田中角栄の名言20選!成功と転落が産んだ格言に震える!

近年では、「田中角栄」という名前を聞いたことがない方も多くなったと思われるのですが、戦後の日本の政治家の中でも人間的に光る何かを持った方でした。お金にまつわる様々な問題を沢山抱えていた人でもあったのですが、沢山のお金を集め、使う事が出来たある意味男気がある面倒見のいい政治家でもありました。そんな田中角栄元首相が亡くなられてすでに23年が経っているにも関わらず、今もなお人の心を惹きつけて離さない先生の名言の数々をご紹介いたします。

「闇将軍」や「今太閤」などと呼ばれていた田中角栄!

彼の名言の数々は言葉の裏に隠された人としての魅力が紐解いていく。

新潟県の農家に次男に生まれた田中角栄氏でしたが、幼い頃は貧困だったそうです。彼は、小学校時代から勉学に優れ、学級長やらをしていて高等小学校の卒業式では総代として答辞を読んだそうです。幼い頃から人間的魅力に溢れたひとだったのかもしれません。

そんな彼は内閣総理大臣(第64・65代)を二度務めました。その後、様々な金銭的な事件で昭和58年に実刑判決が言い渡されました。しかし、その2か月後の総選挙で新潟3区にて出馬し、22万761票という驚異的な票を取り当選を決めました。あれだけの事件で実刑判決が言い渡されたにも関わらず、それでもなお人々の信頼を得ていたのはとても驚きです。

実刑を受けたにも関わらず、国民に愛された理由やその真相は、彼の懐の大きさと優しさ、そしてとかく自分の私利私欲のためになりがちな他の多くの政治家とは違い?、彼のこれからご紹介する名言と呼ばれるもののように、弱いものに対して優しさや思いやりを持つ事、そして何よりも国のためだけではなく、国民のための政治が出来た人として魅力溢れる人だったからかもしれません。

これからご紹介する名言と言われている数々の言葉の中から何かを感じ取っていただけたらいいと思います。そして、「努力、努力。努力と根気と勉強。こういったものが、運を捕らえるきっかけになる。」という彼の言葉の重みをも感じていただけたら嬉しいです。

人間田中角栄の魅力溢れる名言20選!

君達ね、自分の置かれている立場を有り難てェことだと思わんとダメですよ。寝言を言ったり不満ばかり言っている奴は、人生終わるまで不満を抱き続ける人間になるぞ。社会が悪い、政治が悪いなんて言って、一体何があるんだ。人に貢献できるようになってから言うべきじゃ。

これは、まさに現代人には耳が痛い言葉ですね。多くの人が何かがうまくいかなかったり、失敗したり、思うようにならなかたりすると誰かのせいや何かのせいにしがちです。なぜなら、そのほうがずっと楽だからです。

社会が悪い!政治が悪い!誰々が悪い!そんなことを言わず、周りが変わらないのであれば、自分が何かを変えていかなくては何も変わりません

不平不満を言うだけなんて誰にでも出来る事ですし、そのことによってネガテイブなことを引き寄せてしまうかもしれません。人は決して1人では生きてはいけません。誰かの為に、何かが出来る事というのは本当に大変ではあるけれど、それが生きることなのかもしれません。
さらに言えば、不平不満を言うのではなくもっと心に余裕を持っておおらかな気持ちで生きたいですね。

約束したら、必ず果たせ。できない約束はするな。ヘビの生殺しはするな。借りた金は忘れるな。貸した金は忘れろ。

政治家&建築士であり、衆議院議員、郵政大臣、大蔵大臣、通商産業大臣、内閣総理大臣等の様々な大臣を歴任しただけのことはある大きな器を持っている男の言葉ですね。今の政治家にはいないタイプの政治家だったのかもしれません。

彼が上京する際、田中角栄氏のお母さんから「貸した金は忘れてもいい、借りた金は返すまで絶対に一生覚えておきなさい」と言われたそうです。きっと彼の中にお母様から言われたこの言葉がずっと息づいていてこうゆう名言が出たのかもしれませんね。とかく現代ではなーなーになりがちですが、約束を果たしてこそ男の中の男なのかもしれません。

