【ソードアートオンライン】明日奈の過去と希望への旅立ち【SS】

ソードアートオンラインのSSです。明日奈がナーヴギアを被るまでのストーリーを考えて見ました。家庭と学校の両方から明日奈が追い詰められます。

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 ペンを走らせる音だけが聞こえている。

 室内は暗く、デスクの上にあるライトだけが明日奈の手元を照らし出だす。

 教科書とノート、問題集を開き一心不乱に数学を解いていく。頭の中は猛スピードで回転しており他の思考を挟むことが無い。

 それでも、ただ一つ気になる事があった。

 些細な事だと知ってはいるが、目の前の目標があんなものでいいのかと疑ってしまう。

「はあ、もう一息ね」

 数秒間だけ手を止めて肩を大きく回すと、その間に不必要な記憶が流れ込んできた。

 二日前、久しぶりに親戚一同が集まった時にささやかれた言葉はどれも共通していた。

「兄さんには負けたくないなあ」

 優秀な兄を持つ故の比較がされるのは仕方のないことだと理解できる。それに明日奈の方も成績は上位なため、たとえ比べられても酷い嫌味は言われない。だが、どうしても下に見られることは嫌だった。

 しかしそんな大きな壁が今は小さくなっているように見える。

 数日前から発売されたナーヴギアなるゲーム機に兄は夢中になっているのだ。元々ゲーマーだったが、さらに拍車が掛かったように没頭している。

 馬鹿にも程がある、ゲームがなんの役に立つのだろうか、将来的には勉学やスポーツをした方が良いに決まっている。

 このチャンスを逃すほど明日奈はバカでは無い。兄が止っているのならば追いつくチャンスなのだ。

「よしっ」
 自分に喝を入れると再び参考書に目を落とした。

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 翌日。

 明日奈はいつも通り家を出て学校に向かうと、すぐに教室へと足を進める。

 授業が始まる前に予習をしておくのだ。復習も大事であるが、同等かそれ以上に大切なのであると聞いたことがある。

 教室に入ると既にあ何人かの生徒が来ており、軽く挨拶をしながら自分の席に着く。

 バッグから一時間目の授業である現国の教科書を取り出したとき。

「明日奈さん、おはよう」

 笑顔で声を掛けてきたのはクラスメイトの男子生徒だった。彼は入学した時から毎日話しかけて来る。

 確かそこそこ顔も整っているため、女子からの人気も悪くないはずだ。

 勉強の邪魔にはなるが無下には出来ないと思って、愛想笑いで回避していたのだが今日は一段と目を輝かせている。

「おはよう」

「明日奈さん、ナーヴギアって知ってる」

 唐突に尋ねられて、聞きなれない単語を頭の中から引っ張り出してくる。

 確か兄がこの前買ったゲーム機がそんな名前だったような気がするが、なにせ興味が無いため曖昧になっている。

 取りあえず話しを合わせようと、明日奈は頷いた。

「そうなんだね! その中でソードアートオンラインっていうのがあってさ、実は……」

「ちょっと待って、その話もしかして長くなる?」

 少々きつい口調で明日奈は彼の話を止めた。

 戸惑ったような表情を見せるクラスメイトは、困った様な顔をして『少し長いかな』と曖昧な返事を返してきた。

「ごめんなさい。私ゲームには興味ないの、だから授業の予習したいのよね」

「えっと……そうなんだね。じゃあまた」

「ごめんなさいね」

「いや、いいんだ」

 男子生徒はがっくりと肩を落として重い足取りで去って行く。

 兄がやっているゲーム機と同じ名前だったため少しは興味がわいたと思っていたのだが、やはり興味が無い物にかわりなかった。

 しかし。

 学校が終わるころには『ソードアートオンライン』という単語があちこちで飛びまわっていた。さながら宗教団体の様に口をそろえて同じ言葉ばかりを発している。

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 そんなきみの悪い様子を明日菜は肌で感じながらも、下校の時間になると直ぐに帰宅する。門限まではまだ時間があるが、明日奈には殆ど関係ない。学校が終わったらすぐに帰路に着くからだ。

「ただいま」

「おかえりなさい。食事の支度が出来たら呼ぶから、それまで勉強してなさい」

「うん」

 母が出迎えると、明日奈は足早に自室へと歩を進める。

 言われなくてもここが勝負どころだ。クラスの男子達が話していたように、兄さんが夢中になっているゲームは面白いらしい。しばらくは、勉強もスポーツも手が付かないだろう。

 明日奈は兄に追いつけるのだと言う僅かな希望を胸にしてデスクに向かった。

 部屋のドアがノックされたのは三時間後だった。

「飯食うぞ……なんだ勉強してたのか」

 兄が部屋に入って来ると、明日奈は教科書から目を離して。

「兄さんはまたゲームしてたの?」

 嫌味交じりに言ってみた。

 だが兄はさして気にしている様子でも無く、頷く。

「当たり前だろ。ゲームは現実から離れているけど、逆を言えば新しい世界を教えてくれるんだよ。だからまあ、現実逃避には最適かな」

「現実逃避……兄さんでも困ったことがあるのね」

「当たり前だ。お前もやってみろ、今でてるのは体験版だけど面白いぞ」

「いいわ、私興味ないの知ってるでしょ。それよりも早く下に降りましょ」

 二人がリビングへ行くと既に両親は席についていた。

 しかし明日奈の視線をうっばったのは、テレビのニュースだった。兄が持っているゲーム機の紹介がされているのである。

「まったく、こんなもののどこが良いのかしらね」

 母は嫌悪感を隠さずに兄へと視線を向ける。

「面白い物は面白いんだよ」

 鋭い母の視線を受けながらも平然としている兄に、明日菜はあきれ果てた。

 兄が何に興味を持っていようが関係ないが、勉強もスポーツも怠っている人に負けている自分が情けなくなってくる。

 だがそれももうすぐだ。

 明日菜は心の中でほくそえむと、何食わぬ顔で食事を始めた。

 だが。

 数日後、兄の就職が決まった。

 大手も大手企業だ。しかも入社早々に幹部候補確実とまで言われているらしく、これには両親も『当然だ』という態度と共に鼻の穴を膨らませていた。
 これには明日菜も開いた口を閉じることが出来なかった。世界をまたにかける企業なんて日本人の中でも選ばれた人しか入ることは出来ない。あれほどゲーム三昧だった兄が通るとは到底思えないのである。

