【ジネディーヌ・ジダン】選手から監督に!史上最高のプレーヤー波乱の半生!

2006年FIFAワールドカップでマテラッツィ相手の「ジダン頭突き事件」で有名なジネディーユ・ジダン。2016年からはレアルマドリードで監督にも就任し、早速クラブを優勝に導くなどの活躍を見せている。今後も監督として大きな活躍を見せること確実な生きる伝説ジダンについて改めて振り返って行く。

ジネティーヌ・ジダンとは



ジネディーヌ・ジダンといえばあの2006年の「頭突き事件」を引き起こした元フランス代表のサッカー選手である。2016年にはレアルマドリードの監督に就任し、その半年後の5月にUEFAチャンピオンズリーグを達成した。

「名選手は名監督ならず」の格言を破り、チャンピオンズリーグの優勝に加え、年間名監督候補、そしてクラブ無敗記録を打ち出したまさに飛ぶ鳥落とす勢いである。指導経験がないながらその多彩な戦略は選手時代のあの器用で抜け目のない姿を思い出させる。

自身アルジェリア移民の二世として生まれ極貧の少年時代を送ったジダンは、バイタリティからテクニックから体格からそれまでのサッカー選手の枠を超えた意想外な選手であった。そんな彼の桁違いな選手時代の成績を振り返ってみよう。

ジダンの選手時代の成績は?

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14歳で親元を離れ16歳でプロになったジネディーユ・ジダンが才能を見せたのはその3年後、地元フランスで1991年にプロ入り初得点を決めて「ディビジョン1で最も才能に恵まれた選手」と呼ばれるようになった。

それまで古株選手を重点的に起用していたASカンヌでジダンは出場機会にも恵まれておらず、コツコツ成績を重ねて行ったので頭角を表すのに3年もかかったが、次にFCジロンダン・ボルドーへ移籍してからの成長はめまぐるしかった。

守備よりのMFとしてプレーしていたにもかかわらず35試合中10得点をあげその年の最優秀選手に選ばれた。各クラブが移籍獲得に乗り出し始めたのがこの頃から。わずか21歳の時である。続くUEFAカップACミラン戦で見せたプレーがユベントスの経営陣の目に止まり、「プラティニの後継者を見つけた」と言われるようになった。

ビッグクラブへ移籍



1996年についにユベントスに3500万フランで移籍。あの強靭な肉体はメディカルコーチの指示でこの頃から作られ始める。自身初のタイトル、インターコンチネンタルカップで優勝を果たした。98年にはバロンドール(欧州最優秀選手賞)も受賞するほど勢いは止まらない。

しかし念願の97年、98年のチャンピオンズリーグではタイトルを得られず決勝で敗退。背水の陣で呼ばれたのはレアルマドリード。この会談、実はレアルの会長からレストランのナプキンで「レアルに来たいか?」と誘われたらしい。

即答でイエスと答えたジダンの移籍金は8000万フラン。ロベカルにフィーゴと伝説的な選手の揃ったレアルはまさに黄金期。ついに念願のUEFAチャンピオンズリーグ制覇を果たしたのである。ジダンはフランス最高栄誉レジオン・ドヌール勲章も授かった。

ジダンの監督就任から現在まで

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全盛期を過ぎたジダンは100キロでガードレールにぶつかる自動車事故や、頭突き事件フランスの代表の低迷や代表辞退と、かつての活躍を曇らせる不調が続いており、メディアは彼の出生のの秘密や人種差別のような扱いも受けた。引退後に監督になった時もあまり歓迎されていない。

しかし監督としてのスタート、コルーニャ戦で勝利を飾るとそれを皮切りにかつてタイトルをとった懐かしきUEFAチャンピオンズリーグでASローマを破り、なんと半年もたたずに優勝に導いた。選手としても優勝しているので彼は歴代7人目の快挙となった。

2017年では国王杯は逃したものの、リーガ優勝も果たしている。まさに飛ぶ鳥落とす勢い。監督としてもすごかったとあって再びレアルの期待値を高めた。選手時代に似て攻撃的なサッカーを目指すジダン、ますますスペインリーグが楽しくなってきた。

頭突きにドア破壊!?ジダン驚愕の人となり!



