坂口良子の若い頃が美人すぎる!その秘密は波乱万丈の芸能生活にあった?

今から46年前にデビューした坂口良子は、当時「お人形さんみたい」と揶揄されるほど可愛かったです。加えて、その頃から「女優としてのオーラ」を放っていました。そんな彼女が旧逝したのが57歳の時です。可愛らしさに大人の美しさも併せ持った坂口良子の足跡を辿り、“美”の秘密に迫ってみましょう。

「ミス・セブンティーン」で北海道から上京

デビューは沖 雅也主演のドラマだった



坂口良子は1955年に北海道余市郡余市町で生まれ育ちました。1971年、小樽の高校在学中に応募した「ミス・セブンティーン」で優勝してデビューのために上京しています。テレビドラマ『さぼてんとマショマロ』(1971年、日本テレビ)に出演、デビューを飾りました。

この作品は「セブンティーン」誌に連載されていたマンガが原作で、坂口が「ミス~」だったためのキャスティングだったのでしょう。主役は沖 雅也と吉沢京子で、彼女は役名もないチョイ役です。当時、小学校低学年の筆者も「可愛いコだなぁ」程度にしか記憶にはありません。

そんな坂口でしたが次作の『アイちゃんが行く!』(1972年、フジテレビ)では、主役に抜擢されました。ここから、女優としての本格的な活動がスタートしたと言えます。



テレビドラマで主役を張った実績と、群を抜く可愛らしさで坂口良子には、次々と出演のオファーが来るようになりました。岡田可愛・范 文雀で人気を博した『サインはV』(1973年、TBS。タイトルは同じだが、内容は新作。写真・上)の続編的作品への主演等がいい例ですね。

併せて、重要な役でゲスト出演する機会も増えていきます。色々な現場で“演技”を勉強・吸収するための「格好の場所」だったのではないかと思います。

『傷だらけの天使』(1975年、日本テレビ。写真・下)もそのひとつで、脚本・市川森一、監督・児玉 進(青春ドラマからアクション、時代劇と幅広く活躍)、主演・萩原健一というメンバーの中で揉まれていった事が大きな財産になったという気がします。

坂口良子は“お人形”のように可愛かった!

巨匠達に鍛えられて演技力も磨く!



出演作に恵まれていたと言える坂口良子に、今度は倉本 聰脚本の『前略 おふくろ様』(1975年、日本テレビ。写真・上)のレギュラーの話しが舞い込みました。倉本作品は台本読み(ほんよみ)の段階から、特に丹念に作り込んでいく事で有名です。それに付いて行った事が、坂口にとって大きな自信になったのではないでしょうか。

翌年の第2シリーズにも出演しましたが、最初の頃と比べると演技が格段に上手くなっている事が如実に現れています。当時、金曜21時台といえば、裏では「赤いシリーズ」が全盛です。筆者も百恵ちゃんのファンでしたから観ていましたが、’75年と’76年だけは『前略~』派です。

また、坂口と同世代の桃井かおりとの若い才能のぶつかり合いも、見応え満点です。この『前略~』は、若手もレベルが高かったドラマでしたね。



まるで“お人形さん”のように可愛い坂口良子でしたが、その可愛さがひときわ目を惹いたのが映画『犬神家の一族』(1975年、写真・下)です。メガフォンを取ったのが映像美で知られる市川 崑監督なので、その「人形さ加減」を、いい具合に映してくれました。

その姿は美しいというよりも可憐で、戦後間もない信州の山間部・湖畔の自然に溶け込んで、ホントに可愛いかったです。スクリーンでも見劣りしないのですから、彼女は“本物”という感じでした。その後も、金田一シリーズの『獄門島』(1977年)、『女王蜂』(1978年)に立て続けに出演します。

坂口の放つ女優のオーラの片鱗を、市川監督は見逃さなかったという事ですね。さすがは、巨匠と言われただけあって眼力も一流です。

坂口良子、本格派女優へ演技開眼!「大人の女」も演じきる!

