ルイス・スアレス3つの偉業と3つの愚行!問題児&最強ストライカーの軌跡を徹底紹介!

現役最強のCFは誰か?おそらくルイス・スアレスこそ最も相応しい存在です。2015-16シーズンにはメッシやクリロナを抜かし、リーグ戦で40得点を挙げてピチーチ賞を獲得しました。スアレスはかなりの問題児ですが、とても深みのある面白いサッカー選手なのです。ルイス・スアレスのダーティかつ天才的なサッカーセンスを知れば、もっと楽しくサッカー観戦ができますよ。

天才で問題児?ルイス・スアレスとはどんなサッカー選手?

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スペインのリーガ・エスパニョーラでは2人の人間がここ10年間ほど、世界最高いや史上最高のFWとして君臨しています。言わずもがなお分かりなように、リオネル・メッシクリスティアーノ・ロナウドのことです。2009-10シーズン以降は、異常な得点力を持つこの2人が、得点ランキング1位を独占してきました

しかしです。この2人の信じられないようなハイレベルな得点王争いに、とうとう待ったをかけるCFが現れたのです。ルイス・スアレスです。 バルセロナ加入初年度の14-15シーズンこそ、8位の16得点でしたが、翌年の15-16シーズンには水を得た魚のように大爆発。メッシとロナウドを上回る40得点を記録しました全試合38試合の中で40得点です。つまり試合数より得点数の方が多いのです。信じられませんよね?

ルイス・スアレスの幼少期はどんな子どもだったの?

Muy FELIZ NAVIDAD A TODOS ???????? LOS AMO MIS AMORES @sofibalbi ???

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スアレスは現在は2児のパパとして、SNSに家族の仲睦まじい様子をちょくちょくアップしています。なんでもバルセロナの同僚である、リオネル・メッシ一家とは家族ぐるみでの付き合いがあるようで、試合のオフの日やシーズンオフには、一緒に家族でショッピングをしたりBBQをしたりしているようです。

ちなみに奥さんはソフィア・バルビさんという方で、14歳で知り合ってから交際を続けて結婚しました。イメージとは違って、スアレスは一途なタイプなんですね。

自身の幼少期は貧しい家庭の、7人兄弟の1人として育ちました。幼少期には裸足でプレイしていたようで、性格も幼少期から気性が非常に荒く、たびたび癇癪を起こしたりもしていたそうです。英国の心理学者にはかみつき癖についても、幼少期の家庭環境に原因があると分析されています。

ルイス・スアレスのデビューから現在まで



スアレスはナシオナル・モンテビデオという、母国ウルグアイのサッカーチームのユース出身の選手です。14歳でナシオナルの下部組織に入団した頃は、父が家出をして苦しくなった家計を助けるため、バスの清掃の仕事もしていました。しかしサッカーをする他に発散方法のないスアレスは、友人たちと夜遊びに出歩くようになります。

コーチからも真面目にプレーしないと、二度と試合に出さないぞと脅されてしまいます。しかしそんな彼を救ったのは、後に妻になるソフィア・バルビとの出会いでした。ソフィアに励まされたスアレスは更正し、サッカー選手として成長を遂げます。2005年にトップチームデビューをすると、27試合に出場して10得点を記録。

フローニンゲン時代

出典:https://ja.wikipedia.org

ナシオナルでの好パフォーマンスで注目されるようになり、翌年の夏にはオランダのフローニンゲンからオファーが届き移籍金80万ユーロでスアレスは欧州へと渡りました。2003年頃にソフィアさん一家がスペインのカタルーニャに移住して、遠距離恋愛になっていたこともあり、これは願ったり叶ったりのオファーでした。

ソフィアさんと同じく欧州での生活となります。とはいえ、カタルーニャとフローニンゲンは距離があるので、ナシオナル時代と同じようにここでも、スカイプ経由で連絡を取り合っていたそうです。フローニンゲンでは全37試合に出場し15ゴール。リーグ戦では29試合出場の10ゴールと、好成績を残しています。

アヤックス時代

出典:http://www.ajax.nl

2007年の夏に移籍金750万ユーロ(約8億4000万円)で、アヤックスへと移籍をします。このアヤックス時代はスアレスにとって、サッカー人生の転機となります。3年半の在籍で110試合に出場し、81得点と大活躍したのです。

