ドルトムント香川真司がついに移籍?欧州での評価や最新情報を徹底追跡!

ドイツブンデスリーガのボルシア・ドルトムントに所属する香川真司選手。Jリーグから欧州に渡って7年目となるシーズンを過ごしている同選手ですが、再び移籍の噂が出ているようです。そこで、香川選手のキャリアを振り返りつつ現状についてまとめてみました。

香川真司のプロフィール

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香川真司選手は1989年3月17日生まれの28歳。ポジションはミッドフィールダー、所属はボルシア・ドルトムントです。香川選手がボールを蹴り始めたのは幼稚園の頃、地元神戸のマリノFCで本格的にサッカーの練習を始めました。

中学校に入学すると同時に親元を離れて宮城県へのサッカー留学を決意。FCみやぎバルセロナのジュニアユースに所属してプレーしました。やがてその才能は注目され始め、U-15日本代表にも選出されるほどに。とは言え、この時点では世代を代表する選手という評価は受けていなかったようです。

2004年に宮城県黒川高等学校に進学すると、高校1年生で日本クラブユースサッカー選手権大会に出場、次いでU-18東北代表に飛び級選出、国際ユースサッカー大会ではMIPに選ばれるほどの活躍を見せます。この頃からサッカー関係者の間で高い評価を受けるようになったと言われます。

香川真司の移籍遍歴!栄光と挫折のキャリアを総まとめ

セレッソ大阪時代

さて、いよいよ頭角を現し始めた香川選手は2006年にセレッソ大阪に入団します。この時点で香川選手はまだ高校生。高校卒業前の選手がJリーグのプロクラブと契約を結んだ例はこれが初めてのことでした。そうした経緯もあり、多くのファンから注目を集めながらプロサッカー選手香川真司のキャリアはスタートすることになったのです。

プロとしてのキャリアをスタートさせた香川選手でしたが、プロ初シーズンとなる2006年は全く出場機会を得られませんでした。香川選手はこの挫折に苦悩したようですが、それでも腐らずにひたすら努力を続けたそうです。その甲斐もあり、翌2007年のシーズンには当時のレヴィー・クルピ監督によってその才能を見出され、攻撃的MFとしてレギュラーに抜擢されました。

香川選手の快進撃はここから始まり、リーグ戦での飛躍と同時にU-20W杯にも飛び級で選出され、その非凡な攻撃的センスを思うままに発揮したのです。翌2008年のシーズンもその勢いは止まらず、リーグ戦では35試合に出場して16得点を記録。明けて2009年はそのセンスに更に磨きがかかり、プロ入り初のハットトリックを記録するなど得点を量産。27得点を記録してJ2得点王に輝きました

この才能を国内外のクラブが放っておくわけがなく、数多くのオファーが持ち掛けられたようです。それでも2010年のシーズン開始時点ではJ1に昇格したセレッソに残留して11試合で7得点を記録しました。しかし同年の夏、ついにドイツブンデスリーガの名門ボルシア・ドルトムントへの移籍を決意。Jリーグでは通算55得点を記録し、日本を代表する若きタレントとして欧州へ渡ることになりました。

第一次ドルトムント時代

ドルトムントには各国からトップレベルのタレントが集結しており、Jリーグからやってきた得体のしれない日本人である香川選手が主力に定着すると予想した人は皆無でした。現地メディアには香川選手の体格の小ささを揶揄する声もあり、その期待値は極めて低いものであった言えるでしょう。しかし、当時ドルトムントを率いていたユルゲン・クロップ監督は香川選手の才能を見抜きました。

そして香川選手は与えられたチャンスを次々とものにしていくことになります。ブンデスリーガ第3節のヴォルフスブルク戦で初得点を記録すると、次節のシャルケとのルールダービーで2得点を挙げたのです。その勢いは全く衰えることが無く、リーグ前半戦17試合で8得点を記録し、リーグ最高レベルの攻撃的ミッドフィールダーという評価を確立しました。

しかし好事魔多しと言うべきしょうか。日本代表戦のアジアカップで負傷してしまい、シーズン後半戦を棒に振ってしまいます。それでもドルトムントは9シーズンぶりの優勝を果たし、その快挙に大きく貢献した香川選手を讃える声は止まるところを知りませんでした。結局、欧州初シーズンは全28試合に出場して12G2Aを記録。この小さな日本人選手を嘲笑う者はもはや誰一人としていませんでした。

さて、いきなり大きな結果を残した香川選手。2年目の2011-12シーズンも開始から大爆発…とはいきませんでした。ブンデスリーガのライバルたちは香川選手のプレースタイルをしっかりと研究していたのです。更には代表戦での故障の影響もあり、ついには出場機会を失うことになってしまいます。しかし、ここで終わらないのが香川真司という男です。

