【スタジオジブリ】長編アニメーション映画作品まとめ

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長編アニメーション映画制作を主力事業としたアニメ制作会社「スタジオジブリ」。『千と千尋の神隠し』や『もののけ姫』といった数多くの名作映画を世に送り出してきたスタジオジブリの各映画作品の概要と、あらすじをご紹介していきます!

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目次

「スタジオジブリ」とは?

スタジオジブリは、長編アニメーション映画制作を主力事業としたアニメ制作会社。1985年に、宮崎駿(みやざき・はやお)監督による長編アニメーション映画『風の谷のナウシカ』の制作を担当した「トップクラフト」を母体に、徳間書店による出資を受けて発展的に解散・改組するかたちで設立された会社で、「ジブリ」という名前はサハラ砂漠に吹く熱風”Ghibli”に由来しています。

公式には認められていませんが、第二次世界大戦中のイタリアのカプロニ社製の飛行機の名前”CAPRONI Ca309 GHIBLI”が直接の由来だとも言われています。本来の原語に近い発音は「ギブリ」ですが、宮崎駿さんによる思い込みで「ジブリ」になりました。元々は宮崎駿さんと高畑勲(たかはた・いさお)さんの作品制作のために設立された会社でしたが、他の監督による作品の制作、短編アニメーション作品および実写作品の制作、小冊子『熱風』の発行をする出版事業や音楽事業、さらに三鷹の森ジブリ美術館に展示するものの定期制作も手がけています。

2013年に公開された映画『風立ちぬ』で宮崎駿さんが引退を発表してから今後が注目されていましたが、2014年に米林宏昌(よねばやし・ひろまさ)監督の映画『思い出のマーニー』を最後に制作部門を一度解散し、アニメ制作を事実上の無期限活動休止にすることが発表されました。しかし、2017年に宮崎駿さんの引退撤回と、新作映画『君たちはどう生きるか』の制作開始に伴い、再び制作部門が立ち上げられることになりました。

よく勘違いされることですが、『風の谷のナウシカ』はスタジオジブリが設立される前に制作された作品であるため、正確にはスタジオジブリの作品には入っていません。ここからは、スタジオジブリが設立された後に制作された長編アニメーション作品についてご紹介していきます!

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その1:『天空の城ラピュタ』

『天空の城ラピュタ』は、1986年に公開された宮崎駿監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは「ある日、少女が空から降ってきた…」。

宮崎駿さんが小学校時代に考えていた架空の物語が骨子となった作品で、アニメが次第に高年齢向けになっていっている現状を踏まえ、マンガ映画の復活を目標として小学生を対象とした古典的な冒険活劇として企画されました。宮崎駿さんらしい爽快感のある空中戦の描写やスチームパンク的な世界観が高い評価を受けた作品で、「親方ッ!空から女の子が!」「40秒で支度しな!」「3分間待ってやる」「バルス!」など、今なお話題に上る印象的な台詞が数多く散りばめられているのも特徴的です。

2020年に行われた「一番好きな宮崎駿監督作品」のアンケート調査では、圧倒的得票数で第1位に輝いています。

『天空の城ラピュタ』のあらすじ

主人公は、かつて父親が目撃した伝説の浮遊島「ラピュタ」を見つけ出す夢を持った少年・パズー。スラッグ渓谷の鉱山で働く彼は、ある日、空からゆっくりと落ちて来た少女・シータを受け止めます。シータは北の地で暮らしていた少女で、特務機関に連れ去られて飛行船に乗せられたあと、空賊による襲撃を受けたときにそこから逃げ出そうとして転落してしまったのでした。

彼女が空から落ちても無事でいられた理由は、「飛行石」という不思議な石にありました。その石は名前の通り飛行させる力を持ったもので、ラピュタの秘密をも握ったものでした。その石を手に入れようと、ムスカ率いる特務機関や空賊ドーラー一家がパズーとシータの元へと迫ってきます。2人は飛行石をめぐる陰謀に巻き込まれ、やがてラピュタへと導かれていくことになるのです。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その2:『となりのトトロ』

『となりのトトロ』は、1988年に公開された宮崎駿監督による長編アニメーション映画。キャッチコピーは、「このへんな生きものは まだ日本にいるのです。たぶん。」。高畑勲監督による長編アニメーション映画『火垂るの墓』が同時上映されました。『となりのトトロ』では田舎に引っ越してきた姉妹と不思議な生き物・トトロとの交流が平和的に描かれていた一方で、『火垂るの墓』では終戦前後の悲劇的な出来事が描かれていたことから、前者から後者を続けて観て憂鬱な気持ちになった人も少なからずいたとか。

『となりのトトロ』の時代設定はだいたい昭和30年代前半とされ、宮崎駿監督によれば「テレビのなかった時代」「昭和28年(1953年)ごろを想定していた」とのこと。自然豊かな田舎を舞台にしていますが、その舞台となった「松郷集落」は宮崎駿監督が過去に暮らしていた町などを混ざり合わせてつくられており、明確な設定づけはなされていません。

観客動員数は約80万人、配給収入は5.9億円と、1984年公開の映画『風の谷のナウシカ』に比べて興行成績は振るわなかったものの、公開当時から各所からの評価は高く、後に発売されたビデオやDVDは好セールスを記録し、さらにテレビ放映されると毎回高視聴率を記録しています。高畑勲監督からは「『トトロ』はぼくらがめざしたものの頂点だ」「宮崎駿のもたらした最大の恩恵はトトロだとわたしは思う」と激賞されています。ちなみに、三鷹の森ジブリ美術館では本作の番外編にあたる『メイとこねこバス』が上映されています。

『となりのトトロ』のあらすじ

本作の主人公は、小学生6年生の少女・草壁(くさかべ)サツキと、4歳の少女・草壁メイの姉妹。母親が入院療養中の病院の近くで生活するため、2人は大学で考古学を研究している父親の草壁タツオに連れられて、初夏に田舎の農村へと引っ越してきました。引っ越し先の空き家は、ピンポン球くらいの大きさの真っ黒な生き物・まっくろくろすけ(ススワタリ)がたくさん住んでいた家で、2人は不思議なものがいっぱいの自然豊かな暮らしを楽しみます。

ある日、1人で庭で遊んでいたメイは、木ノ実の入った袋を持った青い不思議な生き物と、それよりも少し小さな白い不思議な生き物を発見します。彼らを追いかけていったメイが木の洞の中に落ちると、そこには彼らよりもずっと大きな生き物が眠っていました。メイが名前を尋ねると、その生き物は何か呟き、メイにはそれが「トトロ」と言ったように聞こえました。やがてトトロのお腹の上で寝入ってしまったメイは、いつのまにか林の中で1人で眠っているところをサツキによって発見されます。

メイはサツキや父親にもトトロを見せようとしますが、不思議なことにトトロのいた場所が見つかりません。父親から、きっとこの森の主であるトトロはいつでも会えるわけではないのだと諭されたあと、サツキもトトロに会ってみたいという想いを抱きます。普通の人間には見えず、子どもにしか目にすることのできないトトロ。ここからサツキとメイとトトロによる不思議な交流が始まるのです。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その3:『火垂るの墓』

