【酒井宏樹】マルセイユでも高評価!その超絶テクニックと謙虚すぎる人物像に驚愕!

「本物の戦士」マルセイユでそう呼ばれる酒井宏樹はフランスリーグで二人しかいない日本人選手の一人だ。日本で散々見せてくれた天才的なクロスボールはマルセイユでも健在。3月のモナコ戦では彼らしいアシストを見せてくれた。彼のそんな超絶的なテクニックは一体どこから来たのだろう。彼の歴史を紐解いてみる。

マルセイユのおでんくん、酒井宏樹とは



リリーフランキーの描いた温情的なキャラクター「おでんくん」に似ていることからおでんくんとあだ名される酒井宏樹は現在フランスリーグ・アン、マルセイユでプレーするサッカー選手である。おでん屋で社会に疲れた社会人の話を聞くおでんくんさながら温厚ですぐに謝る一面もある。

しかしピッチの上では正反対。その野生的であり余るエネルギーを相手にぶつける姿は海外で十分すぎるほど通用するフィジカルを持った優秀なディフェンダーである。海外へ移籍してからは敵の心理を読む駆け引きもデキるように成長している。

もちろん得意のクロスボールも健在だ。日本人の移籍経験のなかったフランスリーグで酒井が通用するのかという懸念があったが、振りの少ないクロスボールの華麗さがそんな評価を忘れさせた。

酒井宏樹のデビューから現在まで

柏レイソルの黄金時代にのった少年時代



酒井宏樹がサッカーを始めたのは兄の影響であった。当時はサッカー選手を目指していない純粋なサッカー大好き少年。柏レイソルのジュニアチームに入ったのは小学校3年生の頃、始めは全然試合に出れなかったという。

それもそのはず柏レイソルはプロ同様ジュニアユースも相当強いクラブであった。名将吉田達磨監督の下、初めてディフェンダーとして活躍し始めた中学生の頃は柏レイソルの黄金時代であった。同期にはすでに海外も経験していた工藤壮人、のちにスペインリーグで活躍した指宿洋史(いすぶきひろし)など才能のある選手たちがたくさんいた。

彼のように背の高い選手が選ばれがちなサイドバックに転向したのはもともと攻めの選手だった酒井に活躍の場を少なくさせた。しかしクロスボールでアシストを決めてから彼の本当の才能は発揮されたのだった。これが彼のサイドバックのルーツである。

活躍を見せたのは2011年の柏レイソル時代



よく謝ることで有名な選手と書いたが、その原因はミスがあまりにも多いことにある。プロになって入った柏レイソルで20歳前後の酒井宏樹は活躍するよりも怒られ続けることが多かった。しかし2011年を機に、急遽日本を代表するトッププレーヤーに昇格した。

そのきっかけは再びユース時代と同じサイドバックを任されてから。プロになってから彼はセンターバックをやっていたが、プレッシャーから解放された為かクロスのアシストや反対サイドのレアンドロ・ドミンゲスとの連携がうまくいき、チームをJ1優勝に導いた。

Jリーグベストイレブンベストプレーヤーを獲得し、日本代表にも出場した。これほど急に活躍を見せたJリーガーはあまり見たことがなかった。兼ねてから願っていた海外移籍はその1年後に早くも訪れた。

海外での彼の評価は?

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2012年に移籍を決めたのはドイツのブンデス・リーガのハノーファー。本当は他にもいくつかオファーがきていたが、酒井がこのクラブを選んだのは持ち前の謙虚さの為だろう。自分が通用するクラブであったことと、日本人びいきしてくれるドイツの雰囲気を気に入ったのだ。

クラブユースで育った選手にありがちなことだが、酒井宏樹もさっそくクラブの戦術の違いに苦労を強いられた。彼がようやく活躍できたのはレバークーゼー戦の初アシスト。2012・2013は出場機会が少なかったので、このアシストはドイツサポーターを熱狂させた。

2シーズン目からようやくレギラーに定着。ドイツ代表のオリバー・ゾルクが来てもポジションを守ることができた。移籍前に経験していたブラジル留学が彼に海外でのメンタルを育てたのも功を奏したのだろう。しかしチーム降格とともに結局4年の契約は切れてしまった。次に拾われたのが現在のマルセイユなのだ。

酒井宏樹のプレースタイルと「高速クロス」とは?