おれは、ここまでくるのに無理をした。無理をしなければここまでこれなかった。でも、きみは鳩山一郎さんの孫だ。無理をする必要がない。無理は、しなければ、しないほうがいいんだよ。苦労というものは、いい部分もあるが、悪い部分もある。苦労はしてもいいけど、無駄な苦労はしないほうがいいんだ。

よく昔の人の言葉で聞きませんか?若い頃の苦労は買ってでもしろ!と・・・・しかし、田中角栄氏は自分が無理や苦労をしたからこそ、苦労はして欲しくなくて言った言葉なのかもしれません

確かに政治の世界でも、芸能の世界でも二世と呼ばれる人は傍から見たら楽をしているようには見られます。しかし、実際にはどうでしょうか?確かに二世だからという甘えもあるかもしれません。政治家なら親からの地盤があるかもしれません。それでも実は、私たちには目に見えない苦労や無理があるはずです。

苦労にはいい部分も悪い部分もあるのは確かですし、苦労しないことに越したことはありません。角栄氏がおっしゃる通り、良い苦労と無駄な苦労というものがあるのならば、できないことや無理なことに対してはNOと言える人になりたいですね。それを見分ける先見の目も必要かもしれません。しかし、それなりの苦労や無理があるからこそ人生なのかもしれませんね。

人間は、やっぱり出来損ないだ。みんな失敗もする。その出来損ないの人間そのままを愛せるかどうかなんだ。政治家を志す人間は、人を愛さなきゃダメだ。東大を出た頭のいい奴はみんな、あるべき姿を愛そうとするから、現実の人間を軽蔑してしまう。それが大衆軽視につながる。それではダメなんだ。そこの八百屋のおっちゃん、おばちゃん、その人たちをそのままで愛さなきゃならない。そこにしか政治はないんだ。政治の原点はそこにあるんだ。

誰もが失敗をします。人間は完璧ではないのですから。ただそのことをちゃんとわかっている人は少ないのかもしれません。完璧ではないから人間なのだとしたら、たとえ出来損ないだとしてもそのすべてを愛して敬ってあげられるかどうかで人間の器の大きさが分かるのかもしれません。

政治家を志す人間は、人を愛さなきゃダメだ。という言葉は、今の政治家の方々に聞いてもらいたい言葉ですね。たとえどんなにいい大学を出たとしても、自分と同じじゃない人を馬鹿にしたり、卑下したりしてはいけないと思いますし、いい大学を出たから優秀な人間だったり、いい政治家ではありません

八百屋のおっちゃん、おばちゃん、その人たちをそのままで愛さなきゃならない。という言葉通り、彼は地元の全ての人に愛されて来たことこそ彼がしてきたことのすべてが見える気がします。

とにかく、人の悪口をいったり、自分が過去に犯した過ちを反省せずに、自分がすべて正しいとする考え方は、国のなかでも外でも通用しない。そういう考えの人には一人で山の中に住んでもらうことだよ。

田中角栄氏という人は、人の悪口を一切言わなかった人だそうです。何かや誰かに対して過ちを犯してしまった場合、どうしたらいいのか?その答えは幼いころに誰もが学んだように、まずは素直に謝ることなのかもしれません。もしも過ちを謝罪せずにいたとしたら、きっといつの日か自分のなかでそのことはずっと残って苦しむのは自分だからです。

誰もが人であるなら、間違えも起こすでしょう。お相手の受け取り方によっても状況は変わることも確かです。しかし、仮にお相手が少なからず嫌な想いをしたのならば、その時の対応次第でその人の人となりが分かるのかもしれません。悪口を聞いて気持ちのいい人なんていないのですから、自らもそうならないようにしたいですね。

初めに結論を言え。理由は、三つに限定しろ。世の中、三つほどの理由を挙げれば、大方の説明はつく。


確かに頭の回転のいい人や仕事の出来ると言われている人などの話を聞いていると、まずはじめに結論をいう事が多いように思います。もちろんその結論と共に説明する言葉はとても分かりやすくて、なるほどなと感じることが多いと感じている方も多いと思います。