キャリアウーマン役で、イメージチェンジに成功



少女期から大人の女優へと、脱皮をはかる時のタイミングは難しいとされています。その移行をスムーズにやってのけたのが坂口良子です。『池中玄太80キロ』(1980年、日本テレビ)で、通信社に勤務してバリバリと仕事をこなす記者・暁子役(写真・上)を見事に演じきって、彼女は真の女優へと変貌しました。

主役のカメラマン・西田敏行をはじめ、編集長に長門裕之同僚に三浦洋一、井上純一、そのほかにも松尾和子、藤谷美和子、杉田かおる、星野真弓(現・寺尾 聰夫人)、丹阿弥谷津子、宇野重吉等々と共演陣も豪華でした。ああいったノリのドラマを再び作ってもらえないかと、オジサン筆者は密かに切望している次第です(笑)。

この作品以降、キャリアウーマン役が多かったのも、うなずける演技でした。

レアシリーズ② …早くプレイヤー買ってもう一度聴きたい♫ #坂口良子

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この後も『田中丸家御一同様』(1982年、日本テレビ。写真・下は同番組テーマ曲「まるで少年のように」)で美容室一家でドロップアウトした長女役を、『みんな大好き!』(1983年、日本テレビ)では、奔放なシングルマザー役を好演して、女優としての位置を確固なものとします。

勿論、可愛さは相変わらずですが、美しさにも磨きがかかってきたのは言うまでもないです。“翔んでる”(死語)オンナ=坂口良子という図式が成り立っていた時代でもありました。

そのほかにも、民放各局では2時間ドラマの制作が盛んになり、こちらでの出番も増えていきました。この頃は時代劇へも出演するようになり、坂口の女優としての才能が一気に開花した時期であると言ってもいいのではないかと思います。

結婚・出産、そして離婚を機に本格的にカムバック!

順風満帆には行かなかった結婚生活

出典:https://cdn.pixabay.com

坂口良子は1986年に、不動産業経営に携わる一般男性と結婚します。上京以来、がむしゃらに走ってきた女優業のペースを落として(年間数本の2時間ドラマに出演)、妻として主婦として家事にいそしむ日々を送る事となりました。二人の子宝にも恵まれて、子育ても加わり主婦業はますます多忙を極めてきます。

そんな日々も束の間、坂口に悲劇が襲いかかりました。バブル経済の崩壊で夫の会社が経営破綻、多額の負債を抱えてしまいます。それだけならまだしも、彼女が知らぬ間に連帯保証人になっていた借金もあり、個人資産も全て失ってしまったのです。

出典:http://4.bp.blogspot.com

しかし、10代から大人社会で揉まれて来た彼女は、ここでめげてはいませんでした。離婚(1994年)して子供二人を引き取り、仕事中心の生活にシフトをする事を決心したのです。「子供には淋しい思いをさせたけど自分の分の借金は完済した」と後年、彼女は雑誌の取材で答えています。

容姿は可愛らしい“お人形さん”ですが、坂口は芯の強い女性に成長していたんですね。というか、北海道からひとりで上京してきて芸能界で生きていくと決心した事自体、芯の強いコでないとできないですよね。今さらながら、脱帽モノです(※画像はイメージです)。

坂口良子の強み!安定した演技で活躍

美形に加えて演技力も魅力



結婚を間に挟み、坂口良子はシリーズ物や単発の2時間ドラマに数多く出演していました。なかでも人気だったのは、火曜サスペンス劇場(日本テレビ)の「京都・女性記者シリーズ」で、1988年~1993年までの間に9本作られています。

この作品は、毎朝新聞京都支局記者の三木旦子(坂口)が活躍するシリーズ(写真・上は1993年の『京都氷室殺人街道』)です。この他にも同枠では「松本清張シリーズ」や「当番弁護士シリーズ」にも坂口は主演しています。犯人役よりも、謎を解く側が多かった覚えがあります。美形でも“悪女顔”ではなかったんですね。

