デニス・ロッドマンは桜木花道のモデル?現在も色あせないリバウンドキングの伝説

80年代から90年代にかけて、NBAを代表する優れたディフェンダーであり、92年から7年連続リバウンド王に輝くなど歴代でも屈指のリバウンダーであったデニス・ロッドマン。彼が桜木花道のモデルだった?なんていう噂もありますがその真相はいかに?彼は、DETピストンズとCHIブルズで合計5回チャンピオンシップを獲得するほどの実力を持っていました。そんなリバウンドキングと呼ばれるロッドマンのバスケット人生と共にその様々な真相などをご紹介していきたいと思います。

デニス・ロッドマンは最高のNBA伝説のリバウンド王!

NBAの異端児と呼ばれ、リバウンド王のデニス・ロッドマン(本名:デニス・キース・ロッドマンDennis Keith Rodman)をご存知でしょうか?1980年代から90年代にかけてNBAで活躍した身長203cm、体重105kgのバスケットボール選手です。

彼はアメリカニュージャージ州出身で現在56歳になります。当時、NBAでは優れたディフェンダーであり、歴代でも屈指のリバウンダーでもありました。彼は人と違ったことが大好きで髪を様々な色に染めたり、全身にタトゥーを入れたり、コートの外では様々な騒動を巻き起こしたりして、その彼特有の独特な自身のライフスタイルも当時話題を集めました。

引退後には、たまに女装なんかもするお茶目さもあり周りを驚かせたりもしています。カメラマンに 「How are you doing tonight, Dennis? (今晩、調子はどうですか?)」と訊ねられたデニスは、「僕は同性愛者じゃないよ」と答えたなんていうエピソードもあります。

そして、彼にはWorm(ワーム)なんていうニックネームがあります。それは、ロッドマンが幼少期、ピンボールをやっている時に、フリッパーボタンを押す度に、腰をくねくねと動かす癖があったからそんなニックネームが着いていたそうです。

その他にも、敵の間を縫うように動いて、ひょっこりと落下地点に現れてリバウンドをむしり取る様子から、毛虫やミミズみたいなニョロニョロと人の合間をぬっとリバンドを取る動きをするからそう呼ばれるともいわれています。

そんな面白さを兼ね備えたリバウンド王のデニス・ロッドマンの今までのバスケットボール人生を紐といていきます。

華やかに見えるNBAリバウンド王ロッドマンの想像できない過去

リバウンドに才能は関係ない(´・Д・)」 #ロドマン #デニスロッドマン #リバウンド #才能

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ロッドマンは、少年時代をオーク・クリフのプロジェクト(スラムの住人のための公営住宅)で過ごしました。バスケットも本格的に始めたのは大学に入ってからだったそうです。

それまでは空港の整備の仕事などをしたり、ホームレスで万引きを繰り返し、その後偉大なNBAプレーヤーになるとはこの時には誰にも想像がつかないような生活を送ってきたといいます。テキサス州のクッキー郡短大に進学した後、サウスイースタン・オクラホマ州大学に編入。

高校では活躍出来なかったロッドマンですが、ここでは大学の2部リーグに当たるNAIA(全国大学体育協会)で活躍をします。1985年と1986年にこのリーグでリバウンド首位になりNBAのチームにも知られるようになっていったそうです。

そして、1986年デトロイト・ピストンズへ入団。この時期のピストンズでは監督チャック・デイリーに率いられたチームが「勝つために手段を選ばない」、「やり方が汚い」とリーグ中で嫌われるくらい乱暴で激しいディフェンスで知られていたために選手は、バッドボーイズと呼ばれていたそうです。

最近惚れてるわwww #デニスロッドマン #変態 #バスケ #NBA #シカゴブルズ

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1987-88シーズンにロッドマンがいたピストンズはついにNBAファイナルに進出、しかしマジック・ジョンソンのロサンゼルス・レイカーズに敗れてしまいます。

そしてついに1988-89シーズンピストンズはリーグ最高の63勝19敗でNBAファイナルに進んで優勝を果たします。その時、ロッドマンは初めてオールNBAディフェンシブファーストチームに選出され、優秀なディフェンダーであることを世に知らしめることとなります。

ピストンズで初めてのNBA最優秀守備選手賞に輝き男泣きしたロッドマン

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1989-90シーズンのピストンズは3年連続でファイナルに進出し2年連続の優勝を決めました。ロッドマンはこのシーズン初めてNBA最優秀守備選手賞に輝きインタビューされていた時にカメラの前で男泣きして見せました。