未だに何かと話題にされているジダンの頭突き事件。ジダンを知らない人でも「頭突きの人」といえば大抵わかってくれるのではないだろうか。私の周りでも何かと頭突きをするのが流行っていたが、頭突きしたのにもそれなりの理由がちゃんとあった。

2006年ドイツワールドカップで頭突きした相手はマテラッツィという人物は実はとんでもない悪童。身体中に刺青を入れまくっていることでも有名だが、とにかく口が悪い。試合中もジダンを徹底マークしながら悪口を言っていたんだとか。

決定打となったのは「お前の姉より娼婦の方がましだ」という一言。出生事情も囁かれていたジダンはたぶん相当怒ったのだと思う。彼は怒ると手をつけられなくてトイレのドアを壊した経験もあるため、そうした気性に漬け込んだ試合中のよくある挑発のつもりだったのだろうが。

史上最高のプレーヤー!ジダンの評価が凄い!

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伝説のサッカー選手ペレは「昔はマラドーナ、今はメッシ」と言っていたが、今は「メッシよりジダン」と言っている。誰が世界最高かと言われれば後期の活躍を加味すると異論はありそうだが、間違いなくジダンは最高のプレーヤーだ。

ロナウジーニョは彼をアイドルと評価しているが、その訳はおそらくあのチャンピオンズリーグ・レバークーゼン戦で見せた華麗なボレーシュートのおかげだろう。左サイドのセンタリングから受けた山なりのボールのボレーシュートは史上最高と評価されている。

コントロールやパスだけでなく、こうした悪条件を生かして、いわゆる魅せるシュートを打つのもジダンの魅力である。この後にクラブ創設100周年、そして欧州制覇を果たしたのも歴史的なプレーになった所以である。

ジダンが披露した神業の数々!

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ボレーシュートもそうだがジダンは実に多彩な選手であり、この他にも神業をたくさん残している。ボールコントロールやトラップのうまさ、フェイント、こうした数字にでないところで活躍しているジダンのプレーを数値化したら一体どれほどの選手になるのか。

ペレが魔法使いと呼ぶだけあってテクニックの宝庫。ロナウジーニョとどっちが比べても、ジダンが上と答える人が多いのではないだろうか。一番有名なのはマルセイユルーレットではないだろうか。かつてはマラドーナが、今はメッシがやっている技である。

もちろん一番の使い手はジダンだろう。バスケに似たような体回しでくるっと一回転で相手を抜く。これをジダンはどうやら好きみたいで時に二回も連発でこれを繰り返す。もはやフェンントではないような気がするがちゃんと抜いているからすごい。

ジダン、ついに引退?



ジダンが引退したのは2006年ワールドカップ。ジダンもそろそろ引退だろう、と囁かれる前に引退を表明してので、サポーターの方はなんとなくしっくりこない終わり方だった。あと2年はやれただろうと実際ジダン本人は言っていた。

ビッグマッチ前にアドレナリンを温存するため、と当時は言っていたが、本心はきっとW杯であまり活躍しなかったことと、06年に取り上げられた人種問題のせいだろう。いわゆるジダンの頭突き事件だが、実はあの悪口は読唇術でメディアが読み取ったものだ。

マテラッツィは自体を知らずいつもの挑発のつもりだったが、当時ジダンの母は病気で入院しその後 亡くなっていた。プロ入りの後押しをしてくれた母の死を経験し、ジダンが06を人生の節目としていたのかもしれない。

ジネティーヌ・ジダンはまさにリビングレジェンド!

Una tarde de fútbol muy especial en Madrid con @adidas_ES y las nuevas #ACE17. #NeverFollow ZZ.

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選手として一番いい時に終わり、監督としても再び最高の評価をえているジダン。彼はこれからどんな活躍を見せてくれるのだろうか。ジダンはなかなか終わらない、まさに生きる伝説である。このジダンの秘密はひとえに人情味があることだろう。

貧しい少年時代、絵に描いたような成り上がり、そして時にカッとなるジダンの問題性。そうしたすべての要素がジダンの魅力をいつまでも輝やかし続けるのだろう。監督になった今のジダンは「思いやりのある人物」として選手から厚く受け入れられている。

普段は冷静でエゴを出さない性格のジダン。2016年から話題になっているハメス・ロドリゲスの移籍騒動もジダンがいなければ深刻になっていただろう。選手を平等に扱い話し合いで綺麗に解決していく彼の知的な部分もこれから大きな成果を生むことだろう。

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