遺作となった『渡る世間は鬼ばかり ただいま!!2週連続スペシャル』(2012年、TBS)では、真(えなりかずき)の先輩・長谷部と妹のまひるの母親役で出演。艶やかな和服姿で、好演していました。



坂口良子は時代劇でも活躍しています。その代表作とも言えるのが『暴れん坊将軍Ⅵ・Ⅶ』(1996年~1997年、テレビ朝日)です。こちらでは、め組の頭の辰五郎(北島三郎)の妻・おさいさん(写真・下)を演じていました。カツラも似合っていて、小粋な江戸女を上手く表現していたのが忘れられません。

もともとNHK大河ドラマ『草燃える』(1979年)、『武蔵 MUSASHI』(2003年)や『真田太平記』(1985年、NHK)への出演歴もあるので、時代劇ファンには馴染みだったんですけど……。健在ならば、一昨年の大河『真田丸』にも“真田繋がり”で出演して欲しかったです。

このように彼女は、サスペンスから時代劇まで、安定した演技で役を任せられる女優へと成長して行ったのです。この頃は、美しさも成熟期を迎えていました。

最愛の男性と再婚、しかし坂口良子の幸せな日々を病魔が蝕む

15年間の事実婚を経て再婚へ

離婚してシングルマザーとして、子育てや借金返済を一人で頑張っていた彼女に新しい出会いが生まれました。仲間内では「好みのタイプ」「大好き」と言ってはばからなかった、プロゴルファーの尾崎建夫がその人です。

坂口良子は共通の知人に頼み込んで、尾崎氏を紹介してもらう事に成功しました。以来、交際は順調に進み、未入籍のまま子供と4人で一緒に暮らす事になります。筆者(と大方のファン)の想像ですが、坂口は「二人の子供の独立のタイミングを見て正式に結婚するんだろうな」と思っていました。

そして事実婚生活から15年が経過した2012年8月に正式に入籍をしました。この模様は『ぴったんこカン・カン』(TBS)で紹介され、視聴者の共感を得ています。挙式と披露宴は新郎の郷里・徳島で行われたのですが、兄の尾崎将司が太鼓を叩いたりと温かい宴でした。

婚姻届を尾崎氏が役所へ提出しに行ったシーンも撮影されていて、「女優だよ、女優と結婚するんだよ」と窓口の女性職員(多分、尾崎氏の幼馴染と思われる)に言いながら、本当に嬉しそうな表情をしていたのが脳裏に焼き付いています。シニアツアーで賞金王に輝いた時よりも、嬉しそうな顔をしていましたよ。

しかし、そうした幸せも長くは続かなかったのです。既に彼女の体はガンに冒されていました。それでも「暗いイメージが付くと視聴者がドラマを楽しめない」との思いで、病気を隠しての『渡鬼』への出演(遺作)だったと言います。

尾崎氏も病気の事は知っていたのでしょう。ふたりは“覚悟の入籍”をしたと言えます。

そして2013年3月27日、坂口は横行直腸ガンおよび肺炎で還らぬ人となりました。享年57歳、早すぎた死です。この訃報に「順番が違うだろう!」とコメントした西田敏行の顔も忘れられません。

坂口良子が駆け抜けた、芸能界での足跡とは?

“可愛さ”と“美しさ”の裏には「強さと逞しさ」も兼備



『傷だらけの天使』と『前略 おふくろ様』で坂口良子を観た時に筆者は、「こんな可愛いコが、世の中にはいるんだ!」と正直に思いました。それは憧れというよりも、驚きでした。やがて、可愛い少女だった彼女は愛らしさはそのままに、美しさも備えていったんですよね。

しかし、彼女の芸能生活は決して“平坦な道ではなかった”という事にも気づきました。離婚時の莫大な借金の返済や闘病生活等々、坂口は幾多の苦難を与えられていたと思います。

それでも坂口は、それらを表には出さずに「女優」として天寿をまっとうしました。その生き方に、カーテンコールを贈らずにはいられません。女としての「強さ・逞しさ」も女優にとっては必要だと、彼女は教えてくれたような気がします。

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