やなせたかしの名言と心に響く詩をまとめてみた

アンパンマンの生みの親といえばこの方、やなせたかしさん。そんなやなせたかしさんの名言、詩が深い!?という噂を聞きつけましたのでその一部をご紹介しましょう!

やなせたかしさんとは?

日本人の心のヒーロー、アンパンマンの生みの親

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やなせたかしさんとは

漫画家、詩人としても活躍された日本の絵本作家です。

日本人なら誰もが知っているアンパンマンの原作者として有名ですね。

若いころには舞台美術家、演出家など様々なことに挑戦されていたそうで、「アンパンマンのマーチ」や、「手のひらを太陽に」の作詞もされている作詞家としての一面もありました。

アンパンマンが世に広まったのはやなせさん70歳の時だそうで、漫画家としては遅咲きだったことがわかります。

94歳で亡くなるまでアンパンマンの舞台挨拶やテレビでも活躍し、ユニークで元気なおじいさんという印象でした。

そんなやなせたかしさんの名言、詩が深いということで、今回その一部をご紹介したいと思います。

その1

つらい戦争体験から

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『究極の正義とは、ひもじい人に食べ物を与えることである。』

やなせたかしさんは徴兵され戦争を経験し、戦後も非常にひもじい生活をされていました。

決して高給取りとはいえない屑鉄回収の仕事につき、ひもじい生活をされていたそうです。

そんな経験から、自分の顔を人におしげもなく分け与えるアンパンマンのヒーロー像を考えたそうです。

その2

人生に誠実に

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『人生、先のことはわかりません。

 僕自身も戦争に行ったり、病気をしたり、将来に絶望したこともあったけれど、

 それでも今日一日、今日一日と生きてきました。

 それが重なって、いつのまにか92年が経ちました。


 朝起きたら、今日一日、一生懸命やろうと思います。


 一生懸命やれば、人を喜ばせることができます。


 それでいいんです。』

90歳になっても早起きし、仕事に徹していたというやなせたかしさん。

商売敵であり親友だった手塚治虫さんの仕事への誠実さに感心していたそうで、手塚治虫さんにおいつけおいこせの精神で仕事に誠実だったのかもしれません。

その3

仕事に誠実に

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『今自分がやっている仕事だって

 それで誰かが助かり誰かが喜んでいるはずだ。

 「この仕事は向かない」「この仕事は不満」と言って

 熱を入れずにただウロウロしているだけなら、

 一生そのまま終わってしまう。

 つまらないならどうすれば面白くなるかを考え、工夫してみるといい。

 そうすると、どんどんおもしろくなっていく。

 次第に満足感も高まって、それが天職だと思えるようになっていくのだ。』

なかなかいい仕事にありつけない、いい人生じゃない、そんなものは当たり前で、それをどうしたらうまくいくかをまず考えてみようというやなせさんのメッセージ。

その4

笑顔の秘訣

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『笑う筋肉が動くと、笑う心も動くのです。』

テレビや写真でもはちきれんばかりの笑顔が印象的なやなせたかしさん。

笑顔の秘訣はこの気持ちだったのかもしれません。

その5

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『人生の最大の喜びは何か?

 それはつまるところ「人を喜ばせる事」だと思った。

 「人生はよろこばせごっこ」だと気づいたとき、とても気が楽になった。

 ぼくの歌の中で代表作のように言われている「手のひらを太陽に」の一節は、

 「生きているから悲しいんだ」である。

 よく「なぜ悲しいんですか」と聞かれる。

 悲しみがなければ喜びはない。不幸にならなければ幸福はわからない。

 空腹のときに食べるラーメンがどんなにおいしくて、幸福なのかは実感できない。

目が衰え仕事が苦痛になり引退を考えたやなせさん。しかし東日本大震災でアンパンマンやアンパンマンのマーチが日本に元気を与えていることで現役続行を決めたそうです。

やなせさんも喜ばせごっこが大好きだったのかもしれません。

Twitterの反応

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最後に


いかがでしたでしょうか?

本当にごく一部なのですがご紹介させていただきました。

戦争経験や長い下積み時代をすべて織り込んだのがアンパンマンなのかもしれません。

少しでも皆さんの心が潤っていればと思います。

それでは!