霧のむこうのふしぎな町だけではない…千と千尋の神隠しの『元ネタ』を辿る!

カテゴリーまとめはこちら:千と千尋の神隠 / ジブリ

ジブリ作品でも特に海外人気の高い千と千尋の神隠し。その原作と言われる霧のむこうのふしぎな町…しかし本作は元ネタではるものの、原作であることは否定されています。今回はそんな千と千尋の神隠しの原作について考えてみましょう。

記事にコメントするにはこちら

千と千尋の神隠しについて

日本のアニメ映画界を牽引するスタジオジブリが21世紀元年ともいえる2001年に発表した『千と千尋の神隠し』。
引っ込み思案な女の子・荻野千尋が迷い込んだ不思議な世界の湯屋での騒動を描いた本作は、日本はもちろん、世界中で大人気となりました。

放送の翌年、2002年に第52回ベルリン国際映画祭では金熊賞を受賞したり、さらに翌年の2003年にはアカデミー長編アニメ映画賞を受賞、2016年にイギリスで行われた「21世紀の偉大な映画ベスト100」の第4位に選出されたりと、根強いファンがいるものの、決してメジャーではなかった日本のアニメ映画では異例の大ヒットとなりました。

ちなみに英語でのタイトルは『Spirited Away』。

この言葉は、日本の民俗学で有名な柳田邦男先生の『遠野物語』を英訳するにあたって、神隠しを表す言葉として作られた『Spirit Away』に由来します。

千と千尋の神隠し公開以前は一部の学者にしか知られていなかった言葉ですが、公開後は一般的に使われる言葉となりました。

さてそんな千と千尋の神隠しですが、他の多くのジブリ作品の様に原作が存在する、という噂をご存知でしょうか。

霧のむこうのふしぎな町

その噂では、千と千尋の神隠しの原作は『霧のむこうのふしぎな町』という作品です。

これは1975年に柏葉幸子先生によって書かれた子供向けの小説です。

夏休み、小学6年生の女の子・リナが一人旅を計画し、父親に進められて向かった霧の谷の向こうで西洋風の家が立ち並ぶ不思議な町へと迷い込みます。

この町の名は『気ち〇い通り』。

今なら決してつけられない名前ですね。

そして下宿先のピコットばあさんの信条である

「働くもの食うべからず」

に則って、不思議な町3週間ほど働いて過ごすうちにばあさんから突如帰宅を申し付けられて町から出るとまだほとんど時間は立っておらず、夢だったのかなと悩むけれど、ふと鞄を開けると中にはたくさんのお土産と、来年もまたおいでとの招待状代わりの傘が入っていた…

というお話です。

女の子が不思議な町に赴き、おばあさんの下で働いて帰ってくるという共通点こそあるものの、基本的には全く異なり、原作と言うにも遠すぎる気がします。

元々はジブリは本作をそのまま原作として映画化したかったものの柏葉先生からお断りされ、影響されたという形で作品にしたとの事でした。

このお断りの理由はわかりませんが、柏葉先生が作品を少しも触れてほしくなかったのかもしれないですね。

さて、千と千尋の神隠しの元ネタはこれだけではありません。

モデルとなった街

原作(というにはかけ離れすぎていますが)の霧の向こうのふしぎな町の舞台である『気ち〇い通り』は西洋風の建物となっています。

しかし、千と千尋の舞台となる不思議な町はどちらかというと東洋風で、特に夜になって現れる提灯が特徴的ですね。

この東洋的な雰囲気が世界的なヒットの要因の1つになったといわれています。

このもとになったと噂されているのが、台湾の小さな山あいの町・九份です。

日本統治時代に金の採掘で有名となった鉱山街であるこの街は、日本時代の雰囲気が色濃く残っており、夜になって掲げられる提灯はまさに千と千尋そのままと言えるほどで、実際に台湾側も「神隠少女 湯婆婆的湯屋」(千と千尋の神隠しの湯婆婆の湯屋)と看板を掲げている茶屋まであるほどです。

最も、スタジオジブリ側はこれを正式に否定しており、似ているのはたまたまだ、との事でした。

ジブリ側が『大いに参考にした場所』として挙げている東京都の小金井市にある江戸東京たてもの園。

こちらの建物を参考にあの街並みを作り上げたそうです。

ジブリアニメと都市伝説

サザエさんやドラえもんがそうである様に、国民的アニメには都市伝説や裏話はつきものです。
サザエさんやドラえもんなら悲惨な設定や最終回がある、というものですが、ジブリの場合は原作や裏設定がよく噂になりますね。