『火垂るの墓』は、1988年に公開された高畑勲監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「4歳と14歳で、生きようと思った」「忘れものを、届けにきました」。宮崎駿監督の映画『となりのトトロ』と同時上映されていますが、先に『となりのトトロ』が60分程度の中編映画として企画されて単独での全国公開が難しかったことから、同時上映作品として『火垂るの墓』の企画が決定したという経緯があります。最終的に、両方とも上映時間が90分近くなった長編2本体制として公開されました。

原作は、野坂昭如(のさか・あきゆき)さんが1968年に発表した同名の短編小説。自身の戦争体験を題材とした作品。

高畑勲監督による映画は、戦災孤児が直面した厳しい現実をまったく妥協なしに描いたことから、戦争の残酷さを後世に伝える作品として高く評価されましたが、高畑勲監督自身は本作を反戦映画ではないとしており、兄妹2人だけの小さな世界に閉じこもって周りの大人に頼ることを拒絶し、自滅を迎えていく主人公・清太(せいた)の姿は現代の若者に通ずるものだと解説しています。

『火垂るの墓』のあらすじ

時代は終戦の直前。主人公の14歳の少年・清太は、海軍大尉の地位にある父親が家を留守にするなか、心臓を患う母親と4歳の妹の節子(せつこ)と一緒に暮らしていました。しかし、昭和20年6月に清太の暮らしている神戸が空襲を受け、全身に大火傷を負って包帯も取れない状態となった母親はそのまま病院で亡くなってしまいます。

家まで失ってしまった清太と節子は親戚の家に身を寄せることになりますが、次第にその家の叔母さんとの折り合いが悪くなり、清太たちは自由を求めて防空壕で暮らすことになります。厳しい言葉や辛い扱いを受けることのない生活を手に入れられましたが、現実は厳しく、2人は食料の確保すらままならない暮らしをすることになるのです。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その4:『魔女の宅急便』

『魔女の宅急便』は、1989年に公開された宮崎駿監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」。

宮崎駿さんが監督を務めたスタジオジブリの長編アニメーション映画では初の他者原作の作品で、角野栄子(かどの・えいこ)さんによる同名の児童文学を原作としています。映画の方では童話ならではのファンタジー性は抑えられ、作中に登場する魔法は「個人の持つ才能」という位置付けで描写されています。また、原作では魔女が人間とは違った異質な存在で、現実の魔女同様にネガティブなイメージや偏見を持たれたりすることもあると描写される一方で、映画では魔女は異端視されずに人間社会に同居しています。

OPテーマ曲には「ルージュの伝言」、EDテーマ曲には「やさしさに包まれたなら」が採用されています。どちらも「ユーミン」の愛称でおなじみの荒井由実(あらい・ゆみ)さんが作詞・作曲を行い、歌唱を担当した既存の楽曲で、映画公開当時にリバイバルヒットになりました。

本作ではこれまでスタジオジブリを支えてきた徳間書店のほかに日本テレビ、さらに「宅急便」を商標登録しているヤマト運輸が製作に参加。テレビCMなどの宣伝にも力が入れられた結果、観客動員数264万人、配給収入21.5億円となり、前回同時上映となった『となりのトトロ』と『火垂るの墓』の3倍以上もの記録となりました。

『魔女の宅急便』のあらすじ

主人公は、のどかな田舎町に暮らす13歳の少女・キキ。魔女の血を引くキキは、「魔女として生きる決意をした少女は13歳の満月の晩に旅立ち、見知らぬ街で1年にわたる修行をしなければならない」というしきたりに従い、家族や友人たちに見送られて、黒猫のジジと共にホウキに乗って旅立ちます。

海に囲まれた美しい街「コリコ」に降り立ったあと、泊まるあてもないまま街をさまよっていたキキは、「グーチョキパン店」というパン屋のおかみ・おソノに出会います。彼女に代わって忘れ物をお客さんに届けたことでおソノに気に入られたキキは、パン屋の手伝いをする代わりに2階の空き部屋に居候させてもらえることになります。この街に定住することを決心したキキは、やがて自分の飛行魔法を活かして宅配業「魔女の宅急便」を始め、さまざまな人からの依頼を受けることになるのです。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その5:『おもひでぽろぽろ』

『おもひでぽろぽろ』は、1991年に公開された高畑勲監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「私はワタシと旅に出る」。原作は「週刊明星」で1987年3月19日号から同年9月10日号にかけて連載された同名の漫画作品で、岡本螢(おかもと・ほたる)さんが原作を、刀根夕子(とね・ゆうこ)さんが作画を担当しています。映画の企画立案者は、音響制作会社オムニバスプロモーションの斯波重治(しば・しげはる)さん。宮崎駿さん曰く、アニメ化するには難解な作品で、高畑勲さんにしか監督は不可能だと企画が持ち込まれました。

全国動員は216万9435人、興行収入は 31億8000万円を記録。第9回ゴールデングロス賞のマネーメイキング監督賞、第15回日本アカデミー賞の話題賞作品部門を受賞しています。2011年には、アニメーション映画を原作としたミュージカルが、劇団わらび座によって上演されており、今作がスタジオジブリ初の舞台化作品となりました。

『おもひでぽろぽろ』のあらすじ

時代は、1982年の夏。東京出身の27歳になるOL・岡島タエ子(おかじま・たえこ)は、安定しつつも代わり映えのしない毎日を過ごしていました。夏季休暇を利用して、姉・ナナ子の夫の親類宅に遊びに行くことになったタエ子は、山形県に向かう寝台特急あけぼの3号の車内で、自然豊かな田舎に強く憧れていた小学生時代を思い出します。

その後、滞在先の家の息子であるトシオや、農家の人たちと交流するうちに次々とその当時の出来事を次々と思い出すようになったタエ子は、少女時代の回想と今現在の自分の願いに向き合っていくことになるのです。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その6:『紅の豚』

『紅の豚』は、1992年に公開された宮崎駿監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「カッコイイとは、こういうことさ。」「飛ばねぇ豚はただの豚だ」「飛べば、見える。」。

宮崎駿さんは、高畑勲監督の映画『おもひでぽろぽろ』の製作プロデューサーを担当しながら『紅の豚』のコンテを切っていましたが、当時勃発した湾岸戦争の影響もあって、ストーリーにはシリアスな要素が増えていき、当初予定していた時間には収まらなくなっていきました。そこで、鈴木敏夫さんは日本航空と日本テレビに直談判してこれを映画にする許可をとりつけ、日本航空国際便機内で長編アニメーション映画として上映される傍ら、劇場公開もされることになりました。

映画は上映開始後に304万9806人を動員し、約54億円の興行収入を記録。前作の『魔女の宅急便』に続き、アニメーション映画の興行成績における日本記録を更新することになりました。

『紅の豚』のあらすじ

物語の舞台は、1929年頃の大戦間期のイタリア。ファシスト党による軍事政権と深刻な経済不況によって社会は不安定になり、失職した民間や軍のパイロットたちは空賊になり果てていました。深紅の飛行艇「サボイア」を操縦する豚の主人公であるポルコ・ロッソは、かつて人間だった頃にイタリア空軍のエースとして活躍していましたが、現在はアドリア海の小島に隠棲しながら空賊退治をする賞金稼ぎとして生活していました。