シーズン半ばの11月から結果を出し始めると、その後は怒涛の勢いでスコアポイントを積み重ね、チームの快進撃を牽引していきました。そしてドルトムントはリーグ戦2連覇を達成し、香川選手も今度は歓喜の瞬間を同僚達と共に迎えることが出来ました。更に、DFBポカール決勝戦でバイエルン・ミュンヘンを迎えた香川選手は1G1Aを記録し、チームも5-2で完勝したのです。

こうして香川選手の欧州2シーズン目は、国内二冠、全43試合に出場して17G14Aという素晴らしい結果となりました。そんな香川選手に各国の名門クラブからオファーが続々と届いたのは言うまでもありません。その中から香川選手がステップアップの舞台として選んだのはアレックス・ファーガソン監督が率いる名門マンチェスター・ユナイテッドでした。

マンチェスター・ユナイテッド時代

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マンチェスターユナイテッドでのキャリアは前途洋々とはいきませんでした。加入早々に左ひざの怪我に見舞われ、またチーム内の競争にも晒されて思ったほどの出場機会は得られなかったのです。それでも少ないチャンスを活かし続けた香川選手は着々と数字を積み重ねていきます。

3月2日のノリッジ・シティFC戦ではプレミアリーグにおいてはアジア出身選手初となるハットトリックを達成。チームも順調に勝ち点を重ね続けて2シーズンぶりのリーグ優勝を果たし、香川選手は3年連続でタイトルを獲得するという快挙を達成します。自身も最終的には全26試合に出場して6G6Aというまずまずの成績で終えることができました。

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しかし、ユナイテッド2年目に香川選手のキャリアは暗転します。ファーガソン監督が退任し、新たにデビッド・モイーズ監督が就任するとチーム改造の嵐に巻き込まれることになったのです。新監督の信頼を得られない香川選手の出場機会は思うように増えず、出場しても数字を残すことが出来ない日々が続きます。チーム成績も低迷し、前年の優勝チームとは思えないほどの醜態を晒し続けました。

結局モイーズ監督は解任され、チームは25年ぶりにヨーロッパのカップ戦出場権を逃す結果になりました。香川選手の成績も渡欧以来最悪と言えるもので、終盤こそ出場機会が増えたものの、30試合に出場して0G4Aという結果に。そして迎えた3シーズン目。新たにルイス・ファン・ハール監督が就任すると、香川選手は実質的な戦力外通告を受けることになります。

第二次ドルトムント時代

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香川選手の去就を多くのメディアが取りざたしましたが、結局は”古巣”のドルトムントへの復帰が決定しました。ユナイテッドで過ごした2シーズンは香川選手にとって厳しい結果に終わってしまったと言えるでしょう。一方、ドルトムントのサポーターは2連覇の立役者である香川選手の復帰を大歓迎しました。

復帰初戦にいきなり初得点を記録。まさに王の帰還であるとドイツメディアにも大きく書き立てられました。幸先よく再スタートを切ることができた…と思われました。ところが、その後はこれといった結果を残せない日々が続きます。更にはチームそのものも連敗を重ね、一時は最下位にまで落ちてしまいます。当然ながら香川選手への風当たりは強く、クロップ監督との関係悪化も取りざたされました。

We won the derby???

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それでも香川選手は後半戦に向けて尻上がりに調子を上げ、チームも7位で踏みとどまることが出来ました。とは言え、チームの低迷を受けて恩師クロップ監督の退任が決定。決勝まで勝ち残っていたDFBポカールも準優勝に終わるというほろ苦い結果に終わりました。香川選手個人の成績も39試合に出場して6G10Aという物足りないものでした。

そしてドルトムント復帰2年目。チームは新たにトーマス・トゥヘル監督を指揮官として迎え、再び再編期へと入りました。その中で香川選手は最終的に46試合に出場して13G13Aという数字を残しました。2年目にはまずまずの成果を得たと言えるでしょう。

そして復帰3年目となる今シーズン。今年こそ完全復活を期していた香川選手ですが、いざシーズンが始まってみると予想もしない苦しい展開を迎えることになっています。

香川真司、欧州における選手としての評価は?

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香川選手は渡欧してから7年で通算60G55Aという数字を残しています。こうした実績から欧州有数の攻撃的ミッドフィールダーであるとの評価を得ています。第一次ドルトムント時代には2年連続でキッカー誌のベスト11に選出され、2011-12シーズンにはヨーロピアン・スポーツ・メディアが選ぶ欧州ベスト11にメッシらと共に選出されています。

ドルトムント復帰後はやや評価を落としたものの、2015年にはCIES(国際スポーツ研究センター)発表のポジション別ランキングで攻撃的MFの8位に位置づけられました。これは欧州全体の選手が対象となっており、香川選手の能力に対する評価が揺らいでいないことを示したものと言えるでしょう。

