では、音楽活動を休止していた16年間のことを、饒舌に説明していました。

また、アコギで『ぼくらが旅に出る理由』、『さよならなんて云えないよ』、『それはちょっと』、『ドアをノックするのは誰だ?』の4曲を披露し、タモリも「贅沢だねぇ」とご満悦でした。この時に小沢が、「タモリさんに、『さよならなんて云えないよ』の本質をズバリ指摘されて」と発言。番組出演を機に音楽活動を再開しました。

爆笑問題の2人がタモリの自宅に打合せで訪れると、「お気に入りの曲を聴かせる」といって毎回のように小沢のアルバムをかけるという話をしています。タモリ曰く、「詩がいいから、聴いてみて」と。

小沢健二の天才さがわかる名曲はこれ!

今夜はブギー・バック

ラップユニット・スチャダラパーとのコラボレーション曲として知られているこの曲は、50万枚を超える大ヒットを生み出した自然にカラダが動くノリのいい曲です。2組ともこの曲をきっかけに、世間に知られるようになりましたが、CDで聴くよりもライブ版を観た方が断然面白いです。

小沢のはにかむように歌う姿は、いまで言うところの“エフォートレス”、所謂抜け感を放っているにもかかわらず、なぜか切なさに溢れ、観る者の心を震わせ、不覚にも涙を落とすことになるかもしれないので、お気をつけください。

また、この楽曲は宇多田ヒカル、Krevaはじめ多くのミュージシャンが、スチャダラパーをフィーチャーしてカバーしています。どれも小沢へのオマージュを感じさせつつも個性が光り、小沢とは違ったよさがあるので、聴き比べてみるのも面白いかと思います。

大人になれば



この曲は、アルバムの大半がシングルカットされ、大規模な全国ツアーも成功を収めた『LIFE』のPOPなテイストから一転した、ジャスメンとのセッションです。『LIFE』での成功体験を経て小沢は、同じ路線を突き進むことを選ばず、アコースティックのビートをやってみたかったのでしょう。

小沢自らがジャズライブハウスの老舗・新宿ピットインに出向いて、直接口説いたのは、渋谷毅と川端民生の2人でした。ジャズファンなら、おぉ~と唸るメンツです。渋谷は東京芸大の作曲家を中退したピアニストで、川端は伝説のフュージョンバンド・ネーティブサンの初代ベーシストです。

当時、若干27歳の小沢に対して、渋谷56歳、川端48歳。小沢が大人の懐に飛び込んで挑んだジャズトリオの楽曲は、小沢が楽しんでいるのが伝わってきます。そして、詩の内容はまさにフォークです。

流動体について

19年ぶりのCD発売で話題になった1曲です。発売日前日に、「言葉は都市を変えていく」というタイトルの全面広告を朝日新聞朝刊へ出稿。発売日2日後には、テレビ朝日のミュージックステーションへの出演を果たしています。

久しぶりの楽曲は、小沢最大のヒットアルバム『LIFE』の流を汲む曲調なので、90年代の小沢ファンにも受け入れやすい仕上がりです。オリコンチャートは初登場2位で、シングル自己最高タイ。シングルトップ10入りは、『大人になれば』以降初と、好調です。

先述の新聞広告も然り、アルバムデザインも小沢が手掛けましたが、小沢の脳構造の複雑さを感じます。アルバム背景の砂浜は、内容的には対局となる『大人になれば』を含むアルバム『球体の奏でる音楽』と同じモチーフですが、モデルが父から子へ変遷しているところに、小沢の遊び心を感じます。

ズバリ小沢健二の魅力は!?

