川崎宗則 ソフトバンク復帰へ!ムネリンは世界の人気者!

メジャーリーグの人気者、川崎宗則が日本球界に帰って来た!日本球界の復帰先は古巣ソフトバンクホークス!シアトル、トロント、シカゴと渡り歩き、アメリカでも超絶人気の侍はアメリカを出る際多くのMLBファンに惜しまれた。世界の人気者ムネリンに迫る!

川崎宗則のプロフィール



川崎宗則は1981年6月3日生まれ鹿児島県姶良市出身。福岡ソフトバンクホークスに所属している右投げ左打ちの内野手。川崎宗則は1999年ドラフト4位で鹿児島工業高校より福岡ダイエーに入団した。

川崎宗則は高校時代甲子園の出場はないものの安打をよく打つため薩摩のイチロー「サツロー」と呼ばれた。ホークス時代の川崎宗則は高校時代同様に安打をよく放った。

2004年には171本安打を打ちリーグトップとなったこともある。足も速くNPB通算267盗塁を記録している。川崎宗則は2012年、アメリカメジャーリーグ、シアトル・マリナーズに入団した。

その後2013年よりトロントブルージェイズ3年、2016年よりシカゴ・カブスで1年、プレーをした川崎宗則は、レギュラーではなかったが、持ち前の明るさでチームに溶け込みムードメーカーとして人気者となった。

帰って来た人気者



アイムジャパニーズと叫び時にはナウ、アイムカナック(今私はカナダ人)など意味不明のことを行ったりしてアメリカ中を笑わせていたムネリンだが、日本でも川崎宗則の様子はテレビ番組などで確認することができた。

元ヤクルトにいたホージや現在横浜Denaベイスターズ監督のラミレスなど、面白い外国人選手を珍プレー好プレーなどのテレビ番組を観て笑っていたが、川崎宗則はその逆バージョンであろうか。

野球の成績云々ではなくキャラクターで愛されていたような気がする選手だ。アメリカでは通算276試合に出場し打率は.237、得意の盗塁もわずか12だった。

しかしそんなアメリカの人気物が2017年シーズン日本に帰って来たのだ。ホークスはチカラ強い味方を手に入れ、優勝に向けて発信した。

川崎宗則のプレースタイルは……

. 宗リンお帰りなさい〜☺ #川崎宗則#sbhawks

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川崎宗則のプレースタイルとはどんな感じなのか説明していきたいと思う。まず川崎宗則は走攻守全てが揃っている選手だと言うことができる。

安打製造機、薩摩イチローなどと呼ばれていただけあって、NPB時代11年で1343本の安打を放っている。2017年5月時点で35歳の川崎宗則なら2000本安打を達成することができそうだが…。

イチローへの憧れが強く背番号も「52」でイチローの「51」の一つ後と言うことで非常に愛着心があると川崎宗則は言っている。

守備面においては2004年と2006年にゴールデングラブ賞を獲得しているほどで川崎宗則の守備力は超一流と称されている。メジャーリーグにおいても川崎宗則の守備力の評価は高かった。

走攻守三拍子!


川崎宗則は頼もしい選手だ。まずはプロ野球において一番大切だとも言われている、チームの輪を作ることができる。無論活躍しなければその効力は薄れてしまう可能性はあるが…。

川崎宗則のプレースタイルを例えるならイチローのような内野手である(イチローは外野手)。つまり本塁打はあまりでないが、安打と出塁率、そして出塁をすれば敵からすると、うるさい走塁能力をもつ。

守備面においても超一流の守備力があるため、試合に後半に守備堅めで起用されても敵チームからすると嫌な雰囲気になるだろう。

川崎宗則は試合に出場しただけで球場の雰囲気を一転させることができる走攻守三拍子揃ったスーパースター選手なのだ。川崎宗則が機能したホークスは手強いチームとなるだろう。

川崎宗則の活躍に注目


川崎宗則はアメリカに渡る前、数々の賞を受賞するほどの活躍をして来た。当然アメリカメジャーリーグに渡り、帰国の際アメリカ中で惜しまれるほどの選手なので並みの選手のわけがないのだが。