移籍初年度の2007-08シーズンは17ゴールで、得点ランク3位に入り、カップ戦含めると41試合出場の20得点。2年目の2008-09シーズンは、ムニル・エル・ハムダウィと得点王争いをし、最終的に22得点を挙げ得点ランク2位につけました。 そして3年目の2009-10シーズンは、アヤックスのキャプテンに任命されました

出典:http://www.ajax.nl

このシーズンはキャプテンとしての意地か、破竹の勢いで活躍をしていきます。RKC戦ヴァールヴァイク戦では残り20分でハットトリックを達成し、歴代10位の若さでエールディビジ通算50得点を達成。あのマルコ・ファン・バステンもこのランキングに名を連ねています。

このシーズンは開幕からゴールを量産し、ハットトリックを4度も達成。最終的にこのシーズンは35ゴールを挙げ、リーグ得点王に輝きました。試合数よりゴール数の方が多いのですから、異常な記録です。このスアレスの闘争心に触発され勢いづいたたチームは、翌年のシーズンで優勝を飾ります

翌年の2010‐2011シーズンは13試合出場したところで、スアレスはリヴァプールへと移籍してしまいますが、チームはこの年から4年間でエールディビジ4連覇を達成しました。

リヴァプール時代



2011年1月の冬のマーケットで、5年半契約でリヴァプールFCへと移籍をします。アヤックスには移籍金2280万ポンド(約29億8000万円)が支払われました。移籍直後のストーク戦で初ゴールを決めてインパクトを残しました。

2011‐2012シーズンはユナイテッドのパトリス・エブラに対する人種差別発言で、8試合の出場停止処分を食らったりもしましたが、31試合で11ゴールとまずまずの記録。

2012‐2013シーズンは得点ランク2位の23ゴールを能力値の高さを示しましたが、第34節のチェルシー戦でイバノビッチの腕に噛み付き、キャリア2度目の噛み付き事件を起こしてしまいます。直後に謝罪しましたが、これによりFAから10試合の出場停止処分を科せられ、メディアからは放出も噂されるようになりました



しかしスアレスは残留し、2013‐14シーズンはリヴァプール時代で最高の成績を残します。開幕からの5試合出場停止をものともせず、残る33試合全てに出場し31ゴール12アシストの大活躍。リヴァプールの選手としては、98‐99シーズンのマイケル・オーウェン以来の得点王となり、ゴールデンシューを受賞

チームは惜しくも優勝を逃しましたが、快進撃の立役者となったスアレスは大きな評価を受けました。しかし直後の2014年ワールドカップで、またもスアレスは問題行動を起こします。グループリーグ第3戦のイタリア戦で、イタリア代表DFジョルジュ・キエッリーニの左肩に噛みついてしまったのです。

バルセロナでの現在

Felicitaciones amigos!!!! Muy orgulloso por ustedes. Me alegro de verdad ???

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さすがに3度目は情状酌量の余地はなく、 FIFAによってウルグアイ代表としての公式戦9試合出場停止スタジアムへの入場禁止を含むサッカーに関するあらゆる活動の4カ月間禁止、ならびに10万スイスフランの罰金という処分が下されてしまいます。そんななか7月にFCバルセロナへの移籍が決定します。

5年間契約で移籍金は8400万ユーロでした。突然のサッカー界の悪童の獲得に、バルセロニスタの多くは否定的でした。移籍後はスポーツ仲裁裁判所の裁定により処分が一部緩和され、練習参加とスタジアムへの立ち入りは認められました。10月24日に処分が終了すると、リーガデビューはなんといきなりエル・クラシコの大舞台でした。

Vamos equipo! A 1 partido de conseguir el objetivo!! Força Barça!! @leomessi @danid2ois

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この試合でスアレスは右WGとして先発し、開始3分で先制点をアシストします。CLグループステージのAPOELニコシア戦で、公式戦初得点を記録し、16節のコルドバ戦でリーグ戦初ゴール。シーズン前半は得点こそ伸び悩んだものの、徐々にその能力値の高さをバルセロニスタに認めさせていきます