なぜ?決して上手くないのに人を惹きつけるのか

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小沢ファンの批判を恐れずに言わせて頂ければ、小沢は決して歌唱力のあるアーティストではないと思います。また、ギターをはじめ演奏する楽器のテクニックも普通ではないかと。それにもかかわらず、多くのファンを魅了するのは、なぜなのでしょうか。

たとえば、複数のアーティストにカバーされている“今夜はブギーバック”を例にとってみます。宇多田ヒカルが歌うと元々ノリのいい曲がよりダンサブルになり深みがあります。Krevaの方が小沢よりも歌が上手く、洗練された感じがします。

それでも、小沢の“今夜はブギーバック”は、他のアーティストとは比べ物にならないほど、得も言われぬ味がありますが、小沢の飾らない等身大の表現力に、惹きつけられるのではないでしょうか。

溢れ出る言葉のシャワー!!

小沢は、シンガーソングライターですが、作曲よりも作詞を得意としていると思います。作曲については編曲も含め、誰か小沢をサポートする人がいた方がよいかと思いますが、作詞については、全く不要で寧ろいくらでも言葉が出てくるではないか?と思われます。

初めて“笑っていいとも!”に出演した時に、「蕎麦屋で歌詞が浮かぶことが多い」と語っています。思いついた言葉を箸袋の裏に書き留め、そのスペースに書ける2行ほどの短いセンテンスをつなぎ合わせて作詞しているといいます。

小沢の曲の特徴は、1小節に音符以上に言葉が詰め込まれているところです。最新曲の“流動体について”でも顕著ですが、その言葉は横文字ではなく漢字の日本語の言葉が詰め込まれています。そして、その言葉でリズムを取っています。

もはや吉田兼好の再来!?

日本三大随筆というと、平安時代の清少納言による『枕草子』、鎌倉時代の鴨長明による『方丈記』、同じく鎌倉時代の吉田兼好による『徒然草』を指しますが、小沢健二が書くものは、つれづれなるままに綴った日常であると感じます。

小沢は、現在ニューヨークを生活の拠点にしていますが、音楽活動を休止していた時期には、妻で米国人写真家のエリザベス・コールと一緒に、開発途上国も含め多くの国々を訪れ、ホテル住まいではなく、部屋を借りてその土地での暮らしを体験しています。

海外で生活するからこそ感じる日本、そして日本人としてのアイデンティティを昇華して、文字で表現しているように感じます。小沢の詩の世界観は、何気ない日常を切り取りながら、愛別離苦を普遍的なテーマとしているように思います。

小沢健二とは

『楽しむ』ということ

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いかがだったでしょうか。小沢健二を漢字一文字で表現すると「楽」ではないかと思います。「楽」は、音曲、かなでる、たのしい、たのしむ、の意味です。この場合、「楽な仕事だ」、「老後は楽に暮らせる」などのたやすいことや安逸なことではなく、「楽しむ」の方です。

1998年に、突然表舞台から消えた小沢健二。ソロデビューからの5年間は、日本の音楽業界が好調な時期だったとはいえ、2、3ケ月に1枚はシングルを発売し、その合間にアルバム制作やテレビ番組への出演と、まさにアイドルとしての露出だった気がします。

まともな人間なら、そのような生活が長く続くことはないでしょう。小沢が一切の音楽活動を休止し、国外逃亡した気持ちは、痛いほどわかります。創作活動が身を削る作業なら、アウトプットをするためにはそれなりのインプットが必要です。

小沢健二に今後期待すること

出典:http://hihumiyo.net

学ぶことが好きな小沢は、今後もたくさんのインプットをしていくと思います。そんな小沢の表現方法としては、決して音楽である必要はないのではないかと思います。既に現在もやっている表現方法ですが、エッセイや小説を書くといった、何かしらを書くことでかたちにするということが、合っている気がします。

“流動体について”のプロモーションで、日本テレビのNEWS ZEROに出演し、メインキャスターの村尾信尚と対談した際に、小沢は「投資して頂いていることに応えなければいけない」といった主旨の発言をしています。はたしてそれは、契約しているレコード会社に対することなのでしょうか。

小沢が「応える」対象が何なのかはわかりませんが、小沢の武器である『言葉』を使った表現方法は、必ずしも言葉を音に乗せる必要はないのではないかと感じます。

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