城島健司の現在は釣り師!現役時代の成績や裏話も徹底紹介!

現在は釣り師!史上最強の日本人捕手としてアメリカメジャーリーグに渡り、ヤマト魂を見事に魅せ、多くのファンに夢と希望と強さを魅せてくれた城島健司の魅力に迫る!

城島健司とは一体どんな人物



城島健司はプロの釣り師です。というのは半分冗談で、城島健司は元日本を代表するプロ野球選手で、アメリカメジャーリーグにも所属していた凄い人なのです。

打っては打率3割を超え、30本以上の本塁打を放ち、チャンスにも強く、守っては捕手として盗塁阻止率が高く強肩。城島健司は座ったまま一塁や二塁に牽制や送球を行うのです。

これは方が強くなければできませんし、ランナーにとってはとても厄介な武器となります。城島健司の強肩ぶりは「ジョー・バズーカ」と称されておりMLBにおいても評価されていました。

プロ野球を引退した城島健司はタレントなどで活躍をしていますが、釣り師としての顔も持っています。幼い頃から釣り好きの城島健司は現在福岡のローカル釣り番組などに出演したりしています。

城島健司とは!?

城島健司といえば師匠の工藤公康氏(現ソフトバンク監督)を思い出しますが、そのことについては後ほど触れるとしまして、城島健司は世界の本塁打王「王貞治氏」に憧れて野球を始めました。

巨人に入団することが夢だった城島健司は甲子園出場こそなかったものの1年生の頃から4番を任されるなど高校通算70本塁打を放ち、別府大学付属高校で活躍していました。

しかし城島健司は1995年、福岡ダイエーホークスにドラフト1位で入団しました。それは憧れの「王貞治氏」がホークスの監督に内定していたからです。

新人時代の城島健司は捕手としての首脳陣からの評価が低かったが、深夜に工藤公康や、武田一浩らベテラン選手の部屋を訪れ配球など捕手としての勉強をしていたと言います。

史上最強キャッチャー城島健司

もうすぐドラフト、、 #ドラフト会議 #城島健司

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もしもという言葉はあまりにも非現実的すぎる言葉ですが、プロ野球選手でMLBに挑戦した選手において、もしも日本でプレーを続行していたらどんな成績を残していたのでしょうか?

インターネットで史上最強のキャッチャーを調べると、大概1位は三冠王を獲得し王貞治氏に次ぐ657本塁打を放っている野村克也氏の名前が挙がります。

では城島健司はというと、ベスト10中で大概上位にランクインしていますが、多少のばらつきがあります。4位だったり、8位だったり。しかし城島健司は数多くいる最強キャッチャーの中で唯一のメジャーリーガーです。

城島健司がキャッチャーとして最も高く評価されているところは、盗塁阻止率です。NPBにおいてもMLBにおいても城島健司の強肩は史上最強クラスなのです。

日本だけなら通算本塁打数はもっと増えていた!?



多くの日本人選手がアメリカに渡り、その差を見せつけられるのは、技術やスピードよりも圧倒的にパワーではないでしょうか。城島健司はNPBでプレーをしていた際、30本塁打以上を放つ強打者でもあったのです。

城島健司がアメリカに渡った1年目144試合に出場し打率.291、18本塁打と十分に日本人捕手が通用することを見せつけました。城島健司はよく打ちました、しかしこれが日本国内であればもっと本塁打数を増やしていたかもしれません。

たらればの話になってしまいますのであくまでも未知数の話ですが…。

それにしても城島健司は捕手という一番難しいポジションにおいて言葉の壁をものともせず、4年間ほぼ正捕手としてマリナーズの扇の要を守っていたことはまさに史上最強のキャッチャーです

工藤公康との関係って!?

#城島健司 #ダイエーホークス #ソフバンクホークス

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プロ野球選手ってすごいなぁと思った瞬間がありました。それは2005年の7月23日のオールスター戦での出来事です。6回表、当時ジャイアンツに在籍していた工藤公康がマウンドに上がったのです。

対戦する打者は城島健司、この師弟対決に球場は盛り上がります。1球目のストレートは低めにボール、続く2球目の変化球はストライク、これに対し城島健司は投手工藤公康に対し、

「ストレート投げてこい!」とジャスチャー。


この挑発に乗った42歳2ヶ月の球宴最年長記録を更新した左腕工藤公康。工藤、ストレートを投じると、タイミングどんぴしゃり!城島健司の打った打球はレフトスタンドへ本塁打!これぞプロというものを魅せていただきました。

工藤公康が試合中に育てた!?