きっとよほど嬉しかったのでしょうね。翌年の1990-91シーズンにも同じ賞を受賞ロッドマンは2年連続でリーグ最高のディフェンダーとして認められます

1991-92シーズンですが、この時期ロッドマンは自身のプレイなどに悩み自殺も考えたと自叙伝で語っています。そして、このシーズンが終わると、ロッドマンはサンアントニオ・スパーズにトレードされることになります。

サンアントニオ・スパーズではエースのセンターデビッド・ロビンソンがキャリアの全盛期に入りつつある時代で、ロッドマンはロビンソンの負担を減らしてリバウンド、ディフェンス面でチームに貢献することが彼のチーム内での役割でした。

彼の努力もあってか、スパーズ移籍1年目の1993-94年には、ロッドマンはリバウンド部門でリーグトップの選手になりました。同時にロビンソンもリーグトップの得点王に煌やくというダブル快挙を成し遂げます。

しかし、スパーズに2年間在籍した後にロッドマンはシカゴ・ブルズにトレードされます。この2年間にロッドマンはチーム内でも仲間とうまくいかず、大事な試合に遅刻をしたりといくつかの騒動を起こしてマスコミやチームに変わり者として扱われるようになります。

歌手のマドンナとの交際が話題になったのはこの時期で、彼が髪を染めて登場したのもこのスパーズ時代でした。

ブルズに入団し、ジョーダンやピッペンと史上最高クラスのトリオになる!

1991-92,1992-93のシーズン中に3連覇を果たしていたブルズの中心メンバーだったホーレス・グラントが移籍したために、ブルズにうつったロッドマンは、彼の代わりとしてチームに貢献することが期待されていました。

かつてブルズからも嫌われてたバッドボーイズの一員だったロッドマンピッペンに怪我をさせたことがあったので不安視する声もあったのは事実でしたがロッドマンはフィル・ジャクソン監督に敬意を持ち、当時ブルズが採用していたトライアングル・オフェンスの難しい戦術を早々と理解します。

試合中に興奮してしまうシーンもありましたが、マイケル・ジョーダンスコッティ・ピッペンになだめられてチームのためにプレーをがんばる姿がよく見られるようになりました。

高いバスケットボールIQを持っていたために、マイケル・ジョーダンに「ロッドマンは私を含む誰よりも早く、トライアングル・オフェンスを理解した。」と言われるくらいジョーダンをはじめチームの仲間にいい影響を与えていたそうです。

やっぱりロッドマン派 #デニスロッドマン #rodman #bulls

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もちろん、ブルズの仲間が興奮したロッドマンの乱闘に巻き込まれることもたまにあったようですが、あのジョーダンにそんなことを言われるなんてロッドマンすごいですよね。

ジャクソン監督の元、神様と呼ばれるマイケル・ジョーダン史上最高のオールラウンダースコッティ・ピッペン、そしてリバウンド王ロッドマン3人は最強のトリオとしてセンセーションを巻き起こしたのです。1995-96シーズンのブルズは史上最高クラスのチームとして快進撃を続けました。筆者も実はバスケが大好きでよく見ていました。ほんとにあの3人のトリオは最高でした。

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1997-98シーズンにロッドマンはトニー・クーコッチに代わり先発を外されるという扱いを受けて少し集中力などが欠け始めていました。その年のシリーズはブルズが制し、3年連続の優勝となったのですが、このシーズンが終わるとロッドマンはブルズを退団することになります。

この当時のブルズと言えば、誰もがジョーダンやピッペンという選手を連想するかもしれませんが、彼らがあれだけ活躍出来たのはロッドマンのあの天才的なリバウンド能力や正確なアシストがあったおかげに違いありません。

ロッドマン自身も「コート上でキャリアの全てをリバウンドやディフェンスに捧げようなどという選手は俺以外にはいない。」と言ってますが、バスケの選手ならば誰もが得点を取りたいと思うはずなのに、ロッドマンのように自らの得点に固執しないという姿勢がなければあんなふうにリバウンド王にはなれなかったのでしょう。

ロッドマン引退後にバスケットボール殿堂入りを果たす

ブルズを退団後、1998-99シーズンはしばらくどのチームとも契約せず、シーズン後半の2月にフリーエージェントとしてロサンゼルス・レイカーズと契約しましたが、23試合に出場し、2ヶ月後の4月に解雇され、それと同時にロッドマンのリバウンド王獲得の記録は途切れることとなってしまいます。

2011年にデトロイト・ピストンズはロッドマンのピストンズにいた時の背番号「10」を永久欠番にすることを発表し、同じ年に、ネイスミス・メモリアル・バスケットボール殿堂入りが決定し、バスケットボールに対して貢献したと認められ、栄誉が称えられました。

彼は奇行や問題も多かった人ですが、こうしてNBAからもちゃんと認められていたということは本当に彼の努力の賜物だと思います。

桜木花道のモデルがデニス・ロッドマンってホント?

