糸井嘉男伝説TOP5!超一流の天然エピソードを紹介

プロ野球選手として誰もが認める一流プレーヤーの糸井嘉男。その圧倒的な身体能力から生まれるスーパープレーの数々は、多くのファンを魅了する。しかし、そのプレー以上に注目されるのが、「宇宙人」とも言われる理解不能な言動の数々と、「天然」エピソード。数え上げたらキリがないそれらのエピソードの中から、厳選したエピソードを紹介します。

伝説の男 糸井嘉男とは

驚異の身体能力

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1981年7月31日生まれ京都府出身の35歳。2003年近畿大学の四年時にドラフト会議で日本ハムファイターズに指名され入団。ピッチャーとして入団するも、一軍での登板機会がないまま2006年に外野手にコンバートされる。すると持ち前の身体能力を生かして、打者として徐々に頭角を現し、2008年にはレフトで開幕戦先発出場を果たすと以後は主力として安定した成績を残し、チームに貢献する。

その後、トレードでオリックスバッファローズFA権を取得後に阪神タイガースに移籍するも、常にチームの中心選手として欠かせない存在となっている。また、「超人」という愛称を持ち、あのメジャーリーガーのダルビッシュ有投手も羨むというその身体能力は、プロ野球界でも突出していると言われ、バッティングの技術とパワー、走塁のスピード、守備力、送球力を高水準で兼ね備える、日本を代表する「5ツールプレイヤー」と言われている。

「宇宙人」と呼ばれる男

アスリートとしての抜群の能力を見せる一方で、アマチュア時代から一流選手と呼ばれるようになった現在まで、周囲を唖然とさせる様々な「天然」な言動爆笑エピソードに事欠かない選手でもある。
糸井嘉男はその実力ももちろんだが、数々の伝説とも言える「天然」エピソードによって、仲間、そしてファンから愛され続ける存在となっている。

糸井嘉男の伝説エピソードTOP5

伝説第5位「怒りの監督とハイタッチ」

糸井が近畿大学の時代に、当時の榎本保監督はある試合でチームの調子が悪くカンカンに怒っていた。その怒りの矛先は当時のチームでエースとしてマウンドに上がっていた糸井だった。チーム同様に不甲斐ないプレーをした糸井を怒鳴りつけようと、ベンチに戻って来た糸井に近づき腕を振り上げた。(もちろん殴ろうとするポーズ)すると、なんと糸井は監督が振り上げたその手に自分の手を重ね「ハイタッチ」をしたのである。監督も訳も分からずハイタッチをしてしまい、素に戻り引き返すしかなかった。

そのシーンを想像するだけで吹き出してしまいそう。周りの選手も怒っている監督の手前、笑いをかみ殺していたに違いない。
その頃を思い返す榎本保監督は、「糸井は、相手の気持ちを読んで、場を和ませたり、相手の怒りを交わしたりする才能があった。」と述懐する。そしていつも仲間や後輩には優しい笑顔で接していたとのこと。糸井のその人柄から怒る気も失せてしまうのかもしれない。

伝説第4位「契約更改はリップクリーム」

2008年野手に転向して3年目。故障もありながらも63試合に出場し準レギュラーとしてチーム内でも存在感を出し始めていた。シーズン終了後の契約更改では、前年の年俸930万円から、倍増に近い1800万円が球団から提示された。もちろん糸井にも異存はなく、さっそく契約書にハンコを押そうとポケットを探り、取り出したのはリップクリームだった。
確かに、形は似ていることは間違いない。しかし自らの生活が懸かった大切な場面でもこの「天然」。そもそも印鑑はちゃんと持ってきていたのか心配になる。
そして、2年後には年俸を1億円に乗せると、着々と成績を残し続け、2017年には4億5千万円にまでなった。
もはや誰もが認める超一流選手の仲間入りとなっても、年俸額に関わらず、まだまだ「糸井伝説」を生み出し続けてほしい。