シーズン後半になると、持ち前の得点力を発揮します。デビュー戦以来の2度目のクラシコでは、初クラシコゴールで決勝点を決めます。シーズン終盤には移籍後初のハットトリックを達成し、終わってみればシーズン途中からの参加ながら、公式戦25ゴール21アシストを記録しチームの三冠達成に貢献しました



2015‐2016シーズンは世界最高のCFとして、いくつもの大記録を打ち立てました。10月31日のヘタフェ戦では、欧州デビュー後300得点を記録。11月21日のクラシコでは2得点を挙げ、2年連続で2桁得点を記録。12月17日のクラブワールドカップ、広州恒大戦では大会史上初のハットトリックを達成

大会通算5ゴールで得点王とMVPに輝きました。さらには1シーズンに公式戦50ゴールを達成した3人目の選手リーガ史上3人目のシーズン40ゴール達成と、最終的にはリーグ戦40ゴール、公式戦59ゴールを記録してメッシとロナウド以外では7シーズンぶりの得点王に輝き、2度目のゴールデンシューを獲得しました。

これが天才の凄さ!ルイス・スアレス3つの偉業!

ウルグアイ代表では通算得点記録1位



2007年2月8日のコロンビア戦でウルグアイ代表デビューしてから、82試合に出場して43得点を記録しています。これは通算出場記録としては歴代7位のキャップ数で、通算得点記録は文句なしの歴代1位です。2位のディエゴ・フォルランが通算112試合出場の36得点なので、このままいけば大記録となるでしょう。

ちなみに代表では2010年と2014年のワールドカップ2大会に出場し、チームは2010年はベスト4で2014年はベスト16となっています。コパ・アメリカ2011では大会2位の4得点を記録し、ウルグアイ代表の15回目優勝に貢献し、大会最優秀選手にも選出されました。

クラブ、代表、個人で数々のタイトルを獲得

Siiiii!! Campeones vamosssssss!!!!!! A descansar y pensar en el próximo objetivo. Gracias a todos x el apoyo!!!!!! Vamos Barça!!!!

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スアレスほどの選手になると、やはりこれまでに獲得してきたタイトルも尋常な数ではありません。ナシオナルではプリメーラ・ディビシオン1回。アヤックスではエールディビジ1回とKNVBカップ1回、リヴァプールではフットボールリーグカップ1回、バルセロナではリーガ・エスパニョーラ2回、コパ・デル・レイ2回、

CL1回、スーパーカップ1回、クラブワールドカップ1回、スーペルコパ1回を獲得。代表ではコパ・アメリカ1回。個人でも各リーグの得点王、ゴールデンシュー、最優秀選手賞などをいくつも獲得しています。意外にもリヴァプール時代は、クラブでは大きなタイトルは貰っていないんですね。

MSNの一角として驚異の得点数を記録更新中

Vamossssss, gran partido!!!!! A disfrutar y a descansar para el próximo!!!!!!

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世界最強のアタックトリデンテであるMSN。スアレスが2014年にバルセロナに加入してから、今までのこのトリオの通算得点数はなんと300を超えています。現在ももちろん記録を更新し続けているので、MSNの誰かが欠けるまでにどれほどの異常な記録となるのか、もはや想像できるレベルを超えています

MSNとはご存知の通り、メッシスアレスネイマールのトリデンテの略で、この3人が誇るもはや反則レベルの攻撃力の高さと、素晴らしい連携プレイからなるコンビネーションは、欧州サッカー界の奇跡として歴史に名を残すクラスのものとなっています。

噛みつき事件!?ルイス・スアレス3つの愚行!