このユニフォーム復帰希望。 #sbhawks #ダイエー #ホークス #城島健司

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城島健司は入団1年目ワンバウンドの捕球に難があり、キャッチャーに向いていないと云われていました。

二軍で猛特訓を積んだ城島健司はバッティングが良いこともあり、高卒3年目にして一軍の正捕手となっていきました。城島健司は深夜に工藤公康や武田一浩に教えをもらい勉強を続けました。

テレビの中継などでも見かけましたが、工藤公康が先発の試合では配球について、マウンドの上の工藤から何度も問いかけられたりイニング間にベンチで怒られていたりする様子がありました。

城島健司は「あれがあるから今の自分があるという気がする」、「工藤さんには本当にいろんなことを教えてもらった」と述べています。

これに対し工藤公康は「僕が育てたんじゃなくて彼が自分で育った」と述べています。

城島健司の現在は釣り師

釣り漫画の主人公にでもなりそうなほど、似合っていますよね。城島健司はプロ野球を引退後、釣り師として活躍しています。冗談なのか野球の取材は断っても、釣りの取材はなんでも受けるという程の熱の入れっぷり。

城島健司の釣り好きは幼少の頃から父親とよく釣りに行っていたことから、現在に至っても海釣りを好んでいます。現役時代も城島健司といえば釣りでした。

地元の新聞や釣り雑誌では、「プロ野球選手城島健司」ではなく、「佐世保市の城島さん」として掲載されました。

城島健司は長崎県の五島列島などを管轄している丸銀釣りセンターの釣り大会で優勝するなど、釣り人としても好成績を残しているのです。

城島健司の成績を振り返る



それでは城島健司の成績を振り返っていきましょう。城島健司は日米通算で18年間一軍でプレーをしました。合計試合数は1785試合です。通算打率は.282、通算本塁打数は292本、通算打点は1006打点です。

NPBだけを見ていくと通算14年間、ホークスで11年間、阪神タイガースで3年間プレーをしました。通算は1323試合、打率.296、244本塁打、808打点です。

城島健司はアメリカメジャーリーグ、シアトル・マリナーズで4年間プレーをし、462試合、打率.268、48本塁打198打点という成績を残しています。

城島健司は強肩キャッチャーとして知られ、日本で4度の阻止率No1MLBでは1度の阻止率No1に輝いています。

城島健司の表彰など

城島健司は数多くの表彰を受けています。MVP1回2003年)、ベストナイン6回1999年−2001年、2003年−2005年)ゴールデングラブ賞8回(捕手部門・1999年ー2005年、2010年)。

最優秀バッテリー賞5回1999年・工藤公康、2000年、吉田修司、2001年、田之上慶三郎、2003年、斉藤和巳、2004年、三瀬幸司

日本シリーズ優秀選手賞2回(1999年、2003年)、日本シリーズ敢闘賞1回(2000年)など。

MLBにて、Baseball Digest ルーキーオールスターチーム(捕手部門 2006年)。

指導者としての復帰はあるのか?



帰ってきた「ジョーバズーカ!!」なんて見出しが書かれるんでしょうかね。もし城島健司が球界に復帰したら。しかし残念ながら城島健司の球界復帰は今の所なさそうですね

2017年の宮崎キャンプに臨時コーチとして城島健司を招へいした福岡ソフトバンクホークスでしたが、時間の調整が合わず見送りとなりました。

どうやら城島健司は今は、野球よりも釣りなんですね。でも野球ファンとしてはもう一度城島健司のユニフォーム姿を見て見たいというのは本音で、いつしかその風向きが変わるのをじっと待つとしましょう。

この件に関してはファンや球界関係者が釣り人で、城島健司が大物レアな魚といったところでしょうか。

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