細貝萌は柏レイソルの守護神!若き俊英のプレースタイルや年俸など余すことなく紹介!

ドイツ・ブンデスリーガのシュツットガルトにいた細貝萌、2017年から柏レイソルへ電撃移籍が決定した。ずっと海外でプレーしていきたいと言っていた細貝がついにJリーグに帰ってきてしまったのは嬉しくも惜しくもある。そんな細貝が今どんな心境か、彼の系譜を追いながら解説していきたいと思う。

柏レイソルの守護神・細貝萌とは

シュツットガルトから柏レイソルに帰ってきた!



ドイツのブンデスリーガ、シュツットガルトから急遽電撃移籍したのはJリーグ柏レイソル。移籍が決まったのは2017年3月の後半だった。24歳でドイツに渡り約6年間MFとして活躍してきたが、悔しくも多国籍化するブンデスリーガの若手入れ替えの波に飲まれてしまった。

細貝萌と同様に一緒にヨーロッパのリーグに渡った選手はたくさんいたが、同じようにJリーグへ戻ってきた。いわゆる「都落ち」だ。原因は若手選手の入れ替えであるが、シュツットガルトは特に強豪国になってきたアメリカからも選手をとるほど入れ替えが頻繁だった。

しかし中村俊輔のようにスペインから横浜・Fマリノスに戻ってきて大きな飛躍を見せた選手もいる。細貝も気持ちを新たに柏で活躍してくれえるかもしれない。若手育成に力を入れるチームであるが、第5節サンフレッチェ広島戦で早くも試合に出て活躍し、いいスタートを切った。

細貝萌のデビューから現在まで

Training in Kashiwa😊⚽️🙌🏼

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細貝萌は全国大会優勝経験もある群馬県の名門前橋育英高校出身である。当時はトップ下で背番号10番をつけていた。その後特別指定選手として浦和レッツに入団し、天皇杯やU-22日本代表で活躍したことによってボランチとしての地位を確立した。

当時の浦和レッツは黄金時代。開幕当初はJリーグの「お荷物」なんて言われるほど最弱チームであったが2000年以降常勝を続け、05年にはACL優勝も果たした。今はないポジションだがデビューからブッフバルト監督に任されたボランチで地位を確立。

2010年の堤俊輔時代までもボランチセンターバックとしてキレのある守備とディフェンス力に裏付けられた視野の広さとパス力を見せた。この守備のうまさが評価されてドイツの切符を手に入れたのである。

ドイツ時代の細貝萌の活躍



ドイツでプレーできるほどサッカー選手にとって夢のような話はない。2010年12月、細貝萌はかねてからの夢であったドイツ、ブンデスリーガ一部、バイエル・レバークーゼンに完全移籍した。内2年間はFCアウクスブルクにレンタル移籍していた。

長谷部誠や内田篤人に加え、細貝萌もブンデスリーガで成功したと言える選手の一人である。2シーズン目には日本人選手で初めての最多出場になった。日本人びいきのドイツのサポーターに受け入れられたのは安定感のあるボランチ力

ドイツの堅固な名車を思わせる彼のディフェンスは次のヘルタ・ベルリンでも高い評価を得た。しかし後半から2016年のシュトゥットガルトまで幾たびの怪我に出会ったのが痛かった。小指の骨折と肉離れで出場機会を失い、結局2017年にドイツを去ることになってしまった。

細貝萌のプレースタイルは?

攻守にキレのあるのが細貝の強み

Hallo Freunde🔴⚪️🇯🇵🇩🇪🇹🇷 vor einige Tagen ist mein kleiner Zeh im Training gebrochen. Vor dem Spiel am Wochenende habe ich eine schmerzlindernde Spritze bekommen und konnte irgendwie 90 Minuten durchspielen. Aber wir, der Trainer, Mitarbeiter von der medizinischen Abteilung und ich, haben zusammengesessen und entschieden einige Wochen zu pausieren und dies auszukurieren. Wenn es gut läuft, wird es nicht allzu lang dauern. Ich werde noch größer und stärker zurückkommen. Das verspreche ich euch. 先日トレーニング中に右足小指を骨折してしまいました。昨日の試合は注射を打って90分間プレーする事が出来ましたが、ドクターや監督、スタッフの方々と話し合い数日間練習を休み治療に専念する事にしました。でも、あまり時間を掛けず復帰できればと思っています。復帰した時にまた強くなって来れるよう頑張ります!いつも応援ありがとうございます。 🔴⚪️Hajime Hosogai🔴⚪️ #urawareds#fcaugsburg#bayer04#herthabsc#bursaspor#vfb#stuttgart#hosogaifutsalplatz#germany#japan

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フォワードが上手くなるためにはディフェンスの頭がいる。攻めを理解してカウンターを防ぐのはドイツリーグのように激しく攻守の入れ替わるサッカーには大事なことだ。細貝萌はボランチだけでなく、オフェンスもできる優秀な選手だったために、チームに受け入れられた。

「ヘルタで明日を顧みないほどのプレーをしている」そうドイツのサポーターは彼のディフェンス魂を評価したが、彼の良さはちゃんと頭を使ってディフェンスしているところだ。ヨーロッパチーグのパスサッカーを理解しボールを長く持たず、素早く前へボールを送る頭の回転の速さがある。

そしてディフェンスに回れば闘志むき出しで相手を倒しに行く。日本人選手で海外選手にまともに戦えるフィジカルも持っているのは細貝特異の能力だ。ちゃんと残り時間を意識しながら自分の体力を計算して走り回るのも彼のプレーの特徴だ。

細貝萌は柏レイソルに入るのが夢だった!?