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さてさて、題名にもなっていたスラムダンクの桜木花道問題ですが・・・・まず最初に真実から申し上げると、ロッドマンは桜木花道のモデルではないそうです。

背番号10番リバウンド王真っ赤な髪の毛という類似の点から、スラムダンクの主人公、桜木花道はロッドマンがモデルに描いたのではないかと思われています。

しかし、スラムダンクを描いた井上先生がインタビューで桜木にモデルはいない。しいて言うならチャールズ・バークレー」と語っているそうで・・・・確かに、スラムダンクが連載開始された時には、まだロッドマンはリバウンド王とは呼ばれていませんでしたし、髪の毛も赤くはありませんでした。

ロッドマンが髪をいろいろな色に染め始めたのは先程もご紹介したように、スパーズに移籍してからになります。ということは、スラムダンクの方が先に出版されていたということになりますものね。先に出したのにモデルにはなれませんからね。

確かに共通点が多くて、漫画家の先生がおっしゃる通りにロッドマンが桜木花道のモデルではなかったとしてもモデルだと思われても仕方がないくらい様々な奇遇が重なっていて不思議です。

もしかしたら?逆にスラムダンクを見てロッドマンの方が真似したのかも??なんて思ってしまったりします。(あくまでも筆者の独り言ですので・・・ロッドマンファンの方お許しを・・・)

ロッドマンが愛用したバッシュ”Air Shake NDestrukt”が復刻!

ロッドマンのバッシュと言ったら、真っ先に思い出すのが1997年に登場したナイキのエアベイキン(NIKE AIR BAKIN)。デザインがとても派手で話題となりましたよね。

NIKEと契約をしてロッドマンが履く予定だったバッシュでしたが、ソールにあるAIRのロゴがイスラム教の唯一神Allah(アッラー)の文字に似ているということでイスラム教徒からクレームが入り急遽販売を中止してNIKEが回収した幻のモデルです。

その上、ロッドマンはコンバースとの契約が決ったために試合では着用しなかったバッシュです。

ちょっと履けないと思うくらい派手なデザインのバッシュでしたが、あまりにカッコイイと思った筆者は、履かずに飾っておけばいいと思い、買ってプレゼントした覚えがあります。ホントかっこよかったですもん。

ロッドマンのシグネチャーモデルNIKE AIR SHAKE NDESTRUKが3カラーで復刻日本発売!

ズーッと欲しかったやつ 中学の時の欲しすぎてアメリカまで行って《バー様とね+アメリカ親戚いたからよ》 探してアメリカの有名なショッピングモール5日間もめぐり血みどろで探し 《英語しゃべれねーよ》もちろん そしてとある黒人に言われた《Japan》❓❓❓ 英語わかんねーけど 多分 《俺の想像・英語わかんねーから》オメーの国が買いあさって全部日本にあるよ ってな感じか‼️ と….. そん時わぁ結局手ブラで帰国 ずっと欲しかった それから21年✨✨✨ ・つ・い・に・✌️ #ナイキ#nike✔️#nikeairshakendestrukt#airshake

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エアワームなんて彼のニックネームが着いたバッシュもありましたね。そして、NBAを代表するリバウンド王「デニス・ロッドマン(Dennis Rodman)」のシグネチャーモデルNIKE AIR SHAKE NDESTRUKT(ナイキ エア シェイク インデストラクト)が2017年5月13日にカラーはブラック×ホワイト、ホワイト×レッド、ホワイト×ネイビーの3カラーで復刻&国内発売になりました。

海外ではすでに先月4月28日から販売されている商品です。足首上部に入った大きなナイキのスウィッシュがとても印象的。バッシュの内側にシューレスが配置されていて、甲の高さに合わせて調整しやすい構造が特徴です。

筆者も当時訪れていたハワイでジョーダンのファンだったのに、なぜかこのバッシュには一目ぼれして買ったのを思い出しました。まだ家のどこかにあるはず・・・・当時の日本でのスニーカー人気はものすごくて、海外へ行っては日本人が買い占めていたのを思い出しました。