川崎宗則は渡米前の日本時代、盗塁王を1回、最多安打を1回、ベストナインを2回、ゴールデングラブ賞を2回、セ・パ交流戦MVPを1回など複数の大記録を打ち立ててきた。

日本代表歴も経験があり、2006年のWBC、北京オリンピック、2009年のWBCと国際試合の経験も豊富な選手である。2006年の決勝での二塁からの生還は今でも記憶に残る名シーンである。

2006年のWBC決勝のキューバ戦、1点差に迫られた9回表打者イチローの安打で二塁からの生還。川崎宗則は捕手のブロックを「神の右手」と称された本塁タッチプレーで話題となった。

MLBでの活躍

出会いそびれた運命の人…. #川崎宗則#ムネリン#来世で嫁にしてください

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川崎宗則は2012年1月5日シアトル・マリナーズとマイナー契約を結んだ。川崎宗則は憧れのイチローと一緒のユニフォームに袖を通すこととなった。

1年目は試合に出場したのだが主に守備での起用となった。シーズン打率は.192と低調、オフに自由契約となり、川崎宗則はトロント・ブルージェイズに移籍することとなった。

トロント時代にメジャー初本塁打を放った川崎宗則だが3年在籍し、またも自由契約となる。トロント時代、最高試合数は96試合で、打率の最高は2014年の82試合で.258だった。

2016年はシカゴ・カブスでプレーするわけだがメジャー出場はわずか14試合、しかし川崎宗則の人気は凄く、日本のニュースなどでも度々見かけた。川崎宗則は記録よりユーモアと人間性で記憶に残ったメジャーリーガーだった。

イチローも認める!イチローマニア


川崎宗則はメジャーリーガー、マイアミ・マーリンズに所属しているイチローの大ファンとして有名だ。イチロー本人も「宗はイチローマニアですね」と言うほど。

川崎宗則は2011年オフに海外FA権を行使してのメジャー挑戦を表明した際も「イチロー選手と同じチームを希望しています」と語り、その願いが叶いマリナーズに入団した。

マリナーズ時代の川崎宗則の背番号は「61」「逆から読むとイチロー。素晴らしい番号を頂いた」とコメントした。高校時代には薩摩のイチロー「サツロー」と呼ばれていた川崎宗則はホークスでもイチロー張りを目指す!

プレースタイルもイチローに近い安打製造型の打者である、さらにポジションは違えど、川崎宗則は守備も超一流。川崎宗則が復帰後200本安打以上を打つのを期待するのも良いかもしれない。

メジャーでは超人気キャラ!



川崎宗則のアメリカでの元チームメイトは言う。「彼に語学の壁はない」と。川崎宗則は笑いとジェスチャーと片言の英語でコミュニケーションを取っていた。

日本のテレビニュースでも川崎宗則のメジャーでの選手間コミュニケーションは話題となっていた。川崎宗則は試合に出ていなくても日米の野球ファンを楽しませてくれた。

特にトロント時代は地元で高い人気を得て、地元総合ウェブサイト「The Score」には「川崎が愛される7つの理由」と言うコラムが掲載されたこともあった。

また「2015年シーズンに最もファンやリーグを盛り上げた選手」として川崎宗則は紹介され、ブルージェイズが優勝した際の川崎宗則が受けたインタビュー動画を「歴史に残るインタビュー」として紹介している。

ソフトバンク復帰へ 海外からは悲しみの声……



日本のプロ野球ファン、特に福岡ソフトバンクホークスのファンは川崎宗則の古巣復帰を大いに喜んだであろう。しかしアメリカの川崎宗則ファンは大いに悲しんだと云われている。

川崎宗則はトロント・ブルージェイズからシカゴ・カブスに移籍する際も、「ブルージェイズの歴史の中で最も悲しい出来事」と称され、アメリカで相当の高い人気を誇った選手だった。

ツイッターなどでアメリカ人のファンの方々から「川崎の日本復帰はとても残念」などの声が多く寄せられていた。川崎宗則は本当に多くのファンに愛されていたのだ。

ではアメリカの別れを惜しんでくれたファンの為に、ホークスで復帰を喜んでくれたファンの為に、メジャーで未だ活躍するイチローのように頑張れ川崎宗則!

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