【内海哲也】復活をかける左腕!てっちゃん復活しないとGがやばい!

2017年東京読売ジャイアンツがピンチである。誰か救世主はいないのかとG党は、美味しいお酒が飲めない日々。ここは、やはり投手陣の大将、内海哲也の力が必要だ。ここ何年か故障などにより満足な成績を残していない、内海哲也のリーダーシップと真の実力でGを救ってくれ!

内海哲也とジャイアンツ、北陸の三羽カラスと呼ばれ

#巨人 キャッチボールする内海(photo by Toru Yaguchi)2017-03-21 #内海哲也#読売ジャイアンツ #ジャイアンツ球場 #投手陣練習

Hochi Photographers/スポーツ報知写真部さん(@hochi_photo)がシェアした投稿 –

敦賀気比高校から2003年自由獲得枠でジャイアンツに入団した、内海哲也は高校時代「北陸三羽ガラス」の一人として、プロ野球界から注目された投手だった。
三羽ガラスと飛ばれた田中良平(元ロッテ)と森大輔(元横浜)はプロに一旦入団するものの現在は現役を退いている。北陸三羽ガラスで現役プロ選手として残っているのはジャイアンツの内海哲也ただ一人である。
当時の内海哲也は高校生では打てないと評価されていた、大きなカーブが決め球で、恵まれた体格から繰り出される、144km/hの速球も魅力の一つであった。
1試合平均の奪三振は「14個」と高い奪三振率を誇り、「北陸のドクターK」の異名を取ったまさに名投手である!

東京ガスへと進んだ!

2000年のドラフト会議で複数球団からの争奪戦が予想されていた内海哲也は、祖父の内海五十雄がジャイアンツの野手だったこともあり、ドラフト直前にジャイアンツ以外からの指名は拒否することを表明していた。
ジャイアンツは単独3位以降で指名することが予想されたが、オリックス・ブルーウェーブが1位で指名した。指名直後、内海哲也の元に仰木彬監督から電話を受けるなどしたため、
心がオリックス入団に傾きかけたが、高校時代にバッテリーを組んでいた李景一が8位でジャイアンツに指名されたことがジャイアンツ入団への思いを強くし、内海哲也は社会人野球の道を選択した。
東京ガスへと進んだ内海哲也は香月良太、森大輔とともに「三羽ガラス」と呼ばれていた。その後自由獲得枠で2003年、ジャイアインに入団したのである。

内海哲也の成績を振り返る

#内海哲也

@h291413rがシェアした投稿 –

内海哲也は一軍通算13年で126勝を挙げている。シーズン最高勝利数は2011年の18勝(5敗)である。翌年の2012年は15勝(6敗)で2年連続の最多勝投手となった。
その他の記録としては、2007年の最多奪三振180個、2012年は最優秀投手賞を獲得している。プロに入団したばかりの内海哲也は2004年イースタンリーグで9勝という戦績を挙げ、最優秀防御率を獲得している。
内海哲也は2005年に一軍初勝利を飾ると、2006年は13敗を喫するも12勝をマーク、2007年以降はジャイアンツのエース級として活躍し始める。ちなみに2007年は14勝(7敗)を記録した。
内海哲也は2006年から3年連続2010年からは4年連続で二桁勝利を飾っている。ファンからの厚い信頼はこの実力から来ているのである。もっとも、近年は不調と言われているが、2016年は復活の兆しを見せ、9勝(6敗)だった。

ジャイアンツの方針と内海哲也

水分補給☆ #26#内海哲也#ジャイアンツ#巨人#ジャイアンツ球場

ジャイアンツ#26内海哲也選手専用写真アカウントさん(@tetsuya_utsumi26photo)がシェアした投稿 –

2007年のことであった、内海哲也にすれば昔のことを掘り返すような記事になってしまうので、あまり書いて欲しくない内容かもしれない。しかしジャイアンツを知っていく上で重要な一コマなのであえて。
同年のシーズン終了後ジャイアンツは日本シリーズ進出を逃した。戦力補強として、その年のセリーグ最多勝投手セス・グライシンガー(当時ヤクルト)を獲得した、2年総額5億円と言う大型の補強だった。
この補強に対し、内海哲也はとあるイベントで、「補強するお金があるなら、投手陣に回して欲しい」とコメントしたのである。この内海哲也の発言は球団批判とみなされてしまったのである。
この発言が問題視された結果、球団から厳重注意と公式サイトが予告なしに閉鎖されるというあまりにも厳しい罰則が下ることになる。その後、内海哲也は発言について反省し球団批判はしないと話した。

左のエース復活はあるのか

復活しなければならないチームの大黒柱である。内海哲也はチームのリーダー的存在でもある。投手陣だけではなく野手陣からもリスペクトされている兄貴的存在……それが内海哲也なのである。
内海哲也が勝ち出せば当然チームの士気も上がり、ジャイアンツが息をふきかえす可能性が高い。チームのキャプテンである坂本勇人は内海哲也を人間的にも慕っている
現在、田口麗斗が唯一左の先発投手として踏ん張りを見せている、杉内俊哉の復活の見通しもないとするならば、やはり内海哲也の力がチームには必要である。

内海哲也はどんな投手?