「理由は、三つに限定しろ。世の中、三つほどの理由を挙げれば、大方の説明はつく。」という角栄氏の言葉を見ても分かるように、あれもこれもと資料やデータを用意し、ダラダラと理由をならべたところで結論は1つ。だとしたら、わかりやすい言葉で3つに要点を絞って相手に伝えることは同時に相手に何を伝えたいのか分かりやすくていいかもしれませんね。

仕事をすれば、批判、反対があって当然。何もやらなければ、叱る声も出ない。私の人気が悪くなったら、ああ田中は仕事をしているんだと、まぁこう思っていただきたい。


SNSが当たり前になった現代では、たった今テレビで放送されたことがすぐにネットの記事になり、反響の大きい記事などは多くの人がその記事を目にします。必然的にネットでは当たり前のように顔の見えないユーザーで心ない人が批判をしたりすることも多々あるのが現実です。

角栄氏の言うように、いい仕事をすれば、必ずと言っていいほど批判されることも覚悟しなくてはならない!ということなのかもしれません。逆に言うと、何も言われないということは、誰もその意見や考えに共感を持つことも反感を持つこともないということ。これもまた、考えやらを発信する側としてはさみしい限りです。共感や反響と批判や中傷は背中合わせなのかもしれませんね

人間はそれぞれ「ものさし」がある。相手の「ものさし」に合わせて十分考えないと失敗するぞ。

人が100人いたら、100通りの考え方があるということなのかもしれません。人にはそれぞれ持っているものさしという名のそれぞれの尺度や考え方や受け止め方や感じ方があります。それは、自身が生まれ持ったもの、そして培ってきたもの、学んだものなどに影響を受けるのだろうと思います。もちろん同じような感じの人も中にはいるとは思いますが、その自分のものさしは必ずしも他人とまったく同じではありません

つまり、自分のものさしが絶対に正しいとは限りません。自分のものさしを基準にすると、思わぬ事態を招くかもしれません。そうならないためにも、自身のものさしは相手には通用しないかもしれないということを頭に入れておいた方がいいのかもしれませんね。

人の喜び事はとくに励ましてやる必要はない、本人が幸せなんだから。むしろ苦境、悲しみのさなかにあるとき、力になってやるべき

確かに人が喜んでいるのならば、たとえ周りからその状況や事態に疑問を感じたとしても本人が喜んでいるのならば一緒に喜んで笑ってあげられることが出来ればいいと思います。それよりも、もっと気にしなければいけないのが人が悲しんだり苦しんだりしている時にこそ何かをしてあげたいと思う心が大切ですね。

たとえ何もできなかったとしても傍らに寄り添ってあげられる人でありたいと思わされる名言ではないでしょうか。こうゆう風に思えるような人がそばにいてくれたら心強いですね。

私が大切にしているのは、何よりも人との接し方だ。戦術や戦略じゃない。会って話をしていて安心感があるとか、自分のためになるとか、そういうことが人と人とを結びつける

知り合いに自分にメリットがない人は切り捨てるという人がいます。しかし、そうゆう考えを否定するわけではありませんが、誰とでも同じように接することが出来るというのも人として大切なことなんじゃないかなと感じたことがあります。

角栄氏の人との接し方を大切にしているという言葉は、ある意味このような考え方の方であったからこそ、多くの人に愛され信頼を得てきたのだと思います。メールや電話など便利になった現代にでも直接会って話をすることはとても大切なことだと思います。

現在のSNSのように友達の人数を増やせば人間関係がいいというのはなんとなくお互いの関係も薄くなりがちです。本当に大切に思うのならば、会って話をしないといけませんね

世の中には、会って話をし、付き合えば、その人間がよくわかるのに、知らないまま食わず嫌い、毛嫌いしている場合が多い。互いに自戒すべきことだよ

世の中には、こんなにたくさんの人が生きて生活しています。しかし、そんなに沢山の人がいたとしても出会えるのはほんのひと握りの人。誰かから聞いた噂話や評判などを鵜呑みにせずに、実際に自分がその人に会って話をしてみたら、実は自分とはとても気があって馬が合う人で一生の親友になるかもしれません

