香川真司の活躍を年棒推移で追う!デビューから現在まで

日本代表の10番でエース!香川真司選手のプロフィール、そしてセレッソ大阪でのプロデビューからドルトムントの現在まで、そしてみんな気になる年棒にも。

香川真司選手のプロフィール

香川真司選手のプロフィールを簡単に紹介します。1989年3月17日(28歳)出身は兵庫県神戸市、ポジションはミッドフィルダーならどこでもこなせますが攻撃的な役割が多い選手です。

小刻みにタッチしながらのドリブルが得意なプレーで、特にドリブル前のボールの貰い方が本当素晴らしく、175㎝と小さな身体を上手く活かして相手DFを翻弄します。プレースタイルは海外のサッカー選手なら“アンドレス・イニエスタ”に似ていると思います。

小学生は地元神戸のサッカークラブに所属していましたが、中学生になると地元から離れサッカー留学で宮城県仙台市の“FCみやぎバルセロナ”のジュニアユースに所属しました。ドリブル突破など“個”の練習に特化したチームで香川真司選手の基本を作ったチームです。

セレッソ大阪時代

高校2年生の時にセレッソ大阪と仮契約し、翌年に正式に入団。同期入団には、柿谷曜一朗選手がいます 。(2006-20010)セレッソ大阪では、ユースチーム以外からトップチームとの契約をした選手は香川真司選手が初めての事でした。セレッソ大阪がJ2に降格した07シーズンからレギュラーの座を勝ち取りコンスタントに出場し5ゴール。

試合に出場するだけではなく08シーズンからは得点も量産しチームに貢献。26番だった背番号も“ミスターセレッソの証背番号【8】”に。08シーズンは16ゴール、09シーズンは27ゴールでJ2の得点王になりチームJ1昇格の大きな力になりました。

香川真司選手初めてのJ1の舞台でも、11試合で7得点と通用する数字を残し海外へチャレンジする事になります。

ボルシア・ドルトムント時代

ドイツブンデスリーガのボルシア・ドルトムントに移籍(2010-2012)初の海外挑戦で、しかもほとんどJ2の舞台でしか活躍してない香川真司選手はドイツで通用するのか?と思ってました。

が、そんな不安を忘れさせる大活躍を見せてくれました。ドルトムント9シーズンぶりの優勝の立役者になり、1年目で12ゴールとしっかり数字も残しました。若いメンバーが多いドルトムントは勢いそのまま翌シーズンも優勝しシーズン2連覇、リーグ戦そしてカップ戦も優勝しドルトムント史上初の国内2冠も達成しました。

2年目も17ゴールでチームの得点源になり、ブンデスリーガの年間ベストイレブン、欧州年間ベストイレブンにも選出され世界に“香川真司”の名が知れ渡る事になります。

マンチェスターユナイテッド時代

ドイツでの活躍が認められ、次は活躍の舞台をイングランドプレミアリーグに変えます。世界の名門チームのひとつマンチェスターユナイテッドに移籍(2012-2014)自身の海外移籍初、そしてプレミアリーグではアジア人選手初になるハットトリックを達成。記憶にも記録にも残る結果を出しました。

マンチェスターユナイテッドも2シーズンぶりのリーグ優勝で香川真司選手のプレミアリーグへの移籍は成功したと思いました。が、翌シーズンは誰も予想してない事が続きました。

まさかのマンチェスターユナイテッド監督の交代、日本代表のスケジュールの都合もありトップチームの合流に遅れスタメン定着出来ず、それに続いてコンディション不調もありプロ選手になり自身初のノーゴールという結果でシーズンを終えました。

第2次ドルトムント、現在

そして古巣ボルシア・ドルトムントにカムバックする事になります。(2014-現在)期待も込められて背番号は7を与えられましたが、以前のドルトムントの香川真司選手はそこにはいませんでした。14シーズンは6ゴールと物足りないですよね?それに、優勝争いをしていたチームも不調で一時はリーグ最下位になる事も。なんとも歯がゆいシーズンだと感じました。

翌シーズンは背番号7から馴染みのある“23番”に変更すると以前の調子を戻してきました。戦術の変化でトップ下が多かったポジションもインサイドハーフの起用が増え、以前のようにオフェンスだけでは無くチームのバランスを考えながらプレーする事になり、香川真司選手はもう完全復活したと言っていいでしょう!

香川真司選手の年棒推移は?

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みなさん気になりますよね?香川真司選手の年棒の推移を調べてみました!プロデビューした【セレッソ大阪】06シーズンから年棒は360万円。背番号8になりセレッソのエースになった、09シーズンから年棒は800万円に。

【ボルシア・ドルトムント】11シーズンから年棒はグン!と上がり7000万円に。この当時香川真司選手は21歳です(笑)11シーズンにリーグ優勝した事もありまたまたグン!と上がり桁が変わります。12シーズンから3億円を貰う選手になりました。

他の国に比べて年棒が平均的に高いプレミアリーグ【マンチェスターユナイテッド】ではなんと、年棒14億円といわれてました。そこから【ボルシア・ドルトムント】に戻ってきてからも年棒6億は稼いでる香川真司選手です。あくまで、推定でのお話です。

香川真司選手デビューから現在まで進化した事とは?

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もともと身体の大きな選手ではないので、海外の大きな選手相手に戦うのに頭を使いながらなるべく接触プレーを避け、その俊敏さで戦ってきた印象があります。ですが、マンチェスターユナイテッドからドルトムントに帰ってきてから“身体の強さ”が大きく変わった所です。いわゆるフィジカルってやつです!

ドルトムント、日本代表どちでもポジションがインサイドハーフというのもあると思いますが、ショートカウンターを狙う戦術の一番大事な“ボールを奪取する”能力がもの凄く変化したと思います。相手DFとの当たりの強さが以前と全然違います。



平成生まれの選手として初めて日本代表に選ばれたのが香川真司選手って知っていましたか?今では日本代表も逆に昭和生まれのメンバーが少なくなってきました。

若手と言われていた香川真司選手も、移籍など経験を重ねドルトムントでも日本代表でもチームをまとめたり時には鼓舞したり、以前と違った顔を見せてくれます。若い時から海外で成功した選手のひとりの“経験そして成長”はこれからも私達を楽しませてくれるでしょう!