伝説第3位「時差ぼけは向こうが合わせる」

2013年、シーズン開幕前に侍ジャパンの一員としてワールドベースボールクラシック(WBC)に参加した糸井は、大会が行われたアメリカから帰国後にチーム練習に合流した。通常のシーズンとは調整のペースが変わってくるため、チームの主力である糸井のコンディションを心配していた森脇監督。糸井に「時差ボケは大丈夫か」と尋ねた。それに対しての糸井の答えは…
「そういうのは向こうが合わせることなので、大丈夫です。」

時差ぼけに合わせる「向こう」とは、「時間」なのか「地球」なのか。
これにはさすがに監督もびっくりして、「みんなは宇宙人とかいうけど、博士号を取ったような人が言うこと」と、糸井の発言を哲学的ととらえたのか、こちらもよくわからない反応となっている。糸井にとっては、何より周囲を心配させまいと発した言葉であろうが、その発想もやはり常人の理解を超越していることは間違いない。
もちろんこのシーズンも周囲の心配をよそにしっかりと打率3割を記録し、ほぼ全試合に出場して活躍した。

伝説第2位「キャプテンマークの重み」

2015年に当時のオリックスの森脇監督から直々にチームのキャプテンに任命されると、喜びからか、重責の緊張からか、正式発表の前に自ら会見で発表してしまう。それまで高校や大学時代を通じてもキャプテンはもちろん、副キャプテンの経験もなかったが、自らキャプテンマークをデザインするなど本人はやる気十分だった。
そして、シーズン前のテレビのインタビューで「新たにキャプテンになって、そのキャプテンマークの重みを感じますか?」と問われて出て来た答えが、
「結構、軽い素材なんで…」

もしかしたら、糸井流の冗談だったのかもしれない。しかし、それさえも判別不能な応答。
しかし、糸井のキャプテンとしてのやる気とは裏腹に、その年のチームは開幕から絶不調で、森脇監督もシーズン終了を待たずに辞任。そして糸井自身の成績も、レギュラー定着後初めて打率3割を切り、盗塁も11個に終わるなど不振に陥った。
これに懲りたのか、オリックスは翌年からその制度を廃止し、キャプテンを置かないことにした。糸井自身は「キャプテンをはく奪された」と落ち込む様子もあったというが、打率は3割を復帰、盗塁も53個を記録し盗塁王を獲得した。責任感の強い男であるのは間違いないが、やはり人には向き不向きがあるのかもしれない。

伝説第1位「大谷は「ドカーン」」

2016年シーズン終了後に糸井は年末のテレビ番組に出演した。その際に、これまで対戦したピッチャーについての感想を聞かれると、日本ハムの大谷翔平については「ドカーンという感じですかね。」と表現。続いてヤンキースの田中将大のボールは「ズドーン」、ダルビッシュ有は「ヒュイーン」とインタビュアーが苦笑いしてしまう独特の感想を連発した。
かつて巨人の長嶋監督は、打撃指導をする際に「ギュー」、「パッ」、「バシッ」と擬音語を連発して、中々理解できる人がいなかったという逸話もある。おそらく糸井も同様に、自らの感性の中では、「ドカーン」と「ズドーン」の間には、その違いがはっきりとあるのかもしれない。つまり、凡人だからこそ理解できずに「天然」に見えてしまう糸井のその言動は、まさに「天才」の証とも言えるはずだ。

糸井嘉男の伝説はまだまだ続く……

目標は「新しい挑戦に挑む」

2017年から阪神タイガースに加わり、35歳となってもチームの主力としてその存在感を示し続けている。ベストナイン5回、ゴールデングラブ賞7回、史上最年長盗塁王を獲得している心技体の充実は依然衰えることを知らない。もちろん、ベテランと呼ばれる歳になっても、期待を裏切らない天然エピソードはまだまだ尽きることはない。
今年の目標は「新しい挑戦に挑む」
「新たな戦いに挑む」でもなく「新しい挑戦に臨む」でもなく、「新しい挑戦に挑む」のが糸井である。天然芝の甲子園球場で「人工芝は良いなぁ」と発しながらシーズンを過ごしている。ファンや仲間を楽しませ続ける糸井嘉男の伝説はまだまだ終わらない。