それなのに、はじめから毛嫌いしてしまうのはもったいないですものね。せっかく出会ったのならば、向き合って話をしてみてもいいかもしれません。もしかしたら、いい出会いになるかもしれません。人と人のつながりを大切にした角栄氏だからこその言葉なのかもしれません。

大学の教授より、むしろ小学生の先生を大事にしなければいけない。小学校の先生が白紙の子供を教えるのだから

いい大学に入って有名で偉大な教授に教わることが大切な風潮になっているこの世の中で、こんな大切な当たり前のはずのことを言っているとは少し驚きです。確かに小学生は無垢で白紙のような状態。その状態を生かすも殺すも義務教育である小学校の教育を大切にすることはとても大切だと思います。いい教育をするためには、いい先生が必要です。

昔のように先生の言葉が絶対だった教育から、モンスターペアレンツなどと呼ばれるような親のほうが強くなっている現代だからこそもっともっと小学生の先生の技量の向上は必要なのかもしれません。

世の中には他人様の噂話、伝聞をいつもポケットに入れ、それを放出することで一日の生活が回っているアホがいる。自分の言葉無いのは寂しいことである

自分の言葉があるかないかはさておき、スマホやタブレットが普及した現代では外出先でも最新のニュースや情報を見ることが出来ます。角栄氏がこの名言を言った時代とは背景が異なるかもしれませんが、SNSや週刊雑誌などの記者のことを言っているのかもしれませんが、彼らにとってはそれが仕事。ある意味仕方のないことかもしれません。

しかし、他人の噂話しやアラ探しをしている人たちは、なんだか悲しい寂しい人生なのかもしれないなと思ってしまうことも事実であって、それが事実かどうかもわからないことに踊らされるのも嫌ですよね。自分はそんな風にならないように報道や記事のすべてが正しいとは思わず、思い込まないことも大切なのかもしれません。

遠くの親類よりも近くの他人が大切だ。自分だけが金持ちになっても、近所隣が貧乏では、結局、やっていけない。裕福になってもらうことだ。そのためには金を持っている奴が金を出して、まわりを助けてあげなくてはならない。みんながよくなれば、自分もまた、よくなる。


遠くの親類よりも近くの他人なんて言葉がありますよね。核家族化している現代では、遠くに住んでいる両親や親戚などよりも、近くに住んでいる友人や知り合いなどの方が日々の生活に関わってきます。特に都心部などでは、お隣に住んでいる人がどんな人かも分からないなんてこともよく聞く話ではあります。

関わることがいいのか?関わらない方がいいのかは正直分かりません。無理に関わっても相手には迷惑かもしれませんからね。ただ1つ言えることは、角栄氏が言うように自分だけ裕福になったとしても確かに幸せじゃないのかもしれません。

周りの人が笑顔で、面倒でも他人と関わり合って生きていくのが人生ですし、社会とつながりを切ってしまってはいざという時にその存在すら気づいてもらえないかもしれません。時代と共にこんな考え方もキレイごとだと言われてしまいそうですが、本来人と人は助け合って生きていくものだとしたら、根本的な考え方を現代人も考えてもいいのかもしれませんね。

必ず返事を出すんだ。結果が相手の希望通りでなくても『聞いてくれたんだ』となる。大切なことだよ。

角栄氏がおっしゃった時代では、きっと電話や手紙のことだったかもしれませんね。でも現代ではそれがメールやSNSなどが主流となって連絡網として確立しています。よくあるLINEの既読無視やらは、これにあたるのかもしれません。

忙しいことを理由にして、返事をしないのはよくありませんね。時間とは作るものですから・・・角栄氏の言うように返事が思ったものとは違ったとしても人は返事をもらえないと心配になりますし、余計なことを考えてしまうので、返事はどんな内容だとしても必ずすべきですね。

食って、寝て、嫌なことは忘れることが一番。

人は誰もが生きてれば大きさに関わらず、嫌なことも辛いことも大変なことも起こります。それでも、生きていかなくてはなりません。

どんなに悩んだり苦しんだとしても今解決しないものはすぐには解決しないのだとしたら、時間が経つのを待つしかありません。考えても答えがでないのならば、美味しいものを食べて、ゆっくりと寝ることが嫌なことをリセット出来ることかもしれません。

