三日月宗近の本体である刀の歴史と今に迫る!【刀剣乱舞】

スマホアプリが3月にもリリースし、現在大人気のPCゲーム刀剣乱舞!そんなとうらぶの看板キャラでもある三日月宗近の刀としての来歴と今について、まとめてみた。

三日月宗近とは?

出典:http://刀剣乱舞攻略速報.com

名前:三日月むねちか(みかづきむねちか)

刀工:三条宗近

刀種:太刀

刀派:三条

生まれ:平安

現在、女性を筆頭に大人気のPCゲーム刀剣乱舞。

そんな中でも看板キャラとも呼べるのがこの三日月宗近である。

天下五剣と呼ばれる数多くある日本刀の中でも特に素晴らしいとされる5振りのうち1つであり、その中でももっとも美しいとされている。

見た目について

出典:http://blog.comroad.co.jp

大きさ(刀長):二尺六寸四分(大体80㎝程)

反り:九分(2.7㎝程)

細身で反りが大きく、踏ん張りの強い刀。

いわゆる「日本刀」とイメージされる形のものでは最古のもの。

刃の表面に浮き出る模様が(打ちのけと呼ばれる)三日月模様であり、それが多いことから、この名がつけられた。

刀の峰(刃とは反対側)から刃までの幅が切っ先に向けて細い、鎌倉~平安時代の刀の特徴を持っており、三日月の場合は2倍程の差があるとされている。

日本名寶物語にも「俗にいふ『天下五口の太刀』次のうへに立って、天下随一と稱される名刀が、三日月宗近の一口~年の歴史を持ちながら、その瑠璃色の如き肌のうへに、一點の汚れと染みもないことである~』(一部抜粋)と書かれており、これほどべた褒めされる程価値が高い造形をしていることが分かる。

鞘(さや)に関しては現存するものがあるが、それが安土桃山時代の物と判明しているため、それ以前どんな鞘に納められていたのかは不明とされている。

作り主、三条宗近

出典:http://rkobo.at.webry.info

三日月宗近を打ったのは平安時代の刀工、三条宗近である。

日本刀が真っ直ぐなものから反りのあるものへと変化した時代の名工とされており、なにせ平安時代のものなので現存する刀(銘入)は多くはない。

銘には宗近銘と三条銘があり、代表作が「三日月宗近」。

(※写真は三条宗近縁の神社「佛光寺本廟」の中にある石碑である)

三条宗近の刀

三条宗近が打ったとされている刀は太刀~短刀まで様々であり、以下のもの等が当てはまる。(一部のみ抜粋)

海老名宗近ー短刀(足利将軍家→豊臣秀吉→大阪の陣にで消失扱い。※徳川美術館では焼身にて保管されているらしい)

鷹巣三条―短刀(豊臣秀吉→島津へ伝来。別名は鷹巣宗近という)

山城国宗近御太刀―太刀(皇位と共に伝わるべき由緒あるものであり、現在も御物扱い)

ちなみに鶴丸国永の刀工五条国永は三条宗近を開祖とする三条派の者で、鶴丸が三条の刀たちと絡みが多い(二次創作)のはこのためでもある。

同じく宗近の作品の中に「半月丸」「鶴丸(蝶丸)」「不動宗近(石動丸)」という名がつけられている刀もあり、なんだかややこしい限りだ。

三日月の来歴

※史実が絡むものにはお馴染みのことなのだが、歴史関係は諸説有なので、それが100%本当という確証はない。

三日月の来歴にも諸説あるのだが、大体の流れとしては豊臣秀吉の嫁(高台院)徳川家康個人所有国立博物館である。

高台院に送られるまでは様々な逸話があるのだが、下にはおおかたの通説を流れとしてまとめてみた。

【平安】 三条宗近によって鍛刀される

【室町】足利の宝刀(200年程)→永禄の変にて三好政康の元へ→豊臣秀吉の元へ

【安土桃山】豊臣秀吉の正妻・高台院の元に、

【江戸】高台院が無くなった後、徳川の元へ (大阪夏の陣や明暦の大火は免れる)

【昭和】徳川家から個人の所有になっている

【平成】 東京国立博物館へ

大体はこのような流れである。

三日月は不殺の刀なのか?

出典:http://matome.naver.jp

三日月は来歴に消失・焼身等はなく、それどこか戦いに使われたことのない「不殺の刀」ではないか、という意見もあるようだ。

それは美しいが故にバランスが悪く、実戦向きではなくほぼ観賞用であるという理由らしいが、実際の所は不明。

ただそれが事実ならば千年近い間、三日月は刀として振るわれたことがなく、「戦闘の道具」としての役割は一度も果たしたことがないことになるだろう。

しかし来歴とステータスに(一部分)関係性のある刀剣乱舞内で三日月はレアリティがもっとも高く、又ステータスも高い。

そう考えるならば、少なくともゲーム内では不殺の刀扱いではないのかもしれない。

歴史上、関わりのある刀たち

出典:https://www.youtube.com

足利宝刀時代は薬研・厚・鶯丸・日本号・髭切・天下一振(一期?)・骨喰と一緒。

骨喰とは一緒にいる機会が多く、室町で一度別々になっているものの、また豊臣秀吉の元に集められている。(一期もしかり)

その後豊臣家滅亡で骨喰は徳川、三日月は高台院死後に徳川の元へ。

豊臣と一期一振

出典:http://tohken.gamerch.com

一期一振は豊臣秀吉を主としている時期があり、その正妻・高台院の刀として三日月があったために、時折二次創作で2人の関係性が描かれることもある。

その際は一期一振と同じ粟田口派に鯰尾藤四郎も一緒に集められていた。(骨喰も)

しかしその後「大阪夏の陣」にて一期一振と鯰尾は燃えてしまい、その後再刃されるものの、ゲーム内では記憶を失っている。

徳川にて

出典:http://touken-2ch.blog.jp

徳川には多くの刀があり、天下人の刀宗三左文字も収集されていた。

本能寺の変で消失とされている薬研藤四郎『徳川秀忠に献上された』と記録があるため、一緒だったかもわからない。

しかし、徳川でまた一緒になるも、その後「明暦の大火」にて骨喰・宗三は焼けてしまう。

しかし三日月は同じ徳川の刀だったが関わらず、この大火を逃れている。

三日月の現在


現在三日月を保管しているのは『東京国立博物館』!

東京国立博物館には三日月の他にも獅子王厚藤四郎が保管されており、常時展示されているわけではないが、ゲームがリリースされてからは下記の期間で展示されていたようだ。

三日月→2015年5月12日~7月20日

獅子王→2015年10月14日~12月23日

厚藤四郎→2015年7月22日~9月23日

刀剣乱舞の影響か、稀に見る刀剣ブームが訪れている現在、数々の博物館等が刀剣の展示を企画しているので、また飾られる可能性は高いと考えられる。

以下、三日月を見た人の反応であり、動画は三日月が展示されることについてのまとめ動画である。

最期に

三日月宗近について、いかがだっただろうか。

ゲームでは新しい天下五剣の実装も決まり、三日月と回想があれば、また目を向けるべき歴史も見えてくるかもしれない。

ただ来歴に関しては諸説有という目線で見て頂ければと思う。

又だが反対に、この諸説有という所が審神者たちの妄想を広げる所でもあり、これからも公式からの情報供給を楽しみにしたい所である。