ある日、愛機サボイアのエンジン整備のためミラノに向けて飛んでいたところ、ポルコは空賊連合が雇った用心棒・カーチスの奇襲にあい、エンジン不調のまま愛機を撃墜されてしまいます。ミラノにある工房ピッコロ社にたどりついたポルコは、そこで経営者の孫娘であるフィオ・ピッコロに出会い、彼女の熱意におされて愛機の再設計を任せることを決めます。ポルコはその後、ポルコが勝てばカーチスがサボイアの修理費を支払い、カーチスが勝てばフィオが彼と結婚するという条件で、再戦を行うことになるのです。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その7:『平成狸合戦ぽんぽこ』

『平成狸合戦ぽんぽこ』は、1994年に公開された高畑勲監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「タヌキだってがんばってるんだよォ」。高畑勲監督が原作・脚本・監督の3役を担当した初のオリジナル作品です。当初、高畑勲さんは『平家物語』を映像化しようとしていましたがなかなか実現せず、タヌキ映画をつくりたいと考えていた宮崎駿さんと鈴木敏夫さんに迎えられて、2人のつくった案を元にタヌキによる平家物語のオリジナルシナリオを執筆。

開発の進む東京都の多摩ニュータウン(多摩市)を舞台に、その一帯のタヌキが長く忘れられていた変身術「化学(ばけがく)」を使用して、人間に対して抵抗を試みる様を描きました。スタジオジブリが初めてCGと実写を一部に使用した作品であり、コミカルな語り口によるナレーションも使用されています。

アニメの利点を最大限に活かした変幻自在の妖怪パレードは圧巻の一言。その中には、『風の谷のナウシカ』の主人公・ナウシカや、『となりのトトロ』の不思議な生き物・トトロ、『魔女の宅急便』の主人公・キキ、『紅の豚』の主人公であるポルコ・ロッソなどのスタジオジブリのキャラクターがカメオ出演するという遊び心が盛り込まれています。

興行収入は44.7億円を記録。アヌシー国際アニメーション映画祭の長編部門グランプリ、第49回毎日映画コンクールのアニメーション映画賞に輝いています。

『平成狸合戦ぽんぽこ』のあらすじ

時は、昭和40年代。たくさんのタヌキたちが平和に暮らしていた自然豊かな多摩丘陵に、多摩ニュータウン開発計画による里山や森林の破壊が迫っていました。自分たちの生存が危うくなってきたことに気がついた多摩のタヌキたちは、ある日総会を開き、人間たちを多摩丘陵から追い出す計画を立てます。

そして、そのために伝統的な変化術「化学(ばけがく)の復興と、四国・佐渡の名のある化けダヌキに協力を仰ぐことを決定したのでした。しかし、本来は呑気でお調子者なタヌキたちの前には様々な障害が立ちはだかることになるのでした。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その8:『耳をすませば』

『耳をすませば』は、1995年に公開された近藤喜文(こんどう・よしふみ)監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「好きなひとが、できました」。1994年に「CHAGE and ASKA」が発表した楽曲「On Your Mark」のプロモーション・フィルムとして制作された、同名の短編アニメーション作品が同時上映されました。こちらは宮崎駿さんが原作・脚本・監督を務めた台詞のない作品で、わずか7分ほどの短編でありながら映像作品としての完成度が非常に高く、あまりの人気っぷりに当時、長編化の打診もあったほどでした。

映画『耳をすませば』の原作は、柊(ひいらぎ)あおいさんによる同名の漫画作品で、少女漫画雑誌『りぼん』において1989年8月号から11月号にかけて連載されました。続編には『耳をすませば〜幸せな時間〜』があります。映画の制作のきっかけとなったのは、宮崎駿さんが義父の建てた山小屋で同作の掲載された漫画雑誌を読んで興味を抱いたこと。13年もの長きに渡る漫画『風の谷のナウシカ』の連載を終え、長編アニメーション映画『もののけ姫』の構想をしていた宮崎駿さんが、それとは別に新たなスタッフおよび挑戦をするためにこの企画をスタートさせました。

原作者の柊あおいさんは元から宮崎駿さんのファンで、その宮崎駿さんが本作の映画化を希望しているという話を担当から聞いた際、信じられずに思わず「冗談でしょ」と返事をしたといいます。さらに、本作の主人公の友人役として登場する原田夕子(はらだ・ゆうこ)は、柊あおいさんが幼い頃に大好きだったアニメ版『赤毛のアン』の主人公であるアン・シャーリーをモデルとしたキャラクターで、このアンのキャラクターデザインを作成した近藤喜文さんが監督をすると聞いたときにはひどく驚いたそうです。

原作漫画とアニメ映画の方では設定や展開がかなり異なっており、アニメ映画版の舞台は東京都多摩市で、京王線の聖蹟桜ヶ丘駅周辺の風景をそのままあるいはモデルとした風景が多く描かれています。今作の公開により、聖地となった聖蹟桜ヶ丘駅西口広場の交番横には「耳をすませばモデル地案内マップ」が設置され、その横には2012年から「地球屋」を象ったモニュメントである「青春のポスト」が設置されています。この中は「地球屋」の店内を元にした創りになっていて、通常の郵便物を投函することはできませんが、夢や目標を記したカードを願掛けとして投函することができます。

観客動員数は 208万8967人を記録し、配給収入は18.5億円を記録しました。

『耳をすませば』のあらすじ

本作の主人公は、中学3年生の少女・月島雫。読書が大好きな彼女は、父親が勤める図書館で自分が借りた本の読書カードに、いずれも「天沢聖司(あまさわ・せいじ)」という名前があることに気がつき、いったい彼はどんな人なのか想像を膨らませるようになります。ある日、図書館に行く途中で変な猫を見つけた雫は、その後を追いかけていった先で小さな古道具屋「地球屋」を見つけます。

素敵なそのお店の店主を務めているのは、西司朗(にし・しろう)という老人でした。雫は、猫の男爵の人形「バロン」や、古いからくり時計などを彼に紹介してもらって喜びますが、後に西司朗は天沢聖司の母方の祖父にあたる人物で、天沢聖司は雫の同学年の生徒であったことを知ります。聖司はヴァイオリン職人になりたいという夢を抱いており、「地球屋」の地下にある工房でヴァイオリン作りをしていたのでした。

自分の夢を叶えるためにイタリア留学をしたいという目標と道筋のある聖司に比べて、自分が将来何がしたいのかがわからない雫。雫は、自分自身の力を試すために、ずっと前からやってみたかった物語を書くことに挑戦することを決意し、猫の人形「バロン」を主人公とした物語を書き始めることになります。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その9:『もののけ姫』

『もののけ姫』は、1997年に公開された宮崎駿監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「生きろ。」。宮崎駿さんが構想に16年、制作に3年をかけた作品です。

映画のストーリーには、宮崎駿さんがチベットに伝わる民話を元にして描いた漫画『シュナの旅』を原点としている部分が多くあります。善悪、清濁といった単純な二元論では考えることのできない多様で複雑な人間模様、首や腕が切り落とされるといった凄惨な人体破壊描写や多くの者たちの惨たらしい死、人間と自然の共存に限らず人間同士の差別問題や憎悪の連鎖といった重く厳しいテーマがいくつも含まれているのが特徴的で、理不尽な現実の中で生きる動機を見失いつつある子どもや若者たちにそれでも「生きろ」と伝えるような、これまでのスタジオジブリ作品とは一線を画す暗闇の中で光がほとばしるような激動の内容になっています。

1997年7月に公開されたあと、観客動員数1420万人、興行収入193億円を記録し、当時スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『E.T.』が保持していた日本の歴代興行収入記録を塗り替えて第1位となりました。