割と独特な投球フォームだと思う。一見オーソドックスな形に見えるが、この投球フォームはまさに内海哲也の投球フォームである。
変化球はスリークォーターから投げる平均139km/h、最速148km/hのストレートとツーシーム、スライダー、スクリュー(チェンジアップ)、カットボールなど多彩。
2011年にはフォークボールも習得し相手打者からすると非常に厄介な変化球の使い手である。内海哲也は牽制も非常に上手く2012年の被盗塁企図数は一つのみだ。
学生時代は「北陸のドクターK」の異名をとった内海哲也は三振も取れる投手で2007年は180個の奪三振でリーグトップの成績を残した。

内海哲也に限界説が浮上!?

スポーツ選手の宿命だ。年齢がある程度いき、成績を残せなくなれば、肉体的衰えなどによる限界説が浮上してくる。内海哲也もまた、限界説を唱えられている投手の一人だ。
だがそれは本当にそうなのだろうか。実際2017年は現在(6月)までに1勝しかしておらず年齢的にもベテランの域には達している。しかし内海哲也の目は死んでいない。
必ずや一軍に戻り良い投球をしてくれるそんな可能性をまだまだ感じさせてくれる、ジャイアンツのエース級だ。
力投、調子の良い、エース菅野智之や売り出し中の田口麗斗と共にジャイアンツを支えていって欲しい!

内海哲也の年俸を調査した

ジャイアンツのエース左腕内海哲也は自身最高年俸を2014年から2016年まで毎年4億円の金額を手にしていた(推定)。2017年の契約はおよそ半額ダウンの2億円で契約を結んでいる。
もしこのまま内海哲也が復活しなければさらに下がっていく予想である。2003年東京ガスから入団した内海哲也は契約金を1億円とした。初年度の年俸は1500万円だった。
年々年俸を上げていった内海哲也だが、2007年は14勝7敗防御率1.23、180個の奪三振(リーグトップ)で年俸は大幅アップ、前年より4800万円アップの8400万円とした。
2008年もまた活躍をし2年連続の二桁、12勝8敗防御率2.73 で年俸は1億2000万円とし1億円プレーヤーの王台の乗った。

2011年は内海哲也にとって最高の年となった、18勝5敗で最多勝投手、防御率も1.70とリーグトップクラス、新たに習得したフォークボールが冴えた1年となった。年俸は2億2000万円となった。
続いて2012年も好成績を残した内海哲也、開幕投手も務めシーズン15勝6敗、防御率1.982年連続最多勝は斎藤雅樹(現二軍監督)以来で、巨人の左腕投手としては史上初となる快挙を成し遂げた。
内海哲也の年俸は4億円となり、2013年より2016年まで4億円プレーヤーとなった。

ジャイアンツを救う男とは内海哲也だろ!

春期キャンプ⚾ブルペン #26#内海哲也 #ジャイアンツ#沖縄セルラースタジアム那覇

ジャイアンツ#26内海哲也選手専用写真アカウントさん(@tetsuya_utsumi26photo)がシェアした投稿 –

強かった原ジャイアンツを支え続けた左腕・内海哲也。今ジャイアンツは世代交代という時期に差し掛かり、脱皮の最中にて苦しく悶えている。この脱皮が成功する保証はどこにもない。
今の野球はお金を使って補強したからといって必ずしも勝ち、人気が出る時代ではない。ジャイアンツが一番、身にしみて分かっているのではないだろうか。
良きチーム力とは、若手が元気でベテランが安心して居られるチームではないだろうか。補強は確かに必要であるが、無意味な補強はチームを鈍らせてしまう
GMが鹿取義隆氏に変わり、現場出身者が関わることとなった、いわば新体制のジャイアンツが動き出している、まだペナントレースは終わっていない、内海哲也の力が試される場所、力が必要な場所は、
この先必ずでてくるはず、もう一度、内海哲也の輝く姿を目にしたいファンは大勢いるはずだ。内海哲也の復活がジャイアンツを蘇らせる!
エースの誇りと責任 (スポーツが教えてくれたこと)
あかね書房
売り上げランキング: 124,909