神田沙也加を松田聖子の娘と侮ってはいけない6つの理由

俳優の神田正輝さんと歌手の松田聖子さんの”聖輝の結婚”と呼ばれた結婚式が行われ、彼らの間に生まれた一人娘の神田沙也加さん。父、神田正輝さんのお母様は女優の旭輝子さん。生まれながらにして芸能一家で育ったお嬢様だからこそ様々な苦悩や苦労があったようです。親の七光りだと言われがちな二世の芸能人ですが、神田沙也加さんはちょっと他の二世とは違います。彼女なりの努力の積み重ねがあったからこそ今の彼女が輝いていることがこれをお読みになればお分かりになると思います。

神田沙也加を二世女優と侮ってはいけない

神田沙也加さんと言えば、俳優神田正輝さんと歌手松田聖子さんの間に生まれた二世の女優さんであり、歌手の活動もされているとても賢く聡明な女性です。日本では2014年に公開された「アナと雪の女王」王女アナ役として日本語の吹替えをし、歌唱力や演技力などでとても評価をされ一躍注目を浴び有名になりました。

しかし、実は、彼女はそれ以前にも数々の芸能のお仕事をされてきています。1999年ロサンゼルスに住んでいた時にデビッド・グリーンスパン監督の第54回カンヌ国際映画祭で短編パルムドールを受賞した短編映画の「ビーン・ケーキ(おはぎ)」に出演しています。

この「ビーン・ケーキ」は、戦前の日本を舞台にした作品で、転校してきたばかりの少年が先生から「世の中で一番好きなものは何か?」と尋ねられ、本来ならばその状況下では「天皇陛下」と答えなければならないのに、その少年は「おはぎ」と答えてしまい廊下に立たされてしまう。という内容なのですが・・・その12分くらいの短編映画で少年の隣の席の女の子として神田沙也加さんは出演しています。

たまたまキャスティングに行ったロサンゼルスの学校で偶然にも監督は彼女に出会い、その映画への出演が決まったそうです。俳優と歌手の両親を持つ神田沙也加さんとしてではなく、1人の少女として抜擢されたことは沙也加さんには当時から、監督の目を引く光る何かがあったのかもしれません。

その後も「ALICE」のペンネームで、母である松田聖子さんの曲「恋はいつでも95点」という曲の初作詞をしたりしています。この曲は、松田聖子さんの「永遠の少女」というアルバムや「20th Party」というシングルに収録されています。彼女が作詞をしたということは、後に公表されることになります。

そして、2001年に江崎グリコの「アイスの実」でCMに「SAYAKA」という芸名で芸能活動を始めます。この時の曲も彼女が作詞を担当し、オリジナルCM曲の歌も歌いました

その後2004年には、約20倍のオーディションに勝ち残って宮本亜門さん演出の「INTO THE WOOS」で赤ずきん役を演じました。このオーデイションに合格した時点で、すでに松田聖子の娘、神田正輝の娘という二世独特のコネなどではなく彼女自身がプロとして認められていた事がお分かりになると思います。

理由①神田沙也加の過去が壮絶すぎる

彼女は「アナと雪の女王」公開後の2015年にスタイルブック「Dollygirl」という本を発売したのですが、その中には彼女が今まで経験してきた壮絶ないじめや過去の体験が色々と綴られていました。中学校時代は、全寮制の名門校などで転校を4回を繰り返し、寮ではすさまじいいじめを体験したそうです。

本人の口から言わずとも噂というものは恐ろしく、松田聖子さんといえば有名なアイドルで知らない人はいないくらい人気がありましたから・・・その松田聖子と神田正輝の娘という肩書きだけできっと同級生たちはやっかんだり僻んだりして、そんな事態になってしまったのだとは思いますがいじめはよくないですよね・・・