『もののけ姫』のあらすじ

物語の舞台は、室町時代の日本。東と北の間にあると言われる「エミシの隠れ里」に住むアシタカは、一族の次代の長になるために教育を受けてきた青年でした。ある日、里を襲撃したタタリ神を弓矢で退治してしまったことで、アシタカは自身の右腕に赤黒い痣のような死の呪いを受けてしまいます。里を守るためにやったにも関わらず、理不尽にも里から旅立たざるを得なくなったアシタカは、自らの運命を切り開くために、タタリ神が来たはるか西方の地を目指して旅をすることになります。

その先でアシタカが出会うことになったのは、森を切り開いて鉄をつくる「タタラ場」の住人たちと彼らを率いるエボシ御前、人間たちを憎みながら森を守るために戦っている山犬一族、そして山犬と共に生きる人間の少女・サンでした。アシタカは自身の呪いを解くための方法を探しながら、森と人が争い合わずに済む道はないのかと、深く苦悩することになるのです。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その10:『ホーホケキョ となりの山田くん』

『ホーホケキョ となりの山田くん』は、1999年に公開された高畑勲監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「家内安全は、世界の願い。」。英題は「My Neighbors The Yamadas」。いしいひさいちさんによる4コマ漫画作品『となりのやまだ君』『ののちゃん』を原作としたもので、その原作の4コマ漫画を繋ぎ合わせたオリジナルストーリーが展開されています。

元は『となりの山田くん』というタイトルで公開する予定でしたが、高畑勲監督の作品タイトルには「ほ」の字が入っているほうが縁起が良いという理由から、半ば強引に「ホーホケキョ」という単語を足されることになりました。また、高畑勲監督の意向で、本作ではデジタル作業にもかかわらず、手書き調で水彩画を思わせる画面が構築されており、これを実現するためになんと通常の3倍もの作画が行われることになりました。ふんわりとした色彩の画面からは一見そうは思えませんが、実はスタジオジブリ作品の中で最も多く枚数を使用しているのは、後に同じ高畑勲監督の『かぐや姫の物語』が制作されるまではこの作品だったのでした。

約20億円の制作費をかけて公開されましたが、全体の売り上げを意味する興行収入は15.6億円、映画館などの取り分を引いた配給収入は目標の60億円を大きく下回り、7.9億円に留まりました。しかし、後にビデオ売上などによって最終的には黒字化しており、また当時日本テレビ会長を務めていた氏家齊一郎(うじいえ・せいいちろう)さんは本作を気に入り、スタジオジブリの関係者にたとえ大きな赤字を出したとしても高畑勲監督作品をもう一度鑑賞したいと要請したことで、後に『かぐや姫の物語』が制作されることになりました。

『ホーホケキョ となりの山田くん』のあらすじ

日本のありふれた庶民的な一家である山田家。たかしとまつ子の結婚から、息子ののぼると娘ののの子の誕生と成長、デパートでのの子が迷子になって大慌てする山田家、キャッチボールをした際の親子喧嘩など、山田家やそれを取り巻く人々のほのぼのおかしくなるエピソードの数々が、オムニバス的な構成で描かれています。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その11:『千と千尋の神隠し』

『千と千尋の神隠し』は、2001年に公開された宮崎駿監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「トンネルのむこうは、不思議の町でした。」。制作のきっかけは、宮崎駿さんの個人的な友人であった10歳の少女を喜ばせたいと思ったこと。この少女は、日本テレビ放送網の映画プロデューサーであり、本作の製作担当にもなった奥田誠治(おくだ・せいじ)さんの娘で、本作の主人公である荻野千尋(おぎの・ちひろ)のモデルにもなりました。

観客動員数は2350万人、興行収入は316.8億円で、1997年に公開された映画『タイタニック』を抜いて当時の日本歴代興行収入第1位の記録を達成し、2020年に公開された『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が記録を更新するまで、20年近くにわたって首位の座を堅持し続けました。

『千と千尋の神隠し』のあらすじ

本作の主人公は、ごく普通の10歳の少女・荻野千尋。ある年の夏、千尋は両親と共に車に乗って引越し先の家に向かっていましたが、迷い込んだ森の中で奇妙なトンネルを見つけます。3人がそのトンネルをくぐり抜けると、そこには不思議な街が広がっていました。街の中に入ったあと、両親は無人の店の料理を「店員が来たら代金を支払えばいい」という理由で勝手に口にし始め、その結果、2人とも丸々と肥えた豚の姿に変わってしまいます。

トンネルを抜けた3人が足を踏み入れてしまったのは、八百万の神々が住む世界でした。人間がけして足を踏み入れてはならないその世界で、神々に出す料理に手をつけてしまったことで、千尋の両親は罰として豚にされてしまったのでした。1人残されて困惑する千尋を助けてくれたのは、謎の少年・ハクでした。

両親を元の姿に戻して人間の世界に帰るため、千尋はハクの助言を元に、湯屋「油屋」と街を支配している魔女・湯婆婆(ゆばーば)にここで働かせてもらえるように頼みます。名前を奪われて「千(せん)」という新たな名を授けられた千尋は、様々な困難に直面しながらも、湯屋で懸命に下働きをする中で成長し、自身の内にある「生きる力」を見つけることになるのです。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その12:『猫の恩返し』

『猫の恩返し』は、2002年に公開された森田宏幸(もりた・ひろゆき)さんによる長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「猫になっても、いいんじゃないッ?」。

脚本担当は、『映画 聲の形』や『若おかみは小学生!』などで知られる脚本家の吉田玲子(よしだ・れいこ)さん。原作は、宮崎駿さんのリクエストを受けて『耳をすませば』の原作者・柊あおいさんが描き下ろした『バロン 猫の男爵』です。1995年に公開された近藤喜文監督による映画『耳をすませば』の主人公・月島雫の書いた物語という位置付けのスピンオフ映画作品で、猫の男爵バロンと猫のムーンが2作に共通して登場しています。

映画『耳をすませば』の直接の続編というわけではありませんが、実質的には続編に近いものであり、続編はつくらない方針をとっているスタジオジブリが唯一試みた続編相当の作品でもあります。原作と映画の間には違いがあり、原作に登場する「猫の国」は亡くなった猫たちの暮らす死後の世界ですが、映画の「猫の国」は猫たちが人間のように暮らす異世界の1つという位置付けになっています。

映画『耳をすませば』ではバロンの声を俳優の露口茂(つゆぐち・しげる)さんが担当していましたが、映画『猫の恩返し』では主人公とのバランスを考慮し、俳優の袴田吉彦(はかまだ・よしひこ)さんが担当しています。また、映画『耳をすませば』において月島雫の声を担当していた本名陽子さんは、映画『猫の恩返し』ではクラスメートのチカ役を担当しています。

日本国内の興行収入は64.8億円で、2002年の邦画1位を記録。

『猫の恩返し』のあらすじ

本作の主人公は、どこにでもいる普通の女子高校生・吉岡(よしおか)ハル。学校に遅刻してしまった放課後、ラクロス部に所属する親友とひろみとの帰り道で、ハルはトラックに轢かれかけていた黒猫を、咄嗟にひろみのスティックを使って助けます。その猫は、実は「猫の国」の王子・ルーンでした。ハルは「猫の国」からさまざまなお礼の品をもらいますが、それらはどれも猫が喜びそうな品物ばかり。

大量の猫がついてくることにも困っていたハルが正直にどれも人間の自分には嬉しくないと伝えると、それならばハルを「猫の国」に招待して、王子のルーンの妃に迎えようという話になってしまいます。このままでは猫と結婚することになってしまうと慌てるハルの耳に、どこからか「猫の事務所を探して」という声が届きます。

大きな白い猫・ムタの案内で「猫の事務所」にやってきたハルは、そこで猫の男爵・バロンと、心を持つガーゴイルのカラス・トトと出会います。そのときに大量の猫の集団に「猫の国」へと連れ去られてしまったハルは、身体の猫化が始まり、タイムリミットまでに「猫の国」から出られないと人間界に戻れなくなるという窮地に陥ります。果たしてハルは、バロンたちの助けを借りて無事に元の世界に戻ることができるのでしょうか?