また、試合ごとのベスト11に選ばれた経験は数知れず。特に第一次ドルトムント時代にはたった2年間で15回もキッカー誌のベスト11に選出されています。復帰後もMOM級の活躍を見せることは少なくなく、キッカー誌やビルト誌のベスト11には度々香川選手の名前が登場します。

2016-17シーズンの香川選手

2016年、まさかのベンチ要員降格

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2016年、完全復活を期していた香川選手ですが、シーズンが始まってみると思いもよらぬ展開が待っていました。シーズンオフに複数の主力選手が移籍したドルトムントは補強を行い、特に香川選手と同じ中盤に新メンバーが加えられました。これによって香川選手は激しい競争に巻き込まれることになったのです。

ラファエル・ゲレイロ、マリオ・ゲッツェといった各国の代表選手との競争は激しく香川選手は厳しい立場に追い込まれます。それでも開幕時にはスタメンの座を掴んだのですが、更に悪いことに、香川選手は8月末の代表戦で右足首を負傷し、後に骨挫傷を起こしていることが判明します。

これが決め手となり、ついに香川選手はベンチに追いやられることになりました。2016年中のリーグ戦先発出場はたったの3試合にとどまり、全く出場機会を得られない時期が続きました。

2017年、一転して評価が急回復!

しかし、香川選手はまたしても息を吹き返します。2017年に入ってもなかなかスタメンの座を掴めないでいた香川選手でしたが、チームに故障者が続出し始めた3月についに風向きが変わります。久々に先発起用されたヘルタ・ベルリン戦でチーム内最高評価を得る活躍を見せたのです。

その後はカップ戦も含めて5試合連続のスタメン出場を果たし、その全試合で高評価を得るという驚異的な活躍ぶり。この不死鳥のような復活には誰もが驚きを隠せませんでした。そしてチャンピオンズリーグ準々決勝第1試合のモナコ戦にも先発で起用されることになったのです。

試合前日にテロリストによってチームバスが襲撃されるという前代未聞の事件に遭いながらも、香川選手は1G1Aという獅子奮迅の活躍を見せ、UEFA公式のベスト11に選出されました。まさに驚異的な復活劇と言えるでしょう。

香川真司の年俸と移籍金の推移を追跡!

出典:https://ja.wikipedia.org

セレッソ大阪時代の最高年俸が2800万円第一次ドルトムント時代の最高年俸が150万ユーロマンチェスター・ユナイテッド時代の年俸が300万ポンド、そして第二次ドルトムント時代の年俸が250万ユーロであると言われています。

お次は移籍金ですが、セレッソ大阪からドルトムントへ移籍する際の移籍金は僅かに35万ユーロでした。しかしドルトムントからマンチェスター・ユナイテッドへ移籍する際には1600万ユーロに跳ね上がっています。ドルトムントへ復帰する際には800万ユーロへと減額されていますが、それでもセレッソ時代のことを思えば巨額のお金が動いていることが分かります。

今現在の香川選手の市場価値はおよそ1300万ユーロと見られており、言うまでもなく日本人選手の中では最高額となっています。香川選手は日本を飛び出て夢を掴んだと言っても良いでしょう。

残留か、それとも新天地を求めるのか(まとめ)

激動の今シーズンを過ごしている香川選手。実は今、その去就について様々な憶測が囁かれています。出場機会を失っていた時期には放出候補だとドイツメディアに報じられましたが、レギュラーに復帰してからは残留も有り得るとの報道が出てきました。香川選手とドルトムントとの契約は2018年の夏までであり、今夏には移籍か契約延長のいずれかを選択する可能性が高いからです。

現地のドルトムントサポーターには残留を希望する声も多いようですが、現時点でドルトムント側と香川選手の間では延長交渉は行われていないようです。一方、香川選手が移籍を希望しているという情報も無いため、全く不透明な状態にあると言えるでしょう。

実は香川選手の代理人はめったに移籍についての情報を表に出さない為、ギリギリまで分からない可能性が高いのです。以前にユナイテッドへ移籍した際も最後の最後まで残留か移籍か不明でした。

憧れのリーガへ移籍か?それともプレミア復帰?

香川選手の去就について、いくつかの報道からその動向を予測することはできます。第一に、香川選手はスペインサッカーに強い憧れを抱いているということです。

かつてはバルセロナ入団を目標にしていると公言していたこともあり、チャンスがあれば挑戦する可能性があると言われています。

第二に、香川選手がプレミア再挑戦の希望を抱いているのではないかということです。香川選手の移籍金や年俸は決して安いものではなく、それを満足に払えるのはプレミアリーグのクラブしかないのではという見方があります。
また、香川選手自身がプレミアリーグをテレビ観戦していることを明らかにしており、こちらも可能性としては捨てきれません。

最後にドイツ国内での移籍に関してですが、これは移籍金や年俸の面から難しいのではないかと言われています。また、セリエAへの移籍についても可能性としてはかなり低いでしょう。
いずれにせよ、今夏の香川選手の動向からは目を離せません。