【刀剣乱舞】蛍丸への寄付金が半端ない!?蛍丸の歴史と今の現状まとめ

ゲーム内で頼れる大太刀の蛍丸!つい最近そんな蛍丸を現実で復元させたい!というプロジェクトがあり、大量の寄付金が集まった!そんな大勢から愛される蛍丸について、少し来歴と今を探ってみる。

蛍丸とは??

出典:http://刀剣乱舞攻略速報.com

名前:蛍丸(ほたるまる)

刀種:大太刀

刀派:来(来国俊作)

生まれ:1297年頃

ゲームではレア刀剣の1振りであり、小柄ながら大太刀として敵を一掃するステータスを持つ蛍丸。

ショタな容姿に反してその強さに救われた審神者は多いことだろう。

1931年に国宝していされていだが、現物の蛍丸本体は現在行方不明であり、今も見つかってはいない。

見た目

出典:http://刀剣乱舞攻略速報.com

総長:4尺5寸(約136.36cm程)



刀身:3尺3寸4分5厘(約100.35cm)

表に刀工である「来国俊」、裏に「永仁五年三月一日」とかかれており、永仁五年とは1297年のことである。

その他は特別奇抜な刀というわけではないが、作りてである来国俊の来派は、総じて身幅広く、反り高く、中切先が猪首となった姿のものが多いという特徴を持つ。

作り主、来国俊

来国俊が名を連ねる来派は、鎌倉時代からある流派であり、三条宗近、粟田口等よりも少し遅れて出現した。

国行、国俊、来国俊、来国光、来国次らが名を連ねている。

ここで少しややこしいのだが、来派には「国俊」と銘を切る者が二人おり、国俊と切るものを区別の意味で二字国俊という。

来国俊は他に比べ細身の刀がおおく、現存している刀も多い

薙刀や剣、小太刀など作った範囲は幅広い。

同じ来派の代表作

出典:https://pbs.twimg.com

国行作:明石国之(国宝)

国行作の中ではやや細めの太刀であり、手抜き緒通しの孔があり、貴重とされている。

二字国俊:愛染国俊(重要文化財)

重要文化財指定の担当であり、愛染明王が掘られている短刀。

来国光:有楽来国光(国宝)

元は織田信長の弟がもっておりそれが豊臣、徳川に渡った短刀で国宝

上記2つ、明石国之と愛染国俊はゲームにも登場しており、やはり国俊の父の作品であるからか太刀だからか、明石国之が保護者となっている。

なぜ蛍丸と言うのか?

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南北朝時代の武将、阿蘇惟澄(あそこれずみ)が使用していたのだが、1336年の多々良浜の戦いにて敗れ、激戦に蛍丸も刃こぼれしてしまう。

しかしその夜、蛍丸にが集まり直った夢を見て目覚めると、刃こぼれが直っていた!

という伝説が、名前の由来といわれている。

しかしもう一つ蛍丸には伝説がある。

それは、追ってから逃げる武将と姫が茂みで身を隠していたところ、姫が抱えていた蛍丸が光り出し見つかってしまった、というものだ。

どちらも伝説の域をでないが、持ち主を陥れた伝説よりは、蛍が集まり直したというほうがロマンチックである。

蛍丸のゲーム台詞にも「蛍」その物を指す言葉があるので、とうらぶユーザーは前者を由来とするのではないだろうか。

蛍丸の来歴

名前の由来でも明かしたとおり、最初は南北朝時代の阿蘇惟澄のもとにあったとされている。

そこから苦節あり行方不明となるのだが、簡単にまとめるとこのような具合である。

【南北朝時代】阿蘇惟澄所有

【戦国時代末】阿蘇氏ほぼ滅亡、阿蘇神宮の宝刀に

【明治時代】阿蘇家が男爵になり、家宝に

【昭和(1931年)】重要文化財(当時の国宝)

【1931年(昭和6年)】12月14日、旧国宝(文化財保護法)になる

【太平洋戦争】行方不明

なぜ行方不明になったのか

出典:http://touken-2ch.blog.jp

諸説の1つだが、GHQが日本刀を没収して廃棄する「刀狩り」を行った際に処分されたというものがある。

しかし処分の記録もないため、没収を回避するために阿蘇神宮から運びだされた、へと投げられた、等が存在する。

なんにせよ現在も所在不明のままだが、国の重要文化財指定(当時の国宝指定)はそのままのようだ。

ちなみに蛍丸の中の人が、蛍丸の小ささはこの行方不明説(海へ〜)と関係していると零していたそうだが、実際の関係は公言されていない。

蛍丸復元計画!

出典:http://kumanichi.com

戦後行方不明であった蛍丸だが、現在そんな蛍丸を復元しよう!という計画が実行されている。

この計画は蛍丸の写しを制作し、宝刀として祭られていた阿蘇神社に奉納する、というプロジェクトです。

刀匠の福留裕晃さんと、興梠宏明さんによって実行され、550万円を目標にネットで支援金を募集したところ、3カ月で4514万円、実に3193人が資金提供してくれたそうだ。

刀剣乱舞効果絶大といったところだろうか・・・。

2016年2月27日には打始式が行われ、資金提供をした人々も作業に参加。(50人ほど)

熱した玉鋼を打つ玉圧があり、資金提供をした人々もも順番に大槌を振るったそうだ。

おおかたの予定

刀身制作          平成28年2月中旬~8月 
阿蘇神社奉納鍛錬      2月27日(28日)関伝承館奉納鍛錬      3月13日
阿蘇神社奉納焼き入れ    8月上旬
下地研ぎ          7月~9月
樋かき、彫刻、ハバキ制作等 8月~10月
鞘制作           10月~11月
仕上げ研ぎ         12月~2月
銘切、完成予定      平成29年3月
阿蘇神社完成奉告祭    4~5月頃

蛍丸をイメージしたお酒!

出典:https://twitter.com

刀剣乱舞の蛍丸とはまったく関係がないが、刀剣の蛍丸をイメージしたお酒が、蛍丸の奉納されたいた阿蘇神社のある熊本で登場!

公式HPには「阿蘇惟澄公にもきっと気に入っていただけるお酒です」とある。

伝説の、蛍が刀を癒したように純米吟醸の柔らかい味わいが飲んだ人を癒すとして作成されたようだ。

後味の切れのよさも、蛍丸の切れの良さと合わせた、というお茶目さも兼ね備えている。

梱包も蛍丸とかかれており、お酒が飲めなくとも飾っておきたい代物だ。

ぜひ飲んでみてほしい!といいたい所だが、発売数時間後に即完売という売れ行き。

蛍丸復活はニュースにも!

https://www.youtube.com/watch?v=E1TYxXHLiSs
上の動画のように、蛍丸復活はニュースにも!

刀剣乱舞ファンも皆、蛍丸復活を喜んでいるようでTwitterもそのようなコメントに溢れている。

下に、そんなTwitterの様子をまとめてみた。

最後に

蛍丸について、いかがだっただろうか。

同じ来派である明石国行等が現存するなか、たった1人行方不明だった蛍丸が復活することはとても喜ばしい。

だが本物の蛍丸はもう既にない、と決まったわけではない現在、それを復活させるというのは、なんだか複雑な気分である。

だがTwitterまとめでもあった通り、蛍丸復活にもっとも投資したのは刀剣乱舞制作会社のニトロプラス!

この事実は嬉しいかぎりである・・・。

なんにせよ、蛍丸復活プロジェクトが今後どうなってゆくのか、刀剣乱舞ユーザーとして見守っていきたい。