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「行ってきます」

 明日奈は頭を垂れて学校へと向かった。

 兄の就職が決まってから自分のどこが悪いのかばかりを考えている。ゲームもしてない予習も復習も完璧、参考書の問題だってレベルは高い。

 なのに追いつくどころがますます距離を離されてしまっている。

 家には親戚からひっきりなしに電話がかかってきており、母は電話を取るたびに嬉しそうな顔を見せる。

「どうしよう」

 ため息をつきながらも明日奈は教室に入る。

 すると、懲りずに話駆けてくる男子生徒がいた。

「おはよう明日菜さん」

「……」

 明日奈は無視して自分の席に腰を下ろした。

 今は話しかけて欲しくない、特にこの前の会話から察するとまたゲームの話でも持ちかけてくるのだろう。

 とにかく時間は無い。今からでも兄を追いかけなければいけない。

 そんな明日奈の心情など知る由もないクラスメイトは、さらに声を掛けてきた。

「どうしたの? 今日は気分悪いの?」

「いえ。ただ一人にして欲しいの」

「大丈夫? 保健室行った方がいいよ、何なら俺が一緒に」

「うるさいわね! 黙ってって言ってるでしょ、あんんた耳付いてんの? それとも脳みそ空っぽ?ゲームの話ばっかりして、そんなに話したいなら別の人にしてよ!」

 大声を上げた明日奈に男子生徒は一歩退くと、何も言わずに踵を返す。

 教室は一瞬の静寂に包まれるが、しばらくすると男子に好意を寄せていると思われる女子が近づいてきた。

「あんな言い方ないでしょ、前から思ってたけど明日奈さん冷たすぎ」

 ぐぐっと顔を近づけてきて睨みつけてくる生徒に明日奈は抑えきれない感情を爆発させた。

 彼女の顔に見事な平手打ちをくらわせたのである。

 その怒りは本来ならば自分に向けられるものである事を理解していた。無能で兄に追いつくことが出来ないのは、彼女のせいでもさっきの男子生徒のせいでもない。

 だが、突然爆発した感情はそんな理性を失わせるには十分だった。

 叩かれた頬を抑えて彼女はきゅっと唇を結ぶと何も言わずに去って行った。

「はあ」

 明日菜はため息をつきながら椅子に座り、授業の準備に取り掛かった。

 それからは何事も無く過ごせるはずだった。

 しかし。

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 翌日からクラスメイトは明日奈を無視し始め、執拗な嫌がらせをしてきた。

 特に女子が多い。教科書の落書きや上履きを隠されるのはまだ優しい方で、トイレに入っていると上から水を掛けられることもあった。

 対抗しようにも向こうは複数でこっちは一人だ、到底太刀打ちできるはずもなく明日菜はじっとこらえた。単位を落とすわけにはいかない、学校での評判が悪くなれば大学進学にも影響が出てしまう。そうなれば兄に追いつくなど夢の、また夢だ。

 明日奈は口を真一文字に結んで必死に耐えた。

 だが、その影響は次第に精神をむしばむ事に変わりは無い。

 部屋から出ることが少なくなり、電話が掛かってきたと思えばクラスメイトからの罵詈雑言の嵐が吹き荒れる。

 それに乗じて成績も悪くなる一方だ。

 両親は明日奈の事で喧嘩をお越しており、今も下からは心無い言葉が飛び交っている。

 変化に気が付いたのは親だけでは無く、頻繁に来ていた親戚にも伝わっているらしい。会食の席ではあからさまに、揶揄する声が聞こえてくる。

「もう嫌よ……」

 明日奈はすっかり部屋に閉じこもってしまい、学校にも行かなくなった。

 頭の中で必死に逃げ道を探しているが、見つかるはずもない。

 ベッドの上で布団をかぶっていると。

「明日奈」

 兄が部屋の外から声を掛けてきた。

「なに?」

「これから一カ月海外研修行ってくる。」

「……」

「だから、もし暇だったら俺のナーヴギア使っていいからな。昨日かってきたソードアートオンラインしかないけど……まだやれてなくてな。だから一番は明日奈に譲るよ。じゃあな」

 扉の前から兄の気配が消えると、明日奈はもそもそとベッドからはい出した。

 そう言えば兄は『別世界に行ける』と言っていた。 

 たとえ擬似的な世界であれど、今の明日菜にとっては救いの道にしか見えなかった。あんなに馬鹿にしていたことは思い出す事も出来ない。

 たった一つの逃げ道を求めて明日奈は立ち上がると、兄の部屋からナーヴギアとソードアートオンラインと書かれたソフトを持ってくる。

 説明書を一通り読むと、明日菜はベッドに横たわりナーヴギアを頭に着けた。

 一人の世界から一刻でも抜け出すことが出来るのならば……。起きた時に現実は変わってないかもしれないが、それでも今の自分には必要な事だと思う。

 そして明日奈は僅かながらの興味と、光を抱いて言う。

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