そのいじめというのもとても卑劣なものだったようです。寮の部屋に置いてあった下着が同級生に盗まれ、「沙也加の下着だよ~」と見せ物にされたり、夕飯後部屋に戻るとお布団がびしょびしょに濡らされていてベッドで眠れなかったこともあったようです。

寮に住んで学校に通っていた場合、寮でも学校でもいじめられたら逃げ場がありません。その時の沙也加さんの精神状況を察するとあまりにお気の毒でよく頑張って何事もなかったかのように今あの天真爛漫な素敵な笑顔で笑っていられるなと関心します。そして、よくここまで頑張って来たね!偉かったね!と神田正輝と松田聖子さんのファンの筆者としては褒めてあげたくなってしまいます。

きっとこれをお読みになった方は、どうして家族の元に帰って、支えてくれるであろうはずの家族の元から学校に通わなかったのかと疑問を抱くとは思います。実はその当時、松田聖子さんは〃ビビビ婚〃と言われた再婚の歯科医師と離婚をしたり、他の男性との逢瀬が報道されたりしていて、いわゆるスキャンダルの渦中の真っ只中でした。

そんな状況の場所へは帰りたくても帰れなかったのが現実だったと思われます。当時の事を彼女は、「私の中では色々と葛藤が生まれていて。(中略)用意されたものに対して、自分の実力が伴っていないっていうのが一番大きかった。」と語っています。自分の置かれた恵まれた状況と周りの環境、そして自分自身の強さや実力の未熟さなどから自分に自身が持てなかったのかもしれません。

誰からも羨まれるような環境に産まれたのにも関わらず、彼女は、誰にも心の癒しを与えてもらえずにいじめや壮絶な状況の中で青春時代を過ごしてきました。そんな中、18歳の時に沙也加さんは芸能活動を休止します。

その休止している期間の1年半の間には、懐石料理店の仲居さんやダイニングバーのウエイトレスという2つのアルバイトを経験したりして生活費を稼いだり、したそうです。

あの松田聖子さんと神田正輝さんという有名なご両親の元に生まれ金銭的には何不自由なく育ったであろうにも関わらず、自ら普通の子達がするようなアルバイトをしていたとはちょっと驚きですよね。

理由②松田聖子の七光に頼らない姿勢

当時の事を思い出すと、松田聖子さんのことを子育てせずに恋愛に狂っている女なんて悪口を言う人もいましたから、きっとそんな状況では沙也加さんにとって心が安らげる居場所はどこにもなかったと感じていたのかもしれません。

ただ、松田聖子さんだって一人のお母さんです。彼女の事を心配していなかったわけではありません。娘のことを心配しない親なんていませんからね。当時の関係者の話では、松田聖子さんは、沙也加さんの人生を仕切り直そうと、高校卒業後はアメリカのバークリー音楽学園に留学させたがっていたそうです。

ただ、残念ながら沙也加さんにはもしかしたら、その時の母の思いは通じていなかったのかもしれません。

そんな心配する母の考えに反抗した沙也加さんは、そのまま日本で仕事をしたいといい留学はせずに自らミュージカルなどのオーディションを受けに行ったと言います。そんな沙也加さんはとても努力家だとも言われています。

「自分の実力が伴っていないっていうのが一番大きかった」と本人が言うように芸能界に復帰後は声優の専門学校に通ったり、ミュージカルで経験を積んだりして自ら道を開こうとしていました。芸能界は実力勝負のところがありますものね。実力を着けたかった彼女の気持ちはまさにプロとしての意識の芽生えだったのでしょう。

まさに彼女はこの時くらいから、自分の考えをしっかりと持ち、神田正輝と松田聖子の娘としてではなく、一人の歌手であり、女優であり、一人の女性として芸能界で力をつけて頑張っていこうと決意していたのかもしれません。