「この黄色いユニフォームを切れるのが嬉しい」柏レイソル移籍時に答えた細貝萌は小さいことからこのチームに入るのが夢だった。彼はすでに小学校の文集にその思いを書いていた。

柏レイソルといえば2011年J1リーグ優勝12年天皇杯優勝と日本サッカー界の長者として君臨し、海外からも注目されている古巣の名門チームである。強さは昔から変わらずファンに媚びないところにある。新進気鋭のクラブと違ってスタジアムの整備やグッツにお金を使わず、選手に投資することで有名だ。

細貝萌がそんなチームに憧れたのは言うまでもないことだろう。彼が子供の頃はちょうど海外監督の採用によってナビスコカップ優勝や鹿島と同等に戦うくらいのチームになっていた。若手選が多く試合に出ていたことも少年時代の彼には心に残ったことだろう。

妻はファッションモデルの中村明花!



細貝萌の奥さんは中村明花(なかむら さやか)というファッションモデルである。2011月3月10日、トルコ時代に結婚した。当時は王様のブランチでブランチリポーターとして活躍していたが、同年に芸能界を退き、トルコ時代2016年に第一子を出産した。

結婚を決めてから彼女は細貝とともにドイツに移住し、現地では日本料理教室を開いていた。料理の腕前はピカイチちゃんと調理師免許も持っているだけでなく、幼児食や薬膳に関する資格も持つデキるアスリート妻だ。よくあるマウンティング系アス妻とは大違いだ..。

そんな細貝の嫁さんの料理を食べたいと細貝家に足繁く通うのは内田篤人。彼はすでに台所を使いこなせるらしい。インスタグラムにはとてつもなくうまそうな料理が日々乗せられている。細貝萌のもっとも大切なサポーターであることは間違いない。

細貝萌の年俸推移をチェック!

昨日もまた皆から刺激を貰いました😉⚽️🔥🔥

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自身もモデル並みのルックスを兼ね備えて、雑誌の取材やテレビなどメディア出演も大きな反響を呼ぶイケメンサッカー選手だがもちろん選手としての年俸もすごい。なんせブンデスリーガの平均年俸は1億5000万だからだ。そんな彼の年俸推移はどうだろう。

2010年浦和レッズでは日本代表に選ばれていたが年俸は2000万。チーム内では10番目だった。2011年FCアウグスブルク入った当初は1億3000万。一年ごとに増収していく仕組みだったので全盛期は2億2400万と一気に拡大。

2013・2014・2015のヘルタ・ベルリンでは3億1000万であった。一時浦和移籍が囁かれたシュツットガルトでは公表されていないが大きく減額したことは明らかだ。浦和レッズでの年俸はこれからどうなるだろう。おそらく5000万円以内ではないかと思われる。

逆境を乗り越えて戦え!細貝萌!

Thank you for this Picture🙌🏼やたら笑顔なんだけど何を話していたんだろう…全く覚えてない😅

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海外で評価される点は個人的な技術どうこうではなく、試合に出てどれだけ貢献したかである。細貝がヘルタ以来怪我で出場すらできなかったことはかなり大きかった。技術は落ちていない。それどころかうまくなっている。

求められているのにシュトゥットガルトでも怪我をしてしまったのが痛かった。出場できないんじゃなかなか評価はされにくい。2016年に若手選手に出番とポジションを奪われたのはそんな不運が続いたからだ。守備ならどこでもデキるが、移籍した選手がすでにカバーしており穴は見つからなかった。

リハビリが長く続いたこともあって2017年は変化の年にしようとしていた細貝萌が自身の復活を日本に決めたのは正しい決断だと思う。Jリーグでの活躍は十分期待できる潜在的能力のある選手だからである。

今後細貝萌は柏レイソルで活躍していく!

筋力測定👍🏼Back to work😉😉😉⚽️ #urawareds#fcaugsburg#bayer04#herthabsc#bursaspor#vfb#stuttgart#hosogaifutsalplatz#turkey#germany#japan

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2017年移籍決定期間終了間際に柏レイソルが細貝をオファーしたのは、きっと以前から狙っていたからだろう。ちょうど30歳。日本復帰を狙ってJリーグ全体では海外選手の獲得に焦っていたところ、細貝を誘ったのいいタイミングであった。

オファーされたということはこれからもまだまだ活躍する余地があると踏んだから。2017年連敗中の柏レイソルにとって守備の補強が必須であった。細貝を入れておけばセンターからサイド、どこでも応用でき、若手選手を支えることもデキると考えたのだろう。

しかし怖いのが怪我の再発である。稲本が2017年3月に怪我を再発して半年以上復帰を先延ばししたばかりだ。細貝のブンデスでの怪我のリハビリを終えてコンディションを整えたが、若手選手との練習試合で勢いを感じたという細貝がまた焦って怪我をしてもらいたくない。怪我さえしなければ彼はきっと2017年に活躍するあろう。