特に有名なのは『となりのトトロ』ですね。

サツキとメイはすでに死んでいるという説(最後、お母さんにトウモロコシを渡しに行く時、なんで直接渡さないの?)だったり、中には非常に不気味な原作がある、というものあります。

そのタイトルは『隣のととろ』。

母親がおらず、田舎に引っ越してきたさつきとメイは村人からいじめられ、さらには心を病んだ父からも虐待を受け、空腹からトウモロコシを盗んで村人に追い掛け回されついには死んでしまい、地獄めぐりをする

というものらしいです。

勿論ただの都市伝説で、前述のさつきとメイがすでに死んでいる話と合わせて、ジブリがはっきりとその存在を否定しています。

都市伝説にもなっている湯女(ゆな)は遊郭?

さて、千と千尋にも都市伝説は存在し、そのうちの1つが千尋が働いてた湯屋の湯女とは、遊郭の暗示である、というものです。

確かに現代でも『泡風呂』といえば風俗を意味しますし、実際に湯女が売春をする存在であった事は否定できません。

しかし江戸時代の湯屋、湯女をモデルにしていたとしても、千尋の年の頃だと『禿』(かむろ)と呼ばれる見習いの年齢で、お客を取る様な年齢ではありません。

が、そう考えると千尋に固執するカオナシが相当やばい存在になりますが…。

登場人物にまつわる話

荻野 千尋(おぎの ちひろ) / 千(せん)

引っ込み思案で転校を嫌がる10歳の女の子である千尋は、一般的な小学生の女の子そのものではないでしょうか。

また、一般的なアニメに登場する『美少女』とは異なり、外見も比較的平凡です。

元々本作は、宮崎監督の友人の10歳の娘さんに宛てて作られたものということもあり、勇気あふれるヒロインなどではない、等身大な女の子のカリカチュアライズと言えるでしょう。

ハク / ニギハヤミコハクヌシ

本作のヒロインであるハクこと、ニギハヤミコハクヌシは、千尋がかつて住んでいた家の近所の川が神となった姿でした。

彼がラストで八つ裂きにされてしまった、という悲惨な都市伝説も存在しますが、後述する湯婆婆の性格を考えるに、そんな理不尽な事はあり得ないでしょう。

湯婆婆(ゆばーば)/銭婆(ぜにーば)

非常に特徴的な姿の双子の魔女です。

強欲で過保護な湯婆婆と実は非常に優しい銭婆婆という形でストーリーのメインとなりますが、彼らは大人または社会のカリカチュアライズとも言うべき存在でしょう。

湯婆婆は『理不尽なルールを押し付けてきて』『仕事を強要し』『年少者を子供扱いする』一方で『成果を出した人間を正当に評価し』『自身が決めたルールには自分もきちんと従い』そして『成長を促してくれる』存在でもあり、立ちはだかる壁ではあるものの、決して『悪者』ではなかったのではないでしょうか。

欲を言えば、最後に千尋にお礼を言われた際、どんな顔をしていたかが見たかったですね。

そういう意味では銭婆は助けてくれて助言を与えてくれる大人の象徴で、湯婆婆とは違って優しい形で千尋を成長させてくれる存在と言えました。

余談ですが彼女たちの名前の頭を合わせると銭湯となります。

坊(ぼう)

千尋が10歳の女の子のカリカチュアライズなら、坊は年下の子供のカリカチュアライズです。

千尋は自分が大人(銭婆や湯婆婆)によって成長しながらも、坊を自分と同じ段階(赤子から子供)に引っ張り上げる事に成功しています。

カオナシ

本作で最もミステリアスであり、かつ不可解な存在がカオナシです。

コミュニケーション能力が低いものの、手からお金を出して欲望を刺激する彼の存在は様々な考察がなされています。

ただ1つ言えるのは銭婆に弟子入り?した事から、彼もまた成長すべき存在だったのでしょう。

終わりに

千と千尋の神隠しはその不思議な世界観と多くを語らない設定、そして原作の存在の噂と、非常に考察のしがいのある作品です。

元ネタの1つである霧の向こうの不思議な町が非常にシンプルなジュブナイル小説であるのに対して、本作は様々なメッセージ性が込められています。

赤子(=坊)も少女(=千尋)も、大人の障害(=湯婆婆)やサポート(=銭婆、釜じい)のおかげで少し成長する事で物語が終幕しました。

そんな中で最後まで修行が必要と言われたカオナシは何の象徴だったのでしょうか…まだまだ考える余地がありそうですね。

記事にコメントするにはこちら