理由③BillyとのユニットTRUSTRICKで音楽活動も

2014年4月、アナ雪公開の翌月にはギタリストであるBilly「TRUSTRICK」というユニットを結成しました。そして6月にはデビューアルバムをリリースします。以前から言われていたのは、聖子さんが歌手として成功しているので、親と同じ道は大変だからという理由で歌手の活動は躊躇していたと言われている沙也加さんが歌手デビューとは、周囲もファンも驚きだったと言われているそうです。

残念なことにこのユニットですが、昨年2016年11月に「Eternity」(2014)「TRUST」(2015)「TRICK」(2016)という“アルバム3部作”の制作とプロモーションを終えたために活動休止と公式サイトで報告されました。他にもいくつか挙げられている休止理由がありますが、あまり信用性がないのでここには触れないでおきたいと思います。

いずれにしてもアナ雪の吹き替えやこの「TRUSTRICK」の活動によって、沙也加さんの歌手としての素質や声の質感などが評価されたことは間違えありませんものね。

理由④実はオタク!三森すずこと同級生だった!?

神田沙也加さんが自身のTwitterで公言したように、三森すずこさんとは中学生の時に同じクラスになったことがあるそうです。従兄弟には実業家の黒川文雄さんがいらっしゃる声優であり、女優であり、歌手をしています。三森すずこさんといえば、ミルキイホームズ及びμ’s(ミューズ)のメンバーでもあります。

みもりんなどという愛称で呼ばれていて「ラブライブ!」に登場する架空の9人組女性スクールアイドル、およびそのキャラの声を演じている声優さんによる実在の9人組声優ユニットのグループの声をしています。沙也加さんと同級生で同業者だとは、奇遇ですね。

沙也加さんは無類のアニメ好きとも言われていて、出演したテレビや雑誌などでも自身のアニメ好きを公表しています。そのことからオタクなんて言われるのかもしれません。どれだけオタクなのかは後ほどご説明しますね。アニメの声優をしている三森さんとはもしかしたら気が合うのかもしれませんね。

理由⑤女優業への姿勢が本気すぎる

母であり、芸能界の大先輩である芸能人松田聖子という人から、反抗したことをきっかけにして独り立ちをし、「SAYAKA」から「神田沙也加」に改名し再始動しました。その出来事は、神田沙也加さんにとって大きな転機だったのかもしれません。

再始動したときのきっかけになったのが彼女が芸能界のママと呼ぶ大地真央さんだったそうです。大地真央さんが主演の「紫式部ものがたり」に沙也加さんが出演したことが芸能界復帰のきっかけだったそうです。ミュージカル女優として背中を押してくれた大地真央さんを尊敬する沙也加さんだからこそ女優としてのファンサービスも一流です。

先程からご紹介しているように、神田沙也加さんは「アナ雪」で声優として圧倒的美声で大ブレイクしました。しかし、彼女は2017年3月21日~4月3日まで単独初主演ミュージカル「キューティ・ブロンド」に出演しミュージカル女優としても大成功を収めています。この作品はとても人気だったため、2019年に再び再演が決定したとも言われています。

その彼女の単独初主演ミュージカル「キューティ・ブロンド」では、楽屋口でファン約100人を敷地内へ招き入れ、1人1人に対応し神対応だったと言われています。

それはまるで宝塚歌劇のトップスター並に丁寧な対応だったと記者達の噂にもなっているようです。もしかしたら?尊敬するタカラジェンヌだったママと呼ぶ大地真央さんを見習ってのことだったのかもしれませんね。

理由⑥アニメ声優や舞台も経験

ここまでご紹介してきてお分かりになったと思いますが、有名芸能人の娘に生まれたもののここに来るまでの道のりは決して平たんではなかった沙也加さんですが、何よりも心の支えになったは実はロリータファションとアニメだったようです

オタクというとなんとなく響きが良くない気がしますが、彼女のマニアぶりは相当のもののようです。芸能活動を1年半休止するなか、ゴシック&ロリータファッション雑誌「KERA」Lilyという名前で読者モデルとして活躍していたそうです。

