石野真子の結婚&離婚事情に迫る!現在は結婚しているの?

いまや、テレビドラマや映画で「カワイイ主婦」役で人気の石野真子。その実、過去にはアイドルでデビューしましたが、2度の結婚・離婚の経験者でもあります。彼女の起伏に富んだ人生経験を、結婚歴から見てみましょう。

「狼なんか怖くない」って、本当?

1978年にアイドルとしてデビュー

「狼なんか怖くない」(作詞・阿久 悠/作曲・吉田拓郎)で、石野真子が歌手デビューしたのは1978年でした。“恋する人が狼に変身するのなら、私は怖くない”といった内容の詞を、あどけない顔をした八重歯の女のコが歌う姿にコロリとやられてしまった男子がクラスでは多数いたのが思い出されます。

その石野真子は、1961年に兵庫県で生まれました。子供の頃から歌うのが好きな、普通の子供だったといいます。歌手になろうとしたきっかけは、オーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ)を見ていて「私も桜田淳子ちゃんみたいに、歌いたい」と思ったからだそうです。

もともと歌が好きだった彼女は、中三の後半から平尾昌晃音楽学院に通っていました。そして今度は『スター誕生!』を見る側から出場する側へと、石野真子は踏み出したのでした。

同番組では大阪での予選を通過、東京での決戦大会も16社のプラカード(出場者と交渉する意思を示すために、関係各社の社名の書かれた札)が挙げられました。石野真子は歌手への切符を手に入れたのです。

彼女は八重歯を隠す事なく、いつも笑っていました。デビュー時のキャッチフレーズが「100万ドルの微笑」ですから、まさにその通りの笑顔です。筆者は山口百恵のファンだったのですが、百恵ちゃんにはない「癒し」を石野真子には感じていたものです。

そうして前述の「狼なんか~」でデビュー、その後も「日曜日はストレンジャー」や「春ラ・ラ・ラ」「失恋記念日」等、ヒットを連発していきます。しかし、彼女は1981年に結婚を理由に引退してしまいます。「幸せな家庭を作りたい」という夢のためなので、ファンも暖かく見送っていたのが印象的でした。

石野真子の最初の結婚相手は、長渕 剛だった!

ラジオが結んだ二人



石野真子は1981年6月に、ニューミュージック(こういうジャンル分けが流行した)の長渕 剛と交際していると宣言しました。加えて、同年8月を持って芸能界から引退する事も併せて発表しています。

この頃になると、二人の仲はいわば公然の秘密みたいになっている感がありました。前年に絶頂期に引退した百恵ちゃんの例もあったので、それ程の騒ぎになりませんでした。高校の級友が、ひどく落ち込んではいましたが……。

そして、引退した翌月の9月には婚約記者会見を開いています。確か「結婚したら家庭に入ってくれ」と長渕から言われたので、彼女は「結婚して幸せな家庭を作る」というのが夢のひとつだったので、そのまま引退したと会見で言っていました。その模様をワイドショーで見ていたら、何だか清々しい気持ちになった事を覚えています。

そもそも二人の馴れ初めは、1980年に長渕がパーソナリティを務めていた『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)に石野真子がゲスト出演した時でした。長渕は彼女の大ファンで、ライブで「石野真子を嫁さんにする!」と叫んでいた程でした。

それで同番組の構成作家をしていた秋元 康に頼んで、番組に呼んでもらったとか。そこで、話しが盛り上がり交際に発展していったとは、この放送を生で聴いていた筆者は思いもよりませんでした。で、二人は1982年1月に挙式しました。

ところが、この結婚は1983年5月に終局を迎える事になりました。“結婚観の相違”だとか“嫁姑問題”とか憶測はいろいろと流れましたが、離婚の原因については双方とも黙したままです。それで良かったと思いますよ、ファンでなくても揉めている姿は見たくないですから。

