アオイホノオ名言&名シーンランキングTOP20!すべての創作者に贈る至言!

燃える漫画家・島本和彦による半・自伝漫画『アオイホノオ』。実在のクリエイターたちが多数登場し、若き日の島本の姿と思しき「焔燃」としのぎを削る本作は、テレビドラマ化などを通じ、多くの創作者たちの魂を熱くさせた。ここではそんな本作に登場した言霊の数々を見ていただこう!!

目次

アオイホノオで魂を燃やせ!

主人公は焔燃(ほのお・もゆる)とされ、単行本には「この物語はフィクションである。」と大書されてはいるものの、後述するように実在の人物も多数登場する、セミフィクションと言って差し支えない作品だ(ちなみに、島本は本作以前から、焔燃のデビュー後の姿と思しい「炎尾燃(ほのお・もゆる)」という人物を主人公にした『燃えろペン』、『吠えろペン』、『新・吠えろペン』を長年連載しているのだ)。
近年ドラマ化され、そちらも柳楽優弥の熱演&顔芸で人気を博したので、ご記憶の方も多いのではなかろうか?
そんな『アオイホノオ』、他の島本作品に負けず名セリフのオンパレード。ここではそんな本作から、全てのクリエイターの魂を熱くさせる名言&名シーンを選りすぐってご紹介することとしたい!!

創作者の青春と苦悩!

君は島本和彦を知っているか!?
島本和彦は1982年、『週刊少年サンデー』でデビューした漫画家。初連載の『炎の転校生』はその闇雲な熱さ、そして当時としては驚くようなマニアックな小ネタ(表紙でキャラたちが当時放映中だった『ゴーグルV』のポーズを決めているシーンがあったりする)で俺たちをトリコにした。それ以降も島本漫画には常に熱い男の魂が充電されており、ページをめくればキャラクターたちの口から名言が溢れ出す。そんなセリフを集めた『炎の言霊』なんて本まで出ているくらいだ。
そして――本作、『アオイホノオ』は島本和彦による自伝漫画である。

第20位 甘くなってきている! 漫画業界全体が甘くなってきている!!

これは単行本第1巻、第一話に登場する、本作ほぼ初の台詞。本作をご覧になった方々ならば、ある意味、このセリフこそが『アオイホノオ』の本質を一番表しているということをご理解いただけるのではないだろうか。
冒頭、少年漫画誌が新人を次々と投入し始めていることに気づいた焔は「これならば俺でもデビューできるのでは」と野心を燃え立たせる。ここには熱いハートと共に、実は冷徹な論理的思考力を持つ戦略家としての島本和彦の一面と、そして焔の小狡い調子のよさが現れているのだ。

第19位 かわいそうなあだち充…こんなに俺にとっては面白いのに…よし、俺だけは認めてやろう!!

『アオイホノオ』LINEスタンプにも使用されるなど、有名なセリフだ。実はこの後、高橋留美子にも似たような感想を漏らしたりもしていて、焔、どうにも口さがないヤツなのだ。
これはオタク特有の口の悪さを表していると共に、自らよりも一歩先んじている者への、身を焦がすような嫉妬の念の表れでもある。

第18位 あ…あだち充!! あいつ…野球漫画の描き方が…全然わかってないんだ……!!

まただ! 誰かこの暴言、何とかしろ!!
い……いやしかし、実はこれも、単純にあだち充をdisって面白がっているわけではない。焔はあくまであだち作品を「野球漫画」として読んでいた。しかし実際のところあだち作品は「学園漫画」「ラブコメ漫画」であって、野球はその一要素に過ぎない。時代が熱血からラブコメに変わっていく過渡期にあって、それにまだ気づいていない焔という、これは実はそういった深い意図を持って描かれたシーンだったのである!

第17位 高橋留美子はタイミングだけで生きている!!

ひ……ヒドい……っ!!
これも有名なセリフだけど……た、ただ、これもですね(とつい、紹介しているこっちがおどおどしてしまう)、当時『うる星やつら』、『めぞん一刻』と無敵の快進撃を続けていた、高橋留美子に対する嫉妬と焦りの感情が元になっているわけです。

第16位 僕は、高橋留美子のように!! ちゃっちゃっちゃっとタイミングだけで描いて! 何か個性が認められて! 忙しい時には一発描きでいけそうな感じの!! そんな漫画家を目指してるんですよ!!