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その13:『ハウルの動く城』

『ハウルの動く城』は、2004年に公開された宮崎駿監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「ふたりが暮らした。」「ヒロインは、90歳の少女。」「恋人は、弱虫の魔法使い。」など。原作は、イギリスのファンタジー作家のダイアナ・ウィン・ジョーンズの執筆した小説『魔法使いハウルと火の悪魔(原題:Howl’s Moving Castle)』。企画が始まったきっかけは、毎月送られてくる徳間書店の児童書の新刊の中で、宮崎駿さんがその本に興味を抱いたことでした。

監督として、後に『おおかみこどもの雨と雪』や『バケモノの子』などで知られることになる細田守(ほそだ・まもる)さんを外部から招いて制作チームが結成され、当初は森田宏幸監督による映画『猫の恩返し』との同時上映が考えられていましたが、後にその企画は頓挫してスタッフは解散し、宮崎駿さんが監督を務めて再スタートが切られることになりました。

スタジオジブリの宮崎駿監督の長編アニメーション映画作品では、1989年に公開された『魔女の宅急便』から15年ぶりの他者原作の作品となりましたが、『魔女の宅急便』と同じく映画は原作と内容が異なり、映画前半は比較的原作に準じた内容になっていますが、映画後半は原作には存在しなかった戦争が加えられるなど全く違った展開を見せています。原作者のダイアナ・ウィン・ジョーンズさんは「ハウルの性格は変えないように」とのみ注文をつけ、映画を鑑賞した後に本作を「とても素晴らしかった」と絶賛しました。

公開後、観客動員数は1500万人、興行収入は196億円を記録したことで、2004年と2005年の興行成績第1位となり、2001年に公開された『千と千尋の神隠し』に次ぐスタジオジブリ史上第2位の記録を樹立しました。

『ハウルの動く城』のあらすじ

本作の主人公は、小さな帽子屋でお針子として働く少女のソフィー・ハッター。街の中で兵隊にからまれていたところを、魔法使いの美青年・ハウルによって助けられたその夜、ソフィーは荒地の魔女にかけられた呪いによって老婆の姿に変わってしまいます。呪いを解くためのヒントを探すため、街を出て荒野にやってきたソフィーは、そこでピョンピョンと飛び跳ねる不思議なカカシ・カブを助け、カブが連れてきたハウルの動く城と遭遇します。

その城の中に入ったソフィーは、そこで住み込みの掃除婦として働くことを決意。見た目は美しくても実は弱虫で臆病なハウル、ハウルと契約した火の悪魔のカルシファー、ハウルの弟子の少年・マルクル、そしてカカシのカブと奇妙な共同生活を送るなかで、やがてソフィーはハウルに恋をするようになります。しかし、家族のような関係を築いていた彼らの元に、戦火は着実に忍び寄ってきていたのでした。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その14:『ゲド戦記』

『ゲド戦記』は、2006年に公開された宮崎吾朗(みやざき・ごろう)監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「見えぬものこそ。」「父さえいなければ、生きられると思った。」「かつて人と竜はひとつだった。」。原作は、SF界の女王と称されるアーシュラ・K・ル=グウィンさんによるファンタジー小説『ゲド戦記』の第3巻「さいはての島へ」。さらに、宮崎駿さんが1983年に発表した絵物語『シュナの旅』を原案とし、今作で監督・脚本を務めた宮崎吾朗さんの独自解釈によるストーリーが展開されています(脚本には、スタジオジブリのスペシャルアニメ『海がきこえる』で脚本を務めた丹羽圭子(にわ・けいこ)さんが共同で参加しています)。

宮崎駿さんは、これまでに監督経験のない宮崎吾朗さんが監督をすることに猛反対したものの、宮崎吾朗さんの描いた「竜とアレンが向き合う絵」に唸り、本当に監督をやるのかと何度も問答した末にようやく宮崎吾朗さんが監督をすることを呑みました。宮崎駿さんは今作のホート・タウンの町の原型となるイメージ画を描き、シナリオ制作には一切関わらなかったものの、シナリオに行き詰まる宮崎吾朗さんに対して『ゲド戦記』をやらずに『シュナの旅』をやればいいと助言。それが本作の大きな指針となりました。監督をすることを呑んでもなお、宮崎駿さんの『ゲド戦記』に対する執念と宮崎吾朗さんとの確執は残り続けたままでしたが、映画が完成した後、最終的に色彩設計の保田道世(やすだ・みちよ)さんを通じて、「素直に描けていて良かった」という感想を宮崎吾朗さんに伝えています。

公開当時、興行収入は76.9億円を記録し、2006年邦画興行収入の第1位となりました(後に、2020年に再上映されたことで興行収入は累計78.4億円になりました)。原作者のル=グウィンさんは本作に関して、「私の本ではなく、宮崎吾朗の映画だ」とコメント。

『ゲド戦記』のあらすじ

本作の舞台は、均衡を失い、すべての生きる者が「自分」を見失いつつある世界。エンラッド国の王子・アレンは純粋で生真面目な性格の持ち主で、世の中に蔓延る闇に対してまで頭を悩ませるうちに心を病んで自身の「影」に追われるようになり、遂に衝動的に父王を殺害してしまいます。正気に戻ったアレンは、父親の魔法の件を持って自国から逃亡します。

賢者ハイタカに命を助けられたことをきっかけに、世界に異変を起こしている災いの根源を探す旅を共にすることになったアレンは、その途中でハイタカの昔馴染みの女性・テナーの家に泊まることになります。その家には、両親に虐待された末に捨てられた少女・テルーが共に暮らしていました。テルーは自分の命を大事にしないアレンのことを初めは嫌っていましたが、自分と同じように彼も心に傷を負っていることを知り、徐々に歩み寄っていくようになります。

しかし、永遠の命を得ることを目論む魔法使いクモにアレンが利用され、さらにハイタカとテナーも人質にされてしまいます。テルーは彼らを助けるために、行動を起こすことになるのです。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その15:『崖の上のポニョ』

『崖の上のポニョ』は、2008年に公開された宮崎駿監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「生まれてきてよかった。」「子どもの頃の約束は、永遠に忘れない。」など。2001年に公開された映画『千と千尋の神隠し』から7年ぶりとなる、宮崎駿さんが原作・脚本・監督の全てを担当した映画作品で、ストーリーには明確な起承転結が存在せず、宮崎駿さん自身のイマジネーションを優先したつくりになっています。