酒井宏樹のプレースタイルはなかなか特異なものがある。優秀なディフェンスというよりはオフェンスよりのDFといった感じだ。その根拠は彼の天才的なクロスボールにある。ミスの多い選手であるが、ここぞの時にカウンタークロスで取り返すのが印象的だ。

蹴り方も独特で、つま先を外側に開き、膝を高く上げるのである。これは弾丸ライナーを打つ時と似ているが、つま先を動かして飛距離を調整するためと、蹴る振り幅を小さくするためだと思われる。敵に気がつかれる前に素早くクロスを入れるので、かなりの確率で速攻を成功させる。

またブラジルへ留学する前はあまりメンタルのある選手でなかった。試合中も集中力を欠いた場面がよくあり怒られていた。センターバックで成果を出せなかったのもそんなところからきているのだろう。なのでサイドバック、主にクロスで能力を発揮するタイプである。

超謙虚!酒井宏樹の意外な人物像!

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おでんくんの愛称で親しまれるだけあって、チームからゴリラと呼ばれたりいじられたりする一面がある。最近の若者らしい謙虚さで日本代表でも人気者である。ハノーファーでは清武選手と一緒に試合に出場しており、プライベートで仲も良かった。

よく内田篤人と比較されるが、内田は可愛い顔をして意外と心の中では負けず嫌いなところがあり、熱さはないのに堂々としているところがある。一方酒井宏樹は見た目と裏腹に超謙虚であり、よくザッケローニ監督から謝るなと指摘を受けている。

フランスマルセイユに移籍してからも彼の謙虚ぶりは健在で、チームや監督から「謙虚の酒井」と呼ばれている。おそらくそのプレースタイルのとのギャップがフランス人を感心させたのだろう。表も裏も堂々としているフランス人には酒井の二面性に驚きだったに違いない。

酒井のプレーは海外でも高評価!



フランス語がまだあまりうまくないが、フランスマルセイユでも徐々に評価されている酒井宏樹である。評価の理由は彼の目覚ましい成長ぶりである。彼はフランスに来て新たなプレースタイルも手に入れた。

それまでクロスが彼の見せどころだったが、マルセイユではサイドバックとしても評価されている。相手を読む心理分析やフランスリーグ特有の隙をつくオフェンスの動きを見抜いたりできるようになったので、ミスで裏を取られることもなくなった。

そして彼が期待されているのは30近くになっても体力を残しているところである。ピッチでよく走る彼の姿はまだまだ伸びしろ感じさせ、諦めない勇敢な戦士としてフランス人の熱い精神に通じるものがあったのだ。

酒井宏樹の年俸推移は?

ドイツハノーファー2012と2013年の不調が目立ったがブンデスリーガは高給で有名なクラブである。酒井宏樹はドイツで4年経験したがその年俸の推移はいかなるものだったのだろうか。

浦和に入った時は300万で、日本代表に選ばれるなどして活躍してから1200万に上がった。ドイツへ移籍した時は一気に1億1000万に跳ね上がった。移籍金は1億8000万であったから、この急な環境の変化にはかなり驚いたことだろう。

やはり2012・13は9000万まで下がってしまっていた。しかしレギラーに定着した2015年は1億2000万にまで戻った。ドイツトップ選手たちと比べるとまだまだだが、フランスでの活躍でこれからもっと上がるかもわからない。

酒井宏樹、ついに結婚!

男と映っている写真しかないので酒井宏樹が結婚していたことには驚いた。なんとお子さんも生まれている。結婚したのは2014年、ドイツから日本と柏レイソルのファンに向けて正式な発表があった。

お相手の名前がきになるところだが、実は名前を公表していない。それどころかどんな人と結婚したのかもわからない。しかし子供が生まれたのは2015年でごく最近、このことから予想するに、おそらく結婚はできちゃった婚だったのだと思う。

お相手の方は日本人で、ちゃんとした方のよう。ドイツまで応援に来て、食事や精神面のサポートも行っていたらしい。噂では美人だというが、是非写真を見てみたいものだ。

謙遜の酒井はまだまだ止まらない!



酒井宏樹はフランスマルセイユでこれからどんな活躍を見せてくれるのだろうか?彼がクラブでさらなる活躍をするきっかけを作るのは、やはり語学の上達とコミュニケーションだと思われる。

現在はリュディ・ガルシア監督と英語をコミュニケーションをとっていて、チームとは片言で会話しているという。ディフェンダーなのでチームのコミュニケーションは重要だ。攻撃能力もパスも的確なので、言語能力が追いつけばチームでも大きな存在感を得るに違いない。意外に重要なのである。

監督はそんな酒井宏樹を実は絶賛している。きっかけはやはり彼のアシスト能力のおかげだろう。右サイドバックとしてレギュラーを定着させたのも、酒井が徐々に監督に気に入られ始めたからだ。2017年、酒井宏樹は間違いなく飛躍するに違いない。