あ……またこんなヒドいことを……!
ただ、これは大友克洋の精緻な絵を見て「これでは週刊連載ができないだろう」と考えるシーンにおけるセリフで、ここには焔の分析家としての側面が表れ……だから決してdisりのためのdisりなどではないのだ。焔は常に「一学生の身」でありながら、「既に連載を持っているプロ」と戦っている。いや、戦いといっても一方的に、焔の頭の中で戦っているだけなのだけれども、それは彼がいまだデビューしていない、戦場に出ていない身の上だからこそのこと。
そう、『アオイホノオ』の見どころは青春の鬱屈。焔が独り戦いを挑み、自分で勝手に負けを思い知る度、俺たちは身につまされ、それに共感して笑みを零してしまうのだ。
そんな焔の若者独特の傲慢さは以下のセリフにも表れている。

第15位 社長がバイトの面接を受けに行った様なものだ!!

漫画誌の新人賞に落選した時のセリフだが、焔は自分の才能があまりにも大きいため、このレベルの審査には引っかからなかっただけだと言い切るのだ。そう、クリエイターたるもの、これくらいの自信を、常に持っているべきなのだ!
そしてまた、焔の過剰な傲慢さは同じ芸大生である庵野秀明にも向けられる。

第14位 観る側だよ! 作る側じゃないよ、お前ら!!

アニメに対する見解の相違を根拠に、焔は「庵野よりも俺の方がすごい」と思い込み(お話の中では、焔の批評眼こそが低いということが描かれているのだが……)、発したのがこのセリフだ。しかし庵野の作ったアニメーションを観て、その実力を思い知るや、炎は一転して苦しみ悶える。

第13位 やめろ…庵野……俺よりも高いレベルの作品を…作るんじゃねええ――っ!!

『アオイホノオ』の見どころは、焔自身の「苦悩芸」。漫画版でもドラマ版でも苦しみ悶える焔の姿はおかしさといたたまれなさの渾然一体と化した、見事なハーモニーを産み出している。「青春の苦悩」を「笑い飛ばせ!」それが本作に通底するテーマなのだ!

第12位 人の能力を過大に評価できるなど…俺自身の器がでかい証拠…つまり…まだ俺のほうが勝っている可能性大!!

庵野に打ちのめされてもすぐに、ナゾ理論で勝利宣言!
自信過剰の一方で、少しでもそれが揺らぐや、強烈なコンプレックスに苛まれる……クリエイターというのは自信過剰な存在だが、一方でその自信は、ガラスのように繊細なものでもある。「根拠のない自身」と「我が身を省みる繊細さ」。それこそがクリエイターにとっての必須アイテムと言えよう。

第11位 あいつは……あいつならもっとすごい変身をするかも。

また、焔は庵野が変身ポーズを取るシーンを夢想して怯えたりもする。オタクでない方には判りにくいかも知れないが、オタク同士は作品に対するリスペクト度を盛んに競うもの。庵野にライバル心を燃やすあまり、焔はどちらがライダーオタクとして優れているかに心悩ませるのだ。

第10位 やられた…!! 俺が将来!! やろうとしていたことを…先に…こんなに早くに…持っていかれた――っ!!! 矢野健太郎―――っ!!!

これはもう一人のライバル、矢野健太郎に先にデビューされ、また「カッコいい絵でギャグを描く」という温めていたネタを先にやられた時のセリフ。
そう、若きクリエイターたちが群雄割拠していたオタク文化黎明期の80年代。新しい才能たちは時代に求められているネタを我先に発揮しようとしのぎを削っていた。「新しいネタ」といっても、それは常に時代の必然として立ち現れるものであり、だからこそそれは常に被ってしまい、「俺がやろうと思っていたのに!」という状況に陥るもの。焔はことあるごとに先人たちに「やられた」「持って行かれた」と悔しさを露わにする。

第9位 お前らは…客かっ!???

上と同様にDAICONⅢオープニングアニメ(庵野などガイナックスメンバーがアマチュア時代に作った伝説のアニメ)を観た時、それに打ちのめされ、また他の芸大生たちがただウケて笑っているのを見て激昂した時のセリフだ。
焔の焦りは青春期特有のものではあるが、同時にそれは、オタク文化が激動を迎えていた時代に居あわせていたが故のことでもあったのだ。

第8位 一生…喰いっぱぐれないような気がする!

これは後にガイナックス社長になる山賀博之による名セリフ。彼が庵野秀明、赤井孝美といった天才クリエイターたちとつるみ、プロデューサー的なスタンスに立とうとして発した言葉である。これもまた、強豪ひしめきあっていた、オタク文化黎明期の空気を伝える言葉なのだ。

第7位 世の中は…やったもん勝ちなんや!!

この岡田斗司夫の名言もそうで、それはクリエイターにとって、「悪者」役を買って出てくれる人たちも必要不可欠ということでもある。何しろ、ここまでの焔の名言でもお判りいただけるように、クリエイターというのは基本、現実的なバランス感覚に欠落している。彼らは漫画の中では悪っぽく描かれているが、クリエイターにはこうした優れたプロデューサーが必須なものなのだ。

第6位 もしも、なれなかった時のことなど、考えている奴は、なれないんだよ!!