本作は、1836年に発表されたハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話『人魚姫』をモチーフにしていますが、そのまま原作として使用してはおらず、「キリスト教色」を払拭した上で、現代の日本を舞台にするなどの大きな変更を行っています。宮崎駿さんはポニョ発想のルーツに関して質問された際、幼い頃に『人魚姫』を読んだときに、人間には魂があっても人魚は「物」で魂を持たないという価値観に納得がいかなかったことが起源であったのかもしれないと答えています。

2008年末までの観客動員数は1200万人以上、興行収入は155億円を記録。全米では、ローカライズが行われたバージョンが”Ponyo”のタイトルで公開され、ケイト・ブランシェットさんやマット・デイモンさんなどの名だたる俳優が吹き替えを担当したことが話題になりました。

『崖の上のポニョ』のあらすじ

本作の主人公は、好奇心旺盛な5歳の男の子・宗介(そうすけ)。崖の上の一軒家で暮らしている宗介は、ある日、空き瓶に頭が挟まってしまっていたポニョを見つけます。ポニョは、海の女神である母親のグランマンマーレと、魔法使いの父親のフジモトとの間に生まれた魚の女の子でした。ポニョはクラゲに乗って家出し、人間の暮らしている港に近づいたところ、海に捨てられていたジャムの瓶から頭を抜くことができなくなってしまったのでした。

その瓶を割ってやった宗介は魚のポニョのことが好きになり、ポニョもまた宗介のことが好きになります。ポニョは、いなくなったことに気がついたフジモトに海底に連れ戻されてしまいますが、逃げ出そうとした際に偶然あふれだした「生命の水」で人間の姿に変わり、強い魔力も得たことで激しい嵐を巻き起こして、宗介との再会を果たします。「ポニョが世界に大穴を開けた」と言って、このままでは世界が破滅してしまうと大慌てするフジモト。グランマーレは、ポニョがそのまま人間になれば、ポニョの魔法もなくなるとフジモトに提案します。しかし、それにはとある条件が必要だったのでした。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その16:『借りぐらしのアリエッティ』

『借りぐらしのアリエッティ』は、2010年に公開された米林宏昌(よねばやし・ひろまさ)監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「人間に見られてはいけない。」 「それが床下の小人たちの掟だった。」。原作は、イギリスの児童文学作家メアリー・ノートンさんによるファンタジー小説『床下の小人たち(原題:The Borrowers)』。1952年に出版されてカーネギー賞を受賞した作品で、今作のアニメーション化は過去に宮崎駿さんと高畑勲さんが企画したものの叶わず、今回改めて宮崎駿さんによって企画され、今作として実現するに至りました。

企画書の段階でのタイトルは「小さなアリエッティ」でしたが、プロデューサーの鈴木敏夫さんとの対話で「借りぐらし」という設定は今の時代によく合うのではないかという話になったことから、「借りぐらしのアリエッティ」というタイトルになりました。脚本は宮崎駿さんと、『海がきこえる』と『ゲド戦記』の脚本に関わった丹羽圭子さんが担当。宮崎駿さんが様々なアイデアを口で語って、丹羽圭子さんがその内容を元に文章にまとめてシナリオを構築するというスタイルが取られました。原作では19〜20世紀のイギリスが舞台になっていますが、本作では現代の日本が舞台になっています。

最終的な興行収入は92.5億円を記録し、2010年度の興行収入邦画第1位を記録。北米では最終的な興行収入は約1900万ドルを記録し、スタジオジブリ作品では『崖の上のポニョ』を上回る最高記録となりました。

『借りぐらしのアリエッティ』のあらすじ

本作の主人公は、14歳の小人の少女・アリエッティ。「人間に見られてはいけない」というルールのもと、アリエッティは両親と一緒に郊外にある古い屋敷の床下に住み、そこに暮らしている人間の生活品を必要な分だけ「借り」ながらひっそりと暮らしていました。父親に連れられて初めての「借り」を行った夜、療養のためにその屋敷にやってきた少年・に見つかってしまい、アリエッティは戦利品の角砂糖をうっかり落としてしまいます。

母親と大叔母から小人に関する話をよく聞かされていた翔は小人との接触を試み、アリエッティもまた好奇心と向こう見ずな性格が手伝って、翔に近づいていくようになります。お互いの身体の大きさも、背景も、考えも異なるなかで、徐々に心を通わせていく2人。そんななか、アリエッティの家族に大きな危険が迫っていたのでした……。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その17:『コクリコ坂から』

『コクリコ坂から』は、2011年に公開された宮崎吾朗監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「上を向いて歩こう。」。原作は、講談社発行の少女漫画雑誌「なかよし」において1980年1月号から8月号まで連載された同名の漫画作品で、原作を佐山哲郎(さやま・てつろう)さんが、作画を高橋千鶴(たかはし・ちづる)さんが担当しています。題名にある「コクリコ」は、フランス語でヒナゲシを意味する言葉で、与謝野晶子(よさの・あきこ)氏の短歌「ああ皐月 仏蘭西の野は 火の色す 君も雛罌粟(コクリコ) われも雛罌粟(コクリコ)」から取ったとされています。

製作発表から何十年も前に、宮崎駿さんが山小屋に置いてあった少女漫画雑誌に掲載されていた同作を気に入り、2010年に公開された映画『借りぐらしのアリエッティ』の制作中に同作の映画化が正式に決定されました。『借りぐらしのアリエッティ』に続く、スタジオジブリ経営5ヵ年計画における若手登用を目的とした第2作目の作品であり、今作では『ゲド戦記』で監督を務めた宮崎吾朗さんが起用されることになりました。

今作の脚本は、『借りぐらしのアリエッティ』のときと同じく、宮崎駿さんと丹羽圭子さんが共同で担当。メインキャラクターの設定やテーマは原作を踏まえていますが、プロットやストーリーの提示方法などの演出に関しては大幅に改編された独自の作品となりました。今作の声優には、これまでにスタジオジブリ作品で声を当てた経験のある者が多く起用されており、たとえば『ゲド戦記』で主人公のアレン役を担当した岡田准一(おかだ・じゅんいち)さんが今作では準主人公の風間俊役を担当し、『千と千尋の神隠し』で主人公の荻野千尋役を担当した柊瑠美(ひいらぎ・るみ)さんが今作ではコクリコ荘に下宿している医者の広小路幸子役を担当しています。

最終的な興行収入は44.6億円を記録し、2011年度の邦画興行収入第1位を記録。第35回日本アカデミー賞の最優秀アニメーション作品賞、第29回ゴールデングロス賞の日本映画部門優秀銀賞などに輝きました。

『コクリコ坂から』のあらすじ

物語の舞台は、1963年の初夏の横浜。翌年に東京オリンピックの開催を控え、古いものは壊すべきで、新しいものこそが素晴らしいのだと信じられていた時代。港南学園高等学校に通う少女・松崎海(まつざき・うみ)は、海の見える丘にある「コクリコ荘」を切り盛りしながら、毎朝、海に向かって「安全な航行を祈る」という意味の信号旗をあげていました。同じ高校に通う1学年上の少年・風間俊(かざま・しゅん)は、毎朝タグボートで通学する途中でその旗を目にしていました。

2人の通う高校には、男子文化部の部室棟「カルチェラタン」があり、歴史と思い出のつまったその建物を取り壊すか否かの論争が起きていました。そんな事件の中で2人は出会い、週刊の学校新聞「カルチェラタン」のチーフを務める俊はその建物の存続のために尽力し、海はその建物の良さを知ってもらおうと大掃除をすることを提案します。2人は徐々にお互いに惹かれあっていきますが、そんな2人に「ある試練」が襲いかかることになるのです。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その18:『風立ちぬ』