3度の噛みつき事件



スアレスという選手は、サッカー界の問題児として有名です。その代表的なものが3度の噛みつき事件でしょう。1度目はスアレスがアヤックスに所属していた時に、PSVアイントホーフェン戦でオトマン・バッカルに噛みつきました

この時の出場停止処分は7試合。この事件の後、オランダのメディアは「アヤックスの人食い人種」と呼んでいます。

2度目はリヴァプール時代の2013年の第34節チェルシー戦。自分をマークしていたチェルシーDFブラニスラヴ・イヴァノヴィッチに噛みつき、10試合の出場停止処分を受けました。 この事件後には、「僕がしたことは、ピッチ上で許されることではない」と、謝罪の声明文をメディアで発表しました



そして何故なのか懲りることのなかったスアレスは、ワールドカップという大舞台で3度目の噛みつき事件を起こしてしまいます。グループステージ第3戦イタリア戦で、相手はイタリア代表DFジョルジュ・キエッリーニでした。左肩に噛みつき、歯形を残してしまいます。これによりスアレスはFIFAから重い処分を受けます。

しかしスアレスは「たまたまだ」とコメントし、反省の色はありません。しかしお互いにもう悔恨の感情は存在していないようで、先日のCL準決勝ファーストレグで対面したキエッリーニは、試合後に「スアレスとは挨拶を交わしたよ」と口にしています。

神の手セーブ事件



サッカーで神の手と聞いて連想するのは、やはり1986年のワールドカップで、アルゼンチンのマラドーナが決めた神の手ゴールが有名ですが、2010年のワールドカップ準々決勝で、スアレスはガーナの選手の決定的なシュートを手でセーブしてしまいました。もちろん一発退場でした。これは神の手セーブと呼ばれています

とても悪質で汚いプレーではありましたが、スアレスがこのシュートを防いでいなければ、ウルグアイは負けていたので結果オーライというところでしょう。試合は1-1でPK戦にもつれ込み、なんとウルグアイはPK戦で勝ち駒を進めました。試合後のスアレスの喜びようは何とも言えません。やはり悪運が強い男なのでしょう

パトリス・エブラへの差別発言



事の発端は2011年10月15日に行われた、マンチェスターユナイテッドとリバプールの対戦で、エブラに「何故アグレッシブなタックルをするのか」と聞かれた際、「黒人だから」と答え、以後も「黒人と話さない」など計7回も「黒人」と言い放ったことです。この人種差別発言で、8試合の出場停止処分を受けました

人種差別発言が問題になった後の、マンチェスターUとの試合開始前、スアレスはエブラとの握手を拒否し、エブラをまたも怒らせてしまいます。リヴァプールはスアレスに対して、試合前にエブラと握手を交わすように指示し、スアレス自身もそうすると答えていたそうなのですが・・・。

ルイス・スアレスの年俸推移は?

Vamos equipo a sólo tres fechas!! A seguir trabajando por ello. Força Barça! #yoapoyoPku #Candela Foto: @miguelruizfcb

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スアレスの年俸推移についてはアヤックス時代より前については、情報が少ないので推定でしかわかりませんが、リバプール時代にはクラブ史上最高額の、1040万ポンド(約17億6800万円)もの年俸を貰っていました。

クラブのレジェンドであるスティーブン・ジェラードでも、年俸は日本円に換算すると約13億円ほどだったので、その待遇の良さはやはり別格です。ちなみに現在のサッカー界では年収は全体の10位となっています。アディダスがスポンサーについているので、広告契約料も450万ドルほど貰っています。

バルセロナの中では1位のリオネル・メッシに次ぐ、ネイマールとほぼ同額の2位1600万ユーロ(約18億5000万円)です。やはりMSNのトリデンテは年俸も、活躍に見合った金額をもらっているんですね。

スアレスの天才性はまだ衰えない!

Gran trabajo de todos ???Visca Barça !!!! Great team work ??? Visca Barça !!!

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スアレスも気付けばもう30歳を超えて、サッカー選手としてはベテランの域に入ってきています。身体能力やフィジカルの強さ等が、加齢と共に次第に落ちてくるでしょうが、そのゴールへの嗅覚というか天才性の部分は、経験が増えれば増えるほどさらに磨かれていくのではないでしょうか?

シュートは信じられないほど多彩で上手いし、独特の動き出しパターンやオフザボールの動きの質、そして天才的な相手選手との駆け引き・・これほど万能なストライカーは世界広しといえど彼しかいません。ここから円熟していくスアレスのプレーが、年齢を重ねると共にどうなっていくのかも気になります。

来年はW杯イヤーでもあるので、代表でも活躍してほしいですね。これからもその反則的なシュートセンスや裏をかくプレーで、サッカーファンを常に驚かせ続ける選手でいてほしいですね!