二枚目俳優の広岡 瞬と再婚・離婚

5年間の交際後、二人は結婚へ

長渕 剛との離婚の後、石野真子は芸能界にカムバックしました。引退前にお世話になった、石井ふく子がプロデューサーを務めていた東芝日曜劇場『ねぇちゃんの夏』(TBS、1983年)がその作品です。以降は、女優業を中心に活動しています。

石野真子は、そうした女優業の中で1985年に舞台で共演した若手二枚目俳優(この頃は、イケメンという言葉は存在していません)・広岡 瞬と5年間の交際を経て再婚します。しかし、この結婚生活も6年で破局して、彼女は再び離婚してしまいます。

原因として広岡は「全て僕が悪い」と会見で発言しただけで、詳しくは語りませんでした。当時、筆者が読んでいたスポーツ紙の記事によれば、“俳優としての仕事が激減したため、このままでは妻を養っていけない”という旨を親しい筋に漏らしていたとの事でした。



私が読んだスポーツ紙の記事だけではなく、週刊誌やワイドショーでも事の真偽については様々な推測記事やコメントが出てきました。でも、やはり当人達が理由を語らない以上は、真相は闇の中という事です。これは長渕 剛との離婚時にもそうでしたが、原因については二人にしか分からないという事なんでしょう。

広岡 瞬はその後、芸能界を引退して渡英。現在はロンドンで日本料理店を経営しています。筆者は広岡が単なる二枚目俳優から演技派への脱却をはかり、苦悩していた頃のテレビドラマ『痛快!ピッカピカ社員』(日本テレビ、1980年)が今でも好きです。「DVD化してくんねぇかな」と密かに期待している一人でもありマス。                      

なかば事実婚、そして死別

本妻公認の同居生活と介護

出典:https://cdn.pixabay.com

石野真子の結婚は上記の二回ですが、入籍はしていないものの夫婦同然の生活を共にする相手がいました。事実婚とかフランス婚とか言うのでしょうが、パートナーの男性には配偶者がいたため「愛人生活」と報道されたりもしていたんです。

ただ、その生活自体は本妻も「主人が選んだ人だから、素敵な方なんでしょう」と公認でした。そこには男性の息子さんも同居していたというのですから、今の“ゲス不倫”とは意味合いが違うような気がします。その相手は元極真空手全日本王者で、不動産会社や警備会社を経営する大西靖人でした。

それだけではなく、岸和田市議、新進党大阪府第18総支部会長、新進党大阪府連常任幹事も務めていました。二人の交際が発覚したのは、2000年ですが、関係が始まったのは、その2年前からと言われています。



お互いに40歳を過ぎた“大人のいい関係”にも、終止符が打たれていまいます。大西氏が2003年に、肝臓ガンで死去してしまうのです。看病から臨終まで夫人と共に看取った石野真子は、葬儀にも列席しています。周囲も、家族として認めていたという事なのでしょう。

彼女にとっての「居心地のいい場所」は、またしても離れて行ってしまったんですね。でも、いつまでも“恋をしていて欲しい”です。こう思うのはオジサン領域にどっぷりと浸かっている、筆者だけではないはずです。

石野真子は女優として「ストレンジャー」に!

「いい出会いがあれば……」

最近の、女優としての彼女の活躍には、目を見張るものがあります。『お迎えデス。』(日本テレビ)や『突然ですが、明日結婚します』(フジテレビ)、『ボク、運命の人です。』(日本テレビ)等々、連投気味。観ている側が体の心配をしてしまう程です。

加えて、コンサート活動にも、力を入れています。見かけによらず、タフですよね。彼女のヒット曲「日曜日はストレンジャー」のフレーズに、「私以外の私になれる」という所があるのですが、違った自分を演じる事が疲労知らずの身体を維持しているのかもしれません。

さて、結婚の件ですが彼女は現在、独身です。結婚に“懲りた”感はなく、「いい出会いがあれば……」とトーク番組等で語ってもいます。3度目がナシというわけではないみたいですネ。

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