『風立ちぬ』は、2013年に公開された宮崎駿監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「生きねば。」。堀辰雄(ほり・たつお)氏の小説のタイトル「風立ちぬ」の元になったポール・ヴァレリーの詩「海辺の墓地」の一節にある「風立ちぬ、生きねば。(Le vent se lève, il faut tenter de vivre.)」から引用されたものです。原作は、月刊模型雑誌『モデルグラフィックス』に掲載された宮崎駿さんによる連載漫画『風立ちぬ』で、航空技術者の堀越二郎(ほりこし・じろう)氏の半生と、小説家の堀辰雄氏の実体験を元にした小説内容が主な題材となりました。

本作は過去のスタジオジブリの作品とは違って、実在した航空技術者の堀越二郎氏の半生に、同時代を生きた小説家の堀辰雄氏の実体験を元にした『風立ちぬ』『美しい村』『菜穂子』などの小説作品群の内容が盛り込まれたもので、主人公のモチーフには宮崎駿さんの父親の人生も反映されています。宮崎駿さんの父親は幼い頃に関東大震災に遭ったあと、戦闘機を製造する会社の経営に携わり、後に前妻を結核でなくしています。本作の主人公である堀越二郎は、これらの要素をごちゃ混ぜに取り込んだ上で、あくまで架空の人物として仕立てられています。

今作でその堀越二郎の声を担当したのは、「新世紀エヴァンゲリオンシリーズ」の監督として知られる庵野秀明(あんの・ひであき)さん。庵野秀明さんは、1984年に公開された宮崎駿監督による映画『風の谷のナウシカ』に原画で参加した経験があり、もしも今作に零戦が飛ぶシーンがあれば描かせてほしいと、プロデューサーの鈴木敏夫さんに申し入れていました。しかし、宮崎駿さんは庵野秀明さんに本作の主人公の声優として出演するように要請し、庵野秀明さんは困惑しつつもそれを引き受けることになりました。

公開後の最終的な累計動員は969万人で、興行収入は120.2億円を記録。第34回ボストン映画批評家協会賞や第79回ニューヨーク映画批評家協会賞などを受賞したほか、第86回アカデミー賞の長編アニメーション映画賞やゴールデングローブ賞の外国語映画賞にもノミネートされています。

『風立ちぬ』のあらすじ

飛行機に憧れを抱く少年・堀越二郎は、夢の中に姿を現したイタリアの飛行機の設計家・カプローニに導かれて、自身も同じ飛行機の設計家になる道を目指します。東京帝国大学に進学した二郎はそこで飛行機の設計学を学び、卒業後に飛行機開発会社「三菱」に入社。会社に「英才」と評価されながら上司たちからも目をかけられ、学友で同僚となった本庄たちと共にドイツに留学するなど、着実にキャリアを積み重ねていきましたが、新型機の開発に行き詰まってしまいます。

飛行機の開発で初めての挫折を経験して意気消沈した二郎は、避暑地のホテルで休養を取り、そこで約10年ぶりに里見菜穂子(さとみ・なほこ)との再会を果たします。菜穂子は、関東大震災が発生したときに乗車していた汽車の中で二郎が偶然出会った女性でした。元気を取り戻した二郎は菜穂子との仲を深めていきますが、菜穂子は当時不治の病であった結核を患っていたのでした。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その19:『かぐや姫の物語』

『かぐや姫の物語』は、2013年に公開された高畑勲監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「姫の犯した罪と罰」。1999年に公開された映画『ホーホケキョ となりの山田くん』から実に14年ぶりの高畑勲監督による作品で、日本のアニメーション映画では破格ともいえる8年の歳月と50億円を超える製作費をかけて制作されました。高畑勲監督は2018年4月に死去したため、本作が最後の監督作品になりました。

『ホーホケキョ となりの山田くん』で導入された手書き風のスタイルが本作にも使用されており、背景も動画に近いタッチで描かれたことで両者が一体となり、まるで1枚の絵が動いているかのような画面が完成しています。背景にはあえて何も描かれていない「余白」が残されており、スタジオジブリ作品の中では描き込みなどの情報量自体が少ないというのも特徴的です。

高畑勲監督を奮起させて遅々として進まないスケジュールを回復させたいという狙いもあって、当初は宮崎駿監督による映画『風立ちぬ』と同日に公開すると発表されていましたが、最終的に延期して2013年11月に公開されることになりました。

公開後、累計観客動員は約185万人、累計興収は約22.2億円を記録。プロデューサーの鈴木敏夫さんは2014年に刊行された著書で、本作の興行収入を25億円と記した上で、この結果に関して「ちょっと厳しかった」と述べつつも、公開から時間が経過してから観客が増加したことや本作を高く評価した鑑賞者の存在を挙げた上で、高畑勲監督が思いの丈をぶつけた作品なのでショックはないと結んでいます。

『かぐや姫の物語』のあらすじ

昔、山里には竹を取って生活している翁(おきな)と媼(おうな)がいました。ある日、竹林にやってきた翁は、光り輝く不思議な竹に気がつき、その中に小さな女の子を見つけました。その女の子を連れ帰った翁は、嫗とともにその子を自分たちの子どもとして大切に育てることに決めました。その女の子は捨丸(すてまる)ら村の子どもたちと一緒に元気に遊び回り、「タケノコ」というあだ名をつけられてすくすくと成長していきます。

一方、光る竹から黄金や豪奢な衣を授かる経験を繰り返した翁は、天がこの子を立派に育てなさいと命じているのだと考え、高貴の姫君に育て上げて貴公子に見初められることこそがこの子の幸せに違いないと、都に屋敷を建てて一家に移り住むことを決めました。美しく成長した姫は「なよたけのかぐや姫」と名付けられ、やがてその美しさを聞きつけて5人の求婚者が姿を現しますが、姫は浮かない顔をするのでした……。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その20:『思い出のマーニー』

『思い出のマーニー』は、2014年に公開された米林宏昌監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「この世には目に見えない魔法の輪がある。」「あなたのことが大すき。」「あの入り江で、わたしはあなたを待っている。永久に――」。原作は、イギリスの児童文学作家であるジョーン・G・ロビンソンさんによる小説『思い出のマーニー(When Marnie Was There)』。

スタジオジブリの長編アニメーション映画作品で初の宮崎駿・高畑勲両監督が関わっていない作品で、さらに初のダブルヒロインものの作品でもあります。企画が立ち上がったきっかけは、宮崎駿監督による映画『風立ちぬ』の製作期間中、アニメーターとして参加していた米林宏昌さんが「自分に映画を撮らせてほしい」と名乗り出たこと。鈴木敏夫さんから『思い出のマーニー』を手渡されて「これを映画にしてみないか?」と尋ねられた米林宏昌さんは、初めのうち、文学作品として感動したが2人のヒロインの心の機微をアニメーションにするには難しいと悩んでいましたが、イメージ画を何枚か描いているうちにこの作品の映画づくりに挑戦してみたいと思うようになりました。