もしも、今あなたが今日嫌なことが起こったとしたら、美味しいものを食べてゆっくりと寝てみてください。そしたら、もしかしたら、何かが変わるかもしれませんよ。

「戦争を知っているやつが世の中の中心である限り、日本は安全だ。戦争を知らないやつが出てきて、日本の中核になったとき、怖いなあ。しかし、勉強してもらえばいいやな」

現代の政治家の方々に聞いて頂きたい名言です。今国を担っている政治家の方々は角栄氏がこんなふうに心配していたことをご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが今年で日本は戦後71年年目を迎えました。

北朝鮮の問題や他の地域での抗争など心配事は尽きませんが、目には目を、歯には歯をではなく、平和な世の中にしてもらいたいです。そしてあの忌まわしい戦争の記憶を忘れずにもう二度とあの悲劇を繰り返すことがないように祈りたいものです。

俺の目標は、年寄りも孫も一緒に、楽しく暮らせる世の中をつくることなんだ

まさに田舎で育った地元思いの角栄氏らしい言葉ですね。こんな風に思ってくださる角栄氏だからこそ、沢山の支持者がいたのかもしれません。確かに角栄氏がこの言葉を言った時代とは今は背景も状況も違うかもしれません。年寄りが増え、子供が減ってきていますからね。

しかし、今の政治家にこんなふうに言ってくれる政治家がいるでしょうか?口先だけではなく有言実行してこその政治家だと筆者は思います。今の政治家の先生にも年寄りも孫も一緒に楽しく暮らせる世の中を作って頂きたいと思います。

確かにノーというのは勇気がいる。しかし、逆に信頼度はノーで高まる場合もある。ノーとイエスははっきり言ったほうが、長い目で見れば信用されるということだ。

日本人の気質として、NOとはっきり言える人はそう多くなかった時代だったのかもしれません。現代においても昔と変わらず、海外と比べても日本人の答えは曖昧で、良くわからないと言われてしまうほどです。しかし、出来ないことを出来ると言ったり、嫌なのに無理やりYESというのもよく考えたらおかしな話です。

なんでもYESと言って結局は出来なかったとしたら、仕事ならば責任問題に発展します。無理して出来もしないことにYESというよりも、はっきりとNOと言える人のほうがずっと誠実ですし、信用されるに違いありません。もしかしたら、小さい頃から同じ制服を着て、集団行動が当たり前だった日本人にはNOと言えるような強さと勇気が必要かもしれませんね

決断力は、情報力によって支えられる。単なる直感だけでは、見通しを誤る。新聞代が月2、3千円というのは安い。あれだけの情報が詰まっているのだから、1万円でも安いものだ。

確かに直感というものは大切かもしれません。ただ、それだけに頼ってしまうというのも考えものです。角栄氏の時代ですから、多くの情報は新聞や本だった時代。時代は瞬く間に活字からネットの時代になってしまった現代です。クリック1つで大まかな情報は手に入りますが、メルマガなど読み進めると有料とされるサイトも多く存在します。

角栄流に言うのならば、その有料サイトにお金を払って情報をお金で買いましょうということになるのでしょうか?直感を信じつつも情報は大切です。ぜひそんなチャンスがあったら、お金を払って情報を見てみるのもいいかもしれませんね。

義理や人情を大切にし、自分のすべきことと出来る事をしっかりと理解出来る人を目指して!

いかがだったでしょうか?田中角栄氏の名言の中に心に響くものがありましたでしょうか?

人の人生は思うようにならないのが当たり前で、そんな時に角栄氏のような方の名言を聞いて、何かを気付かされたり励まされたりするのかもしれません。

角栄氏のおっしゃるように自分のすべきことと出来る事をしっかりと理解出来る人を目指して人との接し方など気をつけて行きたいと筆者も思います。今なお愛され続ける田中角栄氏の名言を読んで何かを感じられていただけたら幸いです。

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