彼女はアニメ好きで相当のマニアだそう。ロリータモデル活動をする傍ら、昔からの夢だったアニメ声優もしていたそうです。“アニメは癒し”であるとも彼女はテレビ番組などで語っています。その証拠に活動を再開すると共に女優としても声優としてもお仕事をしていますものね。

彼女が声優デビューを飾ったのが、2012年に放送されたテレビアニメ「貧乏神が!」でした。その後、皆様ご存知のように2015年には「アナ雪」で第9回声優アワード主演女優賞を受賞した彼女ですが、この他にも沢山のアニメのキャラクターを演じていて、今年の2月には「宇宙戦艦ヤマト2202愛の戦士たち」でテレサ役を担当しました。

2月に公開され大ヒットを記録しているアニメ映画「劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-」新キャラクターのAR(拡張現実)アイドル・ユナ役が彼女のここ最近の代表作かもしれません。沙也加さんは、声優としてオファーを受け劇中に歌も歌っています。

ちなみにご存知ない方の為に「ソードアート・オンライン -オーディナルスケール-」とは、全世界で累計1900万部を誇る川原礫氏の小説が原作の人気テレビアニメが初映画化されたものです。公開2日間で30万8376人を動員、興行収入4億2576万円を記録し、全国映画動員ランキング(興行通信社調べ)で初登場1位に輝いたアニメ作品です。

アニメ「セーラームーン」が大好きで、幼い頃にスーパーファミコンで「ときめきメモリアル」を毎日のようにやっていたときに自分とは違う別の存在に命を吹き込む仕事をしてみたいと思っただけのことはあって、まさに沙也加さんは、アニメの声優さんにはピッタリだったのかもしれません。声優の他にもナレーションなども沢山しているそうです。

神田沙也加は間違いなく実力派女優だった

舞台に関しては、宮本亜門演出の「INTO THE WOOS」から始まり、「赤毛のアン」、「レ・ミゼラブル」、「ピーターパン」など多くの舞台で演じています。今年度末には「屋根の上のヴァイオリン弾き」に出演予定になっており、今の彼女にとって女優として舞台に立つことがある意味彼女の居場所になったのかもしれません。

そして、先日発表された神田沙也加さんと俳優の村田充さんの結婚のきっかけもミュージカルの舞台でした。昨年の夏に上演された舞台「ダンガンロンパ THE STAGE ~希望の学園と絶望の高校生~2016」で村田充さんと共演したことをきっかけに交際に発展し、結婚することになったそうです。

やはり彼女にとって舞台女優という道は正しかったのかもしれません。小学4~5年生の頃に女優でも歌手でもなく、初めて志したのは声優だった彼女の夢。その夢が叶い、アナ雪ではそれまで避けていた歌を歌い歌唱力を評価され第9回声優アワード主演女優賞まで受賞

その年の「第65回NHK紅白歌合戦」にも出場しました。高校時代いじめを受け、支えになるものがアニメやロリータファッションだった彼女が本当に心から大切に思い、そして必要としてくれる人を見つけた場所がミュージカルという舞台だったのも何か神様の思し召しだったのかもしれませんね。

神田沙也加という女優であって、声優であって、歌手でもある彼女には、座右の銘があるそうです。「勝ち負けの差は執念の差」だと言っています。つまり、「私がんばりました。」で終わるのは嫌だそうで、やるからには完璧を追い求めたいので、これからも神田沙也加を求められる限り、この仕事を続けていきたいです。とインタビューに答えています。

神田正輝を父に持ち、松田聖子を母に持つ親の七光りなんて言われていた時代はもう通り過ぎました。というよりも、他の名前だけの二世芸能人と彼女を一緒にしてはいけません。彼女は彼女自身の努力と苦労のおかげで今の成功を手にしたのですから。これからは、ご主人となった村田充さんと一緒にアナ雪のアナが望んだように、ありのままの自分を出して幸せを手に入れて欲しいと思います。