目立ちたがり屋で他人とは違う事をする彼だからこそのあの背番号

#Dennisrodman

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バスケットのユニフォームで目立つのが背番号ですね。試合中も背番号で遠くからでも誰なのか分かりますし、名前などよりも分かりやすいのがいいですよね。

背番号にはどのアスリートもこだわりがあるようで、好きな番号などもあるのかもしれませんが、たいがいは違うチームにうつっても同じ番号を欲しがる方が多いと言われています。

デニス・ロッドマンの背番号ですが、所属したチームによって背番号が違います。ピストンズやスパーズでは昔から着けていた背番号10番シカゴ・ブルズでは背番号91番レイカーズでは背番号73番をつけていました。

そして、彼がシカゴ・ブルズに移籍した時には、それまでつけていた背番号10番が永久欠番だったために9+1=10になるので背番号91番をつけていました

Worm #dennisrodman #sanantoniospurs

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レイカーズに移籍した時はシカゴ・ブルズとは少し変化をいれたのか7+3=10になるので背番号73番にしたそうです。NBAでは、55以上の背番号を使うには特別申請が必要なのにも関わらず、目立ちたがりやで人とは同じことを嫌う彼らしい番号になったのかもしれませんね。

これもきっと彼の1つのこだわりだったのかもしれませんね。2011年には、デトロイト・ピストンズがデニス・ロッドマンの背番号10番を永久欠番とすることを発表しました。すごいことですよね?背番号が永久欠番になるなんて・・・

“悪童”でお馴染みのロッドマンのTシャツはエクスクルーシブアイテムもある!

90年代当時は、NBAブームだったのかNBAプレーヤーのナイキやアディダスのバッシュやTシャツやユニフォームが大人気でした。ロッドマンの人気も高くオフィシャルのものはもちろんですが、アンオフィシャルな物もたくさん出ていた記憶があります。

コービーやロッドマン、ピッペン、ジョーダンなど人気のプレーヤーのTシャツは入荷するとすぐに日本では売り切れになっていました

2014年には、若い男性向けのファッションブランドAPPLEBUM(アップルバム)がTadaomi Shibuyaとコラボし新作グラフィックに、リバウンド王デニス・ロッドマンを使用しましたね。

きっと街中や雑誌などで見かけたことがある方も多いでしょう。今では中古でも手に入らないエクスクルーシブアイテムとなったTシャツもあるようですね。気になった方は探して見られるといいですよ。

天性の才能?いえいえ、「リバウンドは情熱で取るもの」というロッドマンの努力

Nike Air Shake NDESTRUKT worn by Dennis Rodman • Nike Air Penny worn by Penny Hardaway • 1996 Playoffs

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実は、ロッドマンオフェンスリバウンドが飛びぬけて多いのが特徴な選手です。リバウンドを沢山取るには大きいほうが有利な気がしますが、彼はNBAの中では小さい方にあたるためオフェンスリバウンドを取ってから一度着地し、再び飛び上がってシュートすることはとても不利だと感じていました。

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そこで、賢く努力家な彼は考えました。リバウンドとシュートを一緒にしてしまえ!と・・・・思ったかどうかはわかりませんが、リバウンドをティップインしてしまえば点が入ると思ったようです。

ちなみに、ティップイン(tip in)とは、味方が外したシュートを指先で軽く弾いてリングに入れるシュートのことです。ティップはリバウンドにカウントされるために、指先さえボールに触ってしまえばロッドマンにとってオフェンスリバウンドはより簡単だったのかもしれませんね。

ロッドマンのバスケットボール人生を振り返ると彼のリバウンドセンスというものは天性のものと言われることが多いのですが、実は人一倍努力して手に入れたリバウンド力なのだそうです。

NBAに入ったばかりの頃は、チームメイトが全員帰った後に一人で様々な角度からシュートをする練習をして、どこからどんなふうにシュートするとどんなふうにボールが跳ね返ってくるのかなど、どんなふうにリバウンドすればいいのかなどを自ら研究していました。

その真面目な姿勢というものはどのチームに行っても変わることなく続けていたそうです。チームがシュート練習している時には、自分は練習せずに、仲間がひとそれぞれシュートにも特徴や癖が違うので、チームメイトのシュートをじっと観察していたそうです。

ロッドマンの成功はこんなふうに自ら研究し、学び、努力していたおかげなのかもしれませんね。バスケットボールをバカが着くほど愛していた点ではたとえモデルではなかったとしても、スラムダンクの主人公の桜木花道とロッドマンはある意味おなじなのかもしれませんね。