逆に現実を省みないクリエイター気質を象徴しているのが、先にも挙げた矢野健太郎。学内の漫画研究会「グループCAS」の会長である彼は、漫画ばかり描いて留年し続けていることを半ば居直る様に誇り、焔に漫画家を目指すことの心得を説く。ドラマ版でも彼は常に、焔に示唆を与える導き手のような存在であった。

第5位 俺はな…漫画家になれなかったら、すべてが終わりなんだよ!

そう、漫画家への道は修羅の道。
彼はクリエイターの捨て身で向こう見ずな一面を体現しているのだ。キザなイケメンだが、矢野健太郎こそが焔以上の熱い魂を体現したキャラだったのである。裏腹に、焔自身は戦略家であり理論家ではあるが、一方では小狡い怠け者の一面も持つため、こうしたセリフを言わせることができず、矢野に役割を割り振ったのだとも言える。

第4位 プロの漫画家になったらぜひTVアニメ化してほしいものだ!! アニメになると俺より絵のうまい人が泣く泣く俺の絵をうまく描いてくれるだろう…その点ドラマ化は…だいたい原作通りにならない!

何しろ焔と来たら、こんなことまで言い出す始末なのだ!
これはもちろん、当時の漫画のドラマ化が確かに微妙であったこと、また『アオイホノオ』自体のドラマ化が決定したことを受けてのギャグではあるのだが、焔の他力本願な調子のよさを表したセリフでもあった。では……焔自身はいつまで経っても地道な努力を怠る、調子がいいだけのヤツなのだろうか……?
いや、そうではない。『アオイホノオ』の一番の熱さは、クリエイターとしての焔の苦悩にこそあるのではないか。名言&名シーンベスト3は、そうしたものを選りすぐってご覧いただくことにした。

第3位 そっち(恋愛)のほうが宇宙の平和より大切なんちゃう!?

当時はラブコメ漫画の一大ブームが起こっていた時期。そんな風潮を腐す焔だが、ガールフレンド(?)の年上(としうえ)トンコはこともなげに言う。恋愛の方が平和より大事だと。
80年代は学生運動の敗北などを期に、軽佻浮薄な気運の蔓延していた時期。ヒーロー漫画よりもラブコメが流行したのも、そんな代の流れとは無縁ではなかった。トンコはヒーローを愛する焔の価値観を、悪意なく無邪気に打ち砕いたのだ。

第2位 やはり…せめてフィクションの中でくらい…人類を守らないと…! 地球くらい守らないと…!! 正義とは何か!? 悪とは何かを問わないと…

しかし焔はそうしたヒーロー漫画、スポーツ漫画の熱血を捨てることができなかった。時代と寝ることが商業作家の宿命であり使命ではあるが、自らの信念の全てを売り渡してしまったら、クリエイターは死んだも同然。
では、そんな葛藤の末に、焔が出した答えは……?

第1位 俺は、アホになる!!

これである。
学内の作品発表会で、渾身の力作であるアニメーションが全く受けず、失意のどん底にいた焔。しかし自分のラクガキノートを見たトンコの「アホやわー!!」との言葉に、ここ(大阪)では「アホ」が最高の誉め言葉であることに気づき、「俺はアホでいかせてもらいます!!」と宣言。それは力作ではあっても生硬に過ぎ、独りよがりであったアニメーションへの反省であると共に、自らの信念を何とか時代にそぐう形で発揮しようとの苦肉の策でもあった。
島本作品は「熱血ギャグ漫画」。それは、正義や信念のために戦う主人公の「熱血」を「ギャグ」として描いているものではあるが、決してウエメセで、見下して嘲笑しているわけではない。
何の得にもならない戦いに身を投じる漢(おとこ)のバカさ加減を、一歩引いて笑う、そんな形で「熱血」漫画を80年代に生き残らせようとしたのだ。

アオイホノオで魂を燃やせ!

島本が強く影響を受けた『あしたのジョー』もまた、70年代後半に描かれた、「男の敗北」の物語であった。焔はそんな敗北の美学を、否定することなくシンパサイズしつつ笑おうと宣言したのである。
そう、焔は敢えて時代に逆らい、「笑い(ネタ)」の中に密かに「本気(マジ)」を忍ばせ、何とか生きのびさせようという、孤独で悲壮な戦いを開始した。世の中の流れを敏感に察し、しかし自らの信念を曲げることはない。論理派の戦略家の一面を持ちつつ、胸の内には熱い魂を宿し続ける。
『アオイホノオ』はそんなクリエイターの生き様を、描破した作品であった!
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