原作の舞台はイギリスのノーフォーク州にある海辺の村ですが、映画では日本の北海道の湿地に変更。釧路・根室・厚岸などでロケハンを行い、それらをベースにした架空の海辺の町が舞台に設定されました。企画の初期段階の打ち合わせに加わった宮崎駿さんから瀬戸内海を提案されたこともありましたが、イギリス特有の薄ぼんやりした少し寒い雰囲気を表現できるのは日本ではやはり北海道だという理由でこちらに決まりました。また、舞台が日本に変更されたのに合わせて、原作の主人公のアンナは映画では佐々木杏奈(ささき・あんな)になり、アンナと出会う不思議な少女・マーニーは、北海道にある洋館「湿っ地屋敷」に暮らしている日本語の堪能な少女となりました。

興行収入は、35.3億円を記録。第32回シカゴ国際子供映画祭で最優秀アニメーション作品賞を受賞し、第43回アニー賞の長編インディペンデント作品賞・監督賞・脚本賞にノミネートされたほか、第88回アカデミー賞の長編アニメ映画賞にもノミネートされました。本作の制作終了後に、スタジオジブリの制作部門が解体されることになりました。

『思い出のマーニー』のあらすじ

「この世には目に見えない魔法の輪がある」。北海道の札幌に暮らす12歳の少女・佐々木杏奈は、その「輪」の内側に入ることができない少女でした。幼少期に実の両親と祖母を失って心に傷を負い、引き取られた先の佐々木家でもとあることがきっかけで心を閉ざすようになってしまった杏奈は、学校でも孤立した存在になっていました。夏休みの間だけ、喘息の療養のために田舎町にある大岩夫妻の家で過ごすことになった杏奈は、そこで「湿っ地屋敷」という古い洋館を見つけて不思議な既視感を覚え、さらに金色の髪の少女の現れる夢を見るようになります。

近所に暮らす1つ年上の少女・信子(のぶこ)たちと一緒に七夕祭りに参加することになった際、杏奈は彼女からのぶしつけな問いかけと指摘に苛立って思わず暴言を吐いてしまい、その直後に信子に「あんたはあんたのとおりに見えてる」と言われたことにショックを受け、走り出した先にあった入江で激しい自己嫌悪に襲われて泣き出してしまいます。

その時に見つけたボートを漕いで湿っ地屋敷に向かった杏奈は、そこで不思議な金髪の少女・マーニーに出会います。マーニーと自分たちのことは永久に2人だけの秘密にすると約束した杏奈は、それまで感情を表に出さない「普通の顔」ばかりしていたはずが、マーニーの前ではさまざまな表情を出せるようになっていきます。たった一夏のマーニーとの出会いの意味に気がついたとき、杏奈は思いがけない「まるごとの愛」に包まれていくことになります。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その21:『レッドタートル ある島の物語』

『レッドタートル ある島の物語』は、2016年に公開されたマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督による長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「どこから来たのか どこへ行くのか いのちは?」。これは詩人の谷川俊太郎さんが本作に寄せた詩から抜粋された一節で、今作をとても気に入った谷川俊太郎さんが鈴木敏夫プロデューサーからの依頼を快く引き受けたことで実現したものでした。

興行成績は、約660万ドルを記録。興行成績は振るわなかったものの、第69回カンヌ国際映画祭である視点部門・特別賞を受賞し、第44回アニー賞の長編インディペンデント作品賞を受賞し、第89回アカデミー賞では長編アニメ映画賞にノミネートされるなど、高い評価を受けました。

『レッドタートル ある島の物語』のあらすじ

大嵐の日、荒れ狂う海に投げ出されてしまった男は、近くにあった小舟につかまったことで、九死に一生を得ました。何もない無人島で目を覚ました男は、何度も必死に島からの脱出を試みますが、目には見えない力によってその度に島へと戻されてしまいます。絶望した男の前に大きな赤いウミガメが現れたとき、自分が島から離れられないのはこのウミガメのせいだと思い込んだ男は、そのウミガメの脳天を棒で叩いた上、身体をひっくり返してそのままにしてしまいます。

そのウミガメの腹の部分が割れ、その中から意識のない1人の女が現れます。ウミガメに対する自身の行いを深く後悔していた男は、懺悔の気持ちを込めて、正体のわからないその女を献身的に看病します。数日後、目覚めた女と交流するようになった男は、いつしかその女と恋に落ちるようになるのです。

「スタジオジブリ」長編アニメーション映画紹介その22:『劇場版 アーヤと魔女』

『劇場版 アーヤと魔女』は、2021年に公開された宮崎吾朗さんによる長編アニメーション映画作品。キャッチコピーは、「わたしはダレの言いなりにもならない。」「私のどこが、ダメですか?」。原作は、『ハウルの動く城』の作者で知られる、イギリスのファンタジー作家のダイアナ・ウィン・ジョーンズによる同名の作品。日本では2012年に出版された今作が、その前年に死去したダイアナ・ウィン・ジョーンズさんが生前に完成させた最後の作品になりました。

簡易版ではありますが、『アーヤと魔女』はスタジオジブリの長編アニメーション映画作品では初めて劇場公開に先んじてテレビ放送を行われた作品であり、またスタジオジブリ初の3DCGによるアニメーション作品でもあります。宮崎吾朗さんは、手描きのセル画を彷彿とさせるようなCGアニメーション「セルルック」でテレビアニメ『山賊のローニャ』を制作したあと、今度は3DCGに挑戦したいという想いを抱いており、それに向いているという予感が生まれた今作では、スタッフたちと協力してそれに挑戦しています。

『劇場版 アーヤと魔女』のあらすじ

物語の舞台は、1990年代のイギリス。幼い頃から身寄りのない子どもたちの家で育ってきた10歳の少女アーヤ・ツールは、なんでも自分の思い通りに、何一つ不自由なく暮らしていました。そんなアーヤの前に、派手な女性のベラ・ヤーガと、彼女と共に暮らす長身の男性のマンドレークが現れ、アーヤは彼らに引き取られることになります。

ベラ・ヤーガは実は魔女であり、手伝いをしてくれる者を求めてアーヤを引き取ったのでした。アーヤはベラ・ヤーガに魔法を教えてもらうことを条件に助手として働き始めますが、どんなに頑張ってもこき使われるばかりで、ベラ・ヤーガは何も魔法を教えてくれません。初めて自分の思い通りにならないことを知ったアーヤは、ベラ・ヤーガの使い魔である黒猫トーマスの力を借りて、反撃を始めるのでした。

宮崎駿監督の最新作『君たちはどう生きるか』の公開に期待!

ここまでスタジオジブリの長編アニメーション映画作品に関してご紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?

2013年に『風立ちぬ』が公開された後、それを最後に宮崎駿さんが長編アニメーション映画の制作から引退することが発表されましたが、2017年にプロデューサーの鈴木敏夫さんから宮崎駿さんが長編アニメーション映画の制作に復帰したことが公表されたことで、事実上の引退撤回となりました。

宮崎駿さんの新作となる『君たちはどう生きるか』は、吉野源三郎(よしの・げんざぶろう)さんの同名の小説からタイトルがとられた作品ですが、あくまで主人公にとってその小説が大きな意味を持つという形でストーリーに関わることになるため、直接的な原作にはならず、ストーリーそのものは冒険活劇ファンタジーになる予定です。これまで数多くの名作を世に送り出してきた宮崎駿さんの新作が本当に楽しみですよね。現在も制作が進められている本作の公開に、期待していきましょう!

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